第362話 ネタバレ:敗者はとても健康になる
さてこちら、大魔王城二階、シカエシイチ武道会の会場だぜー。
現在、第二試合が行われている。
「…………」
「…………」
舞台の上に正座して睨み合っているのは、タクマとマリク。
そして、二人の間に置かれているのは、金のタライとピコピコハンマーだ。
対決種目は、古式ゆかしき決闘法『たたいて・かぶって・ジャンケンポン』。
すでにここまでに三回のジャンケンが行なわれているが、いずれも防御成功。
今回は一発でもハンマーを当てれば即勝利なので、緊張感が違う。
何せこの武道会は『負けるが勝ち、勝ったら負け』というルールである。
つまり、タクマもマリクも、自ら負けるために戦わなきゃならんワケ。
なお、わざと負けようとした場合は勝敗に関係なく『飲む全快全癒』三杯確定だ。
進むも地獄、退くも地獄。状況は極まっている。
「ヘヘヘ、なぁ、マリク兄。俺のこと、そのハンマーで叩いていいんだぜ?」
「ぇ、そ、そんな……、ぼくはそんなこと、したくないよ……」
笑うタクマに、マリクが怖気づいた様子で首を横に振る。
そうだよね、叩きたくないよね。だって『飲む全快全癒』直行だモンね。
「…………」
「…………」
そうして、二人はまた睨み合う。
ジャンケンはいいとして、そのあとが問題だ。
負けた側は防御を捨ててはならない。
それをしてしまえば、わざと負けようとしたと判断されてしまう。
一杯ですら地獄な『飲む全快全癒』を三杯なんて、俺だって想像したくない。
それはもはや地獄を越えた領域。死の先にある最悪の苦痛そのものだ。
そこに至るくらいなら、まだ一杯の方がいい。
誰だってそう思うに違いない。それが人情ってヤツだ。
だがそうすると、次に思うのは決まっている。
でも、できれば一杯も飲みたくない。だ。
タクマもマリクも、全く同じことを考えている。表情からもそれがわかる。
そして、二人とも互いにそれに気づいてる。だからこそ激しく火花が散っている。
――この勝負、負けるのは自分だ。と!
「「ジャンケン、ポンッ!」」
タクマはグー。マリクはチョキ。
タクマが攻め。マリクが防御。という形になる。
二人が、瞬時に動き出す。
タクマが鮮やかにハンマーを掴み上げ、マリクの頭を狙う。
マリクが、同じほどの速度でタライを掴み、自分の頭を防ごうとする。
ハンマーを振り上げるタクマ。
タライを引っ張り上げるマリク。
刹那、二人の視線が交差する。
そしてタクマがハンマーを振り下ろす。マネをする。
それにつられてマリクがタライで頭を防ぐが、ハンマーは来ない。
タクマのフェイント。
まだそれに気づかないマリクが、不思議そうにタライを頭からどかす。
引っかかった。と、思ったか、タクマの顔に浮かぶ笑み。
直後に、マリクもようやくフェイントに気づいて、顔を苦々しく歪める。
「――っしゃあ!」
反射的に、タクマがハンマーを振り下ろそうとする。
勝てる。そう思ったに違いない。
しかしその反応は反射的なものでしかない。
この一瞬、タクマは『負けるが勝ち』を忘れていたのではないか。そう見える。
一方で、マリクはタライで頭を覆おうとするが、その速度が一瞬落ちる。
これは上手い。防ぐ格好だけ見せて、タクマに自分を叩かせようとしている。
真相は『わざと負けようとしている』だが、周囲はそうとは思うまい。
タライで防ごうとしたが、一瞬間に合わなかった。
マリクがそういう結末を狙って、この作戦に出たことは明白だ。
「っとォ!」
だが、タクマも簡単には終わらない。
声を上げて、ハンマーを振る速度を直前で弱める。マリクの狙いに気づいたのだ。
そして、ハンマーがタライを叩きピコッと鳴る。
最終的に、タクマのハンマーをマリクが防いだ形になってしまった。
「「ジャンケン、ポンッ!」」
さらに連続してのジャンケン。
そして攻守交代からの、再度始まる高度な駆け引き。
互いに勝つわけにはいかないこの状況で、二人は技と知恵を駆使して渡り合った。
それは、ただの遊びとは思えないくらいに白熱したバトルとなった。
見ている俺達も二人が見せる互角の争いに手に汗握り、生唾を飲み込む。
しかし勝負はつかない。ずっと互角は互角のまま、時間ばかりが過ぎていく。
これは、どうなる!
俺も、そして他の誰も、勝負の行く末を予想できない。
そんな中で訪れた、十二回目の攻防。
攻撃側はマリク。防御側はタクマ。
ここで、ついにタクマが最後の賭けに出る。まさかと思う手段で。
「あー、マリク兄、あのさ!」
「な、何?」
「俺さ、実はさ!」
「う、うん」
「異世界でガキの頃さ!」
「うん」
「覗いたことあるんだよ。ヒメノ姉の着替え!」
「…………ァ?」
それを聞いた瞬間、マリクの表情が変わると共に――、スパァンッッ!
「ァいってェ!?」
人に認識できない速さで振られたハンマーが、タクマの頭を叩いていた。
振りが鋭すぎて、ハンマーが壊れてしまう。ピコッ、とも鳴らなかったですよ?
「ぃってぇ~~、で、でもこれで俺の負け……」
うずくまって頭をさすりながらもタクマが笑うが、眼前にマリクが立ちはだかる。
「どういうことかな、タクマ。詳しい話を聞こうか……?」
「え、いや、ガ、ガキの頃の話じゃん?」
退路のない状態で、タクマは今さら顔を青ざめさせる。
それに対し、マリクは目以外でニッコリ笑って、
「そんな言い訳が、ぼくに通じると思ってるのかな?」
「あ、ぁ~……」
タクマが周りに視線を走らせるが、誰も彼もが首を横に振る。
俺も、今のタクマにできることはない。シイナに至っては合掌する始末である。
「ぁ~……」
自分がやらかしたことを自覚したか、タクマが諦めの呻きを漏らした。
おバカなヤツよ。こうなることはわかりきっておったろうに。そして追い打ち。
「タクマ君は、今、明らかにわざと負けようとしましたね。ですので『飲む全快全癒』三杯と、それに加えて勝負はハンマー破壊の反則によりマリク君の負け。つまりマリク君の勝ちです。その分も加算して、タクマ君には四杯飲んでもらいます」
「マジかよォォォォォォォォォォォ――――ッ!?」
タクマは悲鳴を迸らせるが、リリス義母さんの判断は当然すぎる。
あんな露骨な自爆、誰が見逃すかって話だ。
「タクマ、それだけで終わるとは思わないことだね」
「……はい」
約束されたマリクのお仕置き。
かくして、タクマは今イベント全体を通して最も悲惨な罰を受けることになった。
「ほんと、バカ……」
そう呟いたシイナの目は、ひたすら遠くを見ていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
地獄のメロディー。冥界の底に響く亡者の怨嗟。
タクマの悲鳴を言い表すなら、そんな感じだろうか。まぁ、そうもなりますわな。
「それじゃあ、正座三十分、行ってみようか」
「マジで言ってる……?」
満面の笑顔でお仕置きの内容を告げるマリクに、タクマが顔を引きつらせる。
正座三十分。それだけを見れば、マリクのお仕置きとしては非常に軽い。
だが、タクマの顔色は非常に悪い。四杯も飲んだから血色はいいが、顔色は悪い。
マリクが座るよう指定した場所がキラキラ輝いているからだ。
「あのさ、マリク兄」
「何だい?」
「この床、あれだよな。……ダメージ床」
「そうだよ。よく知ってたね」
笑みを深めるマリクと、顔をますます引きつらせるタクマの、何と対照的なこと。
「この床に座ると全身の痛覚が刺激され続けるから痛いよ、すごく痛い」
「知ってるって……」
ダメージ床の魔法はマリクが考案したもので、ウチでも拷問用に使われてた。
「痛さは抑えてあるから、死なないし発狂もしないよ。だから存分に苦しんでくれ」
「にこやかな顔で言いやがって、この小学三年生……!」
歯噛みするタクマだが、やらかしたのは自分自身だ。
逃げることはもはや不可能。大人しく輝く床の上に正座をする。
「うぉっ、ぁ、いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! いてっ、いって、いてぇぇぇぇ!」
「はい、それじゃあ三十分、スタート」
「ずぎゃあああああああああああああああああああああァ――――ッ!?」
腹の底から絞り出されるタクマの悲鳴も、そろそろ聞き慣れてきたな。
そんなことを感じながら、俺は舞台の上に視線を移す。
現在、第三試合開始直前。
参加者からはスダレ。大魔王配下からはラララが選ばれたところだ。
「それでは第三試合は――、クイズです」
リリス義母さんが、第三試合の競技を発表する。
その瞬間、参加者側は雰囲気が明るくなり、大魔王配下側にはどよめきが起きる。
何てこった。まさか、クイズとは。
こいつはさすがにラララに分が悪すぎる。相手はバーンズ家情報一強、スダレだ。
いわばあいつは、バーンズ家のクイズ女王。その知識量は比類ない。
「なお、スダレちゃんのクイズの強さを考慮して、問題は『利き水』となります」
「「えっ」」
あ、一気に勝負がわからなくなった。
床が開いてせり上がってきたのは長机。その上に、十個の紙コップが並んでいる。
「その紙コップに入っている中身のうち、九つが水で、一つだけハズレです」
「リリスおばあちゃん、そのハズレは何か、聞いていいかな?」
頬に汗を流しつつ、ラララがわかりきったことを尋ねる。
「もちろん『飲む全快全癒』ですよ」
「え、でも匂いとか全然……」
「カリンちゃんの異面体はすごいですね」
リリス義母さんの一言が、全ての答えだった。
「え~、わかんないよぅ~……」
スダレは、すでに半分へこたれている。うん、俺もわからん。全部水に見える。
だがラララは至極あっさりと、
「あ、わかった。あれだ」
わかっちゃったみたァ~~~~い!
「ええ、おララちゃん、嘘ぉ~!?」
「知識じゃなくて感覚の勝負となれば、このラララは強いのさ!」
この漲る自信。これは確実に正解してますわ。
「うううぅぅぅぅ~……」
並ぶ紙コップを前に、スダレが弱気に唸っている。もはや決着はついたか?
「スダレ、がんばって~!」
そこに飛んでくる、ジュンからの声援。
そのとき、スダレの顔に電撃奔る。
「ウチ、がんばるぅ~!」
その声援で一気にやる気のボルテージを上げたスダレが、紙コップを掴んだ。
「あ、それ――」
言いかけるラララの前で、スダレは紙コップの中身を一気に煽った。
直後、その体がピシッと固まって、手から紙コップが落ちる。
「はにゃあああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~ん!?」
スダレさん、見事大当たりでございます。
「スダレお姉ちゃん、持ってるなぁ……」
これには、素に戻ってしまうラララであった。
なお、そのあとでスダレに待っていたのはジュンの膝枕なので、プラマイゼロだ。




