第387話 元旦/午後/黄鐘崎親族一同、一網打尽、死屍累々
最初に動いたのは、意外にもジンギだった。
「…………おやすみ」
の、一言と共に、ふすまの向こう側の連中が次々に倒れていく。睡魔の魔法か。
「うむ! 気が利くのう、愚弟よ!」
「…………さっさと閉めて、愚妹」
「わぁっとるわい!」
服装を黒い和服に変えたカリンが、大広間真ん中のふすまを閉める。
これにて、金鐘崎親戚一同がいる大広間前側は完全に区切られた形となる。
「な、何よ、花梨! その格好!」
カリンの服装の変化を見て、小夜子がヒステリックに叫ぶ。
だが、そんな母親にカリンが向けるまなざしは、ただただ冷たいもので、
「うるさいわ、キーキー騒ぐでない。サルか、おんし」
「サ、サル……!?」
「愚弟は着替えんのか~? その服も似合っとるけど~」
「…………がっでむ、愚妹」
何故か中指ではなく薬指を立てて、ジンギが蝶ネクタイから普段着姿に変わる。
一方で、俺はビタァンッ! と、畳に手を叩きつけた。金属符、設置。
「な、何だァ!?」
崟吾が慌てふためいた声をあげる。
大広間の前半分が『異階化』したのを肌で感じ取ったようだった。
「美沙子、お、おまえ、おまえは何を持ってるんだァ!」
崟吾はお袋が手にしたダガーを指さし、血相を変えて叫んだ。
周りの親戚共が一様に硬直している中で、そうやって動けるだけでもマシな方か。
「何って、ダガーさ。アンタはこういうの、見たことないのかい、坊や」
「ぼ……ッ!?」
手の中でダガーをクルクル回しているお袋に、崟吾も言葉を失う。
お袋が、右手を軽く振るう。
投げ放たれたダガーは、崟吾の耳を軽くかすめて後の柱にストッ、と突き立った。
「ひぃ、ぁ、あ……」
それだけで、崟吾は顔色を真っ青にしてその場にへたり込む。
その股間には、ジワリとシミが広がっていった。
「み、美沙子さん、これは、一体……!?」
次にお袋に問いを投げてきたのは、那岐和八雲。お袋の中学の同級生。
俺の祖父である欣司が決めたお袋の再婚相手とのことだが――、
「黙ってなよ、ガリ勉君」
「な――」
お袋は、八雲に一瞥もくれず、一言のもとに切って捨てた。
「これから始まるのは仕返しだよ。けど、アンタには特に何の恨みもないからね、まぁ、巻き込んじまったのは悪いと思うけど、茅野さんと一緒にその辺の隅っこにでも避難してりゃあいいさ。謝ってほしけりゃあとで謝ってやるさね」
そう言いながらも、お袋の目は欣司をずっと凝視している。
八雲の存在など塵芥にも等しい。お袋の行動が、それを雄弁に物語っている。
なお、巻き込んでしまったもう一人、茅野のオバチャンは隅っこで震えている。
「しかし、美沙子さん、僕は――」
「那岐和八雲殿」
さらに何かを言おうとする八雲を、シンラが呼び止める。
「美沙子さんは我が婚約者なれば、余を無視して婚姻の話を進めるは道理を外れていましょうぞ。貴殿が美沙子さんを想うであれば、まずは余と向き合うべきでは?」
「何だ、君は! 僕は美沙子さんと話をしているんだぞ!」
「これは異なことを。美沙子さんは貴殿を意にも介しておらぬご様子。貴殿もそれを感じていましょうぞ。で、あるにも関わらず『話をしている』? もしや、この場には存在しないイマジナリー美沙子さんと会話でもなさっておられるのか?」
「な、し、失礼な……ッ!」
「先に礼を失した振る舞いをしたのは貴殿なれば、余はそれに合わせたまでのこと」
「僕が悪いとでもいうのか!?」
「いかにも。貴殿が悪い。言わねば理解できぬか。――いや、言っても通じぬか」
「この僕に対して、何て言い草だ……ッ」
全く余裕を崩さないシンラに、八雲は涼しかった顔色を一変させていた。
だが、八雲はシンラに対する暴言こそあったが、それだけだ。
シンラのヤツも、今のところは本格的な仕返しをするつもりはないだろう。
「……そう、仕返しするべき連中は他にいるからな」
俺は手に漆黒の剣鉈を取り出し、クルリと振り返る。
そこには、小夜子と美智子を含む、奥座敷にいた金鐘崎家親族御一同様の姿。
「よしよし、一人の抜けもないな」
俺は念のため、この場にいる親戚連中の顔を確認する。うん、全員揃ってるね~。
「な、何なんだこれは! オイ、俺達をどうするつもりだ!」
と、親戚の中の一人が立ち上がるが――、
『クカカカカカ、黙りなよ、あんた』
「ひ、ィ……!」
俺の背後に現れた漆黒の装甲に覆われた大男に睨まれ、腰を抜かしてへたり込む。
「普通の状態でもちゃんと自律してるのな、マガツラ」
『クカカッ、これもおまえの成長の証だぜェ、本体。よかったじゃねぇか』
通常モードのマガツラの声は、その外見に似つかわしい、重苦しい声。
チビのときのアニメ声だったらどうしようかと思いましたよ、俺。
「な、な、何……、何よ、あれ……」
「ひぃぃ、ひぃぃ~~……」
小夜子も美智子も、マガツラを見て完全に怯えてしまっている。
本当、わかりやすい連中。見た目が怖そうなら怖がって、小さいならバカにして。
「――宣告だ」
俺はガルさんを親戚連中に突きつけて、告げる。
「おまえらは俺達の恨みを買った」
「な、う、恨み……? 私達が何をしたって……」
美智子がそんなことを言ってくるので、俺は親切にも説明してやることにする。
「決まってんだろ。おまえらはお袋を侮辱した。だから俺はおまえらを恨んだ」
「そ、それだけのことで……!?」
美智子が、驚きに表情を凍てつかせる。
はいはい出た出た。俺知ってるよー、こういうの、知ってるよー。
「いじめっ子がいじめられっ子に恨まれてる理由を理解できないヤツ~。今のでホント、丸わかり。そうだよな、おまえらにとっちゃ、その程度の認識だよな。ハハハ」
マガツラが、その拳を畳に叩きつける。
鈍い音がして、拳は畳を粉砕し、下の床までもをも軽々と貫いた。
「ひぃ、あッ!?」
千々に砕けた畳の破片を浴びながら、美智子が悲鳴をあげる。
「ったくよぉ、そっちが勝手に呼んでおいて、戻ってきてみりゃ家族・親戚総出でウチのお袋をバカにしやがって。――ああ、腹立つ。マジで腹立つぜ」
こいつら全員、肉片になるまでグチャグチャにしねぇと気が済まんわ。
憤激に駆られた俺が、そう思っていたところで――、
「…………父親、提案」
ジンギが、よく見ないとわからない程度の高さで挙手をする。
「あ、どーした、ジンギ?」
「…………ボクがやる」
あ?
「…………取引、契約、譲って」
「ジンギ、おまえ――」
この親戚連中への仕返しを譲れってのか? 俺の獲物を、自分に寄越せと?
契約を言い出している以上、そういうことなのだろうが――、
「対価は?」
俺は、ジンギに短く問う。
こいつが何の考えもなしに取引を申し出るワケもない。
「…………ん」
ジンギが、人差し指を一本立てる。それだけで、俺はこいつの意図が理解できた。
「魔法アイテム発注の権利、一回分か」
俺が言うと、ジンギはコクコクうなずいた。
こいつは錬金術師で、魔法アイテムの開発という分野においてはマリクをも凌ぐ。
ただ、魔法アイテムの開発については非常に気まぐれな自由人と化す。
自分の興味の赴くままにアイテムを作ったり、作ろうとして飽きたりするのだ。
そんなジンギの、アイテム開発の発注権一回分。
価値は高いが、しかし今一歩何かが欲しい。俺は少し考えあぐねる。
「…………ボクは」
「ん?」
「…………祖母をバカにしたこいつら、嫌いだ」
……ジンギ。
「そういうワケじゃよ、ととさま。ここまでの自己主張、ジンギの兄御がすることはそうそうあるまいて。何とか譲ってやってもらえまいか」
そこに、カリンも加わってくる。ジンギのことを愚弟ではなく、兄と呼んで。
「ちょっと、花梨! 神祇! あんた達、何を言ってるのよ!?」
「黙れ、金鐘崎小夜子。おんしに名を呼ばれること、まことに不愉快の極みよ」
「…………ざけんな」
カリンとジンギが、小夜子に対してきっぱりと不快感を示す。
己の子供に否定されて、小夜子は顔を憤怒に染め上げる。
「あんた達、母親に向かって――」
「何が母親じゃ、片腹痛い。ワシの母親はミフユ・バビロニャじゃ、たわけ」
「…………くたばれ」
再度、否定されて小夜子が噛み合わせた歯を剥き出しにする。
「あ、あんたた……」
「マガツラ」
『クカカカカカカカカカカ! あいよォ!』
マガツラがその太い腕を伸ばし、小夜子の頭を掴んでグシャリと握り潰す。
小夜子の体が力を失い、その場に倒れ込む。
「きゃああああああああ! 小夜子さァァァァァァァん!?」
と、美智子も騒ぐが、マガツラは次いでお袋の妹の首を掴み、骨をへし折った。
いきなり二人が殺されるのを目の当たりにして、他の親戚共は生唾を飲む。
「こいつら二人はあとで改めて仕返しをする。ジンギ、他はおまえが好きにしろ」
「…………ありがと」
俺が二人の死体を収納空間に格納すると、ジンギが自身の異面体を出現させる。
「――『幾何絡機』」
空中に現れたのは、細長い骨を規則的に組み上げたような、幾何学模様の骨細工。
遠目には球体にも見えるその骨細工からは、十本の長い骨の腕が伸びている。
「…………コンセプト設定、構造思想確定、構築準備完了」
ジンギが呟くと共に、十本の腕が動いて、手が円を描くような形に配置される。
そして、その円の中心に出現するのは、真っ白い光のキューブ。
「…………構築開始」
その合図と共に、十本の骨の手がキューブを掴み、目まぐるしく動き出す。
光のキューブはルービックキューブと全く同じ構造をしている。
一面九マスのキューブが、カシャカシャと音を立てて動かされていく。
もちろん、遊んでいるワケではない。これは、魔法アイテムの開発風景である。
――即席で任意の魔法アイテムを構築・創造する。
それが、ジンギ・バーンズの異面体であるキカラギが持つ能力である。
十秒もせずに骨の手がキューブを組み換え終えて、魔法アイテムが完成する。
「…………できた」
キカラギが消えて、ジンギの手に現れたのはマイク。
そう、音声を拡大する、あの手持ちマイクだ。
「ジンギ、そいつは?」
「…………呪いのマイク」
名前、直球~! 超どストレート~! 笑うわ!
「…………対象の行動を呪いで強制的に操るマイク」
だが、語られた機能はなかなか恐ろしいモノだった。なるほどね、呪いのマイク。
俺は怯え切って震えている金鐘崎家の親族御一同に、ニッコリと笑いかける。
「散々お待たせして申しワケねぇな、親族の皆さん! さぞ怖かったことだろう! 意味わかんなかったよな! 自分達が何でこんな目にって思ってるよな!」
顔に満面の笑みを湛えたままで、俺は軽く中指をおっ立てた。
「だが知るか、クソが。ジンギ、いいぞ。やれ」
そして、ジンギがマイクを通し、親族共に命令を下す。
「…………死ぬまで殴り合え」
「うッ!」
ジンギの命令に、まず親戚の一人が反応する。
それから、畳の上にうずくまっていた十数人が一斉に立ち上がって背筋を伸ばす。
「な、何だ、これ……!」
「何で、体が勝手に……?」
「うああああ、あああああああああ!」
疑問の声と悲鳴が入り交じる中、一人が近くにいた別の親戚を殴り飛ばす。
「痛ッ、何すんだ!」
「ち、違、体がひとりでに動い、ぐばッ!」
殴った親戚は別の親戚に蹴られて畳に転がる。
俺達が見ている前で、金鐘崎親族御一同が混乱と共に盛大な殴り合いを開始する。
「あああああああ、やめろォ!?」
「ぐひィ! 何でだよ、体が、体がいうことをきかない、何で……!」
「痛い、痛いよ! そんな強く殴らな、ぁぁ、あああああ!」
最初は悲鳴ばかりだった親族同士の殴り合いに、少し経つと別の音が加わり出す。
肉が潰れる生々しい音だ。血が飛び散る濡れた音だ。骨が砕ける硬い音だ。
俺とカリンとジンギが眺める中、親族共は激痛に晒されながら、なお拳を振るう。
疲れなど関係ない。死ね。痛みなど知るか。死ね。死ぬまで殴り合って、死ね。
「ひぃ、ひぃ……、た、たす、助け……」
「ぁぁぁあ~、ぅあああぁぁぁぁ、ぁぁ、ああ……」
親戚共は泣きながら、他の泣いている親戚に拳や蹴りを見舞う。
使いすぎた拳は、皮がベロンと剥けて、肉も削がれて骨も見えている。
だけどその拳、死ぬ気になればまだまだ使えるぞ。
いいぞ、そこだ、いけ! 全力で殴り殺せ! そして全力で殴り殺されろ!
「ぅあ、ぁ、ぁ……」
一人が、力尽きて倒れた。
口から泡交じりの血を垂れ流している。死んだか。
「…………全力出せ」
お~っと、ここでジンギによる無情の命令おかわりが入ったァ~!
体力使い切った連中じゃ、殴り合いで死ぬまで時間かかるからね、仕方ないね!
「あああああああああああああああ! ぅああああああああああああああ!」
「な、何で、何でェェェェェェェェェェェェェ――――ッ!?」
半分程度にまで減った親戚共は揃って泣き叫ぶ。
だが、それとは別に体は壊れるのお構いなしで全力を出し、派手に殴り合う。
悲鳴、悲鳴、殴る音。悲鳴、悲鳴、骨が折れる音。悲鳴、悲鳴、人が倒れる音。
ジンギによる命令おかわりから一分弱、ついに立ってる親族は一人のみ。
「お、終わった……?」
殴る相手がいなくなってホッと安堵したようだが、バカめ。そんなはずあるか。
「ひぐッ!?」
最後に残った一人が、自分自身を殴り始める。
ジンギの命令は『死ぬまで殴り合え』だ。
殴る相手がいないなら、自分を殴るに決まってるだろ。
「ぎぁっ! あぁ、あ、ぁぎッ! ぎひっ! ぎ、ぃあああああああ!」
残った一人が絶叫と共に自分を殴り殺し、その場に力なく崩れ落ちた。
俺は辺りを見回すが、動いてるヤツはいない。全員死んでいる。
「…………終わった」
親族御一同バトルロワイヤルが終了し、ジンギの手からマイクが消える。
異面体によって作られた魔法アイテムは、役目を終えるとこうして消滅するのだ。
「じゃ、死体に『今日殴り殺された記憶』がフラッシュバックする暗示をかけておくかね。思い出すトリガーは『陰口叩いたら』にしておくか。クックック、この先、おまえらは世間話をしてる最中に自分が殺される記憶に苛まれるんだよ!」
「徹底しておるのう、ととさまは……」
だって仕返しだしね!
どうせ蘇生するし、これくらいはやっておかないとね!
「な、な、な……ッ、何だァ、おまえらは、何なんだァ~~!?」
って、あれ、まだ生きてるヤツいる、と思ったら、崟吾だった。
股間に生暖かいシミを作って、伯父さんは腰を抜かした格好のまま泣いていた。
問われたので、俺は答えてやることにした。
「俺は、金鐘崎アキラさ。あんたの甥で、金鐘崎美沙子の息子だよ」
そしてアキラ・バーンズで、ミーシャ・グレンの息子さ。
「金鐘崎崟吾、あんたも俺の恨みを買ってる。小夜子の前に、まずはあんただな」
「ぅう、な、や、やめろ、来るなァ……ッ!」
「イヤだね」
マガツラを伴い、俺はカチカチと歯を鳴らしている崟吾に近づいていく。
途中、お袋とシンラの姿が見えた。
お袋は欣司とサシで話をしているようだ。シンラは、まだ八雲と相対している。
タマキは、気を失った茅野のオバチャンを畳に寝かせていた。
あとは、誰もいない。崟吾へ仕返しする俺を阻むものは何も存在しない。
「来るな、来るなァ! 来ないでくれェ~~!」
「イヤだっつってんだろ」
こいつも、小夜子や美智子と同じだ。俺が仕返しをためらう理由は何もない。
怯えに怯えて震えている崟吾に、マガツラが手を伸ばす。
こいつにはどう仕返ししてやろうか。崟吾を睨みつけながら、俺はそれを考える。
「――ととさま!」
聞こえたのは、緊迫したカリンの声。
感じたのは、崟吾の直上。俺には見えていない場所。
「……何?」
異様な、そして異質な気配。
視線を上げれば、そこに見えたのは宙に浮かぶ何者かの赤い影だった。
「異面体、誰の……!?」
驚く俺に、赤い影絵のような正体不明の異面体が襲いかかってきた。




