第367話 イヴイヴの夕飯はおうどん
イヴイヴの夕飯はおうどんでした。
「はぁ!? 何じゃこれ、うっま! 何、何これ! メチャうまなんじゃけど!?」
片や、ギャーギャー騒ぎながらおかわりを所望するウチの六女。
「…………。…………とれない」
片や、うどんがツルツル滑って上手く取れないウチの五男。
「おまえ、錬金術師が不器用ってどーなのよ?」
チュルチュルうどんを啜りつつ、俺が眉間にしわを寄せて指摘する。
すると、ジンギは光のない濁った瞳をこっちに向けて、
「…………不器用じゃない。うどんが滑るだけ」
さいですか。
隣のカリンは随分と達者にうどんを啜ってますけどねぇ。
「フフ~ン、何じゃおんし、おうどん食えておらんの? これだから愚弟は~!」
「…………うるさい。愚妹」
姉マウントをとってくるカリンに、ジンギが兄マウントを応戦する。
ちなみに異世界では、キリオ・ジンギ・ラララ・カリンという順番であった。
よって、ジンギの方が兄貴ではある。
だがどうやら、こっちではカリンの方が姉らしいのだ。双子なんだってさ!
「お箸は使いづらいかい? それならフォークにする?」
「…………いえ、お構いなく。お気遣い、感謝」
ジンギはゆったりしゃべりつつ、お袋にペコリと頭を下げる。
それからは、苦戦しつつもジンギもがんばって箸でうどんを口に持っていく。
「…………おいしい」
「そうかい。そりゃあ嬉しいねぇ」
ジンギの漏らした感想にお袋もニッコリだ。だろ~、うめぇだろ~?
「おかわりはまだあるからね、欲しけりゃ言いなよ、アンタ達」
「もちろんじゃ、ばばさま~!」
「…………。……多分、いただきます」
騒々しいのとマイペースなのと、ウチの食卓も本日は賑やかですねぇ。
どうしてこんなことになったんでしょうか。ちょっとだけ俺は振り返ってみる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――二時間くらい前。
「は? おまえら親戚だったん?」
「そうみたいじゃね。ワシもビックリなんじゃけどね?」
「…………」
あの小夜子とかいう女が置いていった二人の子供。
よく見ると、顔立ちがかなり似てる、男女の一卵性双生児。
それが、ウチの六女のカリンと、五男のジンギであった。
オイオイ、こっちでも姉弟なのかよ。いや、兄妹? 兄弟? まぁ、いいや!
「つか、ととさまこそ、ワシらのこと知らんかったんかえ?」
「俺は基本的に星葛の方の金鐘崎の家には行ったことないからなー」
どうやら本家とかいう連中とお袋は、あんまり仲がよくなかったらしい。
親父との離婚前は、親父が何かと理由をつけて本家に行かないようにしていた。
離婚後はそもそもお袋が勘当をくらっていたので、行く機会などなかった。
それが、今になって年始のご挨拶、ねぇ……。
「めんどくさいねぇ」
と、お袋は本当に心底めんどくさそうにため息をついて、そう零した。
「こちとら『出戻り』しちまって、今さら『あたし』の頃のしがらみなんてどうでもいいってのにね。ま、本家の連中に言ってもわかりゃしないだろうけどさ」
「ちなみにお袋様に質問です。金鐘崎本家って、どんなん?」
俺が尋ねると、お袋は心底小馬鹿にするように「ハハンッ」と鼻を鳴らし、
「あそこは『あたし』の人間性が培われた場所だよ、アキラ」
「ああ、はい。クソですね。了解です」
あの流されるだけしか能のない『出戻り』前の金鐘崎美沙子を輩出した家かー。
推して知るべしではあるが、クソのクソによるクソ環境に違いない。
「で、あの小夜子ってオバサンは?」
「アタシのいとこさ。本家がえらいと勘違いしてるアホの一人さね」
「随分とお袋に意味不明なマウントとってきてたよねー」
「アイツにとっちゃアタシはいつだって下僕だろうからね。懐かしいねぇ」
懐かしいと言う割に、その顔に浮かんでいるのは苦虫を噛み潰したような顔。
ははぁん、こいつは……。
「学生時代とか、しょっちゅう命令されてはいじめられてた感じ?」
「当たりだよ。『あたし』がああなった元凶の一人が、あの小夜子って女なのさ」
「フハ、そりゃ笑うわ」
なるほどねー。そういうご関係でしたか。なるほどねー。
「そんで――」
俺は、再び俺の子供兼親戚な双子の方へと目線を戻す。
「すっかり恐縮してらっしゃいますねぇ、こっちのお二方は」
カリンとジンギは、揃ってピシッと正座していた。
そして、口を開いたのは、カリンの方。
「美沙子おばさまにはうちの母が大変失礼なことを――」
「やめなよ、カリンちゃん」
頭を下げようとするカリンに、お袋はわざわざ近づいて笑って手を伸ばす。
「小夜子さんは小夜子さん、アンタはアンタさ。アンタが謝ることなんて何もないんだからね。悪いと思うことは止めないけど、気にする必要はないさ」
「……美沙子ばばさま」
お袋に頭を撫でられて、カリンがキョトン? ポカン? いや、ホワ~ンとなる。
何ですかね、カリンさん。その、半ば夢見心地って感じの顔のゆるみは。
「ととさま」
「あ?」
「ワシ、こっちのママの方がいい」
「…………ボクも」
「ふざけんなッ! お袋は俺のお袋だよ! 甘えるならミフユに甘えろ!」
おまえもさりげなくカリンに便乗してんじゃねぇよ、ジンギ!
「ワシ、かかさまにも甘えたいけど、かかさまのおうち知らんモン!」
「隣の部屋に住んでるよ、あいつ」
「へ?」
カリンがこっちを向いて、今度こそキョトンとなる。
「え、天下の佐村家の次期当主が、こんなアパートに……?」
「こんなで悪かったな。タマキと一緒に住んでるよ」
「…………ひぇっ」
タマキの名を出すと、ジンギが小さく悲鳴をあげて身震いする。
ああ、そっか。そういえばこいつ、タマキにいつも無茶振りされてたモンなぁ。
専用スパーリングパートナーのゴーレムを毎度造っては壊されていた。
二日寝ずに創造したゴーレムが五秒で残骸になったのは可哀相だったなって……。
「大丈夫だ、安心しろ、ジンギ。今はタマキには最高の相手がいるから」
「そうじゃぞ~、ケント殿はタマキの姉御の全てを受け止められる御仁ゆえな~!」
「…………ほっ」
あ、ほっとしてる。
ジンギは、タイジュとは違った意味で無表情なんだよなー。
でも、感情は割と読み取りやすいタイプの無表情。そこもタイジュと異なる。
「しかし驚いたねぇ。あの小夜子さんの子供が、まさかアキラの家族だなんてねぇ」
「お袋はこいつらのことは知らなかったん?」
「双子の子供がいる。程度にしか聞いたことがなかったよ」
「ふ~ん……」
随分と長いこと没交渉だったみたいだし、それも仕方がないか。
だが、それとは別に気になってることがある。
「おい、カリン、ジンギ」
「何じゃい、ととさま」
「…………何、父親」
こっちを向く二人に、俺は気になっていたことを直接ぶつける。
「おまえら、何で『出戻り』したんだ?」
キリオに聞いた話によると、カリンは三週間前に『出戻り』したばかりだという。
カリンがそうなら、おそらくはジンギも同じタイミングだろう。
父親がどうかは知らないが、二人は母親が健在だ。
一体、何が原因で『出戻り』したのか。それを確かめておきたかった。
尋ねる俺に、カリンとジンギが一瞬だけ顔を見合わせ、声を揃えた。
「「餓死」」
…………あ?
「あの小夜子という女は育児などまるでせなんだ。そのクセ、ワシらが逆らえばヒステリー起こして親に逆らうなと言い放って殴るような女でな。先月か、自分の愛人と一緒になって『お仕置き』とか言って、ワシら二人をロープで縛って放置しおった。それから家を出て一週間戻らんかった。縛られたワシらは水も飲めずに、な――」
「へぇ……」
何とまぁ、そんなことがあったんですね。ふぅ~ん。
「ワシとジンギが『出戻り』したあとでようやく戻ってきおってのう。まだ生きてるワシらを見て『心配して損した』などと抜かす始末よ。いや~、笑えん笑えん」
「仕返しは考えなかったのか?」
「…………考えた。でも、まだしてない」
ジンギが首を横に振って俺にそう返す。考えるのは考えたワケか。
「それは、どうしてだ?」
「ワシとジンギが『出戻り』したなら、他の家族もこっちに来ているかもしれんじゃろ? そう思ったら、急に会いたくなってな。まずはそっちを優先したんじゃよ」
それで、一週間の日本一周バーンズ家探索の旅なワケか。
「でも何で日本一周した? 天月とか宙色にいるとは思わんかった?」
「…………ボクはそう言った」
「うるさいの~。結果的に見つかったんじゃから、いいじゃろ~!」
カリンが気まずそうに頬を膨らませ、ジンギを軽く肩パンする。
なるほど、ジンギは近くを探すことを主張したが、カリンに押し切られたか。
ジンギはなー、普段からこんなだから自己主張が苦手なんだよなー。
「一週間家を空けたことに、小夜子さんは何て言ったんだい?」
心配げにお袋が言うと、カリンはヘラリと笑って肩をすくめる。
「もちろん無関心じゃよ。通ってる学校でも、ワシらとっくに腫れ物じゃし」
学校の教師共も二人が休んでも何も言わない、と。いやぁ、笑うわ。
「星葛市では金鐘崎ってそれなりにいい家みたいじゃし。あと、地元のワルい連中とも繋がりがあるとかで、小学校じゃそりゃあもう、いつだって白い目で見られたわ」
「うわぁ……」
俺は、軽く片手で頭を抱える。
この手の話、本ッ当にどこにでもあるな。風見家とか、郷塚家とか、佐村家とか。
今度はよりによって、ウチかい。金鐘崎家かい!
「で、今度はアタシへの用事を言付かったのをいいことに、アンタ達をアタシに押し付けようとしてるワケだね、小夜子さんは。……全く、処置なしだねぇ」
「ここさ、ミフユがいたら絶対『笑えないわね』って言うところだよね……」
俺とお袋は同時に呆れ果てる。
何かもう、脱力するわ。そんなんなら子供なんぞ作るなよって思うわ。
カリンとジンギが来ている服は、それなりに金がかかっているように見える。
でもこれも、二人のためにその服を買ったワケじゃないな。
単に金鐘崎小夜子が周りからよく見られたいから。そんな見栄と虚栄心の表れだ。
「一応きくけど、おまえら、父親は?」
呆れつつ質問すると、二人は無言でかぶりを振るだけ。
そっかー、そもそも父親不定でシングルマザーかー。わ~、心底ロクでもねぇ。
「お袋、あのさぁ」
「ハハンッ、わかってるよ、アキラ」
どうやらお袋も、考えていることは俺と同じらしい。
「行くかー、年始の挨拶」
「ちゃんと挨拶しなきゃいけなくなっちまったねぇ、こいつは」
いやぁ、楽しみだなぁ、金鐘崎本家への年始の挨拶。
どんな扱い受けるんだろうなぁ~、俺達。今からワクワクしちまうなぁ~!
「…………やっぱ、こうなった」
「じゃよね~。こうなるってわかってたから、家族探し優先したんじゃよね~!」
あったりまえじゃないですか。
そりゃあ、そんな話聞かされたら、ねぇ。こちとら二人の父親でございまして!
「さて、そろそろお夕飯の支度でもするかねぇ。今日は多めに作らないとだね」
話に区切りがついたところで、時計を見たお袋が立ち上がる。
「あ、美沙子ばばさま、ワシらは食事は別に……」
「何言ってんだい。子供が遠慮するんじゃないよ。アンタ達だってアタシの家族さ」
お袋がウィンクをバチコンと決めて、台所へと向かう。
その背中を見送って、カリンはまたもやホワ~ンとその顔を緩ませて、
「ワシ、やっぱりこっちのママの方がいい」
「…………ボクも」
「ふ・ざ・け・ん・なッッ!」
そう広くない居間を、俺の二度目の怒声が揺るがした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
以上、回想終わり。
そして俺達の夕飯も食べ終わり。うぁ~、おなかいっぱいだァ~!
お袋が皿を洗っている間、俺達三人は再び居間に移動している。
そこで、カリンが言い出しやがったのだ。
「ととさま、ズルくない? 毎日ばばさまの手料理とか、ズルくない?」
「…………父親は卑怯」
「何でお袋と一緒に暮らしてるだけで卑怯者認定されなきゃならんのだ!?」
何が? どこが卑怯なの!? 俺が何したっていうんですかァ!
「でもばばさまのうどん、美味しかったの~」
「だろぉ~? ミフユも絶賛してたんだぜ、お袋の作るうどんはよ~!」
お袋を褒められて気をよくした俺は、ついつい笑顔で自慢してしまう。
それに返す形で、カリンが問いを投げてくる。
「かかさまといえばととさま、明日イヴじゃけど、プレゼント決めた?」
俺の動きが凍てついた。
「あ」
それを見たカリンの顔も凍てついた。全てを察したに違いない。
居間を、沈黙が支配する。
聞こえてくるのは、お袋が皿を洗っている音のみ。そこに、ジンギが呟いた。
「…………甲斐性なし」
「ちっげーし! これから考えるんだし! これから最高のプレゼントをよぉ!」
「これから? もう、午後八時過ぎとるけど?」
ぐばぁッ!? 今の一言、俺のメンタルにクリティカルヒットォ!
「く、だが、まだ時間はある。時間は……!」
俺が拳を握ると同時、ピンポ~ンと外からチャイムが鳴る。
「は~い」
お袋が水を止めて対応に出ると、すぐに、やってきた客の声が聞こえてきた。
「お義母様、夜分遅くに失礼します~」
「あら、ミフユちゃんじゃないかい。どうしたんだい」
やってきたのは、ミフユだった。
すごくイヤな予感がした。




