第362.5話 ヒナタ専用特別八大地獄コース/大焦熱地獄
気がつくと、雪が降る宙色の街の中。
「……あれ?」
ヒナタは、自分がモコモコの格好をしていることに気づく。
コートに手袋、ブーツに耳当て。首に巻かれた厚手のマフラーがとても温かい。
「ヒナタ」
「カリンお姉ちゃん?」
声がした方へ振り向くと、黒い和服の上に分厚いジャンパーを着たカリンがいた。
「ここはどこ?」
「八大地獄の七番目、モコモコ大焦熱地獄じゃよ」
「大焦熱?」
言われて、ヒナタは周りを見る。
人はいないが車はある街角。その全てが、雪に埋もれた銀世界。
「どこが大で焦げて熱いの?」
「モコモコじゃろ、おんし。あったかくないかえ?」
「すっごいあったかい」
「じゃあ、大焦熱じゃな」
「何てすごいこじつけだ~」
「ええんじゃ。言ったモン勝ちじゃよ、こういうのは」
ニシシと笑って、カリンが手を差し出してくる。
「ちょっと歩かんか?」
「いいけどー」
二人は手を握って、雪が数センチ積もる街中を歩き始める。
誰もいない二人だけの夜の雪の街。
いつもは途切れぬ喧噪に包まれたそこが、このときに限っては静寂に沈んでいる。
もちろん、この雪の街だってニセモノ。カリンが創り出したイミテーションだ。
「本物の街みたい。すごいね!」
「『金色符』の力が大きいがのう。ここまで相性がいいとは思わんかったわ」
声を弾ませるヒナタに、カリンも同調して笑う。
彼女の異面体『婆娑羅堂』と『金色符』の親和性は凄まじいものだった。
「雪を歩く感触も、音も、冷たさも、全部が本物同然じゃ。大したもんじゃのう」
「何それ~、自画自賛っぽいよ~?」
「自画自賛じゃよ。だって、実際にそう思っておるからのう」
そう言って、カリンがまた笑う。
彼女が感じていることをヒナタもまた感じていた。
雪を踏みしめる感触から足裏に伝わるかすかな冷たさまで、何もかもがリアルだ。
「本当だね、すごくそれっぽい。ここが本当の街だって言われても信じちゃいそう」
「そうじゃろ? ンフフフ……」
その言葉は褒め言葉に等しかったらしく、カリンは嬉しそうだ。
二人がしばらく歩いていると、彼女がポツリと漏らす。
「ワシはな、ヒナタ」
「うん」
「自分が感じる楽しさを、ワシ以外の誰かと一緒に分かち合うのが好きじゃ」
「そうなんだ」
ヒナタとしても、初めて聞く話である。少し興味深い。
聞く姿勢を見せる彼女に、カリンはゆっくりと笑いながら語っていく。
「ワシは、常に誰かと一緒にいた。幼い頃はととさまやかかさま、おんしらと」
「うん」
「独り立ちしてからは、ササラを誘って吟遊詩人として各地を回った」
「うん、そうだね」
「ワシが企画を好むのは、それで皆が楽しんでくれるからじゃ。ワシが見たいと思った景色を、多数の人間が一緒になって見て、楽しんでくれるからじゃ」
「お姉ちゃんは、一人はイヤなんだね」
「そうなんじゃろうなぁ……」
雪が降る曇天を見上げ、カリンは白い息を吐く。
「一人で生きられるとは思う。じゃけど、それを楽しいとは思わんのじゃろうな」
「隣に誰かいてほしいのかもね。……それがササラお姉ちゃんでも」
「ワシはあのクソガキのことは嫌いではないぞ。ま、誰が見てもクソガキじゃけど」
「どれだけ年とっても変わらずクソガキっていうのはすごいよね……」
「ときたまいるじゃろ、そういうヤツ。ほら、こっちでいうひろ●きとか」
「あー……、ササラお姉ちゃんとは別ベクトルだけど、何かわかる」
「じゃろ?」
そして、二人して納得したことに笑いを漏らす。
「世間なんてそんなモンじゃよ。常識と多数派が尊ばれる一方で、非常識と少数派が持て囃される。単純なようで複雑で、入り組んでいるようで単純っていうね」
「小学五年生が何か悟ってるー」
「おんしみたいな四歳児よりははるかにマシじゃと思うよ、ワシ」
「五十歩うんたら~」
「だまらっしゃい」
ニコニコしているヒナタに、カリンは唇をツンと尖らせた。
「なぁ、ヒナタ」
「なぁに~?」
「おんしは、シキトに会いたいか?」
いきなり話題が変わって、ヒナタはちょっと驚きながらも、少し考えて、
「会いたいかどうかでいったら、会いたいに決まってるでしょ~?」
「じゃよね~、そうじゃよね~」
「何々? もしかして、カリンお姉ちゃんも会いたくなっちゃったのかな~?」
唇に手を当てて、ヒナタはニヤケ面になってカリンを流し見る。
「一人で生きるのはつまらないんだモンねぇ~?」
「おんしホントに四歳児?」
カリンが半ば呆れつつも「まぁ……」と曖昧に続けて、結局は首肯する。
「そうじゃのう、やっぱ、考えずにはおれんわな、良人のことは」
「おやおやぁ、カリンお姉ちゃんが何となくセンチな感じだぞぉ?」
「チョップしたろか?」
「やぁん、やめてよ~!」
空いてる方の手でカリンがチョップのマネをする。ヒナタはかぶりを振った。
「いいや許さん。チョップじゃ~!」
「わ~、鬼~、れいこくひどうのお姉ちゃんだ~!」
「うるさい、うるさい!」
逃げ出すヒナタに向かって、カリンがその場の雪で玉を作って投げつける。
ヒナタも負けじと雪玉を作って、いきなり雪合戦が始まった。
「くらえ~い!」
「そっちこそ、とりゃ~!」
パスンパスンと全身雪まみれにしながら、二人は一緒になってはしゃいで笑う。
雪合戦は十分ほど続いたが、やがて体力を使い切って、二人は雪の上に寝転んだ。
「わぁ~、疲れた~! つめた~い!」
「はぁ、はぁ、そ、そうじゃのう。ちょっとだけ、疲れたわい……」
「ちょっとだけ~?」
「おんしと一緒にするでないわ……」
四歳児としてもヒナタのスタミナは相当なものだ。カリンでは全くかなわない。
「はぁ、はぁ……」
「雪は冷たいけど、体はあったかいね~」
「それだけモコモコなら、そうもなるじゃろ。はひぃ……」
「くらえ~、のしかかりだ~!」
「ちょ、ヒナタさん!? あんぎゃ~!」
呼吸を整えているところにいきなり乗られ、カリンはなすすべなく潰される。
二人はもつれあいながら雪の上をゴロゴロしていく。
「アハハ~、お姉ちゃんの声、面白かった~!」
「おんし、おんしってヤツァ……」
最終的に、二人して雪の上に大の字だ。鉛色の曇天を、二人が一緒に見上げる。
「――グレイさん、だっけ。お姉ちゃんの旦那さん」
「そうじゃよ、元はワシとササラのマネージャーだった男じゃよ」
ヒナタにいきなり言われるも、カリンは驚くでもなく空を見たまま返す。
「覚えてるよ~。最初からササラお姉ちゃんじゃなくて、カリンお姉ちゃん狙いだったんだよね、あの人。マニアックだな~って思ったよ、私」
「狙いって言い方もどうなんじゃろね……。あとマニアックは失礼じゃろ、ワシに」
「でも、グレイさんが来た頃って、ササラお姉ちゃんの全盛期だったでしょ?」
「そういえばそうだったかのー……」
「そのときからカリンお姉ちゃんの方が好きだったなら、マニアックでしょ」
「あ、あれ? そうか? 何かそうな気がしてきたぞ、あれ……?」
雪の上から身を起こし、カリンは不思議そうに首をかしげる。
その様子を見て、同じく身を起こしたヒナタがまた笑う。
「アハハ、変なの~!」
「うっさいわい! ほれ、そろそろ行くぞ!」
「は~い」
二人が、また手を繋いで歩き出す。
夜の雪の街に、二人のサクサクという雪を踏みしめる音だけが響く。
「何か、面白いね」
「どうした、ヒナタ。藪から棒に」
カリンが隣を歩く妹を見る。ヒナタは、かすかに視線を上げて笑っている。
「バーンズ家って、異世界じゃ『最悪にして災厄なる一家』とか呼ばれてたでしょ」
「ああ、そうじゃのう。おんしとか『最終兵器』じゃしね」
「うるさいなぁ。ちょっと異面体が派手なだけだモン」
「そうかの~? ……で、その『最悪にして災厄なる一家』がどうしたんじゃ?」
「うん……」
問い返されて、ヒナタは若干の沈黙。それからまた口を開く。
「そんな私達なのに、誰も、一人でいられなかった」
「……ああ、そうじゃのう」
妹の言葉に、カリンもうなずく。
「タマキお姉ちゃんはずっと独身だったけど、でも、それもケントお兄ちゃんのことが好きだったから。心の中には最後まで、好きな人が一緒にいてくれた」
「タクマの兄御も同じようなモンじゃったんじゃろ。誰かは忘れたが離婚して、結局それ以降は一人じゃったけど、それも――」
「心の中に、シイナお姉ちゃんがいたから、なんだろうね」
タクマとシイナが日本で結ばれて、ヒナタも本当によかったと思っている。
きっとそれは、隣を歩くカリンも同じだろう。
「カリンお姉ちゃんにはグレイさんがいて、私にはシキくんがいて――」
「シンラの兄御には今は美沙子殿がいて、マリクの兄御にはディ・ティ様がいて」
「みんな、隣に誰かいるよね」
「ジンギにだって、ササラにだって、ヤジロにだって、あのギオにだって、いたな」
「大陸最高の怪人ギオ・ハイランドが実は愛妻家な事実を知ってる人って、どれくらいいるんだろうね。あの奥さん、すごく優しくていい人だったよね……」
「ああいう聖人みてーなタイプじゃないと、ギオのヤツの妻は務まらんじゃろ」
二人共にうんうんとうなずきあって納得する。
そして次に零したのは、カリンだ。
「まぁ、仕方があるまいよ。ワシらはバーンズ家じゃ」
「そうだねー」
「アキラ・バーンズとミフユ・バビロニャを見て育ったのだから、そうもなる」
「それも、そうだねー」
ヒナタが苦笑する。
「お父さんは、こういうのを何て言うだろうね?」
「ととさまなら『自分は弱いから寄っかかれる相手が必要なんだ』とか言うじゃろ」
「ああ、言いそう~!」
「ワシも実際、同じことを思うよ。ワシらは弱者じゃ。隣人が必要なんじゃよ」
「……だね。私も同じだよ」
最悪と呼ばれても、災厄と呼ばれても、自分達は弱い。弱く小さいただの人間だ。
だから自分と共にいてくれる誰かを欲する。誰かを愛し、愛されたいと願う。
「誰かを愛さずにはいられない。ワシらはそういう生きモンじゃよ」
「ウチの家族、愛情重たすぎ問題~」
「その愛の重さに耐えられる相手しか選ばんから問題なしじゃ」
そこからさらに歩くと、やがて、また道路の真ん中にポツンと立つ扉が見える。
「あれが、次の地獄の入り口かな~?」
扉に気づいたヒナタが言うも、カリンはゆるりとかぶりを振る。
「いいや、アレは出口じゃ。大魔王城の二階続いておる」
「え、そうなの?」
意外な言葉に、ヒナタは驚く。
今歩いている大焦熱地獄は七つ目の地獄。八つ目はなしということだろうか。
「うむ、つまり――」
「あ、そっかー。いつもの日常が八つ目の地獄ってオチだね、これ!」
「…………」
ほのかな微笑みと共に八つ目の地獄を語ろうとしたカリンが、その瞬間固まった。
ヒナタが、正解したからだ。大正解だったからだ。
オチを先に言われてしまった。
「あ……」
固まったカリンに気づいて、ヒナタも固まる。
「……あの、ごめんね。お姉ちゃん」
「いや、いいんじゃ。読まれるようなオチしか用意できなかったワシが悪いし」
「お姉ちゃん? 目に涙を溜めながら言われても説得力ないよ?」
「グゾオオオオオオオ! ヂグジョオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
ヒナタから冷静な指摘を受けて、カリンはまた雪の上を転がり回った。
文字通りの駄々っ子である。
ヒナタは、心ゆくまで姉を暴れさせることにした。
「急ごしらえのイベントは詰めが甘くなるから嫌いじゃ~! ワシのバカ~!」
「プロ意識はあるんだよね~、カリンお姉ちゃん……」
――三分後。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「そうやってまた体力使い切るんだから~」
「疲れた……」
顔を真っ赤にして汗まみれになるカリンを、ヒナタが抱え起こす。
「はいはい、それじゃあみんなのところに戻ろうね~」
「う、うむ……」
ヒナタに支えられ、カリンがノロノロ扉の前まで歩いていく。
そして、その手で扉を開けると――、
「だからタマちゃんは、ずっと前から俺を殺したかったんだろ!」
そこにできた扉の隙間から、ケントのそんな叫び声が聞こえてきたのだった。
「「……え?」」




