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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十五章 金鐘崎、新年早々、死屍累々

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第396話 二日/午前/金鐘崎小夜子、破滅への第一歩

 ――金鐘崎アキラを人質にとりなさい。


 それが、夜明け前に、小夜子が美喜子から受けた指示だった。

 あの、暗くてクソ寒い部屋の中、わざわざ来てやった自分に美喜子は告げた。


 美沙子に勝ちたいのなら、それしか方法はない。と。

 小夜子は最初、この女は何を言っているんだ、と思った。


 勝ちたいなら?

 誰に?

 美沙子に?


 自分が?

 この金鐘崎小夜子が?


 バカな、この女は、何をバカなことを。

 娘が愚鈍なら、母親も愚鈍。本家の女にはバカしかいないのか。


 自分を呼びつけてくだらない話をする美喜子を、小夜子は笑い飛ばそうと思った。

 だが、笑おうとして、思い浮かんだのはあのアパートで見た美沙子だった。


 本家から勘当を受けた、無能で愚鈍で愚図な女。

 小・中・高と、自分にとってストレス発散の道具であり続けたクソザコ。


 本家当主直々に指示を受けて、自分はわざわざあの女のアパートに行った。

 あの当主には親も自分も借金をしているため、強く出られない。何と忌々しい。


 小間使いめいた扱いを受け、あの日、小夜子は屈辱を胸にアパートを訪れた。

 子供二人を連れて行ったのは、もちろん美沙子への嫌がらせのためだ。


 欲しくもないのにできてしまった子供を押し付けてやろうと思った。

 そして行ってみれば、そこにいたのはまるで別人のようになった美沙子だった。


 信じられなかった。

 いつでも、何を言っても従うことしかしなかったあの美沙子が。


 見下げ果てたクズのクセに、生まれだけは恵まれたあの天然の下女が。

 あろうことかずっと支配してやった恩も忘れて、自分に対等のクチをきいてきた。


 そのときのショックは、未だに忘れていない。

 これまでは、一目睨んでやれば何も言えなくなっていた、あの女が。


 それが、逆に睨まれ、小夜子は身を竦ませてしまった。

 美沙子の放った眼力に全身を射貫かれて、瞬間的に声も出せなくなった。


 せめてもの嫌がらせで子供を押し付けたが、あいつらは美沙子に懐いてしまった。

 昨日だって、食事の時間も美沙子の方に行っていた始末である。


 小夜子にとって、カリンとジンギはただただ邪魔なだけの厄介モノだ。

 男友達と遊んでいたらたまたまできてしまっただけで、親としての自覚などない。


 それでも産んだのは、家の両親がうるさかったからだ。

 あのバカな親共は、自分に孫ができたことを大層喜んでいた。


 それで金を引き出せると思った小夜子は、祝い金目当てに双子を産んだ。

 要するに金鐘崎小夜子にとってあの双子は金づるだ。

 金にならないのなら生かしておく意味はない。それで一回、消そうとした。


 メシを与えず、縄で縛って一週間放置した。

 それで死んでいたら、適当に処理をすればいいと思っていた。

 幸い、男友達にそうしたことを請け負う相手がいる。それを使う気でいた。


 だがガキ共は生きていた。

 あのやかましいだけのカリンに、やたら陰気で気持ち悪いジンギ。


 小夜子にとっては邪魔な存在でしかない、二人。

 が、あのクソガキ共は揃って美沙子に靡いた。小夜子にはそれが面白くなかった。


 母親は自分だというのに、これまで育ててやった恩もあるはずなのに。

 金鐘崎小夜子に親の情はない。

 だが、カリンとジンギが美沙子に懐いたことで、彼女は忸怩たるものを味わった。


 美沙子の分際で。

 美沙子の分際で!

 人に支配されなきゃ安心できないようなカス女の分際で!


 小夜子は、美沙子は自分に感謝するべきであると考えている。

 人に支配されたいあの心の醜い女を、自分がずっと支配してやってたのだ。


 それをいじめというヤツもいたが、全て、美沙子が求めたことだ。

 言葉に出さずとも、自分にはわかっていた。

 美沙子は支配されたいのだ。誰かの言いなりになることで安心するのがあの女だ。


 その役割を、自分と美智子が果たしてやっていたのではないか。

 なのに、どうしてその自分が美沙子に威圧されなければならないのだ。


 あのアパートでの一幕は、小夜子の中に著しい屈辱を刻み込んだ。

 本家では、美智子と合わせて美沙子にお礼をしてやろうと思っていたのに――、


「……風見、慎良」


 美沙子の婚約者という、あの男。

 どうして、あんな男が美沙子と婚約をしたのか、小夜子には全くわからなかった。


 確かに、美沙子は昔より垢抜けて容姿も整ったかもしれない。

 だが、あの女は所詮、美沙子なのだ。所詮。

 そこでそういう風に考えてしまうのが、金鐘崎小夜子の限界だった。


 従順だった頃のイメージが強く根付き過ぎて、そこからアップデートできない。

 彼女の中では、自分が上で美沙子と美智子は下。

 という印象が覆りようのない絶対の法則として確立されてしまっている。


 そこに根拠は存在せずとも、小夜子にとって美沙子は格下なのだ。

 だからこそ、アパートでの一幕が殊更彼女の癇に障る。シンラの存在もだ。


 美沙子の分際で。

 美沙子の分際で!

 美沙子の分際でッ!


 自分に隷属して従うだけしか能のない愚図が、この金鐘崎小夜子に向かって。

 今まで、誰も止めることがなかったゆえ肥大化しきった、彼女のエゴ。

 それはアパートでの一幕を経て、もはや取り返しのつかない形に歪みつつあった。


「いいわ。やってやるわよ……」


 朝、一人しかいない部屋で、小夜子はほくそ笑む。

 自分に絶対に勝てない状況を作って、美沙子に土下座させてやる。


 あの女に、身の程というものを叩き込んでやる。

 奴隷が御主人様に逆らえばどうなるか、身をもって知ればいい。


 その瞬間、金鐘崎小夜子の精神がグニャリとひしゃげた。

 すでに肥大化しきっていた、小夜子のエゴ。

 それを小さな針の一刺しで破裂させたのは、闇に身を浸していたあの女だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まずは、美智子にこれから実行する計画を打ち明けた。


「ほ、本気ですか、小夜子さん……?」

「冗談でこんなこと言うと思ってるの。私はやるわよ。手伝いなさい」


 離れた場所から子供達が話す声が聞こえてくる。

 当然、それはアキラ達の声だ。

 そしてそこには、カリンとジンギの声も含まれている。いや、ジンギの声はない。


 ないが、それでも楽しんでいるに決まっている。

 カリンもジンギも、母親がこんなに苦しんでいるのに気にも留めない。

 だから二人はクソガキなのだ。どうしてあのとき死ななかったのか。腹が立つ。


「小夜子さん……」


 美智子が、不安を露わにしながら小夜子を見上げてくる。

 この美沙子の妹は、美沙子ほどではないにせよ主体性を欠いている。


 誰かの下につくことで、自分の正しさを確立するタイプだ。

 この女も、美沙子も、そして伯母の美喜子も、本家の女共は愚図しかいない。


 小夜子は自分の頭の良さを疑っていない。

 長年、美智子を侍らせてきた彼女だ。こういう場合のやり方だって熟知している。


「このままでいいの、美智子?」


 彼女の頬に両手を添えて、小夜子は美智子を真っすぐに見つめる。


「あんたと私は、バカにされてるのよ? よりによって、《《あの美沙子に》》」

「私が、姉さんに……」


「そうよ。私達の奴隷だった、あの美沙子によ?」

「……あの姉さんに、私が」


 美智子の瞳に、かすかな揺らめきが生じる。

 それが何なのか、小夜子は知っている。

 この金鐘崎美智子は、幼い頃から美沙子に激しい対抗心を抱き続けている。


 美沙子は、あれで勉強ができて運動もそこそこできる。

 それに比べて美智子は、勉強・運動、共に凡庸。容姿でも美沙子に及ばない。


 その事実が、美智子には我慢ならないのだ。

 小夜子はそこを突いた。幼い頃に、美智子を言いくるめて自分に従わせた。


 姉ほどひどくはないが美智子も主体性がなく、かなり受け身な性格をしている。

 その美智子を従わせることは、何ともたやすかった。


 それからだ。

 小夜子は美智子という後ろ盾を得て本家の威光を振りかざすようになった。

 美智子は小夜子を隣に置いて、姉をあごで使うようになった。


 二人の関係は持ちつ持たれつで、対等にである。

 だが、美智子は生来の性格により、人の下につくことで安心を得る。

 小夜子の一人勝ちであった。


 そんな関係が、もう何十年も続いている。

 だから、今回も容易だった。小夜子は、美智子を簡単に言いくるめる。


「美智子。あんたは今になってあの美沙子に見下されてるのよ? それでいいの?」

「い、いいはずないじゃないですか。姉さんなんかに、あんな女に私が……!」


 こと、相手と美沙子となれば、美智子は急にプライドが高くなる。こんな風に。

 いつもは従順で卑屈な態度しか取れないクセに、これだから本家の女は。


「だから今度も教えてやればいいのよ、私達で。今までそうしてきたじゃない」

「小夜子さん……」


「美智子。あんたの本当の価値を知ってるのは私だけよ。手伝ってくれるでしょ?」

「――はい、もちろんです!」


 真摯に見つめる小夜子に、美智子は嬉しそうにうなずいた。

 ええ、そうね。

 自分だけが、この愚かな女の本当の価値を知っている。


 小夜子は、生きている限り美智子を手放すつもりはなかった。

 彼女にとって美智子は、どこまでも使い勝手のいい道具なのだから。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 準備は整った。

 あとは、ガキ共を口車に乗らせて適当に誘い出すだけだ。


「ちょっと、花梨、神祇!」


 子供達が集まっているところに、小夜子が声をかける。

 しかし、二人の子供はチラリと彼女を一瞥するだけですぐに視線を外した。


「じゃからね、ワシってば言ってやったのよ~、愚弟に~!」

「…………愚妹に言われた」


 無視された。我が子に露骨に無視された。

 その事実に小夜子は一瞬だけポカンとなって、直後に脳内に怒りの火花が瞬いた。

 このクソガキ共、母親の自分を無視しただと……!?


 何て生意気なガキ共。

 よほど育ちが悪いに違いない。親の顔が見てみたいものだ。


 しかも、花梨も神祇も、自分が買ってやった服を着ていない。

 花梨は何故か黒い和服だ。何だそれは、意味がわからないセンスをしている。


「おー、おまえらホント仲いいのかどうかわかんねーなー」


 言ったのは、美沙子と一緒に来た女子高生だった。

 風見慎良の親戚らしいが、思えば、この女も自分に反抗的だった。


 そして、金鐘崎アキラ。

 やはり花梨と神祇と一緒にいた。


 この中では最年少ながら、何故か落ち着き払っている。

 そこに美沙子の面影を垣間見た小夜子は、奥歯をギチリと噛み鳴らす。だが我慢。


「ねぇ、この近くにね、とっても楽しい遊び場があるのよ。行ってみない?」


 苦心して猫なで声を出し、子供達を誘う。

 すると、花梨と神祇がまた一瞬だけこっちを見て、すぐに視線を外す。

 またしても、自分の子供に無視をされた。この、クソガキ共……!


「ねぇ、花梨、神祇、それにアキラ君も、一緒に行きましょうよ?」


 アキラなどがスマホをいじくってる前で、小夜子はくじけることなく声をかける。

 子供達は、もう話すことをやめて無言になってしまっている。

 しかし、誘い出すことに必死になっている彼女は、それにも気づいていない。


「この近くに、とっても楽しい場所があるの。行きましょう?」

「…………」

「…………」


 無言。

 無言。

 ひたすら無言。


「私が、みんなを楽しいところに連れてってあげるわ!」


 それを言う小夜子に、子供達が白い目を向ける。

 だが、やはり必死な小夜子は気づけていない。そこにアキラが笑って言った。


「楽しそう、行きたい!」


 一人、屈託なく笑うアキラに、小夜子は内心にグッと拳を握る。


「アキラ君が行くなら私も行く~!」

「…………ボクも」

「何だよー、みんな行くならオレも行くよー! 行くからなー!」


 子供達が次々に手を挙げる。

 小夜子は己の勝利を確信した。これから向かう先で、美智子が手筈を整えている。


「それじゃあ、準備をしてね。連れてってあげるから!」


 上っ面のみの笑みを浮かべて、小夜子は子供達に告げる。

 これで、美喜子に言われた通りにアキラを人質にすることができる。


 そして美沙子に、支配されることでしか生きられないあの女に現実を教えてやる。

 現時点で、小夜子は己の勝利は揺るぎないものと錯覚していた。


 だが、彼女は知らない。知る由もない。

 自ら踏み出したその道は、道などではなく、死刑台へと続く十三階段なのだった。


 ――金鐘崎小夜子が『終わり』を迎えるまで、あと、三時間。

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