第368話 自爆と自滅と自業自得の三点セット
ミフユさん、とても明るい笑顔。
「なぁにぃ~! カリンとジンギって姉弟だったんだ~! へぇ~!」
「そうなんじゃよね~。こっちじゃ、ワシが、お姉さん、なんじゃよね~!」
カリンも同じように笑って、隣のジンギをチラリと流し見ている。
「…………うるさい、愚妹」
「お、何じゃあ、愚弟。やるかコラ~!」
シュッシュ、とシャドウボクシングをし始めるカリン。ジンギが諸手をあげる。
「…………暴力反対」
弱い。弱いぞジンギ! それじゃホントに弟扱い待ったなしだぞ!
「フフフ、仲いいわね~」
「あれが仲良しに見えますか、ミフユちゃん様」
言いつつ、俺はミフユの様子を観察する。
すごく、ニコニコしてます。
ニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコニコ。みたいな!
「ところで~、アキラァ~ン?」
「はひぃ!」
笑顔をそのままに、ミフユがネットりとした声で俺を呼んでくる。
俺は、思わず悲鳴じみた声をあげてしまった。
「何、その声。どうかした?」
「いや、おまえが面白い顔してるからつい、ね?」
「面白いとは御挨拶ねぇ。……ま、いいけど」
いつもなら三言四言は文句を垂れそうな顔をしながらも、それも一瞬で破顔する。
今のミフユってば、ヤベェくらいに機嫌がいい。
まぁ、理由なんてわかってる。
明日だろ。明日のことだろ。間違いなく。
12月24日。
クリスマス・イヴであり、そして、我がカミさん、ミフユ・バビロニャの誕生日。
なお、佐村美芙柚の誕生日は9月だが、それはミフユが拒否した。
佐村美芙柚はもう死んでるから祝う必要はない、ってな感じで。
リリス義母さんもミフユのママであって美芙柚の母親ではないからな。
それについてはリリス義母さんにも話した上で、祝うのはミフユの誕生日だけだ。
そう、クリスマス・イヴは、ミフユの誕生日。ミフユの……。
「ねぇねぇ、アキラ~、明日ってクリスマス・イヴよね、クリスマス・イヴ~!」
「あ、ぁ、はい、そうっすね……」
ミフユがご機嫌笑顔のままどんどんと俺の方へ寄ってくる。
圧に負けた俺は、ミフユに押される形で壁際にまで追いやられてしまう。
「何よ、どうしたの~? アキラ、今日ちょっと元気ないんじゃない?」
「いやいや、そんなことないっすよ、ええ。全然」
間近な距離でこっちを覗き込んでくるミフユに、俺は愛想笑いを浮かべる。
目線がね、自分で右往左往してるのが自覚できるっていうね。
一瞬見えたカリンは、俺を眺めて露骨に呆れていた。
ジンギは、表情は変わってないけど俺にはわかる。あいつも呆れてるな。
「アキラ~?」
「んっぐ、いや、何でもねーから、マジで!」
ミフユに呼ばれて、一気にキモが冷える。
握った拳の中が手汗でグッショリだ。ミフユに手を握られたらヤベェっすよ。
「ねぇ、明日どうする~?」
「明日? あ~、明日かぁ~……」
明日――、24日。クリスマス・イヴ。
それをどう過ごすか。まだ具体的には決めてないんだよな。この期に及んで。
「ヒナタは藤咲家でパーティーで、お義母様はシンラとデートなんでしょ?」
「そうだなー。俺も二人にゃ楽しんでもらいてぇから、それは確定だわな」
婚約してから初めてのクリスマス・イヴなんて、ねぇ?
そりゃあ、二人には満喫してもらわねば。
こっちがその意思を明確にしないと、絶対に俺を優先しようとするから、お袋。
「カリンとジンギはどうするの、明日」
「あ~、ワシらは実はキリオの兄御のトコにお邪魔することになっとる」
「…………楽しみ」
あ、そーだったんだ。俺もちょっと二人がどうするかは気になってたんだけど。
「兄御の嫁さんのマリエ殿がワシらと会いたいらしくてな」
「…………ワクワク」
そっか。この二人は、異世界ではマリエとはほとんど接点がなかったんだな。
そういうことなら二人については考えないでもいいか。
と、思ったところで居間の入り口にお袋がヒョコッと顔を出す。
「キリオ君トコに泊まるにせよ、帰ってくるにせよ、一回連絡はするんだよ?」
「え、か、帰ってくる、って……、でも、ワシらは……」
お袋の言葉に、カリンが軽く戸惑うも――、
「気にしなさんなって言ったろ。今は、ここがアンタ達の家だよ。ねぇ、アキラ?」
「そうだな。帰ってくるって言葉は、何も間違ってねぇだろ」
お袋に促されて俺もうなずくと、カリンは朗らかに笑ってうなずく。
「わかったのじゃ、必ず連絡は入れるゆえな!」
「…………報連相は大事」
カリンも、ジンギも、すっかりお袋を気に入ったようである。
だからって、お袋は俺のお袋だよ。俺のお袋なんだからね。俺のッッ!
「あ~、アキラったら、もしかしてカリン達に妬いてるの~?」
「ちょっと、ミフユさん?」
横から俺の顔を覗き込んで、ミフユが口に手を当ててニヤニヤしてくる。
ウッザ、このバビロニャ、ウッザ!
「なっさけないわねぇ~、自分の子供に嫉妬しちゃうなんて~」
「おまえだってリリス義母さんに同じことあったら妬くだろうがよ~!」
「当たり前じゃない。妬くわよ」
「いとも平然とダブスタってんじゃねぇですよ!?」
舌の根も乾かぬうちどころか、前言の余韻も消えないうちにですよ!
スゲェよ、ダブスタにギネス記録があるなら今のミフユこそ認定されるべきだよ。
「そんなことより~、明日どうするの~、ねぇ~?」
そしてまた、ミフユがこっちにグイグイ身を寄せてくる。
待ってください。俺もう、壁際なんですけど。追い詰められてるんですけど。
明日、明日の予定。
学校はもう冬休みに入って、朝からフリーでございまして。
他の家族も皆、とっくに予定は入れてるだろう。
タマキもケントとデートだっていうし、他も同じようなモンだろうしなー。
……って、え? 待って? もしかして決まってないの、俺達だけ?
「どうしたの、アキラ。顔色が面白いわよ?」
「面白い顔色って何だよ……」
あかん、ツッコむ声にも勢いがない。それが我ながらわかってしまう。
ぐおおおおおおおお、何か、何か考えねば。
明日のプランを、早急に立てねばならぬぅぅぅぅ! できれば、今すぐこの場で!
「アキラァ~?」
ミフユが、その頭を俺の肩に寄せて、こっちを上目遣いに見上げてくる。
こいつさぁ、こういうさぁ、あざといところがさぁ。あああ、ああああああああ。
「見ろ、愚弟。ととさまが死にかけておるぞ。写メ撮れ、写メ!」
「…………うるさい、愚妹。でも撮る。ティロ~ン」
本当に撮ってんじゃねェェェェェェェェェェ――――ッ!?
「ねぇ、アキラってばぁ~」
ミフユはミフユで、カリン達がいるのも構わずにこっちに迫ってくる。
そのまなざしが、吐息が、俺の間近で圧倒的存在感を発揮する。し、心臓がッッ。
「あぁー……、あ~~~~……」
低く呻く。俺は情けなくも呻き続ける。
ミフユは別に、俺に何かをおねだりしているワケではない。単に楽しみなだけだ。
俺と一緒に過ごす時間を楽しみにしてくれている。
心の底から俺に期待してくれている。その想いを、俺は自分勝手とは思わない。
だって、俺だって楽しみだからだ。
ミフユと過ごす時間をいとおしく思っている。
そんな俺達にとっても、明日は特別な日だ。
デートの何たるかなどロクに知らない俺でも、そのくらいはわかっている。
ミフユの誕生日。一年一度の特別な日。
しかも今年は『出戻り』して最初の誕生日。特別中の特別だ。
こんな機会はもう訪れることはない。
贈るならば最高のプレゼントを贈りたい。そう思うのは当たり前のはずだ。
――で、その最高のプレゼントって、何ですか?
それを今、考えてんだよォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ッ!
自問自答が絶叫でした。
いやぁ、どうしよう。何しよう。何がいいかな。あー、思いつかん。あー。あー!
「アキラ~?」
「ん~……」
ミフユの視線が俺を突き刺す。これ、そろそろ心配されてますね?
だからって、正直にプレゼントに悩んでます。なんて言えるワケもない。無理ィ!
「あ~、ミフユ、あのな……」
「うん。どうしたの?」
ひとまず何か反応はしなければと思い、ミフユの名を呼ぶ。
だが、俺の頭の中は真っ白だ。開いた口から言葉が出てこない。何言おうか。
プレゼント、どうしよう。
プレゼント、どうしよう。
今の俺の頭はそれに埋め尽くされていた。いや、マジでプレゼント、どうしよう。
「だからな、アレなんだよ」
「どれなのよ?」
意味のない言葉で会話を引き延ばし、俺は秒単位で時間を稼ぐ。
だが、それでいいアイディアが出るワケもなく、俺はさらに追い詰められていく。
「アレだって、アレ」
「だから、そのアレはどれなのよ!」
あああああああ、ミフユさんがちょっと熱を帯びて参りました。ヤベェヤベェ!
だけど何て答えるんですか。アキラさん、何て答えるんですか。何て――、
「そのアレはつまり、俺に任せろってコトだァァァァァァァァ――――ッ!」
「きゃッ!」
「ととさま、うっさ!?」
勢いよく立ち上がって絶叫する俺を、ミフユとカリンが驚いて見上げる。
「明日の予定だァ? そんなモン、秘密に決まってんだろ、秘密に!」
「ひ、秘密なのぉ!?」
「そうだよ! 明日のお楽しみを何で今日ネタバレしなきゃいけねぇんだ!」
目を白黒させているミフユに、俺は上から言葉を浴びせかけていく。
「いいか、よく聞け。ミフユ・バビロニャ! 明日、おまえは人生最良の一日を味わうハメになるんだよ。このアキラ・バーンズの恐るべきプロジェクトによってな!」
「人生最良の日? 恐るべきプロジェクト!?」
「おおよ! おまえが思いもよらない、前人未到、前代未聞の大プロジェクトだ!」
俺は、突っ走った。
もうどうにでもなれと思い、ミフユに対して勢いのままに語り続けた。
「いいのかよ、そんな超絶的歓喜が約束されたプロジェクトを、フライングでネタバレされちまって? いいんか? 本当にいいんか? おまえがそこまで知りたいなら、俺はそれを今この場でぶっちゃけることもやぶさかでは――」
「そんなの、聞くワケないでしょ~!」
「うおッ!?」
輝かんばかりの笑顔を浮かべたミフユに、勢いよく抱きつかれた。
その勢いを受け止めきれずに俺は倒れ、ミフユに馬乗りになられてしまう。
「アキラ、大好き! わたし、やっぱりアキラが大好きよ!」
「うわぁ~! ちょっと、待ってミフユ、待ってェ~~~~ッ!?」
身動き取れない俺に、ミフユが上からキスの雨を降らせてくる。
額に、鼻先に、ほっぺたに、幾度も幾度も、ついばむようなキスをしてくる。
「あ~ぁ。……あ~あ~あ~あ~」
カリンが、そんな俺達に『見てられない』とでも言わんばかりの態度を見せる。
「わたし、今日は帰るね。早く寝て明日に備えるわ! ……あぁ、でも寝れるかな? 寝れるかしら? どうしよう、こんなに楽しみなの本当に久しぶりだわ!」
スックと立ち上がって両手を合わせて言うミフユの横顔は、実に朗らかだった。
それを見て、俺は今さら自分が何を口走ったのかを自覚する。
「あ、あの、ミフユさん……?」
「明日、楽しみにしてるね、アキラ。――本当に楽しみ」
「うっぐぅ……ッ!」
ミフユが見せる笑顔があまりにも純粋で、俺は何も言えなくなってしまう。
いや、何が言えるってんだよ。何も言えねぇよ。
どこまでも純粋に、一切の疑問なしに、こっちの言葉を信じてくれてるミフユに。
そして、ミフユはランラン気分で部屋へと帰っていった。
残された俺は、ランラン気分どころか嵐々気分ですけどね。心の中が大嵐さ!
「やっちまった……」
ミフユがいなくなって、静けさを取り戻した居間の隅っこで、俺は呟く。
あいつに人生最良の日を贈る超絶的歓喜が約束された前代未聞のプロジェクト?
何ですか、それ。一体どこにあるんですか?
そんなものが計画されていたこと自体、たった今知りましたけど?
あるワケねーだろ、そんなモンよォ!
全部、勢いに乗っただけの口から出まかせに決まってんだろォ~~~~!
うあああああああああああ、やっちまったァァァァァァァァァァァ!
「…………」
壁際で俯いて無言で頭を抱えている俺に、カリンが冷たく言い放つ。
「ワシら、手伝わんからね?」
「……はい」
まばたきもできないまま、俺はただ、うなずくしかなかった。
「…………すごい綺麗な自爆」
ジンギの平坦なその一言が、俺の心臓のど真ん中を抉った。




