第480話 まずはカオスな宴会をお楽しみください:前
三人で歩いています。
俺が中心にいます。
右側にライミ、俺との距離、大体2m。
左側にミフユ、俺との距離、大体2m。
つまり、ライミとミフユの距離、大体4m。
俺を中心にして左右対称になってどうしたいんですか、おまえら様は……?
「…………」
ライミ、タイジュを思わせる仏頂面。
「…………」
ミフユ、ケンゴを彷彿とさせる無表情。
「……あのさぁ」
真ん中の俺、さすがに呆れて歩きながら肩を落とす。
「君らが発する何か微妙にトゲトゲしたものを左右から浴びる俺の身にもなって?」
「アキラちゃんはいいのよぉ~! 何でもないのよぉ~!」
コロッと笑顔になって、俺の頭を撫でてくるライミ。
「アキラは別にいいのよ。ホント、何でもないから気にしないでいいわよ」
フッと口元を綻ばせて、俺の隣で軽く肩をすくめるミフユ
「違う、違~う! 何でもないとか気にするなとかじゃなくて、俺を巻き込むな!」
ケンカしたいなら俺がいないところで好きなだけしやがってくださいよ、と!
おまえらの主義主張を俺は何も文句言ったりしないから!
「むぅ~~~~!」
「…………チッ」
ライミは頬を膨らまし、ミフユは強く舌打ちをする。
「何なのおまえら、本格的に相性悪いの?」
本格的に心配になっちゃうぞ、俺。
俺が顔をしかめて左右を交互に見ると、ライミとミフユが同時にこっちを向いた。
「「何か合わない!」」
「声は見事に合ったぞ、よかったな」
呆れながら、俺は言ってやった。
「何よぅ、わざとこっちに合わせてきてんじゃないわよ!」
「はぁ~!? それはこっちのセリフですけど? アキラの実母だからってねぇ!」
「俺越しに視線をぶつけんな、叫びを叩きつけ合うな!」
実は仲いいんじゃないか、おまえら!
「むぅ~……」
俺に大声を出されたからか、ライミが少しだけ勢いを引っこめる。
「アキラちゃんから話は聞いたわ。自分は絶対、ミフユちゃんの味方だって」
「あんた、何言ってんのよ……?」
ミフユに軽く睨まれた。
「いや、事実を少々……」
「ま、まぁ、親子の会話ともなれば、そういう方向に行っても仕方がないけど……」
声ちっちゃ、ミフユの声、いきなりちっちゃくなっちゃった!
「でもあたしは、ミフユちゃんがそこまでの女の子なのかまだわかんない。だから、どうしても警戒してるのはあるよ。ミフユちゃん、娼婦だっていうし……」
「あのさぁ――」
ミフユの目が再びライミに向く。
「最初に会ったときもあんた、何か含みのある物言いしてたけど、何なのよ?」
怒りというか、呆れというか、非常に物憂げな様子を見せて腰に手を当てる。
「娼婦だから何だっていうの? 何、商売女は結婚しちゃいけないの? そういうくだらない職業差別意識を持つような女がアキラの実母だなんてね――」
「あ~、ごめん、ミフユ。これは俺の説明忘れだ。そういうのじゃないんよね……」
「は?」
しまった、ミフユに説明を忘れていた。
詫びというワケではないが、ライミに変わって俺が改めて教えるべきだろう。
「ライミさんね、娼婦の被害者なのよ……」
「ひ、被害者……?」
ワケわからんという顔をするミフユへ、俺は説明をする。
「何かさぁ~、俺の異世界の実父のタケルってヤツが脳みそチンコなハーレム野郎だったんだって。それで、ハーレムにいた女の半分が娼婦出身だったらしいのよ」
「はぁ、そうなんだ……」
「で、正妻だからっていう理由で、その娼婦グループからいじめられてたんだとさ」
「やられた分は最低十倍にしてやり返したから、泣き寝入りはしてないけどね!」
俺の語りに合わせて、ライミがフンスと鼻息を荒くする。
本人曰く『気合と根性、努力と信念による不敵に無敵な大逆転劇』だったそうな。
「そこについてはまさしくアキラの母親ね、あんた」
「俺もそう思う」
ミフユに全くの同意なので、俺もうなずいた。
「ただ、結構陰湿なコトもやられたらしくて、娼婦への警戒感が根付いちゃったんだとよ。まぁ、これは仕方がないかなと思わんでもないわ……」
「ふ~ん」
気のない返事をして、ミフユは軽く腕を組む。
「だからって、わたしに関係ないことを理由に敵視されるのは心外なんだけど?」
「もちろん、それもそう」
これもミフユに同意なので、俺は再度うなずいた。
「わかってるわよ。だから――、ごめんね。ミフユちゃん」
「あら、素直」
「何よォ! あたしだって悪いって思ってんだからね!」
「はいはい、その謝罪は受け入れておくわ。あんたが気に食わないのは別にしてね」
「それはあたしだってそーだよ!」
う~~~~む。
二人のやり取りを眺めているうちに、結構気が合うんじゃないかと思えてきた。
「ところでライミ、その娼婦達、もしかして全員、同じ街の出身じゃない?」
「え、そうだけど……」
「ファム・ファタルの街?」
「当たり! 何で知ってるの!?」
何だ何だ? ファム・ファタルの街? 知らん名前ですねぇ!
「何だよ、ミフユ。そのファム・ファタルってのは?」
「ル・クピディアの次に有名な娼館街で、芸事の聖地、とか呼ばれたりもする場所」
「へ~、そんなとこあったんだ」
「そんで、リリスママを追放した街よ」
「は?」
つ、追放?
あの、リリス義母さんを……?
「ル・クピディアを最初に置いた街がファム・ファタルなのよ。でも、娼婦はお客を癒すものっていうママの考えが街の方針と真っ向から対立してたのよねー……」
「何それ?」
リリス義母さんの考え方、別におかしくない気がするけど?
「アキラちゃん、あそこの街の娼婦はね、自分は貴族より偉いと思ってるんだよ」
ライミが、鼻で笑いながらそれを俺に教えてくれた。うわぁ、イヤそうな顔。
「なしてそんな思い込みを?」
「自分達をトップアイドルだと自認してれば、そう思うのは当たり前の話よね」
それを言ったのはミフユだった。おかげで何となくだが、見えてきた。
「リリス義母さんの考え方の真逆か」
「そうよ。あそこの娼婦はね、自分達こそが至高の宝だと思ってるのよ」
「『体を売る』の意味が、普通の娼婦と違うんだよねー……」
「客に対する姿勢も違うわよ。『お客様のお相手をさせていただく』じゃなくて『客の相手をしてやってる』なんだからさ。笑えないわよねぇ」
うわぁ、そんな高慢ちきな娼婦、どんだけ美人でも絶対買いたくないわ。
ま、ウチのカミさんは世界一だったワケで、そんな連中も全て上回ってるんだが?
「娼婦としてのプライドの置き所を完全に勘違いしてるのよ、あそこの連中は」
「ね~、あたしもそう思うわ~。マジでイヤなヤツしかいなかった~」
「あんたも大変だったのね、そこは同情してやるわよ……」
「ありがとぉ~、ホント、ホンット、ロクなコトしやがらなかったわ、あの連中!」
さっきまでの反目はどこへやら、俺の左右に立って普通に話すライミとミフユ。
君らさ、絶対に気が合ってるでしょ? 何なら、相性も悪くないよね?
「あ、見えてきたぞ」
歩いているうちに、目的のホテルが見えてきた。
俺が指さすと、何故かライミがホテルを見上げて「はぇ~」と変な声を出す。
「本当にここでやんの……? ここ、一番高いホテルだよ? 絶対お高いよ?」
「うわぁ~、新鮮なリアクション……!」
最初は俺達もこんなんだったな~、と、過去を思い返しながら隣のミフユを見る。
「全然お高くないわよ。はした金よ、はした金。じゃ、行くわよ~」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
さっさと歩き出すミフユの背中を見送り、ライミが信じがたいという声を出す。
「……あいつは特例オブ特例だから」
俺は、そう説明するしかなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
最上階の部屋には、すでに結構いた。
「あ、父様、母様、こんにちは~! すでにやらせてもらってま~す!」
部屋に入った俺達を見つけ、そう言って一番に近づいてきたのはシイナだった。
ニコニコ笑うその手には、おなじみのノンアルコのビールの缶が――、缶が……、
「おまえそれ、ノンアル?」
「アルです!」
「ただのおビール様じゃねぇかァ!?」
あっれぇ、宴会ではアルコール飲まないんじゃないんですかァ!
「愚かですね、父様! 愚か、実に愚かです! 馬に鹿と書いて『たわけ』って読むくらい愚かですね! 考えてもみてください、そう、考えるのです!」
「何について考えるのかをまず述べろよ! 勢いだけで喋りやがって!」
俺が反論すると、シイナは楽しそうに「エヘヘ~」と笑って、缶の中身をあおる。
よく見るとほっぺたもほんのり赤くなってる。
手に持ってる缶ビール、絶対に一本目じゃないだろ、これ。何本目!?
「いいですか、父様!」
「だから、何だよ!」
「今日は何の日ですか? ――そう、今日は『炎獄杯』当日です!」
「そうだけど、だから何だってんだ!」
「お祭りの日にはお酒飲んでナンボじゃないですかァ~~~~!」
「…………。…………確かにッッ!」
瞬間、俺の目の前が一気に明るくなった気がした。
これは、何ということだ。世界はこんなにも明るく、眩しく、輝かしかったのか。
「まるで、蒙を啓かれた気分だ」
「娘に論破されてんじゃないわよ、アホ」
「痛ァい!?」
ミフユに背中に肘打ちをくらった。
背中がゴリゴリって、ゴリゴリっていった! 結構痛ァいッッ!
「あ、母様、本日はよろしくお願いしま~す」
ニコニコ顔のまま、シイナが挨拶をする。それを、ミフユは呆れ顔で受けて、
「あんた、結構やってるわね……。そんなんで『炎獄杯』、参加できるの?」
「フフフフフ、ナメてもらっては困りますね! このシイナさんは、パレカはそれこそ父様母様がこの世に生を受ける前から嗜んでいる古参勢、年季が違いますよッ!」
自信満々に語るシイナが「アチョー!」と謎のカンフーポーズをとる。
「あ、そ。ま、精々がんばるがいいわ」
「ええ、がんばらせてもらいま~す。……ってぇ~」
シイナの目が、ミフユの後ろで固まっているライミの方へと移される。
「こちらの方はどなたです? あ、私、シイナ・バーンズと申します~!」
「あ、ど、ども。えっと、アキラちゃんの娘さん、なのかな?」
「はいぃ~、四女やってます~。普段は駅ビル内で占いとかやってますよぉ~」
シイナさん、喋り方が割と本気でフニャフニャだぞ、大丈夫か、こいつ。
タクマはどこだ、保護者のタクマは!
「あ、そ~だ~、そういえばですね~。こっちも新しい参加者を一人ですねぇ~」
あかん、ライミとの会話の最中に話題が変な方向に飛んだ。完全に酔って~ら。
シイナから缶ビールを取り上げねばなるまいか。俺はそれを検討し始める。
その、直後、
「何これ、どういうことよ」
聞こえてきたのは、別の女の声。若い、それこそライミとかと同年代っぽい声だ。
「あ、サラさ~ん。いいところに~。改めて父様と母様に紹介をですね~」
「それはいいけどさ、何であんたがこんなトコにいんの、来魅」
シイナの知り合いらしきその女は、何故かライミのことを知っていた。
女子高生。それも髪の色とかも明るくて化粧もばっちりな、いわゆるギャル系。
「え、紗良じゃん。何で!?」
「それはこっちのセリフなんだけど、何これ? ドッキリ?」
ライミも、このサラという女を知っているらしい。
サラ。――サラ・マリオン。ああ!
「思い出した、異世界でのシイナの義母!」
「え~! 紗良って、このお姉さんの義理のお母さんだったのぉ~!」
「ちょッ!?」
俺がポンと手を打って叫び、それに反応してライミが叫び、そして紗良が驚く。
そんな愉快な三段活用が完成したところに、タクマが駆け寄ってきた。
「あ~あ~あ~あ~、シイナ、おまえさすがに飲みすぎっしょ~!」
「あ、ねぇねぇ、タクマさ~ん。父様と母様と、あと誰かさんが来てますよぉ~!」
「誰かさんだァ……?」
フラフラのシイナの肩に手を貸して支えたタクマが、ライミの方を見る。
「あれ、永嶋さんちの来魅ちゃんじゃん」
「うわわ、今度は片桐商事の人ォ、何これ、何々、これ何よぉ~!」
タクマとも知り合いかよ、ライミ……。
いや、この場合はタクマの仕事関連の顔の広さに驚きを感じるべきか。
「何なん、父ちゃん。何で来魅ちゃんがここにいるんよ?」
「それよそれ、何で来魅がここにいるのよ、教えてほしいんだけど?」
何故かタクマとサラの視線がこっちに集中する。何でだよ!
ライミはライミで、立て続けに知り合いに遭遇して目が白黒してしまっている。
ああ、もう、めんどくせぇ!
ヤケになった俺は、全力で腹の底から叫んだ。
「こいつはライミ・バーンズ! おまえらのばあちゃんだよォ~~~~!」
「「「ええええええええええええええええェェェェェェェェェェェェッッ!?」」」
部屋中に響き渡る多重絶叫の中に、ライミ自身の悲鳴も混じってたの、笑うわ。




