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第43話 残骸は悔いを知らずに崩れ去る:前

 召喚したゴウモンバエが、郷塚健司の死体を貪っていく。

 死んだばかりなら、その身には十分に負の念の残滓が含まれている。

 魔獣からしてみれば、ちょっとしたおやつにはなるだろう。


「――終わりましたね」


 父親の死体が影もなくなったところで、ケントが呟き、息をついた。


「いや、終わりましたねじゃねぇんだよ。手伝えよ、バカ!」


 蘇生アイテムを使ってヤーさんを蘇生している俺は、ケントを叱り飛ばす。


「チキショー! 調子に乗って家なんか投げるんじゃなかった! 下敷きになって潰されてるヤツを引きずり出すのめんどくせぇ!」

「あーあーあーあー……」


 嘆く俺の横で、ケントが困ったような微妙な笑みを浮かべていた。


「マガツラー! マーガーツーラー!」


 俺はマガツラを呼び出して、瓦礫の撤去作業に入る。

 クソォ、あのアニメOPが好き過ぎて、テンション上がりまくっちゃったよ……。


「魔法で家を消し飛ばすんじゃダメなんですか、団長」

「下手にそれやると、死体が消し飛んで蘇生できなくなるからさー……」


「数人程度、行方不明になってもいいんじゃ? だってヤクザですよ、こいつら」

「…………」


 言われてみれば、そうだな。


「半グレ組織と違って、芦井組は市内の組織としては大手だし、ミフユにも自分トコの勢力に吸収するから全滅はなしでって言われてたけど、多少は消えてもいいか」

「相変わらず女将さんは無駄に手駒を増やしたがりますね……」


「うわー、懐かしー! そういえばおまえ、ミフユのことそう呼んでたなー!」

「何ですか、いいでしょ別に!? 俺からすると昔も何もないんですよ!」


 ついつい懐かしさから声を荒げてしまった。

 ケントが俺を庇って死んだのは、まだ俺が二十五にもなってない頃の話。


 まだまだ若造だった俺は仕事中に致命的なミスをやらかし、敵に追い詰められた。

 そのとき、ゲッテンロウで割って入ったケントが、俺の壁になってくれたんだ。


「懐かしいなぁ、本当に……」

「ええ。そうですね。……それと、団長」


「ん?」

「先程まで、記憶がなかったとはいえ色々と生意気を言いました。すみません」


 深々、俺に頭を下げてくるケント。

 その殊勝な態度と律義さに、俺はまた、強烈な郷愁を感じでしまった。

 だが、あっちはそうでもないようで、


「ところでですね、団長」

「あ、何でしょう」


「この瓦礫の山、これから魔法で消し飛ばすなら、俺にも手伝わせてください」

「そりゃあ別に構わねぇけど、何で?」

「親父はブチ殺したんですけど、まだちょっとだけ燻るものがあるっていうか……」


 うわー、こいつの郷塚家への恨み、根深ェ~……。


「参りましたよね、アッハッハッハ」

「笑いごとかよ」

「今の俺からすると笑いごとですね。結局、郷塚家のしきたりから出来上がったのが俺で、その俺が郷塚家を葬り去ったんですから。笑うしかないですよ」


 令和にまでなってしきたりなんてモンを重んじた結果が、一族の破滅か。

 そりゃまぁ、笑うしかないだろうな。ケントも。


「よぉ~し、そんじゃ再会祝いに派手に行くか!」

「お付き合いしますよ、団長!」


 そこから、俺とケントによる攻城級大魔法花火大会が開始された。

 令和の日本にあって、絶対に使えない大威力広範囲攻撃魔法が乱れ飛ぶ。


 ドッカンバッカン、ズドドンズガーン!

 ヒャッハァァァァァ! たぁのしぃぃぃぃぃぃぃぃ――――ッ!


「団長、一応言っておくとヤクザの死体を全部消し飛ばすのはまずいですよ?」

「あ、ヤベ。羽目外しすぎるところだった……」


 ケントが止めてくれなければ、辺り一帯完全に更地になってるところだった。

 ありがとう、ケント。おかげで周りは何とか焦土レベルに収まった。


「どれが誰の死体かもわからんな、こりゃ」

「元々、誰が誰かも知らないし、興味もなかったでしょ、あんた」


 的確なツッコミをありがとよ。全くその通りだぜ。

 なお、焦土と化したのは商店街の片一方、もう片方は普通に形を残している。


 向こうのアーチに金属符を貼ってあるからな。

 それが壊れたら死体そのまんまで『異階化』が解けちゃって大変さ。


「さて、それじゃあちまちま蘇生して回りますかねー」

「蘇生アイテムが単体にしか効果ないのがキツイいですよねー、こういうとき……」


 しみじみ言うケントに、俺は「だよなー」としか言えなかった。

 まぁ、人を蘇生できるだけでもすげぇコト、なんだがな。

 異世界にて、一度ケントを失ったときを振り返り、俺はそんな感慨に耽った。


 小一時間ほどかけて、ヤクザ七十人を蘇生完了。

 あれ、最初何人だったっけ。え~と、まぁいいや。そんな減ってないだろ。


「あ~、終わった終わった! それじゃあ、帰りましょうか~!」


 ん~ッ、と、気持ちよさそうに伸びをするケント。


「晴れ晴れとしてンねぇ、おまえ」

「ええ? そりゃあまぁ。だってやっと全部終わりましたからねぇ~」


 燻ってたものも大魔法花火大会で吐き出し尽くしたらしく、その顔は清々しい。

 しかし――、


「まだ残ってるモン(因縁)があるだろ、一つだけ」


 それを口に出したタイミングで、俺とケントは商店街入り口に到着した。

 そして、金属符が貼ってあるアーチの下に、一つの人影。


「……貫満、隆一!」


 トレンチコートを羽織り、中折れ帽子をかぶった、無精ひげの刑事。

 郷塚家とのことが決着した以上、この一件で残っているのはこいつとの因縁だけ。


「ぃよ~、待ちくたびれたぜ、ガキ共。いや、バケモノ共と呼んだ方がいいなぁ」

「やっぱり、こっち側に来てやがったか」


 ニヤニヤしている貫満に、ケントが「何で!」と声をあげる。


「ここには『誘い蜘蛛の陣』で、芦井のヤクザ以外は来れないはずじゃ……」

「来れないことはないさ。スダレの誘導に乗らなきゃいいだけだ」


 スダレが使う『誘い蜘蛛の陣』は『何となくこっちな気がする』と思わせる以上の効果はない。そんなもの意に介さない、強い目的意識があれば通じないこともある。


「芦井のヤクザを追ったな。そして、俺達を見つけた」

「そういうことだ。健司は必ずおまえらを追う。そして、俺の勘が正しければおまえらも健司を狙う。芦井のヤクザが動く先におまえらがいると踏んで、大当たりさ」


 言って、貫満隆一は懐から拳銃を取り出し、俺達に向けてきた。


「……おまわりさん、俺ら、見ての通りガキなんですけど?」

「さえずるなよ、金鐘崎アキラ。俺ァ、全部見てたぜ。おめーら、外見はガキだが、中身はとんでもねぇバケモノじゃねぇか。人のフリをするなよ、冗談じゃねぇ」


 貫満のまなざしが、ケントにも向けられる。


「おめーも、結局は堕ちちまったなぁ。言ったよな、次はねぇってよ」

「うなずいたつもりはないぜ、貫満さん」

「いっぱしのクチをきいてくれるじゃねぇか。まるで別人だなぁ、え、郷塚よ?」


 挑発するように、貫満はわざと賢人を苗字で呼んだ。


「で、俺らをどうするつもりだよ、貫満さん?」

「決まってンだろ、捕まえるんだよ。おめーらみてぇなバケモノ、放置できるかよ」


 尋ねる俺に、貫満は笑みを消してそんなことを言ってくる。

 ま、その懸念も一応、わからないでもないんだが――、


「どういう根拠で?」


 貫満刑事には残念なお知らせ。法に触れないように頑張ってます、俺!


「ハッ、根拠も何も、傷害に器物損壊に、建造物損壊、そして殺人! これだけ派手にやっておいて逃げられるとでも思ってるのか、バケモノが! バカかよ!」

「そうかよ。わかった」


 嘲るのは結構だが、試しもせずに結論を決めつけるのはどうかと思うぜ。

 だから、俺は言ってやった。


「じゃあ、やってみろ。絶対無理だがな」

「……あ?」

「俺はどこも壊してないし、誰も殺してない。仮に行方不明になったヤツが出ても、それをしたのが俺達だってことを証明することは絶対にできない。絶対にだ」


 日本の科学技術で、俺達がこれまでやってきたことを立証できるのかどうか。

 断言してやるよ。不可能だ。魔力の検知すらできない時点で、話にもならねぇよ。


「言うじゃねぇか、金鐘崎アキラ。やっぱりおめーは俺が思ってた通りのヤツだ。何がただの小学二年生だ。おめーは最悪だよ。この先、おめーは必ずとんでもねぇコトをしでかす。俺の勘がそう告げてる。俺は、おめーだけは逃がしゃしねぇぞ」


 勘。

 勘、ね。そうかい。


「だが、そうだな、今日のところは退いてやるよ。今の時点じゃおめーを引っ張る根拠はあっても、それの立証ができたワケじゃねぇ。俺ァ刑事だ。刑事は、法に則って物事を進めるモンさ。待ってな、すぐにおめーをブタ箱に入れて――」

「その必要はねぇよ。あんたはここで終わりだ」

「……何?」


 貫満の言葉を途中で遮り、俺はタバコ屋からくすねた煙草をくわえ、火をつける。


「おまえが『異階』に来てることは知ってたよ、貫満。俺は最初から、ここでおまえとの決着もつけるつもりだったよ。だから、こうしておまえと話してる」

「……ハッ!」


 煙草をくゆらせて語ると、貫満が声をあげて笑いだした。


「そうかいそうかい! 俺を口封じに殺すってか、そうかよ! やっぱおめーはバケモンだなぁ、金鐘崎アキラ! 俺の勘は正しかった! 俺を殺すか。なら、やってみろよ! だがおめーみてぇなバケモノに殺される、刑事・貫満隆一じゃねぇぞ!」

「やる気になるのは結構。だがよ、貫満隆一。そろそろ、つまんねぇ嘘はやめろよ」


 一人だけテンションを上げていく貫満に、俺は冷や水をぶっかけた。

 隣に立つケントも「嘘?」と、俺の方を見てくる。


「どういうことですか、団長」

「思い出せ、ケント。こいつに関わって、おまえも散々苦汁を味わわされただろ」

「ええ、それはまぁ……。今思い返しても、はらわた煮えくり返りますが」


「そもそも、それが目的なんだよ、こいつは」

「……それが、目的?」

「だよなぁ、貫満隆一。あんた本当は、勘なんか何も働いちゃいないんだろ」


 俺がそれを断言すると、貫満は目を剥いてきつく俺を睨み据えた。


「おめー、何言ってやがる……」

「あんたの本性についてだよ、貫満隆一。あんたは単に――」


 指先に煙草を挟んで、俺は告げた。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()さ」

「な、何ですかそれ、団長……?」

「知り合いの名探偵に調べてもらったよ、貫満。あんたのことを」


 驚きに目を丸くするケントを横目に、俺は貫満隆一へ言葉を続ける。


「あんたが『勘』を働かせた案件、四百を超えるその全てが、未成年が犯人とされる事件だった。そして、その全てに、とある共通した特徴があった」

「おめー……」


 貫満の方から、ギリという軋み音が聞こえてきた。奥歯を噛みしめている。


「共通した特徴って、どういう……?」

「犯人が中学生であることか、もしくは事件に小学生低学年が関わってることだ」

「やめろ、それ以上はやめやがれ、金鐘崎アキラ……!」


 やめてたまるかよ。こいつは別に、あんたへのカウンセリングじゃねぇんだ。


「貫満、あんた、ずっと前に当時中学生だった通り魔に奥さんを殺されてるよな」

「う、ぅ、うるせぇ……! 黙れ!」


「そして、数年後に出所してきた犯人があんたのもとを訪れて、その犯人と、当時小学生低学年だったあんたの息子が、その日に両方死んだ。そうだよな?」

「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇ! 黙れ、黙れ、黙れ! 黙れェ!」


 取り乱し、喚き散らす貫満は、完全に精神の均衡を欠いている。

 だがよ、貫満さんよ。残念なことに、こっちの話は、ここからが本題なんだよ。


「団長、両方死んだ、っていうのは?」

「言葉通りだよ。警察が駆けつけたとき、現場には犯人と貫満の息子が血まみれで倒れてて、貫満だけがその場に放心状態で立ち尽くしてたそうだ。外に向けた発表じゃ、犯人が息子を殺したあと、自殺した。ってことになっちゃいるが――」


 もちろん、そんなはずがない。

 当時のニュースを知る人間だって、そんな発表、信じちゃいないだろう。


「その状況、まさか奥さんを殺した犯人が息子さんも殺して、逆上した貫満が、犯人を殺したんですか? 警察は、それを隠蔽するために自殺と発表した……?」

「……普通は、そう思うよな」


 きっとこの発表があった当時も、そんな憶測が飛び交ったはずだ。

 警察官の殺人なんて、とんでもないスキャンダルだ。

 警察も、何としてももみ消さなきゃならなかっただろう。それが事実なら、だが。


「…………違うん、ですか?」


 半ば想像がついたのか、歴戦の傭兵であるはずのケントが、顔を青くする。

 貫満にいたっては、もはや話を聞いてるのかどうか。その目は何も映していない。

 だが俺は、それに構わず話を進めていく。


「今、ケントが語った通りの出来事があったなら、貫満が敵視するのは中学生だけだったはずだ。ならどうして、こいつは俺に敵意を向ける? 俺を警戒する?」

「……団長、嘘でしょう?」


 声を震わすケントに、俺はかぶりを振った。


「嘘じゃねぇさ。それが真実だ。実の母親を殺した犯人に、当時七歳だった貫満の息子は、明確な憎悪と殺意をもって仕返しを敢行したのさ。そして――」


 吸い終えた煙草を捨てて、俺は貫満に指を突きつける。


「その息子を、あんたが殺した。そうなんだろ、貫満隆一」


 貫満隆一の顔に、壊れた笑みが浮かんだ。

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