第391話 元旦/夕方/金鐘崎崟吾の懲罰
声の震えはそのままに、崟吾が俺に質問を寄越した。
「親父は、助かるのか……?」
意外にもそれは、俺に関する質問ではなく、欣司についてのものだった。
若干の驚きを覚えつつも、俺は、正直に答えた。
「助かるだろうな。最終的にはよ」
何せ、あの赤い影は俺とお袋を狙った。すでに仕返し対象なんだわ。
だから欣司は目を覚ます。奪われた魂も戻るし、俺達もこの家と縁を切れる。
「そう、か。わかった……」
そう零した崟吾の顔には、確かな安堵がにじんでいた。
「へぇ……」
そのツラを見て、俺は小さく声を出す。
「おまえ、そんな表情もできたんだなぁ」
「な、何だ、親の容体を気にしちゃいけないのか……!」
「いや、別にそんなこと言ってないけどさー」
俺は「ハハハ」と軽く笑って、そのまま崟吾に告げる。
「やっぱ、金鐘崎本家ってクソだらけだなって思っただけだよ。肥溜めか何かか?」
「な……ッ、どういう意味だ!?」
俺の指摘に、崟吾が途端に慌てふためく。
え、何、わざわざ言わないとダメ? 言わないとわかんない? 仕方ないなー!
「だっておまえ、今、安心しただろ?」
「そうだ、親父が無事なことに安心しただけだ! それの何が……」
「いや、違うだろ。おまえが安心したのは欣司が無事なことに対してじゃないだろ」
こっちに必死に訴えようとしていた崟吾の顔が一変する。ギクッ、て感じで。
おやおや、追い込まれるとすまし顔の一つもできないのかい。
「俺もさ、ちょっと前職の関係上、色んな連中と付き合いがあったワケよ。その中におまえみたいなヤツもいたよ。親の後を継ぐのをめんどくさいと思ってるクセに、その立場にいることで得られる恩恵だけはありがたく享受してるヤツ」
「…………」
笑って言ってやると、崟吾は気まずそうに目を逸らした。
俺は、崟吾に一歩詰め寄って、ニヤリと笑ってその顔を覗き込んでやる。
「なぁ、金鐘崎崟吾。おまえは欣司の後なんか継ぎたくないんだろ? だが父親には逆らえないんだ。逆らうだけの気力も胆力もない。いや、それ以前に、欣司の跡取りっていうオイシイ立場をなくすのが怖いんだ。そうだよなぁ?」
「……そ、そんなことは」
「正直に答えなきゃ、おまえ、死ぬぜ?」
それを告げて、崟吾の息を飲む姿を見ながら、俺は内心に舌を出す。
バカめ、畳の魔法陣ならすでに消えとるわ。俺がこいつの質問に答えた時点でな。
「さぁ、どうなんだい、崟吾。おまえの本心を聞かせてくれよ、なぁ?」
「お、ぉ、俺は……」
「薄っぺらいプライドを守るためにここで死ぬのか? カッコいいなぁ、オイ?」
もう一度告げた『死』の言葉が、トドメとなった。
「お、俺は親父の後なんか継ぎたくない! こんな田舎で、終わりたくない!」
「あ~ぁ、ブチまけた」
そばで見ていたタマキが、つまんなそうにそう呟く。
それも聞こえていないのか、崟吾は血走った瞳を揺らしながらまくし立てた。
「誰が、誰がこんな何もない街の支配者になれて嬉しいものか! こ俺は、こんなところでお山の大将を気取って、自分の未来を使い潰す気はないんだよ! 俺にはもっとデカイことができるんだ! 何が金鐘崎の跡取りだ、ふざけやがって! この俺の人生と可能性を、こんな田舎で浪費させやがって、金鐘崎欣司の野郎が……ッ!」
かくして、吐き出された崟吾の本音に、欣司への心配など一片たりともなかった。
いやぁ、清々しい。実に清々しい本音ではないか。非常に人間臭いと思う。
「ありがとう、ありがとう、金鐘崎崟吾! 俺が聞きたいのはその言葉だった!」
俺はパチパチと拍手を贈り、崟吾を褒め称えた。素晴らしい。実に素晴らしいよ。
「ぁ、あ……?」
いきなり態度を変えた俺に、崟吾は困惑の表情を見せる。
「ありがとよ、金鐘崎崟吾。これでおまえに聞くことはなくなった」
「そ、それじゃあ……」
「ああ」
助かったと思ったのだろう、口元を綻ばせる崟吾に、俺も笑ってうなずく。
そして言った。
「だからこれから、おまえへの仕返しを開始する」
「え……」
「何でそこで『え……』とか言えるんだ……?」
抜けた声を出す崟吾に、タマキが本気で理解できない様子で疑問を呈する。
「だっておまえ、おとしゃんのおかしゃんのこと、家の恥とか言ってたじゃんか。そんなの許せるワケないだろ。おとしゃんのおかしゃん、スゲェいい人なのに!」
そうだねぇ、言ってたねぇ。
ついでに『ふしだらな女』とかも言ってたねぇ。バッチリ覚えてますよぉ!
「えい」
ドロップキック。
「ぐあッ!」
畳の上に転がった崟吾の上に、俺は馬乗りになる。
「崟吾君はね~、ここまで一回も死んでないモンね~。それじゃあ不平等ですよ。ちゃんときっちり、息の根止めてやるからね~。……あ、タマキ、おまえやる?」
「え~? いいよ~、そんなザコ、相手にしてもつまんねーだけだよー」
「ザ、ザコ……ッ!?」
おやおや、この期に及んで自分がザコである自覚がないとは、傲岸不遜だね。
「そういえば『俺の人生と可能性』とか言ってたっけ、うんうん、君は自分が一番大事なんだね、崟吾君。じゃあ、それをこの俺が思い切りブチ壊してやろう」
「な、何をする気だ……ッ」
「とりあえず目一杯苦しんでくれ。殺すから」
俺は、右手に掴んだガルさんを逆手に持ち替え、振り上げる。
「な、や、やめ……ッ!」
目に涙を浮かべる崟吾の左肩に、一息にガルさんを突き立てた。
「がッ、――ぎゃあああああああああああああああああああああッ!?」
「そ~れそれそれ、ちょっとずつ心臓に近づいていくぞ~」
ザックザックと幾度もガルさんを崟吾の体に突き立てていく。
俺の体が崟吾の汚ェ血にまみれる。あ~、臭い臭い。
急所を外して突き刺すのって、案外技術がいるんだよな。人の急所は多いのだ。
「あああああああああ! ガッ、ひぎぃあああああ! あがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おうおう、悲鳴はご立派ですねぇ~。いい声帯をお持ちで」
だけどそれ以外はてんでダメだなぁ! 体も全然鍛えてないなぁ! このザコめ!
「た、助け、助けて……ッ、たす……」
「ここにそれを叶えてくれる人間はいねぇよ、金鐘崎崟吾」
涙を流して懇願する崟吾に告げて、俺は、その左胸にガルさんを突き立てた。
一際派手に血が噴き出し、俺の顔を真っ赤に染める。
崟吾はビクンと一度だけ大きく震えて、その瞳から命の光が消え失せた。
「死んじゃった」
「死んだなー。これからどうするの?」
タマキに問われて、俺は久々に拷問用の魔獣を召喚する。
「こいつを使う」
俺の指先にとまるのは、真っ黒いミツバチ。
「これはクグツバチっつってな。ハクシアリやミソギヒルと同じで宿主の精神を餌にする昆虫型の魔獣だ。――なぁ、タマキ、おまえ、哲学的ゾンビって知ってるか?」
「バカにするなよー、ゾンビくらい知ってるよ!」
「違う違う、ゾンビじゃなくて哲学的ゾンビ」
「哲学的だろうがゾンビはゾンビだろー! ゾンビだったら知ってるってばー!」
「えー、いやー、あー……、あ?」
まぁ、確かにゾンビはゾンビ――、ん、いや? どうなんだ?
何かタマキは時々深いようにも思えることを言うなぁ。無意識だろうけど。
「ま、いいや。哲学的ゾンビってのはあれだ、はたから見ると普通の人間だけど意識を持たない存在のことだ。笑うし泣くし、感情表現もするが、そこに意識や感情、心が伴わないヤツのコトを哲学的ゾンビと呼ぶんだとよ。ネットで知ったが」
「人のモノマネがちょー上手いロボットってことか?」
「ま、そんな感じかね」
詳しく言うとクオリアがどうとかいう話になるが、相手はタマキなので端折る。
俺は、蘇生した崟吾の鼻の穴からクグツバチを体内に侵入させる。
「クグツバチは人をそれに変える。心を喰い尽くし、宿主を心を持たない、だが人として活動することはできる存在に作り変える。崟吾、おまえは心を入れ替えるんだ」
入れ替えた時点で崟吾は崟吾じゃなくなるが、誰もそれには気づかない。
今後、金鐘崎崟吾という男はこれまで通り生活する。だがそこに崟吾はいない。
「三日星がイヤなんだろう、崟吾。よかったな、とても遠いところに行けるぜ。お袋をバカにしてくれたおまえへの、俺からのせめてもの贈り物だ。自分が喰われて消えていく苦痛を存分に味わって、誰にも気づかれることなく、いなくなっちまえ。……クフフフ、クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」
「おとしゃんってホント、こういうの好きだよなー」
違いますー。やられたからやり返しすぎてるだけですー!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アキラが金鐘崎崟吾の尋問を行なっている頃のこと。
美沙子が、やっと眠りについた。
ずっとそばにいたシンラは、ホッと安堵して彼女が寝ている部屋を出る。
欣司が倒れてからというもの、彼女はずっと欣司のそばにいた。
シンラも隣についていたが、美沙子の様子はいつもと違うように感じられた。
「心配をしているのですか?」
彼がふと気になって尋ねると、美沙子はきっぱりとかぶりを振った。
「いいえ、そんなワケないじゃないですか。アタシがこの男を心配するなんて」
言葉では、完全に否定していた。
だが、それを言っている間も、そのまなざしはずっと欣司に注がれてる。
「……それは心配のまなざしですよ、美沙子さん」
美沙子には言わなかったそれを、シンラは廊下でひとりごちる。
欣司につきっきりだった美沙子に仮眠をすすめたのは彼だ。
それには、美沙子も同意して、先程、寝間着に着替えて床に入った。
いかに美沙子といえど今日は色々あった。精神的にも疲れが溜まっているだろう。
だが彼女はタフだ。
一、二時間も寝れば、すぐに持ち直すだろう。
このあとは、果たしてどうなるか。
あの赤い影の異面体。崟吾が本体であれば、欣司については問題ないだろう。
だが本当に崟吾が本体なのか。
そういう疑問は、シンラの中にもあった。そしてそれは当たっている。
他にも、小夜子と美智子への仕返し。――は、アキラに任せればいいか。
シンラもあの二人には腹が立っているが、それよりも美沙子の方を優先したい。
アキラなら、自分の分も含めて仕返ししてくれるに違いないし。
美喜子については、助けられたこともあって、シンラとしても扱いが難しい。
これは、アキラや美沙子と相談しなければなるまい。
あとは――、
「あ」
「む」
廊下の角を曲がったところで、シンラは彼とばったり遭遇した。
那岐和八雲。
欣司が、美沙子の再婚相手として選んだ男である。
「……君か」
シンラを見るなり、八雲は眼鏡をかけたその顔に険しいものを浮かべる。
いかにも気に食わない。そういった感じの表情だ。
八雲の記憶は修正されており『異階』での記憶はない。
だが残っていても問題のない部分については、修正されただけで消えてはいない。
彼の中には、シンラにやりこめられた記憶がバッチリ残っていた。
「八雲殿か、どちらへ?」
シンラはわざわざ確認するが、八雲が進む先にあるのは美沙子の部屋だけだ。
「美沙子さんに会いに行くだけだ」
「ならば、お引き取りを。美沙子さんは今しがた、仮眠に入られたところゆえ」
「君に止められる筋合いはない。そこをどいてくれないか」
「そういうワケにも参りますまい。余は、彼女の婚約者でありますれば」
シンラがそれを口にすると、八雲はますます顔つきに厳しさを増していく。
「僕は欣司さんに再婚を認められた、彼女の夫だ」
「ハハハ、お戯れを」
「戯れなんかじゃない! そっちこそ、金鐘崎の財産が目当てなんじゃないのか!」
「このシンラ、美沙子さんと共に在れるのでしたら、ビタ一文いりませぬ」
「どうだかな……、口では何とでも言える」
八雲は、挑みかかるような目つきでシンラを睨んでいる。
その様子から、彼の美佐子への執着は本物であるようにも感じられるシンラだが、
「ともかく、お引き取りを。美沙子さんは父上が倒れられたこともあり、心労を重ねております。今しばしお休みいただく必要がございましょう」
「僕はまだ眠っている彼女を確認していない。ただの口から出まかせかもしれない」
「う~む……」
シンラは困った。取り付く島もない。
今は、美沙子をゆっくり眠らせたいところだ。来客は控えたいところだが……、
「なぁ~にしてんのよぅ!」
という声と共に、スパァンと景気のいい音がした。
「いった!?」
そして、八雲がその場にうずくまる。
彼の後ろに立っていたのは、茶色い髪をした陽気なお手伝いさん、那岐和。
「ウチのお客さんに何因縁ふっかけてくれちゃってんのよ、兄貴!」
「お、おまえ、ゃ……」
「あァん? ヤんのかコラ? あちしはいつでもヤッてやんぞォ~!」
涙目で見る兄に、シュッシュと、那岐和妹がシャドウボクシングをしてみせる。
どうやら、八雲は彼女に思いきり後ろ頭をはたかれたようだ。
「ったく、すいませんねぇ、お客様。ウチの兄貴、この通りいい年してわがままで」
「痛ッ、痛い! 耳を引っ張るな、や、やめ、やめろ、ゃ……!」
「あァ? 聞こえんなぁ~。あんまうるさくしないでよね。人が寝てるんだから」
那岐和妹が、随分年上の兄の耳を強く引っ張っている。
八雲は、目に涙を浮かべて痛がっている。正直、シンラもちょっと見てて痛い。
「ほら、行くよ兄貴! 全く、情けない!」
耳を引っ張られたまま、八雲が那岐和妹に引きずられるようにして連行される。
何とも強い妹がいるものだと、シンラは思った。何となくヒメノを思い浮かべた。
「一度、美沙子さんの様子を確認しに行くか……」
今の騒ぎで起きていたらどうしたものか。
そう思って、シンラは美沙子の部屋の方へと踵を返そうとする。
その耳に、八雲の悲鳴じみた声が聞こえてくる。
「やめろ、耳が千切れるからやめてくれ! 放してくれ、十萌~!」
シンラの足がピタリと止まる。
彼は那岐和兄妹が去っていた方を振り返り、目を丸くして今聞いた名前を呟いた。
「……トモエ?」




