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第373話 聖夜のバーンズ家/ケントとタマキ

 中学二年生の郷塚賢人にとって、今年はとにかく激動の年だった。

 まず、家族全員が死んだ。


 それはまぁ、いい。

 連中の死は自業自得で、大した思い入れもない。死んで清々した。一人身最高。


 重要なのはその一件の中で自分が『出戻り』したことだ。

 そしてそこからが、本当の意味での彼の『激動』の始まりとなった。


 大きく分けて、キャンプ前とキャンプ後。

 または、非モテ期とリア充期という分け方もできるだろうか。


 本当にあのサマーキャンプは、自分にとって大きな人生の転換点だった。

 こっちに『出戻り』して再会した彼女が、自分にとってどういう存在だったのか。

 それを今さらながらに自覚する機会となったのだから。


 ――だが、……だが!


 果たしてそのサマーキャンですら、ここまでのピンチに陥っただろうか。

 いや、陥った。確実に陥った。あのキャンプを思い出すのだ、ケント・ラガルク!


 つまり、今感じている危機感はあのときにも匹敵するレベルということ。

 もう頭の中にさっきからエマージェンシーコールなりっぱなしだ。


 具体的には、どういう状況なのか。

 危機感に並ぶほどの絶望感と共にケントは天井を見上げる。


 そこに、キラキラ輝くミラーボールがあった。

 右を見れば、デケェ鏡がある。

 左を見れば、ガラス張りの二人で入れる大きなバスルームがある。


 前を見れば、大画面4Kテレビと積み上げられたDVDがある。

 後を見れば、色んなドリンクが入った冷蔵庫がある。主にジュースと強壮剤。


 隣を見れば、ベッドの上で興味深げに部屋の中をキョロキョロしてるタマキの姿。

 そして自分は、彼女と同じく大きな円形のベッドの上で途方に暮れている。


 ――12月24日午後8時、ケントとタマキは、ラブホの一室にいた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 どうしてこうなったのか。

 原因だけを述べれば、タマキのファンのせいである。


 そう、眉村絹――、シルク・ベリアだ。

 せっかくのクリスマスデート真っ最中に、突然あの女が突撃してきたのである。


「師匠ちゃん、勝負! 私と勝負してェ~~~~!」

「お、いいぜ~!」


 って、デート真っ最中なのにタマキも軽い気持ちで受けちゃうワケだ。

 ケントからすればもう、『ふざけるな』がやまびこの如く脳内に響き続けるよね。


 だからケントはタマキを連れてシルクから逃げたのである。

 逃げたよ、逃げた。

 普段はあんまり行かない場所に逃げて、隠れ場所として選んだ先がホテルだった。


 とにかくシルクを撒きたい一心だったケントは、勢いでホテルに突入した。

 そして部屋を借りて、鍵を受け取り、タマキと共に中へ。


「お~、何だココ、すげぇ~~~~!」


 先に部屋に入ったタマキが、中を眺めて声をあげている。

 ついつい勢いでホテルに来てしまったが、ケントとしては結果オーライだ。


 シルクも、さすがにここまでは追ってこないだろう。

 あの女とは一回、きっちり話をする必要があるかもしれない。ケントはそう思う。


「ケンきゅ~ん、何かここすげぇぜ~! 何かすげぇ~!」


 語彙力。

 しかしケントも部屋に入ってみれば、絶句するワケである。

 内装が派手。内装が明るい。内装がケバい。何より、タマキが座る丸いベッド。


 ここでようやくケントは気づいた。

 しまった。ここは、ラ・ブ・ホ・だァァァァァァァァァァァ――――ッ!?


「何てこったよ……」


 以上、過去一時間のケントの様子であった。


「さ~て、これからどうするか」


 ベッドの上で腕を組み、ケントは首をひねる。その拍子に天井の球体が目に入る。

 ミラーボールは初めて見るが、実物は思ったよりも安っぽい感じだった。


 ただ、それがあるという事実が、ケントにここがどこかを意識させる。

 ここはラブホ。正式名称、ラブホテル。LOVEなHOTELってヤツである。


 ラブホテル。

 ここが、あの伝説の地。約束の場所。愛の巣。もしくは、ヌチョヌチョする場所。

 ヌチョヌチョする場所……。


「……くッ」


 脳内に押し寄せてきた様々なイメージに、ケントが思わず鼻を押さえる。

 危うかった、体温が急激に上がったせいで鼻から熱い血潮が溢れるところだった。

 自分自身のたくましい想像力にあえなく敗れかけるケント。


「すぅ~、はぁ~、ふぅ~、はぁ~……!」


 だが、そうはさせじとベッドの上に正座して、目を閉じて深呼吸をする。

 場所が場所だけに一瞬取り乱したが、ここは避難場所。一時的な避難場所だ。


 少し時間が経ったら早々に出ていけばいい。

 そうとも。ここはあくまでも、ちょっとした休憩所でしかないのだ。


 休憩所。そう、休憩所。……休憩所?

 ふと、脳裏に浮かぶ『ご休憩○○円、ご宿泊○○円』と値段が書かれていた看板。


「くっ、ぐゥ……ッ!?」


 再び理性めがけて押し寄せてくる、津波の如きピンクな妄想。

 ただの単語からそこまで連想できるのも、エロガキ中坊の想像力あればこそ。


「ヤバイ……ッ、ここは、まずい……!」


 ケントは、認識を新たにする。

 ここは一時の避難場所などという生易しい空間ではない。


「ここは、殺し間だ……ッ!」


 そう、ここはケントにとって容易く理性が殺されかねない場所。敵地。戦場だ。

 今の彼は部屋にあるもの、目に映るもの全てがエロく見えてしまう。


 ちょっとした単語一つ、近くにある道具一つすら、妄想の元ネタとなりうる。

 右側の鏡も、左側のガラス張りの浴室も、正面のテレビなどあまりに危険すぎる。


 ちょっと気を緩めれば、たちまちケントの頭はピンクで支配される。

 しかもその妄想の内容が非常に過激だ。さすがは中学生。遠慮がなさすぎる。


 内容について描写したいが、それをするとこの作品がBANされるレベルである。

 惜しい。非常に惜しい。何とも惜しい。

 だが作品を消されたくないので、描写はできない。すまない。本当にすまない。


 とにもかくにも、ケントの目的はたった今変わった。

 シルクから逃げきることから、この部屋から生きて出ることへ。

 それが、ケントの至上命題となった。


 だが、直後に彼は知る。

 その目的を果たすために乗り越える必要がある、最大最強の障害の存在を。


「ケンきゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~んッッ!」

「ぅどわァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!?」


 最 強 の 敵 、 現 る 。

 タマキが、必死にピンクを堪えていたケントに横から抱きついてきたのだ。


「なぁなぁなぁ、ここってどういう場所なんだ? 何かすげー楽しそうだなぁ!」

「あぶぶぶぶ……」


 タマキを支えきれず、ケントはベッドに寝転がる形になる。

 そこに上からはしゃぐタマキが彼を抱きしめて、首に腕を回している。


「オレ、こんなトコ、初めて来たぜー! ナァナァ、ケンきゅ~ん!」


 どうやらタマキはラブホについて一切知識を持ち合わせていないようだった。

 その無邪気な無知っぷりは、さすがに女子高生らしからぬもの。


 しかし、彼女は『喧嘩屋ガルシア』。

 宙色市と天月市で事実上最強の高校生である。普通の枠に収まるワケがなかった。

 今回は思いっきりマイナスの意味でだが。


「あ、ぁ~、あの、タマちゃん……?」

「スゲェ明るい部屋だよな~、あの天井の玉、何だよアレ~!」


 ケントを抱きしめたまま、ミラーボールを見上げてタマキがキャハハと笑う。

 ノリが、完全に生まれて初めて遊園地に来た小学生のソレ。


 だが、ケントはそれどころではなかった。

 何せタマキとの距離がゼロだ。密着し、接触ている。しかも上に乗られている。

 さらに、今やケントは、タマキという存在に総攻撃を受けていた。


 健康的な肌色をした可愛らしくも凛々しい彼女の顔という、視覚への攻撃。

 やや高めでハスキーな感がある耳に心地よい彼女の声という、聴覚への攻撃。


 爽やかな感じがする彼女の使っているシャンプーの香りという、嗅覚への攻撃。

 挙句、彼が全身で支えている彼女の重みと豊かな胸の感触という、触覚への攻撃。


 唯一、味覚だけが無事。だが、それが無事だからって何だよ。

 ちっとも、何の慰めにもなりはしない。

 もはやケントの理性は刻一刻と削られていっている。タマキが魅力的すぎる。


 ヤバイヤバイヤバイ、これはヤバイ。

 ヤバイ度合いとしてはシカエシイチ武道会の最終戦のときくらいヤバイ。

 つまり、ヤバイオブヤバイ。


 ただでさえ、今のケントは全ての事象の上に『性的な』をつけかねない状態だ。

 そこに、普通に女性として魅力的なタマキが零距離でくっついてきている。


 状況としては、首都陥落。政府全滅。味方部隊壊滅。食料・燃料オールゼロ。

 要するに窮地とかピンチとかそういうレベルですらない、負け確の状態ってこと。

 絶望。絶望的ではなく、絶望。


「く、ぐ……ッ」


 それでもケントは必死に耐えた。何とか耐えようとした。

 彼の欲望を抑えている理性の壁は、もはや薄切りハム並の厚さしかない。

 そこに――、


「ケンきゅ~ん?」


 タマキが、ケントの顔を真正面から覗き込んでくる。

 そのとき彼女の吐いた生ぬるい息が、彼の首筋を軽く撫でていった。


 感じたくすぐったさが、ケントの理性をさらに削る。

 そして、彼が思ったのは『もう、いいんじゃないか』という、自分への甘言。


 どうしてそこまで我慢する必要があるのか。

 タマキは自分の彼女で、ここは恋人達がそういうことをする場所だ。


 それを正直に教えれば、タマキは大層驚くだろう。

 だが自分が望みさえすれば、彼女はそういう行為だって嫌がらないのではないか。


 恋人なんだから。彼女なんだから。

 別に、それを望んだっていいじゃないか。何を、我慢する必要がある。


 今夜は、聖なる夜なんだ。

 そういう日で、そういう夜なんだから。望んだって――、


「…………」


 ケントが自分を見つめるタマキに、スッと右手を伸ばす。

 撫でられるのを期待したのか、彼女は笑って自分から頭を差し出してくるが、


「違ェわ」


 デコピンをくれてやった。


「痛ァい!?」


 タマキが悲鳴をあげて額を手で押さえ、身をのけぞらせてケントから離れる。


「え、何で? 何で今、オレ、デコピンされたの!?」

「そりゃあんた、言葉で言ってもどいてくれないのがわかってるからっすよ」


 目をパチクリさせて驚いているタマキに、身を起こしたケントが半笑いを見せる。


「全く、俺がここに来たくて来たとでも思ってんすか。こんなトコによ~」

「え~? 何だよそれ! じゃどうしてここに来たんだよ~!」


「シルクから逃げるために決まってるでしょ。デート中に突撃してきやがってよ~」

「別にいいんじゃねぇかな~。ちょっと手合わせするくらいなら」

「えい」


 デコピンをもう一発。


「いったァ!?」

「あのね、タマちゃん。今日はイヴなの。クリスマス・イヴ。わかってる? クリスマスデートは一年に一回しかできないの。手合わせはいつでもできるだろうが~!」


「はッ! 言われてみれば、そうかも!」

「そのレベルからわかってなかったんか~い……」


 ハッとするタマキを見て、ケントは一気に体から力が抜けるのを感じる。

 彼はタマキを愛しているが、同時に『このバカ、マジでバカ』とも思っている。


「あ~ったく、タマちゃんはよぉ~……」

「ぅぅぅ、ごめんよぉ~う……」


 額に手を当て呆れるケントの前で、反省したタマキが正座して身を縮める。

 そんな彼女をチラリと見て、彼は話題を変える。


「ところでタマちゃん、ここがどういう場所か知りたいって言ってたよな?」

「え、ぅ、うん。言ったけど……」


「ここ、ラブホです」

「ラ、ブ、ホ――、って……」


 タマキは首をねじるようにかしげてしばし考え、


「…………ラブホォォォォォォォォォォォ――――ッ!?」


 目をグリグリに剥いて、形容ではなく座ったままベッドの上で跳び上がった。

 大きく開かれた口からは、綺麗に並ぶ彼女の真っ白い歯がよく見えた。


「そうだぜ~、ここがラブホだぜ~。えっちなことをする場所なんだぜ~?」

「あ、ぁ、あぁ、ぁ、あぅあぅあぅあぅ……」


 ケントがニヤニヤしながら言うと、タマキの顔がみるみるうちに青ざめていく。

 彼女はそういった分野の話題にとにかく弱かった。

 これも、異世界で生涯独身を貫き通した影響なのかもしれない。


「ぅ、ううう、ぅぅ~~~~……」


 すっかり縮み上がってしまったタマキの頭を、やっとケントが撫でる。


「もっかい言うけど、俺も来たくて来たワケじゃねぇっすからね?」

「ぅ、うん……」


 念を押すと、タマキも小さくだがうなずいてくれた。

 ただ、彼女の顔を見ると、何か言いたそうにしているようにも見える。


「何すか、タマちゃん。何か言いたいことでも?」

「ぅ~、あ、あのさ、ケンきゅん……」


 彼に撫でられながら、タマキは弱々しい声で尋ねてくる。


「ォ、ォ、オレとそういうこと、し、したい……?」

「は? 何言ってんだ、したいに決まってるだろ。当たり前だろ。俺は健全な男子だぞ。あんたみたいな可愛い彼女を前にして『いえ、そういうことに興味はありません』なんて抜かすようなタマなしじゃねぇっつの。したいわ。すごく、したいわ!」

「ケ、ケンきゅんが早口だよ~~~~う!?」


 当たり前のコトをきかれたので当たり前だと答えたら、半泣きされた。

 だが、所詮は言うだけ。ケントの手は、タマキを撫で続ける。


「けどさ、今はしねぇよ。もう少ししたら、ここ、出ようぜ」

「え、な、何で……?」

「何でって、そりゃあんたが怖がってるからっすよ。同意も取れてないのにそういうことするのってはさすがに違うでしょ。今日は帰ろうぜ」


 ケントがおどけて言うと、タマキは顔を赤くしたまま「えっと……」と呟く。


「ケンきゅんがしたいなら、オ、オレ……」

「え、何? デコピン三発目いっとく?」

「や、やだー! それはやだー! ケンきゅんのデコピン、痛いんだよ~!」


 タマキは、あっという間にベッドの隅まで逃げてしまった。

 額を押さえている彼女の前で、ケントは笑ってデコピンの素振りを見せる。


「コツがあるんすよ、コツが。異世界じゃ団長もいやがったんだぜ。俺のデコピン」

「ひぇ、あのおとしゃんが……!」


 タマキの顔色がますます青くなる。


「あのね、タマちゃん。俺はタマちゃんのこと、好きだよ」

「な、何だよ、いきなり……。オレもすげぇ好き、だけどさ……」


 照れて唇をとんがらせるタマキに、ケントも笑って深くうなずく。


「俺が言いたいのはさ、無理せず行こうぜって話だよ。俺、まだ中坊よ?」

「むぅ……」


「この先さ、いつかそういう機会は来るよ。付き合ってれば絶対に」

「絶対に、かぁ~……」


 そのときを想像しているのか、青かったタマキの顔が今度はまた真っ赤になる。


「そのときになるまで、焦らず付き合っていけばいいんじゃねぇかな」

「ケンきゅんは、それでいいのか?」


「それで、じゃなくて、それが、かな。それがいい」

「ん、そっか。わかった! じゃあ、そうする!」


 タマキの顔に明るい笑みが戻る。

 そうだ、それがいい。自分とタマキは、自分達のペースで歩んでいく。

 それがいい。それでいい。


 そして二人は、しばらくしてからラブホの部屋を出ていく。

 先にタマキが出て、それからケントが続く。

 だが、部屋を去る前に彼は一度だけその場を振り返って部屋の中を見渡す。


 そこは、二人の人間が陸み合う場所。

 身を絡め、心を交わらせ、愛を確かめ合うための部屋。

 もしくはただただ肉欲を満たすための部屋でもある。


 ――全くもって、反吐が出る。


 郷塚賢人は童貞ではない。

 彼の初めては、今はもういない姉に強引に奪われてしまった。


 ケントが冷静さを取り戻したのは、その記憶が脳裏に蘇ったからだった。

 自分は、決してあの姉と同じにはならない。


「ケンきゅ~ん? 何かあったか~?」

「ん、いや、別に~。今行くよ」


 タマキを、己の中にある肉欲を満たすための道具などにはしない。

 その想いを新たにして、ケントは部屋を出ていった。

 初めて二人で過ごす聖夜は彼にまた一つ、新たな『誓い』をもたらしたのだった。


 ――ケント・ラガルクは、絶対にタマキ・バーンズを傷つけない。

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