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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十四章 大魔王キリオ様のバーンズ家絶滅計画!

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第365話 死線を越えた先にあるもの

 アキラ達が見ている前で、タマキが己の異面体を展開する。


「――変身ッ!」


 両腕両足を大きく広げて叫ぶと同時、その身は閃光に包まれ、彼女の姿は変わる。

 純白の装甲に、首に巻かれた漆黒のマフラー。

 純粋な戦闘力では、家中でも他の追随を許さない最強の異面体『神威雷童(カムイライドウ)』。


 相対するのは、ケント・ラガルク。

 その両手と両足には、ガントレットとレッグガードが装備されている。

 ケントの異面体である『戟天狼(ゲキテンロウ)』だ。


「こっちはいつでもいいぜ、タマちゃん」

「うん。わかってるぜ、ケンきゅん」


 ケントが呼びかけると、タマキもうなずいて首をコキコキ鳴らす。

 今回は、ケントの側が待つ一戦だ。

 一度見たから知っているが、タマキの奥の手は準備に時間が多少かかる。


 俗にいう、《《溜め》》が必要なのだ。

 骨格を正しい形に整え、リラックスをし、力を溜め、気を巡らして呼吸を正す。


 タマキ・バーンズという一人の人間を、一個の機構に作り変える必要がある。

 そうすることでようやく、彼女は『莫迦駆(ばかがけ)』を繰り出すことができる。


「本当に、やるんですね……」

「ああ。どっちもマジだぜ、ありゃ」


 シイナとタクマが話す声が聞こえてくる。

 あの二人からすれば、ケントのやろうとしていることは意味不明かもしれない。


 事実、自分でも何やってんだ、という思いはある。

 アキラが言っていた通りに、別に今やるようなことではない。


 だが同時に、いつかやるべきことだ。とも思っていた。

 ケント・ラガルクはタマキ・バーンズの守護者。

 自分は、彼女をあらゆるものから守る。タマキ自身の不要な我慢からも。


「……ハハ、こっわ」


 タマキを見ているうち、自然と呟きが漏れた。

 すでに彼女は構えをとっていた。


 シルクとの一戦でも見せた、右手だけを腰に置き、左腕を垂れ下げる奇妙な構え。

 左足を前に突き出して身を傾け、膝を深く曲げて身を低く沈ませている。


 一見してわかる。

 これは『これから走って右手で殴りに行きます』と自ら訴えている構えだ。

 駆け引きも何もあったものではない、愚直で、真っ正直すぎる。


「なるほどな、そういう技か」


 通常の戦闘では使えない。使い物にならない技だと、ケントは理解する。

 使える状況が非常に限られている。汎用性のはの字もない。


 ……だが、怖い。


 構えているタマキを見ているだけで、全身から汗が噴き出て止まらずにいる。

 目の前にいるあの小柄な少女が、世界で一番怖い肉食獣に感じられて仕方がない。


 その感覚は、半ば事実である。

 ただでさえ最強のタマキの、限定的な状況でしか使えない、最大最高の必殺技。


 実行される前から、その『威』は周囲に圧となって迸っている。

 ケントがチラリと周りを見れば、皆、自分と同様に大量の汗をかいていた。

 アキラですら、例に漏れない。


「やっぱすげぇなァ、タマちゃんは……」


 再び、呟きが漏れる。

 タマキは完全に集中状態に入っている。気が、どんどん高まっていくのが伝わる。


 それだけではない。

 高まったタマキの気は全身を巡り、集まり、束ねられて、その密度を増していく。


 嵐の前の静けさ――、いや、噴火の前の静けさか、これは。

 そんなことを胸の中に呟きつつ、ケントもまた集中を増して意識を尖らせていく。


 そうすることで、見える世界がどんどんと狭まっていく。

 逆に感覚は広がり続けて、タマキしか見ていないのに周りが観えるようになる。

 武術によくいわれる『観の目』というヤツだ。


 異世界にも、同じ言葉がある。

 それがこちらと同じかまでは知らないが、要は目以外の知覚を強めることだ。

 目以外を使って、目のように『観る』。それは異世界での『観の目』。


 一か所に集中しつつ、それ以外の場所の状況を知る。

 人がなせる認知の拡大技術。その最たるものだ。


「すぅ――」


 耳に聞こえる呼吸音が、どんどんと大きくなっていく。

 拡大する知覚能力が、ケント自身の中にある音までしっかりと把握していく。


 肉の締まる音、骨の軋む音、蠢く臓器の立てる音や、血流の音までも。

 耳を通して捉えたそれが、脳内で像を結ばれる。彼は今の己を知り抜いていく。


 同じことが、タマキに対しても起きる。

 タマキの構えから、ミリ単位で前に進んでいることまでも観える。


 そうすることで知れる、タマキの全身を巡る力の充実具合。

 先程、噴火の前の静けさと評したが、それは全く間違っていなかった。


 今のタマキの体は、爆発を今か今かと待ちわびる火山そのものだ。

 溜まり切ったマグマが、内側からの圧力ではちきれんばかりの状態になっている。


 それだけ、彼女は我慢をし、自分は期待をされていた。

 つまりはそういうことなのだろう。


「大丈夫だよ、タマちゃん」


 ケントが、タマキに呼びかける。


「俺が君を守るよ。君の中にある不安から、俺への期待を守ってみせるよ」


 果たして今のタマキに、その言葉は届いたかどうか。

 それを確認している余裕はない。タマキの全身から力が噴き出しかけている。


 もうすぐ、来る。

 その実感は悪寒となってケントの背中を冷たくする。


 様々な不安が去来する。

 間に合うか。防げるのか。死なずに済むのか。上手くいくのか。幻滅されないか。

 だがそれはもはや毎度のこと。深呼吸を一つして、無理矢理ねじ伏せる。


 ビシッ、と、何かが砕ける音がする。

 それはタマキの足元、二人が向かい合う舞台に亀裂が入る音だった。


 一度鳴ったそれが、今度はさらに連続する。

 タマキを中心として、亀裂は放射状に広がっていく。


 否応なしに緊張感が高まる。シンラが、ミフユが、皆が、固唾を飲んで見守った。

 そして、タマキの唇が小さく動いた。


「――行くぜ、ケンきゅん」

「来いよ、タマちゃん――」


 タマキの体がかすかに前に傾いた。次の瞬間、皆の前からその姿が消失する。

 それは、ラララでも、シイナでも知覚できない、最強が見せる最速疾走。


 ――『莫迦駆』。


 タマキ・バーンズの全身全霊を用いた『縮地』。

 その速度は軽く音の壁を越え、人の認識をはるか遠くに置き去りにする。


 今、この瞬間、タマキの姿が見えているのはケントだけだ。

 これだけの人数がいて、タマキとケントだけが、別の世界で互いを見据えている。


 ケントの知覚が極限まで圧縮され、時間の流れが緩慢になっていく。

 それでようやく、タマキの姿をかろうじて見ることができる。


 何てことだという驚愕が、ケントの中に広がった。

 これが『莫迦駆』。これがタマキ・バーンズの全身全霊。これが最強の最速か。


 とてつもない速度だ。

 本当に、文字通りのバカげた駆け足。看板に偽りなしである。

 通常のゲキテンロウでも、この速度には追いつけない。常軌を逸しすぎだ。


 だが、今のケントは反応する。

 その肉体が、精神が、認識が、細胞が、彼を構成する原子一つ一つが。


 そして、見る。

 シルクのときと同じく、強固なカムイライドウの装甲に亀裂が入っている。

 そこまでの全身全霊でなければ、この『莫迦駆』は実現しない。


 それに対し、ケントも動く。

 間延びした時間の中で、彼はタマキが右拳を繰り出さんとしているのを視認する。


 ならば自分は、左手でそれを受け止める。

 避けるのではない。捌くのではない。受け止める。この手で。


 防御不可能の必滅の一撃を、ケントは、道理を覆してその手で防ごうとする。

 間に合うか。いいや、間に合わせる。《《そのためのゲキテンロウだ》》。


 守護者たるケントの異面体の能力が超加速である理由は、それだった。

 ゲキテンロウは、彼に『間に合うための速さ』を与えてくれる異面体なのだ。


 優れた防御能力を持っていようとも、必要な場に間に合わなければ意味がない。

 防御とは、そこにいてこそ行なえるもの。


 だから、ケントはアキラの盾になることができた。

 ゲキテンロウによって『間に合うための速度』を出すことができたから。


 今も同じだ。今も同じ。全く同じ。

 タマキの見せる『莫迦駆』に間に合うだけの速度を出して見せろ、ゲキテンロウ!


 人の限界を越えろ。命の限界を越えろ。自分の限界を越えろ。

 今ここが、最も間に合わなきゃいけない瞬間なんだから。


 身を低くしたまま、突っ込んでくるタマキが右拳を振りかぶる。

 それに対して、ケントは広げた左手を同じように振りかぶる。


 両者の動きは完全な鏡合わせ。

 ケントの動きが、タマキにしっかりと追いついている。刹那の遅れもない。


 ビキッ、と、腕に伝わる手応え。

 ゲキテンロウのガントレットとレッグガードに亀裂が生じているのを感じる。

 破砕されれば、意識を失う。だがもはや止まることもできない。


 迷いはなし。ケントは即座に腹を括った。

 このまま、この左手でタマキが放つ最強の一撃を受け止める。


「――――ッ!」


 タマキが口を開けて、腹の底から叫ぶ。

 だが音を置き去りにしたこの場では、声が響くのもあとからとなる。


 そしてついに打ち放たれる、必滅の一撃――、『神討』。

 魔力も気力も生命力も総動員した、最強のタマキの、最強の技。神を滅ぼす一撃。


 受け止める。絶対に受け止める。

 ケントの頭の中が、その想いだけに占められる。


 ガントレットがひしゃげていく。

 レッグガードが砕けていく。

 構うものかと、一切合切無視して、ケントもまた、己の全てを左手に注ぐ。


「…………ッッ!」


 ケントもまた、吼えていた。

 音より早い世界で腹の底から、魂の底から、命の底から、全力で雄叫びをあげた。


 タマキとケント。

 両者の距離は肉薄し、彼女の右拳と彼の左手が真っすぐ突き出されて――、

 その距離、残り五センチ、四、三、二、一、今、零。


 ――舞台の真ん中に、光が爆ぜた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 キリオとマリエが、大慌てで二階に降りてきた。


「お師匠様、タマキの姉貴殿ォ!」

「ケントさん、大丈夫!?」


 駆けつけた二人が見たものは、一切の音が排された、無音の大魔王城二階。

 そこに揃っている全員が、まるで彫像のように固まっている。

 場を満たす重い静寂と合わせて、その異様な状況がキリオの不安を加速させる。


「い、一体、何が……?」


 息を飲むキリオの隣で、マリエがハッと口に手を当てる。


「ああッ!」

「マリエ、どうしたでありますか!?」


「あ、あなた様、あれを……」

「むぅ……?」


 驚愕と共にマリエが指さした先に、この静寂の原因があった。

 右拳を突き出した形のタマキと、左手でそれをしっかり受け止めているケント。


 強固なはずの舞台は、二人を起点として全体に渡って亀裂が入っていた。

 辺りには濃密な焦げ臭さが漂っており、そこに起きた出来事の凄まじさを物語る。


 タマキも無事ではなかった。

 その身を覆う真っ白い装甲は右半分が砕けて、タマキの顔が覗いている。


 シルクとの戦いでもそうだったように、顔中血まみれだ。

 そしてケントも、また――、


「どうだい、タマちゃん」


 だが、ケントは生きていた。

 必滅の拳を受け止めて、その命をしかと保っていた。


 全身が痛い。とにかく痛い。骨は砕けてるし、全身の筋肉もズタボロだ、これ。

 しかし生きてる。ちゃんと生きている。

 魔力も気力も失って、激しい虚脱感に襲われつつも、ケント・ラガルクは健在だ。


「俺は、強いだろ?」


 口元を綻ばせて、彼はタマキに向かって軽く自慢する。

 だが、タマキはそれに反応を見せない。


「ケ、ケンきゅん……」


 というか、何だかビックリしているような。


「どうした、タマちゃん。見ろよ、俺、ちゃんと受け止めきったぜ?」

「うん、そうなん、だけど……」


 タマキが妙だ。思っていた反応と違う。

 何かあったのかと、ケントも変な不安に駆られる。


 それを解消したのは、舞台に駆け寄ってきたキリオだった。

 彼は、息せき切って走ってきて、ケントを呼ぶ。


「お師匠様!」

「おお、キリオ。悪ィ、イベント――」


「そのお姿は、一体何事でありますかッ!?」

「ん? その姿って?」


 意味がわからず、ケントは自分を見下ろしてみた。

 そこに、灰色がかった蒼の毛に包まれた、フサフサの尾が見えた。


「……ん?」


 何これ、と、ケントは思った。


「ケンきゅんって、狼男だったんだ……」


 そして、タマキが半ば呆けつつ変なことを言い出した。


「待って待って、タマちゃん。何それ、何、狼男って……?」

「ケントさん――」


 混乱しかけているケントに、マリエが手鏡を差し出してくる。


「あ、真理恵さん、どうも」


 それを受け取った彼は、自分の姿を鏡で確認してみる。

 映っていたのは、確かに狼男だった。


 正確に記すならば、人の造形を色濃く残したタイプの狼の獣人、という感じだ。

 鏡には、鋭い牙と頭に生えている狼の耳までしっかりと映っていた。


「な……」


 と、彼は一瞬硬直したのち、


「何じゃ、こりゃああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ッ!?」


 全身を蝕む痛みも忘れて、絶叫したのであった。

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