第411話 ミフユちゃんの回想:前
これは、1月3日の夜にアパートでミフユが語った話である。
「夢莉叔母様が、リリスママにプロポーズしやがったのよ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
年が明けて、1月1日。
時刻は何と午前6時。
「おはよう。さぁ、行くわよ。準備はいいかしら、ミフユちゃん」
「ウソでしょ、叔母様……」
佐村夢莉がミフユを迎えにやってきた。
まだ辺りも明るくなり切ってはいない時間帯なのに、夢莉はすでに臨戦態勢だ。
カチッとした髪型、パリッとした黒のスーツ、キリッとした化粧。
朝もはよから、そこにいたのはミフユが苦手な真面目堅物の権化そのものだった。
一方で、今のミフユはモコモコのピンクドラゴン着ぐるみパジャマだ。
そして右手には愛用の抱き枕兼デケェぬいぐるみの『あきらくん』を持っている。
そんな彼女に、夢莉は『まだそんな格好してるの?』といわんばかりの目。
「ウソなはずがないでしょう。午前中に迎えに行くと言ったわよ?」
「午前六時は午前中ですけど午前中って言わないんですよ。知ってましたか?」
右手の『あきらくん』を投げつけてやろうかと思った。
だが、夢莉は緩く腕を組んで、小さく一息ついて、
「質問に質問を返してはいけないわ、ミフユちゃん」
「とりゃあ!」
「ぅわっぷ!?」
即座に『あきらくん』を投げつけてやった。
「な、何をするのよ、ミフユちゃん!?」
「くっ、お化粧も髪型も微塵も揺らがない。随分防御力が高いわね!」
「人のお化粧に使っていい言葉じゃないでしょう!?」
呻きつつ『あきらくん』を拾い上げるミフユに、夢莉は不満げな様子を見せる。
「何なの? ちゃんと連絡した通りに迎えに来ただけなのに……」
「うわ、本気だこの人」
至って真面目な様子で呟く夢莉を見て、ミフユは若干おののいてしまう。
「あのね、ミフユちゃん。今日は佐村家の年始の会なのよ? もう、日付が変わった時点で色々と準備も始まっているの。早いに越したことはないでしょう?」
「そしてこの正論っぷりよねー……」
こういうところで納得するしかない理屈を持ってくるから、この人は厄介だ。
ちなみに、夢莉の肩越しにアパートの敷地前に停まっている車が見える。
運転手を務めているのは寡黙な巨漢。
高市堅悟――、またの名を『岩にして草』ケンゴ・ガイアルド。
かつて、異世界においてタマキと競い合った凄腕の忍者だった男だ。
その存在を確認し、ミフユは、これは逃げられそうもないと確信する。
つまり、夢莉についていくしかないワケだ。
「10時前に出られるように準備済ませておくつもりだったんですけどね」
「会の開始が14時よ。いくら何でも遅すぎるわ」
「その感覚はちょっと納得いかないんですけど……」
「何事も備えはしておくべきよ。余裕は常にたもてるようにしておきなさい」
「たもちすぎた余裕のことを『ヒマ』って呼ぶんですけど、知ってましたか?」
ちょいと皮肉を込めて言い返し、ミフユは『あきらくん』をギュッと抱きしめる。
タマキには、アキラについていくよう言ってある。だから大丈夫だろう。
心配なのはもう一方だ。
昨日から泊まってもらっている人に、迷惑にならないだろうか。
そればかりがミフユの不安の種で――、
「ああ、そういえば……」
ここで、ミフユは気づく。
夢莉にまだ、あの人のことを話していなかった。
「あの、夢莉叔母様」
「何かしら、ミフユちゃん」
「今日からの年始の会ですけど、わたし以外に一人、同行者がいます」
「え? アキラ君かしら?」
「違います」
ミフユは首を横に振って、その人物について夢莉に説明しようとする。
彼女は異世界のことも『出戻り』のことも知っている。
それを交えて説明すれば理解はしてくれるだろうと、ミフユも目算を立てていた。
「その人はわたしの異世界での――」
ママ、とミフユは言おうとした。
だが先に、ミフユの後ろから発せられた声が、そこに付け足される。
「兄だった者ですよ」
言って、部屋の奥から現れたのは、背の高い、体格のいい青年だった。
ミフユと同じドラゴン着ぐるみパジャマを着ている。色は水色だ。
「ぇ、あ……」
突然の青年の登場に、夢莉は驚きに身を固める。
そんな彼女にフワリとした笑みを向けて、青年は物腰穏やかにまずは挨拶をする。
「おはようございます。佐村夢莉さん」
「あ、はい、ぉ、おはよう、ございます……?」
「自分は、興宮凛々人と申します。あちらでの名前はリリト・バビロニャ。ミフユの兄だったものです。よろしくお願いします」
「は、はい、ょ、よろしく、お願いします……!?」
爽やかに笑う凛々人に、夢莉は驚きから覚めるどころか混乱を加速させていく。
その裏側では、ミフユが凛々人に向かって念話で疑問を投げていた。
『あの、ママ……?』
『郷に入っては郷に従え、ですよ。ミフユちゃん。兄で通す方が無難でしょう?』
凛々人ことリリス・バビロニャの説明に、ミフユも理解できるのだが――、
『ママだって自慢したかったのに……』
『兄自慢で我慢しておきなさい。本当に、この子は』
こういうときだけ子供っぽさを見せるミフユに、リリスは苦笑しつつ嬉しそうだ。
『でも、ママは本当にいいの? お正月なのに、わたしと一緒で――』
ミフユが気にしているのは、リリスのこちらでの家族のことだ。
しかし、リリスから伝わってくるのはあたたかなぬくもり。
『あら、母親が娘と一緒にお正月を過ごすのは当然のことではないかしら?』
そう言ってくれるリリスだから、ミフユは何も気にせずに甘えられるのだ。
今回も、気になることはあっても甘えてしまいそうだ。
『うん、ママ!』
元気よくお返事をして、ミフユは夢莉の方に向き直る。
「え~っと、叔母様……?」
「あっ」
リリスを前に棒立ちになっていた夢莉が、ミフユの一言にハッと我に返る。
「はい、えっと、リリトさん、ですね……」
「そうよ。リリト兄さんが一緒についていくの、問題はないでしょ?」
「ぇ、ええ、そうね……。今回は佐村家以外のお客様は招待制にしてあるけど、ほかならぬミフユちゃんの関係者となれば、話は別だわ。調整しておくわね」
「やった」
わかってはいたが、こうしてちゃんと許可をもらえると嬉しいモノだ。
夢莉も、こういうところは柔軟なのだった。
「ただ、親戚の人達からリリトさんとミフユちゃんの関係を尋ねられることはあると思うわ。そのときにどう答えるかは、考えてほしいわね」
「ああ、そうね……」
言われて、途端にミフユはげっそりする。
あの金の亡者共のことだ。いらぬ噂話やら邪推やらするに決まっている。
どうしたものかと考えるミフユの肩をポンと叩いて、リリトが一つの提案をする。
「では、自分はミフユのボディガードということにしておきましょうか。夢莉さんも雇っておられましたよね、あちらの車に乗っておられるようですが」
「ウチの高市と同じ立場で、ですか。なるほど、ミフユちゃんの現状を考えれば、護衛の一人も雇うのは当然すぎる話ではあります。その線で行きましょうか」
これは、夢莉も納得するしかないやり方だった。
ミフユは内心に『さすがはママ!』と喝采を送る。だが、夢莉はもう一つ、
「ただ、護衛となると、その、失礼な話ですが、例えば有事の際に対応できるかどうかも重要になってきますが、リリトさんは、そういった点については……」
「柔道と空手は、どっちも段を持っています。いわゆる黒帯というヤツですね」
「えっ」
変な声をあげたのはミフユである。初耳だったからだ。
『ママ、そんな強かったの!?』
『一応は黒帯ではありますけど、魔法を使える身からすると強いと言えるかどうか』
と、瞳を輝かせる娘に対し、ちょっと困ったように笑うリリスである。
「そうですか。それは頼りになりそうですね。では、よろしくお願いします」
夢莉が、律儀にもリリスにペコリと頭を下げてくる。
『生真面目な人ですねぇ』
念話でそんなことを呟きながら、リリスも「こちらこそ」とお辞儀を返す。
これが、リリス・バビロニャと佐村夢莉の最初の出会い。
このときはまだ、何もなかったのだ。このときは。
だが、三が日にかけて行なわれる佐村家の年始の会が終わったのち、すぐ――、
「興宮凛々人さん、どうか、私と結婚を前提にお付き合いしていただけませんか?」
夢莉の口から、その爆弾プロポーズが紡がれることとなる。
そこに至る経緯を、鬼気迫る様子のミフユがこれからアキラ達に語って聞かせる。
――次回へ続く。




