第363話 シカエシイチ武道会最終戦
どうしてこんなことになっちまったのやら……。
「……ケンきゅん」
「やろうぜ、タマちゃん。俺と君との最後の勝負だ」
舞台上、未だ戸惑いから脱せていないタマキを、ケントが睨み据えている。
他に、舞台には誰もいない。全員、外側から二人を見守っている。
俺もミフユも、シンラもお袋も。
リリス義母さんも含めて、全員が、タマキと同じ戸惑いを浮かべて。
これは、シカエシイチ武道会の最終試合。
そして同時に、今回のシカエシイベントのラストを飾る一戦でもある。
リリス義母さんから聞いた。
この武道会が終わったら、みんなで三階に行ってキリオに謝って終わりだ、と。
改めて、全員でキリオに謝意を表し、それでこの一件は決着のはずだった。
それがどうして、こうなったのか。
俺は、ついさっきまでの記憶を掘り起こす。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――シカエシイチ武道会第四試合、お袋vsタイジュ。
その対決種目は、カルタだった。
反射神経がモノをいうこの対決種目、当初はタイジュ有利かと思われた。
何せ、タイジュには『超嗅覚』がある。
その鼻先に嗅ぎ取るのは、匂いだけではない。空気の微細な震動をも捉える。
ただ匂いを嗅ぐのではない。
周囲にある様々な情報を『匂い』という形に変換して知覚するのだ。
果たして、お袋はタイジュに勝てるのか。ちょっと無理なんじゃないかと思った。
しかし、フタを開けてみれば大接戦。
さすがは練達の女傭兵にして『竜にして獅子』と呼ばれたミーシャ・グレン。
「ちょいと本気で集中すりゃ、どうとでもなるってもんさ」
そんな風に語るお袋は、非常にカッコよかったです。
まぁ、結論から言えば負けちゃったんですけどね、お袋。勝っちゃったから。
「二枚差、か……」
終わってみれば、結果はお袋の勝ち。
しかし、タイジュとの差は二枚。その結果以上に紙一重の勝負だった。
そしてその勝利により『勝ったら負け』のルールに従い、お袋、惜しくも敗北。
「…………ッ、ッッ、……ッ! ……ッッ!?」
例の『飲む全快全癒』を一気飲みしたお袋は、悲鳴こそ上げなかったが顔色がゾンビ化。ギュ~っとシンラを抱きしめて足をバタバタさせてたの可愛かったわ。
こうして、第四試合は終了した。
――続く、シカエシイチ武道会第五試合、シイナvsヒメノ。
対決種目は何故か『愛してるゲーム』。何でだよ。
互いに「愛してる」と言い合って照れたら負けという、何とも言い難いゲームだ。
「ちなみにリリス義母さん、これが対決種目に選ばれた理由は?」
「カリンちゃんから渡されたマニュアルの中にありまして。非戦闘員同士の対決になった場合の種目の一つとして、撮れ高に繋がりそうだから、という理由で」
「撮れ高……」
ゲーム実況の生配信とかでしか聞いたことねぇよ、その単語!
「ええ、あ、愛してる、ですか……?」
ゲームルールを説明されたヒメノは早速顔を赤くしている。
人に好意を告げるということ自体に慣れていない感が半端ないぞ、この次女。
その一方で――、
「フフフフフ、この勝負、私がもらいましたよ!」
何故か腕を組んで強きに豪語するシイナさん。
その漲らんばかりの自信は、一体どこからやってくるのか。
「こう見えて私、そういったジャンルも割とイケるクチでして! こういう百合てぇてぇシチュは、むしろ私の独壇場と言っても差し支えないです。そう、すでに勝負は始まる前から決まっている! どうしたことでしょう、ヒメノ姉様が小さく見えます。きっと、今の姉様には私の姿が三倍くらい大きく見えていることでしょう! この全身から溢れる圧倒的なまでの覇気によって! ああ、こんな見え切った勝負をさせるなんて、リリスおばあ様は酷な人ですね。もはやこの舞台は私の本拠地、そして姉様にとってのアウェーです! あえて宣言しましょう、我が軍の勝利ですッ! とはいえ、これも仕返しの一環、見えている勝負ではありますが、私は今、心を鬼にして戦場に降り立ちましょう。さぁ、姉様。覚悟はよろしいですか? 遺書はしたためましたか? 部屋の隅でガタガタ震えながらてぇてぇに心を奪われる準備はOK?」
「すげぇよ、おまえ。この一分でどんだけフラグ乱立させてんだよ……?」
あまりの早口にみんな唖然としちゃってるじゃねーか。
大体、こう見えても何も、100%いつも通りのシイナだよ、今のおまえは。
「フラグが何だというのです。すでに私は勝っているのですよ、父様」
「なぁ、おまえもしかして『勝ったら負け』ってルール、忘れてやしねぇか?」
「あ」
ほらやっぱり! やっぱり忘れてたよ、こやつ!
「しまったぁ~~~~! あまりにも勝利が見え見えだったので、勝った気でいたのに、勝ったら負けるんでしたァ~~~~! うわぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!」
「バカねぇ、この子は……」
ほら、ミフユさんもしみじみバカにしちゃってるじゃない、シイナさん。
「それでは、試合開始です」
無情にも鳴り響く開始のゴング。先手はヒメノ。
「ぁ、あ、あの、シイナちゃん……」
ヒメノは、誰が見てもわかるくらい身を縮こまらせ、モジモジしている。
シイナを呼ぶ声も非常にか細く、その顔は耳まで真っ赤だ。
「な、何ですか、姉様……」
どうしておまえまでモジモジしてんだよ。しかもそんな険しいツラで。
挙動不審全開の妹に、ヒメノは赤くしたままの顔で、上目遣いでシイナを見上げ、
「あ、あのね……、ぁ、愛して、ますよ?」
「姉様、かンわいいィィィィィィィィィィィィィィィ~~~~ッッ!」
「ひゃあ!?」
お~っと、ヒメノが悲鳴だ! シイナに抱きつかれて、ヒメノが悲鳴をあげた~!
「勝者、ヒメノちゃん!」
リリス義母さんがホイッスルを鳴らして試合終了を告げる。十秒かからんかった。
「おまえ、シイナ、あれだけ豪語しておいて負けるんかッ!」
「こんな可愛い姉様に負けるなら本望! 最初から勝ち目なんてなかったのです!」
「手のひら返しがスムーズすぎる!?」
スゲェな、こいつの手。ドリルか何かでいらっしゃる?
「あ、あの~、シイナちゃん。できれば放してほしいな~、って……」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけ!」
困ったように笑うヒメノから、シイナが離れようとしない。
朝の布団から出たがらない小学生か、おのれは。
「え、でも、あの、私は負けてしまったので『飲む全快全癒』を――」
「そんなモノはこうです!」
あ、ヒメノの分の紙コップを、シイナが代わりに煽った。
「ヒメノ姉様みたいな可愛い生き物がこんなものを飲んではグエェェェ~~ッ!?」
「おまえは本当に面白い生き物だよな、シイナ……」
のたうつシイナを前に、そう評する以外、俺には言いようがなかった。
そして、第五試合も終わって、残るはいよいよタマキだけ。最終試合になった。
「よ~っし! やっとオレの番だぜ~!」
そう言って舞台に上がるタマキは、随分と待ちくたびれていたようだった。
「どんな勝負でもいいぜ~! でも、体使うのだと最高だな!」
シュッ、シュッ、とシャドーボクシングをしながら、タマキが笑っている。
対戦相手のルーレットは、残りはケントとリリス義母さんのみ。
これは、ケントに当たると競技によっては面白いかもしれないかな。
俺がそんな風に思っていたところ、対戦相手を決めるルーレットが回り始める。
だが、次の瞬間――、
「悪いけど」
両手足に『戟天狼』を展開したケントが、ルーレット前にいた。
「ケント!?」
「タマちゃんの相手は、俺が務めさせてもらいます」
そう言って、跳躍したケントが空中のルーレットを跳び蹴りで粉砕した。
砕けたルーレットは、そのまま虚空に消えてしまう。舞台演出の一部だからだ。
「ケンきゅん!」
「タマちゃん」
舞台上に軽やかに着地したケントに、タマキは明るく笑って諸手を上げる。
「オレの相手になってくれるのか~!」
「ああ」
タマキが、嬉しそうに声を張り上げる。
だが、何故だろうか。それに応じるケントの方は、何やら張りつめて見える。
「いいですよね、リリスさん」
「そうですね。ここまで来れば、対戦相手の選出はあまり意味がないでしょう」
リリス義母さんもそれを認めて、最終カードはタマキ対ケントとなる。
そして、続けて義母さんが対決種目を発表しようとするが、
「待ってください。それも、俺に決めさせてくれませんか」
右手を突き出して義母さんを制し、ケントが静かな声音でそれを求める。
このときになって、タマキもケントの妙な様子に気づいたようだ。
「ケンきゅん、どうかしたのか~?」
「いつもの勝負をしよう、タマちゃん。君が攻撃して俺がそれを防ぐ。いつものだ」
「え……」
タマキの表情が本格的に変わる。
外から舞台を眺めている他の連中も、次々に何事かとケントに視線を注ぐ。
「ケントさん」
「すいません、リリスさん。今からちょっと、この場を利用させてもらいます」
「利用、ですか……?」
リリス義母さんもケントの意図が測れず、軽く戸惑っているようだ。
仕方ないな、と、俺が意図を尋ねる役を買う。
「オイ、ケント。どういうつもりだ?」
「どうってことはないですよ。絶好の機会が来たから、使わせてもらうだけです」
「絶好の機会って、何? どういうこと、ケンきゅん……」
「タマちゃん――」
混乱し始めているタマキに、ケントはとんでもないことを言い出した。
「君の『莫迦駆』と『神討』を、俺に使ってほしい」




