第389話 元旦/午後/金鐘崎本家、年始の挨拶、終了
大鎌を構えた、血の色をした人型の影。
空中に浮遊していながらそれは立体ではなく、のっぺりとした平面の存在。
「マガツラ!」
『クカカカカカカッ! ンだよ、いるじゃねぇか、敵さんがよォ!』
大鎌を構え、こっちに迫ってくる赤い影を、俺はマガツラで迎撃する。
『ゥオラァッ!』
マガツラの鋼の拳が、赤い影を直撃する。
が、影は当たったはずの剛拳をそのまますり抜けて、俺に直進してくる。
「あァン!?」
『へぇ、こりゃあ何とも。気体か、それとも霊体か、それとも別の能力か!』
「感心してんじゃねぇ、このデカブツが!」
俺は自分の異面体に怒りまぎれの罵倒をぶつけ、ガルさんを構える。
「ガルさん、何かわかるか?」
『せめて一当てせねば、何とも言えんな』
「だよねぇ~!」
赤い影がいよいよ間合いを詰めてくる。
俺は、その大鎌を魔力を這わせたガルさんの刃で受け止めようとするが、
「横からドーン!」
自身の異面体である『神威雷童』を纏ったタマキが、赤い影を殴った。
マガツラが殴れなかった影を、殴った!?
「おとしゃん、危なかったなー」
「ああ、助かったぜ、タマキ。それより、よく今のヤツ、殴れたな」
「オレは強ェからな~!」
フフンと胸を張るタマキ。もちろん、それは知ってはいるけれど。
「今のヤツ、どうやって殴った?」
「わかんねぇ!」
フフンと胸を張るタマキ。もちろん、そう答えることも知ってはいるけれど!
「って、そうか……、タマキの『真打』か」
タマキが使う攻撃は『真打』と呼ばれる最強打撃技だ。
威力もさることながら、物理無効のはずの相手を殴り倒せるんだよな、この技。
「そうか、何でも殴れるなら相手がどういうタイプでもお構いなしか……」
「おとしゃん、あいつ、また来るぜ!」
タマキに殴られて空中に散った赤い影が、一か所に集まって再び人型を作る。
それだけ見れば気体にも見えるが、判断するには情報が足りなさすぎる。
「マガツラ、《《アレ》》やるぞ!」
『ヘェ、いいのかい、本体? 制御に不安があるんじゃなかったのかい?』
「言ってる場合か、敵が目の前にいんだよ!」
『クカカカカカカカカカ! あいよォ! わかってますって!』
赤い影が再びこっちを狙ってくる。
しかし、その進路上に立ちはだかるマガツラが、グッと右拳を構えて力を溜める。
「――『焦熱撃破』」
呟くと同時、マガツラの右拳が真っ白な炎に包まれる。
「え、おとしゃん、それ……!?」
タマキが驚くのも無理はない。見た目は完全に『亡却業火』だからな。
ただ、これはさすがに『亡却業火』とは違う。アレは異能態の能力だ。
『オォォォオオオオオッ!』
赤い影めがけ、マガツラが白く燃える拳を振り抜く。
残念ながら、拳は直撃せずに影の端っこをかすめるのみに終わる。しかし、
「おッ!」
タマキが声をあげた。
赤い影の脇腹辺り、マガツラの拳が当たった部分が軽く抉れたのだ。
「効くには効く、か……」
「何、おとしゃん、今の何だよ! 今まで見たことねーぞ、あんなの!」
タマキがはしゃぎながら尋ねてくる。あとで勝負申し込まれそうでイヤだな……。
「『焦熱撃破』。マガツラが自律したのと同時に使えるようになった新技だよ。触れたものの強度に関係なく打ち砕く、一撃必壊の技だ」
「すげー! おとしゃんすげー!」
「ただ、まだまだ使いこなせてねぇんだわ、これ……」
苦笑する俺の全身を、ドッと溢れた汗が濡らす。
力を溜めなきゃ使えない上、一発使い切り、使用後は激しい消耗と来たもんだ。
「タマキと共闘なら何とかできるか?」
相手の能力を『理解』できていない以上、まだ『絶対超越』は使えない。
どう見ても、相手は直接戦闘ではなく能力に頼るタイプ。
こういう搦め手を使いそうなタイプは、タマキにとっては相性が悪い相手だ。
「ヘヘヘ、おとしゃんと一緒か。なら、絶対負けねぇな!」
「油断大敵、っておまえに言うことでもないけどな」
タマキとマガツラが並んで構える。
赤い影はユラユラと空中を漂いながら、そののっぺりとした頭部をこっちに向け、
「……何!?」
いきなり、その場からスゥと消え去った。
そして、次に現れたのは俺達の死角。などではなく、お袋のすぐ背後であった。
「あ、おとしゃんのおかしゃんに狙いを切り替えやがった!」
「チィッ!」
俺は激しく舌打ちをする。お袋は、欣司との会話に集中しているようだった。
「お袋、そっちに行ったぞッ!」
腹の底から声を張り上げると、さすがにお袋も気づいて振り向く。
「――異面体!?」
お袋が驚きの声を発し、その手に拳銃を取り出そうとする。
だが、影が速い。俺から見ても相当な速度で、お袋めがけて鎌を振るおうとする。
「美沙子さん!」
シンラもお袋に迫る影に気づいてはいる。だが、位置が悪い。
お袋とシンラの間に那岐和八雲がいて、そいつが壁になっていやがる。
間に合わない!
そう思った瞬間、お袋へと手を伸ばしたのは――、
「おぉらァッ!」
座布団の上でふんぞり返っていた、金鐘崎欣司だった。
その手がお袋を突き飛ばし、自身は赤い影が振るう大鎌の軌道上に残ってしまう。
「な、お父さ……」
お袋の声が聞こえて、俺達が見ている前で赤い大鎌が欣司の身をザクリと薙いだ。
悲鳴などはなく、欣司の体が後方に弾かれる。
血は飛んでいない。肉体には、傷がついていないようだ。
だがそんなこと、今の俺にはどうでもいい。欣司のことなど、どうでもいい。
「お袋を狙いやがったな、おまえェェェェェェ――――ッ!」
『VOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO――――!』
俺の憤怒に呼応して、マガツラが雄叫びをあげる。
そして再度、白い炎に包まれた鋼の拳が、今度こそ赤い影のド真ん中を捉えた。
『――――ッ! ――――ッッ』
声にならない声を大広間に響かせ、胸の真ん中に大穴を空けた赤い影が消滅する。
「ぎひッ!?」
同時に、汚い声をあげて気絶したのは、金鐘崎崟吾。
異面体を破壊されたら本体も意識を失う。つまりはこいつが、あの影の本体。か。
「…………」
「どうかしたのか、おとしゃん?」
「いや、何でもない」
思うところはあるが、ひとまずは置いておこう。崟吾が逃げるのは不可能だしな。
それよりも、だ――、
「欣司、ちょっと! 欣司! お父さん! ねぇ、ちょっと!」
お袋が、自分を守って倒れた欣司を起こそうと体を揺すっている。
しかし欣司は一向に目を覚ます様子がない。俺も近寄って、状態を確かめてみる。
「お袋、見ていいか?」
「アキラ……」
お袋は、俺が驚くくらいに弱々しい表情していた。
やはり自分の父親が相手だからか。守られたこと自体が、意外そうだったけど。
「ガルさん」
『うむ』
俺は、ガルさんと共に欣司の体を詳しく観察する。
呼吸をしていない。心臓も動いてない。だが死んでいない。仮死状態ってヤツか。
『これは――』
「何かわかるか、ガルさん?」
『魂の七割近くを持っていかれている。……『魂喰い』だ』
ガルさんが言った『魂喰い』は、その名の通り生物の魂を奪う特性のことだ。
モンスターや魔法にもこの特性を持つものはあるが、数はそう多くはない。
魂が完全に抜けきれば、その肉体はただの死体だ。
時間が経てば腐っていくだけ。
しかし、三割も魂が残っているのなら、まだ死んだとは言えない。
マガツラの『絶対超越』なら、能力の中身が『理解』できれば戻せるはずだ。
が、まだ俺の『理解』はそこに至っていない。
魂を喰らう能力の全容を知ることができなければ『絶対超越』は使えない。
「なぁ、ガルさん、欣司の魂を戻すことはできるか?」
『無理だな。これが魔法であるのならばどうとでもなるのだが――』
「異面体の能力となると、さすがにガルさんでも専門外か」
『すまんな、我が主よ』
「いいさ。ひとまず本体の方は確保できてる。あとでじっくり問いただすさ」
俺は失神したままの崟吾の方に目をやり、軽く嘆息する。
「何なんだ、これは一体、何が起きているんだ!?」
一人、状況についていけていない那岐和八雲が騒いでいる。
それに応える者は誰一人としていない。
シンラはお袋に寄り添っているし、タマキは崟吾を見張っている。
カリンとジンギは、床に転がっている親戚共を蘇生させている真っ最中だ。
「お袋……」
「大丈夫だよ、アキラ。ありがとうね」
倒れたままの欣司の傍らに膝をついているお袋が、俺の頭を撫でてくれた。
笑っているその顔は、だが、明らかに強がっているのがモロわかりだ。
「親戚一同を蘇生させたら、一度『異階化』を解きましょう、美沙子さん」
シンラが区切りを入れることを提案する。
それには俺も同意だ。親戚への仕返しも終わったし、一区切り入れるべきだ。
「そうですね。そうしましょうか」
お袋が、シンラにうなずく。
それからお袋が発した呟きが、俺の耳にしっかりと聞こえた。
「……アンタは、アタシに何を言おうとしたんだい、欣司」
こりゃあ、今日中には帰れないかもしれねぇな。
俺は何となく、そう思った。
こうして金鐘崎本家の年始の挨拶は、混沌とした中で終わりを告げた。
ただ、この一件、果たして崟吾をシメて終わるのかどうか。
ちょっとイヤな予感が止まらない俺だった。




