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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第470話 宙船坂さん、終わらせる:後

 夜の異階に風が流れる。

 乱れた前髪が揺れるのを感じて、集は長めに息を吐き、その口で笑みを作る。


「勝てなかったね、ライジさん」

「親父、殺したん?」


「まさかだよ、アキラ。僕は令和の日本人だよ。人殺しなんて到底無理だよ」

「そんなニヤケ面で言われても、タマキでも納得しないよ?」

「それはそれでタマキちゃんに失礼なんじゃ……?」


 覚えた疑問を素直に口にし、集は動かなくなったライジを笑ったまま見下ろす。


「彼は生きてるよ。生きてるだけだけどね。何もしなければ死ぬだろうね」

「ぐ……ッ、ゴウジ!」

「おお、兄貴! 任せろよォ~!」


 カンジに命じられて、それまでずっと動かずにいた次男のゴウジが突撃してくる。

 集はそのまま大きく後退して、アキラ達がいる場所まで戻った。


「壁が走ってきたかと思った。ちょっと怖かったよ」

「のん気な感想だねぇ、何とも……」


 聞いていた美沙子が「やれやれ」と肩をすくめた。

 一方で、ライジを回収したゴウジが、カンジのもとへと走って戻る。


「ライジ……」


 瓦礫をベッド代わりにして寝かされたライジの傍らに、カンジが膝を突いた。


「何てこった……、おまえが、こんな……」


 彼は肩を震わして、ライジに回復魔法をかける。


「ああ、回復させるんだね」


 集がクリューグ兄弟へと声をかける。


「それで、また僕に挑戦するのかな? 当然、また別の手段で潰すけどね」

「宙船坂ァ……ッ」


 噛み合わせた歯を剥き出しにして怒りを露わにするカンジへ、集は目を細める。

 その顔に浮かぶのは、普段の彼から想像もつかない嘲りに満ち満ちた笑みで、


「――大した茶番だ。全く、笑わせてくれるじゃないか」


 実にわかりやすい挑発。

 同時に、確実に心を蝕んでくる挑発でもあり、ゴウジが自制がこれで粉砕される。


「ライジは、弟は、弱くねェ! 弱くねェェェェェェェェ――――ッ!」

「オイ、ゴウジッ!?」

「ウゴァァァアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッッ!」


 兄の制止にも止まることなく、ゴウジが地面を強く蹴る。

 その姿が、突如として赤い装甲に覆われる。竜を思わせる刺々しく分厚い重装甲。


「フン」


 しかし、それに反応を示したのは集ではなく、アキラ。


「俺が出るぜ。お袋、カウント五つで左にズドン、だ」

「はいよ、行ってきな」

「クハハハハハハハハハハッ! 俺の出番だ、行くぜ『兇貌(マガツラ)』ァ!」


 派手な高笑いを響かせたアキラが、右手に漆黒の剣鉈を持って飛び出す。

 その背後に、漆黒の甲冑姿の大男が具現化する。


「わかってるな、オイ?」

『ったりめェだろうが、本体! 俺様をナメんじゃあねぇぜ! 《《理解した》》!』

「五、四――」


 自我を持つ異面体マガツラがアキラからさらに前に出て、ゴウジと相対する。


「がァァァァァァァァ――――ッ! 『剛魔轟竜(ゴウマゴウリュウ)』!」

『馬力ばかりの単細胞が、わざわざ自己紹介ありがとよォ! カハハハハハハァ!』

「三、二――」


 ゴウジとマガツラ、両者が繰り出した拳が、正面衝突する。

 バギバギッ、硬いものが砕ける音がして、次いで響いたのはあられもない悲鳴。


「ひぎゃあああああああああァァァァァァァァァ――――ッッ! 手ェ、手がァ! おぉ、ォ、俺の手がああああああああああああァァァァァァァァァ――――ッ!?」


 拳の激突。敗れたのは、ゴウジの方だった。

 マガツラの拳に表面を覆う装甲外骨格を粉砕され、左手の上半分も消し飛んだ。


『『絶対超越(オーバードライブ)』。馬力と強度だけのヤツは楽でいいなァ!』

「一」


 アキラのカウントが終わる寸前、マガツラの右拳が再び繰り出される。

 その一撃は、激痛に喘いでその身を弓なりに逸らすゴウジの左胸に叩き込まれる。

 分厚い真紅の装甲が、容易く砕かれる。


「零」


 カウントダウンが終わる。

 そのときにはすでに、美沙子がリボルバーを具現化し、構えていた。


「――『裟々銘器(サザメキ)』」


 立て続けに四発を発射し、銃声が夜の風の中に響いて消える。

 弾丸は狙いを外すことなくゴウジの心臓に突き刺さり、命の灯火を掻き消した。


「が、ふゥ……」


 全回復魔法を使う隙も与えられず、クリューグ兄弟の次男はその場に倒れ伏した。

 余韻が薄れゆく中、美沙子はリボルバーを下ろして、小さな声で告げる。


「これで、アタシも一仕事果たせたってモンさ」


 カッコつける美沙子と、戻ってくるアキラへと、集が拍手を送る。


「さすが、すごいなぁ。やっぱり『出戻り』は怖いね。背筋が凍ったよ……」


 もちろん、それは本心の言葉である。本音だよ、本音。

 しかし、アキラも美沙子もそんな彼の称賛に対し、揃って疑いのまなざしを送る。


「どう思いますよ、お袋?」

「え、言う必要あるのかい?」

「ないね」


 疑いの視線をそのままに、母子は互いにうなずき合った。


「さすがにひどくないかい? 僕は無力な一般人なんだよ!?」

「無力な一般人は無傷で『出戻り』に二連勝もしねぇんだわ。わかって?」

「く……」


 そこを言われると、呻く以外に何もできない集なのであった。


「っていうかね、親父ね。目の前で人が死んだのに平然としてる時点で自称・一般人はもう、笑うしかないワケよ。笑うわ。クッソ笑うわ」

「これは、仕方がないんだよ。だってそういう精神状態に自らを置くこともまた『護神術』の一端なんだ。そういう修練を積んでるんだから、こうもなるさ!」

「宙船坂のご先祖様は一体何と戦おうとしてたんですかねぇ……」


 半ば開き直る父親に、アキラは呆れの感情を禁じ得ない。

 自分の家系が異世界絡みなのは納得しているが、変な技を伝承してるのは笑うわ。


「あのね、アキラ……」

「何だよ?」


 ため息をつく集に呼ばれ、アキラが怪訝そうに眉を寄せて近づく。

 そのときだった。


「ゴ、ゴウジッ、ゴウジィィィィィィィィィィ――――ッ!?」


 カンジの絶叫が異階に轟いた。

 彼は、倒れた次男を蘇生させて、集達の方に憎悪に満ちた目を向ける。


「宙船坂ァ……ッ!」


 爪が肉に食い込み血が滴る強さで拳を握り、カンジは集と相対する。


「俺の弟達を、よくも、よくも……ッ!」


 瞳に滾る怒りと恨みは、こちらの魂を焼き尽くさんばかりの勢いだ。

 全身から発散される殺気には集も頬に汗を伝わせる。しかし彼は一歩も退かない。


「それが、僕が感じていたものだよ、カンジ・クリューグ」

「あァ!?」

「来魅ちゃんを苦しませて死なせた君と、それを許した僕自身に感じたものだ」


 恨みと憎悪を縦糸に。

 憤怒と嫌悪を横糸にして。

 そこに編み上げられたのは、彼と自分に対する完全なる不寛容。


「君と僕は、僕の恨みを買った。だから絶対に、許さない」

「バカにしやがるッ」


 カンジが、ペッと地面にツバを吐き捨てる。


「俺の大事な弟達とあのバカ女の命が釣り合うワケねぇだろうがァ! あんな女の命、弟達の命に比べりゃあ億分の一の価値もありゃしねぇんだよ!」

「来魅ちゃんと、君の弟二人の命が釣り合うワケないじゃないか。君の弟二人の命なんて、来魅ちゃんに比べれば兆分の一の価値もありはしないよ」


 カンジと集は互いに視線をぶつけ合って、間にある空気が灼熱にひしゃげていく。

 ユラリ、と、カンジの傍らの景色が歪んで、そこに異面体が出現する。


「……『痲戯泥(マギドロ)』」


 それは、灰色のスライムのような姿をした不定形の異面体だった。

 マギドロの出現によって、カンジから放たれる殺気がさらに密度を濃くしていく。


「アキラも、美沙子も、手を出さないでくれ」


 集は背後の二人にそう言って、静かに構えをとった。

 腰を落として、両腕は腰に置いて、体は傾けずに正面からカンジを睨み据える。


「これは、来魅ちゃんの仇討ちだ。これを果たすことで、僕は僕のことを許すことができる。そのために、カンジ・クリューグ。君には覚悟してもらう!」

「三十過ぎたおっさんが青臭ェことを抜かしやがる。教えてやるよ、てめぇが誰に喧嘩を売ったのか。その全身に叩き込んで刻み込んで殺し尽くしてやる!」


 集とカンジ、絶対に歩み寄れず、相容れることのない二人が、ここに激突する。


「見ていてくれ、来魅ちゃん。僕は必ずやってみせる!」

「やられるの間違いだぜ、宙船坂集。弟が受けた苦痛を億倍で返してやるよ!」


 両者の間に高まりつつあった緊張はいよいよ極限に達し、開戦は間近となる。

 そして、先に動きを見せたのは、集。

 ただでさえ低い姿勢をさらに前に傾けて、膝を折り曲げて地面を蹴ろうとする。


「バカがッ! 動きが見え見えなんだよ。マギドロで、てめぇを――」

「いや、君は何も見えてないよ」


 急に平坦な声で、集は言い返す。

 直前までの彼とは全く異なるテンションにカンジが「は?」と声をあげる。

 漆黒の剣鉈がその身のど真ん中を串刺しにしたのは、直後のことだ。


「…………は?」


 自分のみぞおちに突き刺さった剣鉈を見下ろし、カンジは同じ声をまた出した。

 血がブシュッと噴いて、体から力が抜けて、彼はその場に膝を折る。


「な、な……? 何だ、これ……? な、え? え……?」


 痛みよりも苦しみよりも、カンジは疑問を口にする。

 もちろん、集が投げたものではない。


 投げたのは、アキラ。

 集が身を低くしたのは、剣鉈の射線を確保するためだった。走るためではない。


「ぇ、だって、手を出すな、って……」


 場に不相応なくらいに間の抜けた表情を見せるカンジへ、集からの種明かし。


「ああ、合図だよ。僕がそう言ったら武器を投げるよう、アキラに頼んでおいた」

「な、ぁ……ッ!?」

「ひでぇペテンもあったモンだわ」


 漆黒の剣鉈――、ガルさんを投げ放ったアキラ自身が、顔をしかめて呟く。


「親父さぁ、これって一応、決戦だよね? 因縁の相手との最後の勝負だよね?」

「ん? そうかもしれないけど、それに何の意味があるんだい? 僕の目的はカンジ君を仕留めることだよ? 勝負に固執してそれを忘れたら、本末転倒だよ」


 首をかしげる集に、さっきまでの熱さは微塵も残っていなかった。

 来魅がどうこうという言動も、それに合わせた熱の入れようも、全てがフェイク。


 元より、ライジに勝ったことも、そのあとの挑発も、全て、全て。

 カンジを仕留めるという目的を完遂するために、集が仕掛けた誘導だったのだ。


「ぁ、あァ、バカな、こ、こんな……ッ」


 口から大量の血を吐いて、カンジが前のめりに倒れ伏す。

 全回復魔法は使えない。突き刺さったガルさんに封じられてしまった。


「こんな、こんな……!」


 激痛の中、横を向いた彼が見るのは、蘇生されたゴウジに近づく美沙子の姿。

 その手にはさっきと同じリボルバーが具現化している。


「ライジさんの方もお願いするよ、美沙子」

「わかってるさね。後腐れはないようにしとかなきゃねぇ」


 交わされるその会話に、カンジは瞳を見開く。


「何を、する気だ? や、やめ……、やめ、ろ。やめて……、やめてく――」


 かすれた声で呟くカンジの前で、美沙子が発砲する。

 銃声は数度続き、ゴウジの体はその回数分跳ねて、こときれた。


「ぁ、あ! ぅあああああ、ゴウジ、ゴウジィィィィィィィ――――ッ!?」

「まだ、終わらないよ」


 泣き叫ぶカンジへ、集は無感情に告げる。

 美沙子はさらに、続けてライジにも銃口を向けた。


「やめろ、やめろ! やめろやめろやめろ! やめさせてくれ、お願いだァ!」

「断る」


「何でもする! あの女にも謝る! 靴も舐める、一生奴隷になる、だからッ!」

「断る」


「ウアアアアアアッ! クソ、クソ! 鬼め、悪魔め! おまえらは悪魔だ!」

「君もそうだよ」


「あああああああああああああ! やめてくれェェェェェェェェ――――ッッ!」

「美沙子、やってくれ」


 銃声。

 銃声。

 銃声。

 ライジ・クリューグが、死んだ。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァ――――ッ!?」

「全く、笑わせてくれるじゃないか」


 血の涙を流しそうなカンジを見下ろし、集はゆっくりと右足を上げた。


「君は行方不明になったと、来魅ちゃんには伝えておくよ。幹治君」

「の、呪われろ、てめぇは呪われろ、宙船坂集! てめぇは、てめぇだけは……!」

「この期に及んで他力本願はやめるといいよ。君が僕を呪えば済む話だ」


 凄絶なまでの憎悪を滾らせ睨むカンジに告げて、集は右足を彼の頭に叩きつける。

 ゴギャッ、と鈍い音がして、カンジの頸椎は破壊され、その首が折れ曲がった。


「そら、ふ、ね、ざ……ッ」


 体を最期に一度だけビクンと震わせて、カンジ・クリューグは息絶えた。

 これから体温を失っていく死体をまっすぐに見つめて、集は呟く。


「君を殺した。その罪を生涯背負って生きることが、僕の、僕への罰だ」


 それを言う集の顔は、アキラの位置からは見ることができなかった。

 全身を夜の闇に浸して、最後に一言、優しい父親は零す。


「……笑わせてくれるじゃないか」


 自嘲だった。

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