第369話 祝福の星は始まりの場所に降り注ぐ:前
なぁ、ミフユ。
あの日のことを、おまえはどこまで覚えてるかな。
決して理想通りにはいかなかった、あの日のことを。
俺は、実は少しも忘れちゃいないんだ。何もかも覚えてる。何もかも。
あの日見た光景も。
あの日に聞いた音も。吸い込んだ空気の味も。全部、鮮明に覚えてるんだ。
だってさ、あの日は特別な日だったじゃないか。
俺にとっても、おまえにとっても。
いや、もしかしたらおまえにとっては苦々しい記憶なのかもしれない。
でも、酸いも甘いもあってこその人生だ。
それを思えば、おまえにとっても印象深い日だったんじゃないかと思う。
なぁ、俺は何も忘れてない。
おまえは、どうだろうか。あの日のことを、おまえはどこまで覚えてるんだ。
なぁ、ミフユ。
あの日のことを。あの、始まりの日のことを、おまえは――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
……なぁ~んも、思いつかんかった。
「ヤッベェ……」
時計を見れば、五時。夕方じゃないよ、朝の五時だよ。
居間に敷かれた布団には、俺の他にカリンとジンギがすやすやと眠っている。
「…………すやすや、すやすや」
ジンギ君、どう考えても口ですやすや言ってるだけだ。しかも目が開いている。
だけど寝てるんだ~。こいつ、これできっちり寝てるんだ~。信じがたいことに。
つか『出戻り』してもその寝方は変わらんかったのか。
隣のカリンは、まぁ、綺麗な寝姿というか。寝相がいいんだよね、この子は。
お袋もまだ寝ている。
起きてるのは俺だけだ。結局、一睡もできないまま今日を迎えてしまった。
ついに来てしまった、12月24日。クリスマス・イヴ当日。
今日が誕生日であるミフユへのプレゼントをどうするか。何にするか。
考えに考えたワケですよ、俺としても。
ミフユが帰ったあともずっと、ずぅ~っと、ずぅぅぅ~~~~っと、考え続けた。
暴走してミフユの前で大見得切った手前、何もないはまず論外。
じゃあ、一体何があるんですか。ってなると、途端に俺の視界が拓けるのさ。
無限に続くまっさらという名の大平原。草一本生えちゃいない。それ荒野じゃね?
いやぁ、幾つか案がないでもないんだけど、どれもな~。と……。
元が『リリス義母さんを探してミフユと対面させようぜ』だったのがマズい。
何せ、それに匹敵するプレゼントっていうのが、まず考えつかない。
ハードルが、ハードルが高すぎる!
何だ? アレか? 時々見るアレをすればいいのか? 裸リボン!
俺がプレゼントです。を、実行すればいいのか!?
だが残念だったな、俺はまだ小学二年生だよ。精通はまだまだ先なんだァ!
つまり、俺プレゼント作戦は効果半減。真価を発揮できない。
じゃあどうするんです。リリス義母さんに匹敵するプレゼントって何なんですか。
俺の中のイマジナリー質問者の俺が、回答役の俺に詰問してくる。
それに対して、回答役の俺は答えるのだ。
そんなの、俺が知りてぇわァァァァァァァァァ――――ッ!
そして全脳細胞による『ですよねー』が続くワケで、何これ。何この脳内茶番。
ヤベェ、過去最高に苦悩してるかもしれない。今の俺。
ひとまず、少しでも時間を稼ぐためにミフユにRAIN入れておこう。
「……出発は午後からで、と」
さて、大体お袋が起きるのが六時くらい。あと一時間ほど。
とにかく、起きてる限りは考え続けますかねー。何を贈ればいいのやら……。
はぁ~、お布団あったけぇ……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午前中は、家の中を飾りつけたりして過ごした。
せっかくのクリスマスだモンねー。ってことでね、ささやかながらだが。
居間で、俺とカリンとジンギが、クリスマスツリーとクリスマスリースを飾る。
ツリーにリースといっても、おもちゃのちっちゃいヤツだ。
それでもツリーのてっぺんには星が輝いている。
そしてリースもそれなりに立派なシロモノだったりする。
飾りつけは最低限。
しかし、これだけでもそれなりにクリスマス気分は演出できている。
普段の生活にない色合いが混じるからかもしれない。
「ふぅ、ごちそうさまじゃ~!」
「…………ごちです」
昼飯を食べ終えたカリンとジンギが、食器を片付ける。
俺もそれから数分して食べ終わり、台所に食器を置いて居間へと戻る。
お袋は、すでに出かけるための準備を終えていた。
ここにいる四人が一緒にいるのは昼飯まで。
午後になれば、それぞれ外に散っていく。俺はミフユ。お袋はシンラとデートだ。
「ばばさまもととさまもおめかししとるのう!」
「…………着飾り」
「やだね、この子達は。そういうことは言うモンじゃないよ」
デートということで俺はともかくお袋の気合の入り方がすごい。
まぁ、そりゃそうかぁ。初めてのクリスマスデートだモンね。気合も入りますわ。
そして俺は思う。
ミフユも同じなんだろうなー、きっと……。
「よ~っし、ではワシらはお先に出るとしようかのう。ゆくぞ、愚弟よ!」
「…………出発だ、愚妹」
和服にジャンパーを着こんだカリンと、防寒具重装型ジンギが玄関へと向かう。
「夜になったら連絡入れるんだよ~?」
「わかっておるのじゃ~!」
一声かけるお袋にカリンが手を振って応え、ジンギを連れ立って外に出ていく。
程なく、お袋も風見家へと出かけて、部屋には俺一人となる。
「……行くかー」
天井を仰ぎながら、俺は覚悟を固めた。
未だプレゼント案は白紙のまま。けれども時間は止まらず、午後を回っちゃった。
はい、タイムアップでェェェェェェェェェェ――――っす!
「行くか、じゃねえわ。行くしかねェンすわ」
紺色のジャンパーを羽織って、俺は部屋を出るtめ玄関のドアを開ける。
「あ、やっと出てきた~。遅ォ~い!」
そこに、薄桃色のコートを纏ったミフユが待っていた。
「おっふ」
思わず、変な声が出ちゃった。
「何よ、お昼ご飯食べ過ぎたの?」
「ん、ん~、まぁ、そんなとこかな~!」
ごまかそうとしたら声が上ずった。これは恥ずかしい。
しかしビックリした。完全な不意打ちだろ、こりゃあよォ! ……と、思ったが、
「…………」
「何よ、人のことジロジロ見て……」
「いやぁ、いいですねぇ。その服装。おまえってリボン似合うよなぁ~」
「な……ッ!?」
あれ、褒めたら何か驚かれた。でも実際似合ってるんよね。
本日のミフユのコーディネートは、色気のない言い方をすれば薄ピンクの毛玉。
髪に大きなリボンをつけて、耳当て、コート、手袋と。その全部がピンク色。
いつものキラキラっぷりは今日はなりを潜めて、代わりにフワフワでモコモコよ。
予想通り、お袋並に気合の入った格好。
いや、これは全体のバランスとかも考え尽くされてて、気合の入り方が違うぞ。
「き、今日は年に一度の誕生日デートなんだから、これくらいは当たり前よ!」
「当たり前って割に、ほっぺ赤いぜ~、ミフユちゃんよぉ~。笑うわ~」
「うるっさいわね! 全ッ然、笑えないのよ!」
ムキになって言い返してくるが、言いようとは裏腹に積極的に腕を絡めてくる。
「ほら、行きましょ。どこに連れてってくれるの?」
顔はニコニコ、声は明るく弾んでいる。
あ、コレ、昨日と全く同じテンションのミフユさんですねー。わー、どうしよ。
「えーっと、なァ……」
いよいよ進退窮まりまして、俺は口を開けたまま言葉を探す。
コレも昨日と全く一緒ォ! 全然、進展が見られないってことなんだがァ!?
「フ、ミフユ――」
俺は自らミフユに身を寄せて、白い歯をキラリと輝かせる王子様スマイル。
「とにかく、俺に任せておけ」
「うん!」
元気にうなずくミフユの隣で、俺は頬に汗を伝わせた。
ヤベェヤベェヤベェヤベェ、ヤベェって! だけどもう逃げられませェ~~ん!
しっかりと繋がれた手から伝わるぬくもりに、抗えるはずなどないのだ。
――クリスマスデート、無情の開始でございます。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
窮地でピンチでクライシスな俺をよそに、宙色市はクリスマス一色。
住宅街を抜けると、もう一気に赤と緑、赤と緑とサンタクロース。
宙色市はあんまり雪は降らないが、それでもこの時期は随分と空気が冷たい。
道を行き交う人々は、みんながみんな厚く着込んでいらっしゃるワケで。
駅前に近づくと、聞こえてくるのはクリスマスソング。
チラっと見えたコンビニも、赤と緑で飾りつけられている。
さて、事実上、全くのノープランで来た俺だが、それは計画失敗に直結しない。
宙色駅前は割と栄えているのでね、遊ぶ場所は結構たくさんあったりする。
「本番は日が暮れてから。それまでは、色んなトコ回って遊ぼうぜ!」
「ふ~ん、気をもたせてくれるじゃない。でもそういうの、嫌いじゃないわ」
だろうねぇ。こちとらおまえさんの好みそうな言動を心がけてるからね、今。
「どっか行きたいトコとかあるか?」
「そうねぇ、アキラとしてはどの辺をチョイスするツモリかしら?」
「ん~? この辺だったら、おもちゃ屋、駄菓子屋、ゲーム屋、カードショップ?」
「…………」
あ、露骨にイヤな顔された。
「あれ、ダメ? 行って楽しいトコとなると、その辺りかなって」
「な~ん~で~よ~!? わたしがカードショップ行って、何が楽しいのよ~!」
ミフユが頬を膨らませて怒るが、その反応は短絡的ってモンだ。
「俺知ってるぞ、おまえ、最近パレカ始めただろ」
パレカ。パレットモンスターカードゲームの略である。
有名なゲームソフト『パレットモンスター』のTCGらしい。俺やってないけど。
「フン、だから何よ。パレカのレアカードはね、最近、すッごく高騰してるのよ。ネットでも頻繁に売買されてるし、場末のカードショップなんかに、有力カードが置いてあるはずないでしょ。穴場なんてね、そうそうあるはずないんだから!」
「え、でもこないだパレカのカードが売ってるの見たぞ。何か、銀色の騎士の鎧を着たドラゴンが翼を広げて雄叫びあげてるヤツ。キラキラでスゲェカッコよかった」
俺がそう言った瞬間、ミフユの目の色が確かに変わった。
「そのカード、背景は?」
「え? え~っと、戦場っぽい感じだったかな?」
「角は? 何本だった? 二本だった?」
「ん? ああ、二本だったな~、確か……」
それを言うと、ミフユの顔つきにますます険しさが増す。何だ、何なんだ。
「それ『ゼノ・パラディオン・極』のVSR?」
「あ、そんなような名前だったかな?」
「どこ?」
「へ?」
「そのカードショップの場所はどこってきいてるのよッ!」
「ひょえッ!?」
「教えなさい、今すぐ教えるのよ、アキラ! さぁ、今すぐ!」
「いやいや、どうしたよミフユ!? 何か眼光ギラギラなんですけど!」
「ゼノパラのVSRなんて聞かされて、平常心でいられるはずないでしょ!」
「そ、そういうモノなんですか……?」
略称ゼノパラっていうのかー、あの鎧来たドラゴン……。
「あのねぇ、アキラ。ゼノパラのVSRはね、パレカ全体通して永久人権とまで謳われた、最強格のカードなの。イラストも威風堂々としたその姿の中に垣間見える可愛らしさもあってすごく人気が高いのよ。尊敬してます、パピコ絵師様……!」
いや、誰だよ、パピコ絵師。
って言おうものなら、何かスゲェ早口で語られそうな気がした。
「え~っと、うん。カードショップいこっか」
「ええ、行きましょう。今日、わたしのパレカメインデッキが生まれ変わるのよ!」
ミフユが怪気炎を上げている。
変なスイッチ入っちゃった~、と思いながら、俺はミフユをショップに案内した。
「あ、このカードもいいわね。これも、これもこれも! あれもそれも!」
そしてミフユは、お目当てのゼノパラの他にも、店にあった0が五個以上ついてる高値のカードを貪るようにして買い漁っていったのだった。
顔色を悪くして固まってる店員さんを見て、俺はしみじみ思った。
これだから、金持ちってヤツは……。




