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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
幕間 バーンズ家の色々諸々冬景色

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第459話 宙船坂さん、割って入る

 景色は闇。闇は黒。ベッタリと空間に塗りたくられた、重々しい夜の帳。

 山は静かで、だから景色を覆う闇は一層深く感じられた。蟠って、淀んでいる。


 全てを沈ませていた闇が、だが、突如として切り裂かれる。

 まずはタイヤが地面をこする音によって静寂が破られた。

 次いで、遠くから放たれる人工的な光によって、黒々とした闇が押しのけられた。


 そこに浮かび上がるのは連なる木々と、舗装されていない剥き出しの砂利道と。

 そして、その道の先にある少しばかりひらけた場所であった。


 集達の車が停められているのがそこだ。

 車内、助手席に座っている集が、闇の向こうに見える光を数える。


「車が三台……」

「人数にすりゃあ、十人ちょっとってところかねぇ~」

「じゅ……ッ!?」


 運転席でのんびり呟くクラマの推測を耳にして、来魅がギョッと目を剥いた。


「十人って、そんなに!?」

「もしかしたらもっといるかもしれないねぇ~、こりゃあ~」

「そんな……」


 後部座席で来魅が絶句している。

 その気配を感じつつ、集はちょっとした疑問を覚えていた。


「確かに、やけに多いですね」

「集ちゃんもそう思うのか~い?」

「ええ」


 ライジという男は、来魅の母親の依頼を受けて、彼女を捕まえようとしている。

 だから追ってくるのはわかる。

 が、来魅一人を捕まえるにしてはちょっと人数が大げさすぎないか。


「俺ちゃんのせいかもねぇ~」

「先生の……?」


 何気なく呟く恩師に、集が眉根を寄せる。

 そして、気づいた。


「――『出戻り』ですか?」

「確証はないがね、そのセンがありそうじゃないかねぇ~」


 ライジ達も集達の側に『出戻り』がいることを警戒している。

 なるほど、それなら十人という人数は決して大げさではないかもしれない。


「……車が泊まった」


 緊張混じりの声で来魅が言う。

 こちらの車を三方から囲うように、車が三台、立て続けに停車する。


「…………」


 無言の来魅。しかし、そのまなざしを集は己の背中に感じている。

 彼は振り返らずにコクリと一度うなずいた。


「大丈夫だよ、来魅ちゃん」

「……。うん」


 来魅は軽く息を呑み、そこにある不安をグッと押し込んで一声、集に返した。


「さてさて、そんじゃ行きましょうかねぇ~」


 ヘッドライトが飛び交う中、まずはクラマが外へと出ていった。

 次に集が出て、最後に来魅がそれに続いていく。


 すると、こちらを囲む三台もドアが開き、中からゾロゾロと男達が下りてくる。

 やはりというべきか、どいつもいかにも剣呑な雰囲気を漂わせる強面ばかり。


 人数は十二人。

 一人を除いて全員がチンピラ。まごうことなき『その筋の輩』である。


 そして除外すべき一人は、チンピラどころではなかった。

 やたらと痩せたスーツの男。しかし眼光の鋭さは他の十一人がヌルく思えるほど。


 ――あれが、ライジ・クリューグか。


 集が一発でそれを認識したのとほぼ同時、ライジが口を開く。


「やっと見つけましたよ、永嶋のお嬢さん」


 見た目にそぐわぬ、ドッシリと落ち着いた感のある低い声だった。

 その一言だけで人を率いるだけの器量を感じさせる、力の宿った声でもあった。


「まさか、こんなところにいらっしゃったとはね」


 ライジの目が、来魅ではなくクラマと集の方をジロリとねめつける。

 睨まれた。

 ただそれだけで、集は目前に凶器を突きつけられたかのような錯覚に陥った。


「あんたさんらが、お嬢さんをこんなところまで連れ回したんで?」

「クヘヘヘヘ、そうだぜぇ~。っつったら?」


 問い返したのはクラマである。

 さすがに彼も『出戻り』だけあって、ライジの視線など脅威ではないようだった。

 質問を質問で返されたライジは、しかし表向きは動じずに、


「何とも迷惑なことをしてくれたもんだ。今日一日、お嬢さんを探し回ることになっちまった。こっちは親御さんにお嬢さんを保護するよう頼まれてるんですけどねぇ」


 言うライジからは、今のところ敵意や怒りのたぐいは感じられない。

 彼は表情のない顔で淡々と話を進めてきている。


「ウソよ! ママがあんた達に頼んだのは保護じゃなくて拉致でしょ!」


 と、来魅が声を荒げても、ライジの反応は小さく肩をすくめるのみ。


「こいつは参りましたね。あんたさんら、そちらのお嬢さんに何を吹き込んだんです? さすがにこれ以上の業務妨害はやめてほしいところなんですけどねぇ……」

「その言い方――」


 ここで、集が初めてライジと相対する。


「まるで僕達が来魅ちゃんをさらった、みたいな言い方ですね」

「その通りでしょうよ。あんたさんらがどこの誰で、どうしてお嬢さんと一緒にいるのかも知りませんがね、私らの仕事の邪魔はせんでほしいんですよ」


 穏やかながらもはっきりと集達を邪魔者だと告げるライジ。

 それに、来魅が噛みつく。


「おじさん達はあたしを助けてくれたの! あんた達と一緒にしないでよね!」

「はぁ、助けた。ですか……」


 ニヤリと、ライジが笑みを浮かべる。

 それは来魅を子供と侮っている笑みだと、集にはすぐにわかった。

 彼は新たに問いかける。


「来魅ちゃんの親御さんは、どうしてあなたに保護を頼んだのですか?」

「そいつは、おいそれと他人に話せることじゃありませんよ。こっちは仕事として請け負ってるんでねぇ。機密ってのは、どんな仕事にだって付いて回るモンでしょう」


 それはライジの言う通りではあった。

 次いで、彼は一歩、集達の方に近づこうとしてくる。


「そんなことは、この際どうだっていいんですよ。それよりもお嬢さんの身柄をこっちに渡してもらえませんか。私も、そうそう気が長い方じゃないんですよ」


 ライジがチラリと後方に控えている男達の方に目をやる。

 応じるかのように、チンピラ達が寄ってたかって来魅にガンを飛ばしてくる。


「ひぐ……ッ」


 暴力的な視線の集中砲火を受けて、来魅がビクリと身を震わせた。


「おい、やめねぇか! お嬢さんを怖がらせるんじゃねぇ!」


 自分で促しておきながら、ライジは部下のチンピラ達を一喝する。

 そして、再び来魅を向いた彼が浮かべているのは、一転して優しい笑みだった。


「すいません、お嬢さん。ウチの連中が粗相をいたしました。怖かったでしょうね」

「…………」


 来魅は、ライジに言葉を返せない。完全に気持ちが縮み上がってしまったようだ。

 あまりにも露骨な警告だ。それを理解しながら、集はあえて来魅へ言った。


「来魅ちゃん。君の弟さんのこともきかなきゃ、だろ?」

「あ――」


 俯きかけていた来魅が、バッと顔を上げる。


「そうだよ、ミキ! ミキのこと知ってるんでしょ!?」


 チンピラに凄まれた程度で、彼女の中にある弟への心配が萎えるはずもなかった。


「はて、何のことで?」


 ライジはそう言ってしらばっくれようとするのだが、


「ウソつき! あたしわかってるんだからね、あんたが弟のことを知ってるのも、あんたがデモドリっていう魔法使いなのも、ちゃんとわかってんだから!」

「……ほぉ」


 ただ一声の小さな反応。しかし、ライジの気配が一変する。

 それまでは目つきは悪いが、それでもまだ穏やかだった彼から、殺気が放たれる。


「ぅ、寒い。な、何……?」


 ライジが溢れさせた殺気をモロに浴びて、来魅がのどを引きつらせる。


「来魅ちゃん」


 彼女とライジの間に、集が壁になるようにして割って入った。

 来魅は、縋るようにして集の服をギュッと掴んでくる。


「なるほど、あんたさんらも『出戻り』ってことかい。やっぱりこれだけ連れてきて正解だったようですねぇ。道理で俺が探した先にいなかったワケだ」


 一人称が変わっても口調自体は変わっていない。

 しかし、ならば集の全身を襲うこの息苦しい圧迫感は何なのか。


 来魅が『寒い』と言ったのもわかる。

 ライジが纏う空気の質が、明らかにさっきと違っている。


「ヘヘヘヘ、勘違いしちゃ困るねぇ、ライジ・クリューグちゃんよぉ~。こっちで『出戻り』は俺ちゃんだけさぁ~。こっちのお兄ちゃんとお嬢ちゃんは違うぜぇ~」


 ライジの変質にもまるで動じず、クラマが助け舟を出してくれる。


「あんた、俺を知ってるのか……?」


 クラマの方へと意識を向け、ライジが眉間にしわを寄せた。


「さぁ~て、どうだろうねぇ~? ヘヘヘヘヘ」

「オイ、オッサン。何、笑ってやがんだ? 俺らのことナメてんのかよ? あァ?」


 クラマの態度が気に食わなかったらしくチンピラが一人、彼へ近づこうとする。


「待て、吉崎」


 それを、ライジが制した。


「ライジさん、けど――」

「俺は『待て』と言ったが?」

「ぅ……。す、すいやせん……」


 ライジにたしなめられたチンピラは、露骨に顔色を青くして引き下がった。

 そして、ライジは目線はクラマに固定しつつ、


「確かに永嶋のご長男は俺の兄貴のところにいますよ」


 それを認めた。


「やっぱり、ミキ……!」


 来魅が大きな声で弟を呼ぶ。その声は確かな喜色に染まっていた。


「その上で言っておきますがね、あくまでも保護してるんですぜ、こっちは」

「ウソ! ママは電話で捕まえろって言ってた! あたし、聞いてたんだから!」

「ウソなモンですかい。あんたらの保護。それが俺達が受けた依頼だ」


 ライジはスパッと言い切る。

 来魅は彼を睨んでいるが、集はそこに多少の迷いを感じとった。


 堂々と断言するライジの主張を、来魅は否定しきれていない。

 心のどこかに『もしかしたら』という思いが出てきてしまっているのだろう。

 あれだけ心配していた弟を保護していると聞かされ、動揺したのもあるか。


 集は、クラマの方を見る。

 だがかぶりを振られてしまう。ライジの声音だけでは真偽の判別は難しいようだ。


「何ならそちらの『出戻り』に契約の魔法を使ってもらっても構いませんぜ。こっちはあくまで、お嬢さんと弟さんを保護したいだけだ。拉致するなんてリスクのでけぇコトはこっちだって願い下げだ。警察の御厄介になる気はないんでね」

「へぇ、そりゃあ何とも……」


 契約という言葉を持ち出したライジに、クラマも小さく口笛を吹く。


「俺ァあっちじゃ傭兵をやってまして、傭兵にとって契約ってのは絶対だ。それを交わしても構いませんぜ。お嬢さんと弟さんにゃ、傷一つつけねぇと誓いましょう」


 何も憚ることはせずに、ライジが重ねてそれを告げる。

 集は後ろの来魅を気にしつつ、クラマに確認する。


「先生――」

「こればっかは、ウソじゃなさそうだねぇ~」


 クラマをしてライジの言葉は真実であると保証されてしまう。

 つまり、ここで来魅を渡しても何も問題はない。そういうことになってしまった。


「どうですかねぇ、お嬢さんを預からせてもらえませんか?」


 ライジが、その身から放っていた殺気を引っこめて、再びそれを尋ねてくる。

 彼のもとには来魅の弟である幹治(みきはる)もいるという。


 来魅は常に弟のことを案じていた。

 それを思えば、ここでライジに彼女の身柄を預けるのも選択肢の一つではあった。

 しかし――、


「……おじさん」


 来魅が、集を呼ぶ。

 その声は弱々しく震えていて、とても頼りなさげで、手は彼の服を掴んだままだ。


「――――」


 集は、一瞬だけ目を伏せた。

 時間にして刹那。まばたきと変わらぬ、短い時間。


 それで十分だった。

 決意するには、それで十分だった。


「逆も、成り立ちますよね?」


 そして彼は言う。目の前の眼光の鋭い元傭兵に向かって、言う。


「逆、とは?」

「来魅ちゃんの弟さんを、僕達の方で保護するという選択です」

「は?」


 集の言葉の意味がわからなかったようで、ライジが一瞬、ポカンとなる。


「わかりませんか。つまり――」


 ライジが見せた一瞬の隙。

 その間に、集はクラマへと視線を投げて、自分はそこから来魅の右手を握った。


「あなた達に来魅ちゃんを渡すつもりはないってことですよ!」

「ヌヘヘヘヘヘ、そういうことぉ~!」


 笑いながら、クラマがパチンと指を鳴らす。

 直後、チンピラ達がたむろしている辺りの地面に、深さ2m程の大穴が出現する。


「な……ッ!?」

「うおおぉ~~~~!」

「ぐぎゃ!」


 屈強なチンピラ達が、いきなり現れた落とし穴になすすべなく落ちていった。


「おい、おめぇら……ッ!」


 さすがにこれには驚き、ライジが部下の方を振り向く。


「今のうちだ、行こう、来魅ちゃん!」

「う、うん!」


 集は来魅の手を引いて、エンジンがかかったままの車に乗り込む。

 そして彼女が助手席に乗ったのを確かめて、そのままハンドルを握り締める。


「先生、そっちはお願いします!」

「あいよぉ~」


 その場に残されたクラマが、緊張感のない返事をして手を振る。

 ライジが驚きの硬直から立ち直る前に、集は思いっきりアクセルを踏みしめた。


「揺れるから気をつけるんだよ、来魅ちゃん!」

「わ、わか、ッ、きゃあ!?」


 車がその場で大きくUターンする。

 ヘッドライトが照らすのは、唯一囲まれていない方向。なだらかな斜面だ。


 砂利道も存在しない真夜中の山肌を、レンタカーが一直線に爆走する。

 やっと我に返ったライジが、額にあらんばかりの青筋を浮かべて、絶叫した。


「逃がすと思うか、テメェェェェェェェェ――――ッ!」


 キレた『出戻り』の男は、クラマに目もくれず走って集の車を追いかける。

 遠ざかる車の走行音を耳にして、クラマがケラケラ笑う。


「うまいこといったねぇ~」


 ライジと部下の分断。

 それは、あらかじめ彼と集が話し合って決めた作戦だった。

 その中で決まったクラマの役割は、こうしてチンピラ達を抑えること。


「あとは任せたぜぇ、集ちゃ~ん」


 呟くクラマの声には、ひとかけらの不安もありはしなかった。

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