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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第462話 宙船坂さん、かなり心配される

 一息入れる。


「ふぅ……」


 途端、全身から汗が噴き出て、集は不快な感触に晒された。

 ただ立っているだけなのに、意識がグルグルと回って平衡感覚が失せていく。


 大量の汗はベットリと身体を濡らし、服が貼りついて気持ち悪い。

 だが動こうにも脱力感が凄まじく、立っているのすら難しくなってくる。


 そして、無視しきれないレベルの吐き気も込み上げてくる。

 頭の奥から響くような頭痛も合わせて、それは二日酔いの症状に酷似していた。


 ただし吐き気も頭痛も、脱力感も、普通の二日酔いとは比較にならない。

 震え出す身体を堪えきれず、集は糸の切れた人形のようにその場にへたり込んだ。


「おじさん!?」


 見かねて、来魅が駆け寄ってくる。


「ちょっと、おじさん、大丈夫!」


 集の意識は一瞬途切れ、来魅の大声によって覚醒する。

 彼は自分を抱えようとする少女を見上げて、不思議そうに首をかしげた。


「ぅ、ん……。ん? ……ああ、来魅ちゃんか。どうしたの?」

「どうしたのじゃなくてさ! 受け答えおかしいって!」

「受け答え……」


 おうむ返しに言って、それからようやく意識がはっきりする。


「あ、ぁあ、ごめんごめん。ちょっと緊張の糸が切れたみたいでね」

「何それ、本当に大丈夫? 顔色サイアクなんだけど……」


「周りが薄暗いからそう見えるだけだよ」

「絶対そんなことないってー!」

「大丈夫、大丈夫だから」


 焦燥を隠そうともしない来魅へうなずき、集は立ち上がろうとする。

 吐き気は落ち着き、体の震えも止まっている。


 ただ、疲労感はしっかりと体に刻み込まれていた。

 加齢のせいもあるんだろうなと考えて、集はほんの少し遠くを見つめそうになる。


「ホントに大丈夫なの?」

「うん、何とかね」


 腕を軽く回したりして、改めて自分の状況を確認する。

 酩酊感はない。立つことはできる。平衡感覚も保てている。異常はなさそうだ。


「一気に疲れたくらい、かな」

「…………」


 何とか笑おうとする集を、来魅が無言でジッと凝視している。

 その視線の強さは、彼女が抱える心配の顕れではあるのだろうが――、


「……本当だよ。ちょっと疲れただけさ」


 誤魔化しきれないと悟った集は、観念して白状することにする。


「タイマンなんて二十数年ぶりでね。さすがに緊張なしじゃいられなかった。それで消耗したんだよ。それだけだから、そんなに不安そうな顔をしないでいいよ」

「――わかった」


 彼の言葉にウソはない判断したらしく、来魅はどこか不満げながらもうなずく。

 そして彼女は、まだ気絶しているライジに目をやって、


「おじさん、ケンカ強かったんだ。魔法使いに勝っちゃうなんてさ」

「昔取った杵柄、ってヤツだよ」


 集は苦笑し、自分がいる洞窟に再び視線を巡らせる。


「ここは、僕の修行場だったんだ」

「え」


 来魅はすっとんきょうな声を出した。


「え、シュギョーって、あの、バトル漫画とかによく出てくる、シュギョー?」

「そうそう。さっき、父親と一緒にキャンプに来てたって言っただろ」


「うん、言ってたね」

「実はキャンプじゃなくて修業しに来てたんだ、ここに」

「はぁ~?」


 二度目の、来魅の驚愕たる声。

 それも無理はない。集とて、話しながら『何言ってるんだ』と思ってるくらいだ。


 だが、それは事実だ。

 残念なことに、まぎれもない集自身の過去の話。実体験。


「僕の家はちょっとした護身術を伝える家系でね、中学まで父に鍛えられてたんだ」

「ふぇ~……」


 来魅が漏らした感嘆の声は、何とも気の抜けるようなものだった。

 それに小さく笑いを返しつつ、集は自分の右手を見つめる。


「昔の話さ」


 繰り返して、彼は胸の奥底に蟠るものを自覚する。

 ああ、全くもって忌々しい。

 修練をしなくなって二十年以上も経過しているが、体は思い通りに動いてくれた。


 それが、集にはどこまでも忌々しく、憎たらしくてならない。

 自分が修めた技が、とことんまで身に沁みついている証左に他ならないからだ。


 頭ではとっくに忘れていたはずなのに、体は何も忘れていなかった。

 それが心底イヤになる。

 だが、この技がなければライジを倒すこともできなかった。


 今になって彼は自覚する。

 自分を襲ったこの強烈な消耗は、禁忌を破ったことに対する反動と拒否反応だ。


 アキラの名を出した。

 頼りたくもない技に頼った。


 それらの禁忌を立て続けに踏み越えた現実を、体が受け入れきれなかったのだ。

 今だって、思い返すだけで腹の底から不快なものがせり上がりかける。


「……おじさん?」


 気がつくと、また来魅がこっちを心配げに覗き込んでいた。

 集は気づかれないよう、不快感を飲み下した。


「何でもないよ。大丈夫だ」

「なら、いいけどさ」


 彼女はホッと胸をなでおろし、ようやく笑ってくれた。

 この笑顔を守ることができたと思えば、胸中にあった澱みもたちまち薄れていく。


「おじさん、アッショーだったね!」


 集の調子が戻ったとみるや、来魅はパンチを打つマネをしてはしゃぐ。

 彼女から見れば、確かに集がライジを圧倒したように見えただろう。


「全然。本当は紙一重の勝利なんだよ」

「え~?」


 来魅は冗談でしょと言わんばかりの反応を示すが、事実である。


「僕がライジさんに勝つ手段は、唯一、この人の魔法を凌いだ直後だけだった。その最初で最後のチャンスを掴み取るために色々と準備を重ねたんだよ、こっちは」


 ライジ・クリューグの異面体が戦闘向きでないことは、クラマから聞いていた。

 彼の異面体は索敵に照明、演算など七種の非戦闘能力を駆使する万能型だ。


 反面、直接的な戦闘能力は低く、ライジの攻撃手段は主に魔法だった。

 それは、真っ先にライジが即死魔法を使ってきたことからも実証されている。


 彼が集に最初に使った魔法。

 それが即死魔法以外だったら、集の敗北は決定していた。


「圧倒的に勝つか、圧倒的に負けるか。この勝負はそのどっちかだったんだ」

「そーなんだねー」


 と、来魅も相槌を打ちはするが、これは完全にわかっていない顔である。

 ちょっとだけ、彼女の成績が心配になる集であった。


「…………ぐ」


 聞こえる呻き声。

 集と来魅が、同時に横たわっている男を見た。


「来魅ちゃんは少し下がっててくれるかな」

「うん、わかった」


 来魅が離れるのを確認してから、集は身じろぎするライジの方へと近寄っていく。

 そして目を覚ました彼に、一番に告げる。


「約束は守ってもらいますよ、ライジ・クリューグさん」


 返事の代わりは、舌打ちだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――『裏事屋』から連絡があった。


「永嶋来魅さんをこっちで保護しましたんで、一度来てもらえますかね」


 という内容だった。

 よかった、と、胸を撫で下ろす。


 どこに行ってしまったのかと不安に思っていたが、やはりプロ。見つけ出したか。

 随分とやきもきさせられたが、これで心配の種はなくなった。


 これで心置きなく、離婚に向けて動き出せるというものだ。

 そっちの準備はとっくに整っている。


 今日まで溜め込んだ音声データに、隠しカメラの映像も多数。

 弁護士だって、県内県外問わず探し回って、離婚問題に強い先生を見つけてある。


 何もかもが万全。

 例え裁判になったとしても、こちらの勝利は揺るぎない。


 こちらの最終的な目標は、相手有責での離婚。もちろん慰謝料は請求する。

 そして、子供達をあいつに押しつける。


 わざわざ親権についてなど争うつもりはなかった。

 金はもらう。

 めんどくさい子供はあいつに譲る。


 それが自分にとって最高の結末。

 子供達に情がないワケではないのだが、どうしても面倒だという感情が優った。


 これから先の人生は自分と《《あの人》》だけでいい。

 子供達は重たい荷物でしかなかった。


 さてさて、ついに陽室市にある『裏事屋』の事務所に到着した。

 ここに来魅が『保護』されているはずだ。あとは幹治(みきはる)も一緒だろうか。

 それならば余計に都合がいいのだが。


 顔を合わせたら、まずは子供達を説得しなければ。

 自分ではなくあいつについていくよう、うまく言い聞かせなければならない。


 そこは、適当に言いくるめればいい。

 どうせ二人とも子供なのだから、事実を確認するすべなどあるはずもない。


 事務所で『裏事屋』箕浦頼二の案内を受けて、来魅がいるという部屋へ向かう。

 さて、どう言い聞かせるか。

 それを考えながらドアを開け、部屋の中へ。すると――、


「待ってましたよ」


 そこにいるはずのない男に出迎えられた。


「……集?」

「ええ、僕ですよ。永嶋先輩」


 ドアを開けた永嶋之晴は、宙船坂集に呼ばれてその身を強張らせた。

 それに構うことなく、集は彼を見据える。


「やっぱり、あなたも依頼人だったんですね」


 決着へ向けて、いよいよ事態は佳境に投入する。

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