第38話 ミフユの勝率が二割以下なのマジ笑うわ
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「死んだ親父が言ってたよ。あんたの勘だけは、軽く見るなって」
「そうかい、なら、その言葉に従っておきな」
言って、隆一はポケットから出した何かを健司に投げ渡した。
「こいつは、USBメモリ?」
「中に、俺がまとめ上げた『金鐘崎アキラ』に関する調査ファイルが入ってる」
「金鐘崎アキラ……?」
それは確か、金鐘崎美沙子の子供の名前だったはずだ。
「用事はそれだけだ。じゃあな、郷塚の長男」
「あ、おい……!」
健司が制止する間もなく、隆一はさっさと去っていった。
そして、残された健司は仕方なく、別室のパソコンにてメモリの中身を確認する。
一時間後――、
「芦井の親父さんか。悪いが、人を集めてくれ。――狩りの準備だ」
郷塚健司は、戦争の準備を始めた。
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このたびのスダレの報告書は、何故か小説形式でした。
いや、それはいいんだけどね?
「貫満隆一、ねぇ~……」
報告書を読了し、俺はそれを順番待ちしてる方へと渡す。
こちら、スダレの『万象集積階』内にある第三階層『スダレのお部屋』。
どこまでも広がる真っ白~い空間で、現在、今後の俺らの動き方の相談中。
なんだけど――、
「フハハハハハハハハハハッ! 母上、余の威光、しかとその目に焼きつけられよ! 見ててねひなた、お父さんは強いんだぞぉ! 刮目せよ、今必殺のフォーカード!」
「はぁ~!? 何それ、笑えないんだけどォォォォォ!!? ……ツーペア」
「わぁ~、おとうさんのかち~!」
楽しそうだねぇ、長男にカミさんに推定末っ子よ。
ミフユったら、こないだのデート以降、トランプにドハマりなんだからー。
「はにゃ~ん、芦井組に人が集まってるね~。ちょっと会話、聞いちゃおっかな~」
スダレはスダレで、趣味の情報収集真っ最中。
と、なると、俺は誰に報告書を渡したんですかってな話になって、
「……あの刑事、何考えてんだよ」
俺の次に報告書を読んで、厳しい顔つきになってる賢人と、
「ねぇ、アキラ。あたしは何でここにいるんだい?」
そして何故かいる、お袋である。
「いや、俺に言われても知らん。俺が招集かけたのはシンラとミフユだけだって」
俺は肩をすくめるしかなかった。
だって、ホントにわっかんねーんだモン。何でいるの、お袋。
「美沙子殿は余の独断にてお連れ致しました。状況を見るに、これより先、芦井組が大きく動きましょう。その際、美沙子殿が狙われるは必定。ゆえにこの場に案内を」
「えー、別にお袋が死ぬくらい、どうでもよくない?」
「ひぇっ」
シンラに言うと、お袋が顔を青くしてのどを引きつらせる。
「父上、美沙子殿に今少しご配慮なされてはいかがか……」
「今、生かしてる時点で俺としては最大限配慮してるので却下。ねぇ、お袋?」
「そこで同意を求められても、あたしは何て答えりゃいいんだい……」
顔面蒼白のまましょぼくれるお袋だが、生きてるって素晴らしいと思わん?
「お義母様、大丈夫です。アキラはああ見えて身内には甘々です。お義母様のことも今はああでも時間をかければ必ず態度を軟化させます。わたしから見ると、むしろお義母様の勝利が確定しているワンサイドゲームです。腰を据えていきましょう!」
「ええ、そうなのかい? それなら、まぁ……」
「やめんか、ミフユゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――ッ!!?」
嘘、嘘だろ?
おまえ、お袋側につくの? 俺のこと裏切るの!? 嘘ォ!!?
「フ、残念だったわね、ジジイ。あんたへの恐怖を克服した今、わたしの中にあるのはあんたへの愛と理解だけなのよ。そのわたしが、人類史上最高主婦のお義母様を守らないわけがないでしょ? お義母様から料理を習って、あんたに美味しい手料理を食べさせるという野望のため、今はあえてあんたを裏切るわ。悪く思わないでね!」
「それは嬉しいんだけど、はっちゃけ過ぎなんだよォ! 顔から火ィ出るわ!」
「父上ったら……」
「おパパったら……」
「アキラも隅に置けないねぇ~」
やめろぉ! シンラもスダレも、お袋までもこっちを微笑ましい目で見るなァ!
ぐあああああああああ、気恥ずかしさが俺の臓腑を焼き尽くしていくゥ!
「……本当に、騒がしいな。おまえら」
報告書を読み終えた賢人が、俺達を見て苦笑している。
その目は、自分には手に入れられなかったものを眺めているかのように、切ない。
「おまえらって、家族なんだよな?」
「この世界じゃ赤の他人同士ではあるけどな。あっちじゃ家族だったよ」
「あっち、異世界、ってところか……」
賢人が真っ白い世界の空を見上げる。
「こんな場所に来れるんだ。あるんだろうな、本当に」
「ああ、ある。そしておまえも、そこで生きてたんだぜ。覚えちゃいないだろうが」
「ケント・ラガルク……」
賢人が、異世界での自分の名を呟いた。そして、小さく首を横に振る。
「やっぱり、何にも浮かばないな。思い出せない」
「それでいいだろ。今のおまえは郷塚賢人だ。一回死ぬまではな」
「死にたくね~よ」
力なく言って、力なく笑う。そして賢人は、ため息をついた。
「なぁ、アキラ」
「何だ?」
「俺はまだ、おまえの雇い主でいいんだよな……?」
その口ぶりと不安げな声からして、賢人はそれを俺に確かめたかったらしい。
「もし、そうだっていうなら、もう少しだけ俺に付き合ってほしいんだ」
「おまえが、郷塚の家を乗っ取るまでか?」
「……やっぱ、気づいてた?」
また苦い笑いを浮かべる賢人に、俺は軽くうなずく。
「郷塚の家への仕返しってモンを突き詰めると、結論はそれだろ。他でもないおまえが郷塚の家を継ぐ。これ以上ない仕返しだ。健司に対しても、郷塚家に対してもな」
「ああ、そうだよな。これまで散々俺の人生を弄んできた郷塚家を、今度は俺がいいように弄ぶ立場になってやるんだ。それで、俺はやっと前に進める気がする」
拳を強く握りしめ、賢人は力強い声で言った。
その顔に、俺は『世界で一番勇敢な男』の面影を見た気がした。
そこで、ミフユが両手をパンと打ち鳴らして話題を変える。
「で、具体的にはどう動くの? その貫満とかいう刑事がアキラのことを調べたなら、わたしやシンラのことも、掴んでる可能性が高いわよ。どうするの?」
「相手さんがこっちの情報を掴んでるってんなら、それを利用するだけだ。幸い、スダレの情報結界は宙色市全域をカバーしてる。『誘い蜘蛛の陣』が使えるな」
俺がそれを提案すると、ミフユとシンラの顔つきが変わった。
スダレは、情報収集没頭中につき、俺の話などハナから聞いちゃいない。
「なるほど。『誘い蜘蛛の陣』ですか、それならば対処できそうでありまするな」
「でも、あれってポイントの設定が必要だったわよね、どこにするの?」
うなずくシンラと、俺にそれを尋ねてくるミフユ。
もちろん、自分から提案したことだ。考えていないワケがない。
「ポイントは三カ所。一つはミフユのホテル。一つはウチのアパート。そして最後の一つが、宙色銀河商店街だ。あそこは道がまっすぐで、道幅もちょうどいい」
「ホテルにはわたし、アパートにはシンラ、商店街に行くのはあんた、って感じ?」
「話が早いね、ババア。その配置で行きたいところだ」
俺達が話しているところに、理解できずにいる賢人が割って入ってくる。
「一体、何の話をしてるんだよ……?」
「狩り方の話さ。健司は狩りの準備と言ってたが、さて、狩られるのはどっちかな」
俺の顔に、自然と笑みが浮かぶ。
だが、そこに感じた喜悦もほんの一瞬、俺はすぐに笑みを消して、告げた。
「それとな――」
「何よ、まだ何かあるの、ジジイ」
「場合によってはだが……、俺は《《渦を巻く》》かもしれない」
その一言に、ミフユは目を大きく見開き、シンラも動きを止めた。
情報収集に没頭していたスダレまでもが「はにゅ!?」とこっちを振り向く始末。
重たい沈黙の帳が、真っ白い空間に降りてきた。
いきなりの空気の変質に、理解できてないひなたやお袋が視線を右往左往させる。
「……そう、わかったわ」
やがて、ミフユが低い声でそれだけを言った。
シンラが苦々しい顔をして、ミフユに問いかける。
「よろしいのですか、母上。さすがにこの世界で《《アレ》》の行使は……」
「そんなこと、アキラが一番わかってるわよ。大丈夫でしょ、多分。でも――」
深く、深く息をついて、ミフユは眉間にしわを寄せた。
「とんだバカもいたモンね。アキラ・バーンズを、ここまで怒らせるなんて」
やっぱり、ウチのカミさんが一番俺を理解してくれてるな、と、思った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
必要な相談を終えて、俺達はひとまず帰路についた。
といっても、それぞれの向かうべき場所にこれから行くだけなんですけどね。
時刻は、そろそろ夕刻。
先にシンラとひなたとお袋が帰り、さっきミフユが帰った。最後が俺と賢人だ。
「じゃ、頼むぜ、スダレ」
「は~い、ウチにお任せなのよ~。勝ったらお祝いにケーキ焼こうね~」
「それだけはやめろくださいやがりませ」
俺は懇願し、賢人と共に八重垣探偵事務所を出る。
「何ていうか、独特な人だな、スダレさんって……」
「もっと直球に変人って言っていいんだぞ」
「いや、さすがに目上の人にそう言ういい方はどうかなって思うけど」
目上、目上かなぁ、あのクソワガママ娘。一応こっちじゃだいぶ年上だけど。
「俺達はここから商店街に直行する。今夜中に、勝負をつけるぞ」
「ああ、わかってるよ」
賢人がうなずく。うん、覚悟はできてるらしいな。
これから先、本格的に荒事に突入するが、賢人は俺についてくると言った。
こいつ自身が、郷塚家との決着を強く意識しているのだろう。
だったら、連れていかない理由はない。俺は賢人に同行を許した。
「まぁ、気を楽に持てよ。仮にに死んでも俺が蘇生してやるから」
「軽々しく言うなぁ……」
「だって実際軽いから、人の命。それに一回死ねば、前世の記憶も戻るかもだぞ?」
「ああ、それなら。って納得できるワケないんだよなぁ~!」
飛翔の魔法は使わずに、俺達は話しながら道を歩いた。
これは『誘い蜘蛛の陣』に必要なことだからだが、それが妙な展開へと繋がる。
「やっと見つけた、賢人君!」
後ろから、突然聞こえてくる女の声。
振り向いた賢人が、驚きと共にその女の名を叫んだ。
「菅谷さん!?」
女刑事の菅谷真理恵が、乱れた呼吸を整えようとしていた。




