第45話 ケント・ラガルク、この野郎
ヤバイヤバイヤバイヤバイ。
ちょっと異能態したせいで『異階』が急速に崩壊していく。
「団長ぉ~、空がバッキバキに割れてくんですけど~!?」
「ぬあああああ、地面にも亀裂が広がっていく~ッ!」
早くッ、早く金属符剥がして『異階化』解除しないとォォォォォォォ!
うおおおおおおおお、焦る焦る焦るゥ~~~~!
「あ」
俺はコケた。
「ホンット、ふざけんでくださいよ、あんた!?」
「ふざけてねぇよ! あ、でも起きるの時間かかるから頼んだ、ケント」
「団長ォ――――ッ!? ったく、この人はァ! ゲキテンロウッ!」
ケントが手足に異面体の武装を纏って、高々と跳躍。
そして『異階』が崩壊し尽くす前に、その手がアーチに貼られた金属符を掴む。
金属符がアーチから剥がされた瞬間、景色が一気に切り替わる。
壊れかけた『異階』から、現実の宙色銀河商店街前へ。
地鳴りに慣れていた耳に夜の喧騒がなだれ込んできて、うるっさ。うるさァ!
「ふへぇ、やっと戻ってこれたぁ……」
「いや、全部あんたのせいでしょ。何ですか、あのかりゅぶでぃす、ってのは」
「異面体の一つ上の力だよ。俺が引退した時点で、使えるやつはごく少数だったな」
「それを使えるってんだから団長は大したモノなんでしょうけどね……」
ハフゥ~、と、ケントがそれはそれは深いため息をつく。
「……疲れたっすわ」
「あ~、そうだなぁ~、今回は特に疲れたかもしんない」
もうね、何か眠いモン、俺。
「団長、団長ッ、団長ォ~! 寝るならお布団で寝てくださいよ!」
「うるせぇ、親かよおまえは!?」
「ほら~、すっげぇ手があったかいじゃないですか、団長ねむねむなんですね~」
「や、か、ま、し、い、わッ!?」
俺の手をニギニギしてくんじゃねぇ、って、おまえの手ェでっかくね……?
そんなどうでもいいことに気づいたとき、遠くにけたたましい音が聞こえてくる。
「……警察のサイレンですね」
「ああ、予定通りに来てくれたか。タイミングバッチリだな」
俺はアーチの近くから、商店街の向こう側を眺める。
そこには、俺達が蘇生させた多数のヤクザ達の姿。まだ全員、気絶したままだ。
「いたぞ、あそこだ!」
「本部に連絡、通報通り、宙色銀河商店街に多数の反社構成員を確認!」
「銃で武装しているとの情報もある、注意して接近しろ!」
大量のパトカーから、出てくるわ出てくるわ、おまわりさんがワラワラと。
「は~い、申し訳ありませんが、こちら通行止めになりまーす!」
警官の大群が商店街に押し寄せたかと思うと、あっという間に通行止めになる。
非常にテキパキした、見ていて気持ちよくすらある仕事の速やかさだ。
商店街で気絶しているヤクザ達は、全員が銃や刃物で武装している。
これで警察に検挙されれば、芦井組は大幅に弱体化することになるだろう。
あとはまぁ、ミフユがどうにかするんじゃねーかな。
「終わり、ですかね」
「ああ、終わりだなぁ。やっと……」
何事かと集まり始めてくる野次馬に混じりながら、俺とケントは共にうなずく。
野次馬がやってくるのとは反対に、俺達はこれからこの場を離れる。
そのあとは、八重垣探偵事務所で合流する手はずになっていた。
「…………」
ケントが、視線を辺りに走らせて何かを探している。
「どうかしたか、ケント」
「いえ、別に」
俺が尋ねるとすぐに探すのをやめたが、その目だけはせわしなく辺りを見ている。
ああ、そうか、菅谷真理恵か。俺はすぐに気づいた。
そうだよな、こんなに大量の警官が来てるんだ。
彼女がこの現場に来ていたって、何もおかしくはない。だから探してたのか。
「行こうぜ」
「わかってますよ、団長」
だが、俺はあえてそこにツッコまなかった。
数時間前に、ケントはすでに菅谷真理恵に別れを告げている。
もちろん彼女は生きているし、ケントもこうしてピンピンしちゃあいるんだが。
でも、そういうモンでもないだろう。あのとき、ケントが告げた別れは。
「――見つけた、賢人君!」
って、思ってたら、その当人とバッタリ遭遇よ。えぇぇぇぇぇぇぇ!!?
「菅谷さん!」
菅谷真理恵は、去ろうとする俺達の前に走って回りこんできた。
彼女は息を切らせながら、こっちをしっかりと見つめて、前方に立ちふさがる。
「見つけたわよ、賢人君。……どうしてさっきは、逃げたりしたの?」
「すいません、菅谷さん。でも、俺は……」
真っすぐ問いかけてくる菅谷に、ケントは気まずそうに視線を逸らし、口ごもる。
「ねぇ、もしかして、私の提案って迷惑だった? あなたは、イヤだったの?」
「違いますよ。そんなワケないです。すげぇ、ありがたかったですよ」
「じゃあ、どうして? 何で逃げたりしたの?」
「それは……」
言い淀むケント。
しかし、こうして出会ってしまった以上、言い逃れはできない。
素直に、菅谷真理恵についていくことはできないと断るしかないだろう。
今後、もし彼女がケントの近くにいれば、間違いなく不審を抱く。
今回の芦井組の大量検挙に、郷塚家の壊滅。
偶然で片づけるには、あまりにも不自然すぎる。菅谷が気づかないはずがない。
ケントは菅谷真理恵に好意を抱いている。
それがどういったたぐいの感情かはさておき、敵対はしたくないに決まってる。
加えて言うなら、俺も菅谷真理恵は敵に回したくない。
彼女は、尊敬できる大人ではないが、信頼できる人間ではあるから。
「菅谷さん、あの……」
「うん、何?」
今も、こうして菅谷はケントの言葉に真摯に耳を傾けようとしている。
ケントが一言拒めば、食い下がりはするだろうが、最終的には聞き入れてくれる。
辛いだろうが、ケントは菅谷真理恵の申し出を断らなきゃいけない。
俺が見守る隣で、言いにくそうにしていたケントがやっと言葉の続きを紡ぎ出す。
「――菅谷さん、今、彼氏っています?」
…………。…………。…………は?
「…………え?」
固まる俺。呆ける菅谷真理恵。
「もし、彼氏がいないならですね、あ、いえ! 違うんです、決してこれはその、そういうことじゃなくてですね? え~と、そうだ、中学生男子とか、どう思いますか? 身長160cmの、ちょっとやせ型の男子とか、どう思います? あ、他意はないですよ? 本当に、そういうのじゃなくて。そういうのじゃないですからね?」
どう考えても、そういうのじゃねぇか!?
「いやぁ~、ハハハ~、ちょっとした世間話ですから。ああ、あと、趣味が読書と散歩ってどう思います? やっぱちょっと地味ですかね? 菅谷さんの趣味って何なんですか? あ、これも世間話の一環で~、アハハハハハハ~!」
誤魔化すのド下手かッ!
「おまえちょっとこっち来い!」
「ァいてッ!?」
俺はケントの耳を引っ張って、無理矢理その場から離れた。
そして、声を小さくしてケントに真意を問う。
「おまえ、どういうつもり? 何考えてんの? ねぇ? ねぇ!?」
「え、さりげなく真理恵さんの好みのタイプを聞き出そうとしてるだけっすよ?」
「この上なくわざとらしかったわ。つか、名前呼びィ!」
「いいですよね、真理恵さん。いい響きの名前だ~、口に出してて気持ちいい」
「あのさ、ケント君さ、実はベタ惚れ……?」
俺が率直に問うと、ケントは頬を染めて照れくさそうに口元をムズムズさせる。
「いやぁ、だって、ねぇ……?」
「何だよ」
「絶望的な環境で、あの人だけが味方になってくれたんですよ。そりゃ惚れますよ」
むぅ、そう言われてしまうと、それは確かにそうなのかもしれない。
俺がいなければ、菅谷真理恵は唯一の希望だったワケだし。
「あと、真理恵さんに別れを告げたのは無力なガキの郷塚賢人じゃないですか。今、俺、無力じゃないガキのケント・ラガルクですんで。それに、彼女は二十代前半で、前の俺の死んだときの年齢もそのくらいだったでしょ。ほら、お似合いお似合い!」
「やたら饒舌になりやがって、この野郎はよぉ……! おまえの周りで起きた出来事に、菅谷が不審を抱いたらどうするつもりだよ、どう誤魔化すんだよ?」
「そのときは、正々堂々『偶然って怖いですね!』って言います」
「真正面から受けて立つ姿勢でいればカッコいいと思うなよ、バカ野郎ォ!?」
どうしてくれようか、と思っていると、商店街の方から怒鳴り声が飛んでくる。
「コラァ、菅谷! サボってないで現場に戻らんかァ!」
「あ、すみませ~ん、すぐに戻ります!」
叱られた菅谷が、慌てた様子で踵を返そうとする。
今のはきっと、菅谷真理恵の相棒の声だろう。
俺の異能態によって貫満隆一はこの世界から抹消された。
それは、全ての記憶、全ての記録にまで及ぶ。
そこに生じた空白は何らかの形で補填され、自動的に穴埋めがなされる。
もはや、この世界で貫満隆一を覚えている者は、俺だけだ。
「賢人君、私はお仕事があるから、この件はまた今度お話ししましょう!」
「はい、お仕事頑張ってください! 菅谷さん!」
元気がいいねぇ、威勢がいいねぇ、ウッキウキだねぇ、この野郎。
「それと、賢人君」
「はい?」
「私の趣味も、読書と散歩よ。別に、地味とは思ってないわ。じゃあね!」
そう言い残し、スニーカーで颯爽と駆けていく菅谷真理恵。
「え」
「え」
俺と賢人は互いに同じ音を呟き、顔を見合わせた。
何、菅谷真理恵の今の反応。
もしかして、もしかしてもしかして、もしかして――、案外、脈あり?
「ウオォォォォ――――ッ! 明日から読書と散歩がんばろォ――――ッ!」
「頑張れるものじゃねぇだろ、それは……」
諸手を挙げて歓喜するケントに、俺は呆れながらそう言うのだった。
まぁ、頑張ればいいんじゃないかな、って……。
その後、探偵事務所に帰還した俺達は、こたびの勝利を記念してスダレが焼いた納豆+餅巾着入りガーリック風味の天然山わさびケーキを前に、ヤクザ八十人など問題にならない絶望的な戦いを強いられることとなるのだが、それはまた別の話だ。
……本気で死ぬかと思った。




