第370話 祝福の星は始まりの場所に降り注ぐ:中
――ゲーセン。
カードショップを出てから、俺達はすぐ近くにあるゲーセンに入った。
ミフユは大層ホクホク顔だったが、カードショップの店員さんは半分泣いてたな。
「フフフン、なかなかいいお店だったわね。前から目をつけてただけはあるわ」
「お? 穴場はそうそうないんじゃなかったんですかね?」
すごいなぁ、人の記憶って、そんな簡単に捏造しちゃえるんだなー!
「うるさいわね。それよりもせっかく来たんだし、シール撮りましょうよ」
「シールゥ~?」
シールを撮るって何じゃいな。
「プリ機よ、プリ機。ほらあそこ」
ミフユが指さした先には、何やら女二人がデカデカ描かれてる機械がある。
あー、ゲーセンの一角に大体ある何かデカイ機械。何だあれと思ってたヤツだわ。
「あれがプリ機なん?」
「そうよ。わたし達二人を撮影してそれをシールにするのよ」
「ほへぇ……」
女が好きそうだなぁ、と思った俺であるが――、
「でもさ、めっちゃ並んでね?」
「……そうね」
俺達が見るプリ機とやらのエリア、どれも行列できてんですけど。
え、何、プリ機ってこんな人気あるの? 子供も大人も関係なく並んでんよ?
「イヴのこの時間帯って、これだけ混むのね……」
「駅近辺でデカイゲーセンっていうと、ここしかねーからなー」
「あー……」
軽い嘆きと共に、ミフユが額に手を当てた。
「あ、見ろよ、クレーンゲームの方は割と空いてるぜ」
「う~ん、仕方がない。残念だけど、行列に並んで時間を無駄にしたくないし、今日のところはクレーンの景品で手を打ちましょう」
「どの目線からの妥協だよ、おまえは」
ちなみに他のゲームについては『アキラはやり始めたら止まらなくなるでしょ』と言われて、あえなく却下が下されました、俺もそうなる自覚があるので仕方がない。
「あ、これ取ってよ、これ!」
近くにあるクレーンゲームの一つに駆け寄り、ミフユが軽く飛び跳ねる。
景品は、デケェぬいぐるみ。それは、カードショップで見たのと同じキャラだ。
「お、ゼノパラ?」
「違うわ。これはゼノパラに進化する前の姿、ナイティオンよ」
「……同じにしか見えないんですけど」
「はぁ? あんた、目ェ腐ってんじゃないの……?」
ひでぇ言われようですねぇ!?
「なかなかいい造形のぬいぐるみだわ。でも本物はもっと可愛いんだから!」
「へー。そーなんですねー」
なぁ~んも知らん人間からすると『ぬいぐるみだ~』以外の感想が出ないっす。
「く、その反応。どうやらパレモンの布教をするべきときが来たようね」
「ま、いいか。取れるかどうかわからんけど、がんばってみるか~」
「取れるかどうかじゃなくて、取るのよ。金に糸目はつけないわ」
「またそーやって金持ちの悪いところ出していく~」
「欲しいものを手に入れるために使うこと以外に、お金の使い道なんてないのよ!」
うん、まぁ、それはそう。
生活とか安全とか、安心とかも、お金があれば手に入りやすいしな。
「ああ、でも待って」
俺が財布を出そうとしたところで、ミフユが待ったをかけてくる。
「どした?」
「あんたのお金ってお義母様からもらったものよね?」
「ん? そーだけど?」
「この先も使うだろうし、ここはわたしが払っておくわよ」
「マジで? ラッキー!」
「そこは言葉だけでも『いいよ、俺が払うから』っていうところじゃない?」
「え、おまえは俺がそんなことを言うタイプに見えるの?」
「そーだったわね。あんたはジジイだったわね」
半分ほど呆れ顔だったミフユが、真の呆れ顔になる。何か納得いかねーな。
「いいわよ、別に。ぬいぐるみはあんたに取ってもらうから」
言って、ミフユはカードショップでも使った何か黒いカードをシャキーン!
多分、クレジットカードってヤツなんだろうけど――、
「ゲーセンで使えるんかな、それ……」
「あ」
カードを構えた格好のまま、ミフユが一声鳴いて固まる。
そこまで考えてなかったんか~い。
「ま、まぁいいわ。それならこっちを使うまでよ!」
気を取り直し、ミフユは新たに別のカードをシュピーンと構える。
「それは?」
「電子マネーのカードよ。今の時代、キャッシュレスなんて当たり前よ」
「おお、それが今噂のでんしまね~なのか!」
「あんたって、スマホといい微妙に時代に乗り遅れてるのは何なのよ……」
何かミフユに脱力されてしまったんですけど、何でさ。普通に現金でいいじゃん。
で、カードを手にしたミフユが意気揚々と近くの店員に話しかけたんですが、
「すいません。まだウチはキャッシュレスの導入はできてないんですよ」
「あ、そうなんですね……」
電子マネー、アウトォ――――ッ!
立ち去っていく店員。その場に立ち尽くすミフユ。その手には使えないカード。
「じゃ、俺、千円札両替してくるね」
「……うん」
両替機に向かった俺に応えるミフユの声は、どこまでも煤けていた。笑うわ。
なお、ナイティオンのぬいぐるみを取るまで千五百円かかりました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――カラオケ。
ぬいぐるみをモフモフしたらミフユの機嫌も直った。
結局、プリ機の行列はさらに伸びていたため、諦めて近くのカラオケに来た。
俺、カラオケってあんま来たことないんだよねー。
まだ小二だから当たり前かもしれんけど。あ、ミフユの奢りだそうです。
「いいわね、現金を使わずに済むお店。最高だわ……」
「変なトコに感激してないで曲を選べや」
俺達が通されたのは、少人数用の部屋。
それでも、子供二人には十分広い。
「部屋空いててよかったな~」
ここが最後の一室だったみたいでございまして。
「手段を選ばず大人の幻影を使った甲斐があったわね」
「そりゃ、保護者なしの小二二人じゃ入るの無理だったからなー」
その幻影の魔法も、色々と制約が多くてそうそう使える手段じゃないんだけどな。
ま、今回は上手くいったようで何よりですわ。
「ねぇねぇ、カラオケで点数勝負しましょうよ。負けた方がジュース奢りね!」
「何を勝手に決めてんだい?」
「まさか、天下のアキラ・バーンズが挑戦を受けないなんて言わないわよね~?」
「いや、普通に言うよ。ヤダ。やりたくない」
俺はきっぱりと告げて、首を横に振る。
「何でよ~!?」
「おまえがミフユ・バビロニャだからだよ~!」
こいつ、めっちゃ歌が上手いんだぞ。ササラに歌教えたの、こいつだからな。
いや、上手いだけに限らないんだよ。だから勝負なんてしてたまるか。
「え~、それは異世界での話でしょ~。こっちじゃ別かもしれないじゃないのよ~」
「じゃあ、一曲試そうぜ。それで決めよう」
「……いいけど~」
ほっぺを膨らませながらも、ミフユは納得してくれる。
「じゃあ、一曲目はおまえが入れろよ」
「わかったわよ~」
俺から受けとったリモコンを操作し、ミフユが曲を選ぶ。
だが、そのあとで何故か、スマホを取り出して何やら操作をしている。
「何してんの?」
「動画サイトでこれから歌う曲のMVを見るのよ」
「はぁ……」
何をしようとしてるのかいまいち掴めず、俺は生返事をする。
そして、ミフユはMVを眺めつつ、自分が歌おうとしてる曲を一度聴いて、
「ん、OK」
うなずき、テーブルに置きっぱなしだったリモコンから曲リクエストを送信する。
ここまで来ると、俺もこいつが何をしようとしてるのか、大体わかった。
流れ出すイントロ。
ミフユがマイクを掴んで、すっと立ち上がる。
その立ち姿からして、堂に入っている。
そこにいるのは小二の女子ではなく、世界最高値の娼婦ミフユ・バビロニャ。
娼婦にとって芸事は修めてナンボの必須教養。
歌と踊りは、それこそ吟遊詩人や踊り子に匹敵しうる練度を持つ。
それが世界最高値の娼婦となればいかばかりか。
ミフユが歌い始める。
発声や音程はMVを完全にコピーしつつ、声は安直な表現だが天使の歌声。
何が、異世界での話でしょ、だ。
どっこも、何一つ、まるで錆びついちゃいないじゃないか。
聴く麻薬だぜ、こんなの。
客が俺だけだったからよかったものの、普通の人間がいたら一発でとりこだよ。
魅了の魔法なんて使わないでも、人は人を骨抜きにできる。その実例だっての。
やがて、歌い終わったミフユがマイクを置く。
それなりに気張って歌ったのか、頬を伝う汗のしずくが歌いきった横顔に映える。
「――ふぅ」
「さすがだねぇ。相変わらずの美声だぜ」
「ありがと~」
ミフユが、満足げにニッコリ笑う。俺に同じように笑う。そして告げる。
「だから絶対点数勝負などしない。絶対だ」
「な~ん~で~よ~!」
表情を一変させてミフユがわめき出すが、俺はカラオケの画面に指を突きつける。
「勝負しない理由は、アレだぁ~~~~!」
「へ?」
ミフユが画面の方を振り返る。
そこには、燦然と輝く『100.000点』の文字。
「何回歌っても普通に100点出すようなヤツと、勝負なんかしてられるかぁ!」
「え~! そんな~!? 手加減してあげるってば~!」
「もうその言葉を口に出した時点で勝負が成立しないって気づけ。頼むから」
「む~~~~!」
「そんなむくれてもやらんからな! 絶対いやじゃあ!」
俺は断固たる決意を述べると、リモコンを手にして曲を検索する。
「それよりさ、何か二人で歌える曲探して歌おうぜ」
「あ、じゃあわたし、歌いたい曲あるの~!」
コロッと機嫌をよくして、ミフユが俺の隣に引っ付いてくる。
そして選んだ曲名にあるのは『パレットモンスター』というタイトル。
「『パレモン』二期のOPが男女で歌う曲なのよ~! 最高なんだから!」
「ハマってんねぇ……」
ここまで来ると、俺もちょっと興味持ちそうになってるわ、パレモン。
その後、俺とミフユは三時間ほど、カラオケを楽しんだのだった。
……『パレモン』、見てみるか。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――アパート。
冬は日が暮れるのが早い。
午後五時。辺りはすっかり暗くなっている。夏とは大違いですよ。
カラオケを出てから、俺達はカフェで軽くおやつを食べて、帰路についた。
ミフユが、俺の左腕にしがみつくようにして腕を絡めている。
「フフ~、楽しかったぁ~!」
「そりゃよかったよ。いや、本当に」
ミフユは非常に上機嫌だ。ニコニコと明るく笑ってる。
本日のクリスマスデートは、おおむね好評だったみたいだ。俺も楽しかった。
だが、俺もミフユもわかっている。
クリスマスデートの本番はここからだ。これまでは所詮、前座に過ぎない。
ミフユへのプレゼントを渡すのはこのあと。そのときが本番だ。
が、結局、今の今までプレゼントをどうするか、思い浮かばなかった。
やはりハードルが高すぎたか。
リリス義母さんに匹敵するプレゼントなんて他にあるのだろうか。俺が知りたい。
でもミフユには昨夜、大見得を切っている。
今さら『昨日のアレは口から出まかせです』なんて、言えるはずもない。
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~、どうしよ。
もう時間がない。マジでどうしよ。アパートについたら、いよいよそのときだぞ。
ここまで追い詰められているのはいつぶりだろうか。
直近で思いつくのは、浮気裁判のときの罰ゲームかな。あれはキツかった。
あ~、どうしたもんか。どうしたもんかな~。
顔には出さないようにしつつも、俺の内心は焦燥感でてんやわんやだ。
「ねぇ~え、アキラ~」
そろそろアパートが見えてくるというところで、ミフユが甘え声を出してくる。
「ん、どした?」
俺がチラリと横目に様子を窺うと、ミフユはこっちの顔を覗き込んで、
「昨日言ってた話についてなんだけどォ~」
き、来たァァァァァァ、来てしまったァァァァァァァァァァァァ――――ッ!
ついに来てしまった、運命のとき。
だがどうする。どう答える。今の俺は、ミフユに何て答えればいいんだ。
うおおおおおおおおお、万事休すかァ――――ッ!?
「別に、気にしないでいいからね」
…………え?
「ミフユ?」
驚いた俺が顔を向けると、ミフユは穏やかに笑っていた。
「気づいてたわよ、あんたがテンパってるのなんて。昨日の時点でわかってたわ」
「う……」
その笑顔で言われて、俺は小さく呻いてしまう。
見透かされて、いた?
俺がずっとプレゼントについて悩み続けてることも、気づかれてた?
「昨日は嬉しくてはしゃいじゃったけど、よくよく考えたらあんたの態度、おかしかったモン。ああいうときのあんたって、悩みに悩んだ末のはっちゃけなのよね」
う~わ~、完全に見抜かれてるぅ~~~~ッ!
「何年一緒にいると思ってるのよ。ジジイ。わたしは、あんたの何?」
「ぐむ……」
悟ってる風に言うミフユに、俺は言葉を詰まらせてしまう。
そして、俺とミフユはアパートの前に到着する。
「今日のデート、楽しかったわ。わたしへのプレゼントは、それで十分よ。今の今までずっと、悩んでてくれたんでしょ。その気持ちが嬉しいんだから、わたし」
ミフユは、笑っている。
その言葉はきっと本音で、俺に対する言い訳とか建前ではない。それはわかる。
でも、顔は無理に笑わせている。それもまた、俺はわかってしまう。
「今日はこのあと、どうする? 一緒にゲームでもやる?」
ミフユがきいてくる。
上手く隠してるつもりだろうが、ばっちり伝わってますよ。落胆。
そう、こいつは今、落胆している。俺が落胆させた。
それを実感した俺は、小さく息を吐いてから、ミフユを呼ぶ。
「なぁ、ミフユ」
「なぁに?」
俺に聞き返してくるミフユに俺はとりあえず、中指を立ててみせた。
「……へ?」
「ふ・ざ・け・ん・な」
「…………へ?」
「へ? じゃねぇんですよ~! 何、勝手にガッカリしてるんですか? 何、勝手にクリスマスデート終わらせてるんですか? 俺はまだプレゼントについて何も言ってねぇだろうがよォ! 自己完結で話終わらせてんじゃねぇぞッッ!」
ヘヘ、ヘヘヘヘ、キレたぜ。これはブチギレだぜ。
マリクじゃねぇが、今の俺は触れたら焼死するぜェ? それほどのキレッぷりさ!
「で、でも、プレゼントは……」
「あるよ」
「ぁ、ある、の……!?」
仰天するミフユに、俺は言ってやる。
「あるよ。……元々考えてた方がな」
もう一度、今度は盛大に息を吐き出して、俺は再びミフユの方を見やった。
「行こうぜ」
「どこ、に……?」
俺は収納空間から金色の金属板を取り出し、星が瞬く空を見上げる。
「世界で一番、高い場所にだよ」




