第361.5話 ヒナタ専用特別八大地獄コース/焦熱地獄
画面の向こう側で、死体になったシンラが転がっている。その顔色はとてもいい。
「あ~あ~、お兄ちゃんったら……」
「いや~、エンジュめ、やってくれよるわ。何とも愉快な展開じゃて」
木と木の間に張られた布に映る画面を前に、ヒナタとカリンが笑っている。
共に、まだ水着姿のままだ。
ヒナタはビーチボールを抱え、カリンはトロピカルなジュースを飲んでいる。
二人が座っているのは、真っ白い砂浜。
ザザァン、ザザァンとすぐ近くから波の音が聞こえてくる。
ここは、並の出るプールがあるワクワク叫喚地獄、ではなかった。
泳げる環境は共通しているが、場所が全く異なっている。
突き抜ける青空。その向こう側に見える大きな入道雲。
太陽の光が全体に降り注ぎ、空気と砂浜をジリジリと焼いている。
ヒナタが振り返れば、そこにあるのは空よりも蒼く、だが透き通った綺麗な海。
ここは八大地獄の五番目、サンサン大叫喚地獄だ。
元ネタの大叫喚地獄が叫喚地獄の十倍すごいトコなので、こうなったらしい。
プールとプライベービーチでは、規模の差が十倍で収まらないが。
その辺りは色々とフワッと、なのだろう。
ヒナタも、その辺りはあまり深く考えないことにしている。
「お姉ちゃん、そろそろ遊び疲れたよ~」
「おうおう、そうじゃのう。叫喚地獄とここで、しっかり遊んだからのう!」
カリンがパンと手を打ち鳴らすと、いきなり目の前にドアが現れる。
ドアには大きく『シャワー室』と書かれている。
「ちゃんと砂を洗い流すんじゃぞ~?」
「わかってるってば~」
ヒナタがドアを開けようとすると、海の方からキュイキュイという鳴き声。
振り向くと、そこには何と数頭のイルカが顔を出していた。
「あ、ばいば~い! またね~!」
笑って手を振るヒナタに、イルカ達は鳴き声で応じて海面から跳び上がる。
それを見て、ヒナタははしゃいで拍手を贈る。
もちろん、これらのイルカは本物ではない。
カリンの異面体による演出の幻影を纏った『絶界』の軟質ゴーレムだ。
だがその見た目や手触りは、本物と何ら遜色はない。
「う~、名残惜しいなぁ~」
「そう言ってもらえると用意した側としても嬉しいものよのう」
ヒナタの素直な反応に、カリンもホクホク顔である。
その後、二人はシャワー室でしっかりと砂と塩分を落とし、普段着に着替えた。
「お姉ちゃんの和服って、着るの大変そう~」
「普通にやったら大変じゃよ。ほらでも、ワシって『出戻り』じゃし?」
「ま、そーだよねー」
髪も乾かし、綺麗さっぱり。シャワー直後は気分がいい。
更衣室の先にあるドアをくぐると、またそこには暗い通路が続いている。
いつの間にか、カリンの手にはもはや見慣れた感のある提灯。
「さ、往こうぞ、ヒナタよ」
「お姉ちゃん、まだあきらめないんだ?」
「ぐむ……」
直球で指摘を受けて、カリンが身を揺する。
その反応を見るに、彼女の方もそろそろこの演出に限界を感じているようだ。
「そ、そろそろマンネリ、かのう……?」
「マンネリかどうかはわからないけど、少し飽きちゃった~」
「はい、マンネリ! マンネリ確定ッ! マンネリめぇ~! 許さんぞぉ~!」
暗い通路に怒声を響かせ、カリンが提灯をどっかに放り投げた。
「ええ、そこまでキレちゃうのぉ~?」
ヒナタもここまでの反応を見せるとは思っていなかったので、ビックリだ。
「よいかヒナタよ。エンタメ業界ではパクリバレとマンネリは害悪なのじゃ!」
「パクリはバレなきゃOKって聞こえるんだけど……?」
「サンプリングです。オマージュです。パロディです。ノットパクリ」
かつて見たことがないほど、カリンが真顔である。
「あ、はい」
ヒナタも、そう返す以外になかった。
「とはいえあまりこだわりすぎてもいかんのも事実。仕方がない」
カリンがパンと手を打ち鳴らす。
その場の景色がパッと変わり、そこは紅葉の並木道。
「わぁ……」
時刻はもうすぐ夕暮れ、黄色く色づいた紅葉の葉が冷たい秋の風に揺れている。
ベンチが等間隔で置かれている道には、落ちた紅葉の葉が積もっている。
「綺麗だね~。私、こういうのも好き~」
「詫びじゃ。少しここを歩こうではないか」
「うん!」
誰もいない秋の並木道を、幼い姉妹二人が手を繋いで歩いていく。
「聞こえるか、ヒナタよ。緩やかに吹く風に葉が揺れる音が」
「うん、聞こえるよ、お姉ちゃん」
「この場はワシが用意した人造の空間じゃ。この風も、この木も、葉も、全て」
「うん」
「しかしな。そこに聞こえる音だけは違うぞ。これだけは、本物の音じゃ」
「うん」
「ほとんどがまがいものかもしれぬ。されども、その中からこうして本物を創ることもできる。自惚れかもしれんが、いい音ではないか?」
「うん。サワサワッてしてるね。耳が気持ちいい。好きな音だよ」
「ありがとうよ」
ヒナタは、風流や風情がわかる歳ではない。
異世界でも、あまりそういったものを気にしたことはなかったように思う。
だが、今、カリンが言おうとしていることは何となくわかる。
この秋空の下で歩く紅葉の並木道に、ヒナタはとても心地よいものを感じている。
「でも、さっきまで夏だったのに、いきなり秋になっちゃった」
「そうじゃのう。ま、体に影響は出ないようにはしておるからの。問題はないわい」
「は~い」
夏が秋になったところで、寒暖差にやられるヒナタではない。
何せ、彼女自身が春夏の権化みたいな存在である。
しかし姉の気遣いが嬉しいのも確か。ヒナタは素直に返事をしておく。
「ところで~、次の地獄はどんな場所~?」
並木道の先に、ポツンと立っているドアが見える。
これまでと同じパターンなら、その向こうには次の地獄があるのだろう。
「次の地獄は『焦熱地獄』じゃよ。黒縄地獄よりさらに激しい炎によって罪人は焼かれ続けるという、恐るべき地獄じゃ。ファ、ファ、ファ」
カリンも調子が戻ってきたらしく、黒幕笑いを再び見せ始める。
「ほほぉ~、しょーねつじごくですかー」
「その言い方、さてはおんし、全然怖がっておらんな?」
カリンは憮然とするが、ヒナタは小首をかしげて言い返す。
「これまで、怖がるような要素、一つでもあったっけ?」
「あ~! 言っちゃうか、おんし、それを言っちゃうか!? あ~、許せ~ん!」
「どこに地雷があるかわかんないよ……」
これまでを振り返っても、怖がるポイントというものは一つも思いつかない。
だが、カリンにはそんなヒナタの反応が不服なようだ。
「どの地獄の前でも、怖がるよう演出しとったじゃろ~! がんばったじゃろ~!」
「うん、がんばってるな~、とは思ってた。怖くなかったけど」
「んぎゅ~~~~!」
カリンが変な声で鳴いた。ヒナタは、それをちょっとだけ可愛らしく感じる。
そして、頬を膨らます姉を見て楽しんでいるうち、扉の前に到着する。
「はいはい、着いたぞ! 次の地獄じゃよ~!」
「そんなつっけんどんにならなくてもいいでしょ~! もぉ~!」
「フンだ! フンだ!」
唇をツーンと尖らせるカリンが、ドアノブに手をかける。
並木道は、やはりというか空気が冷たい。ヒナタの体もある程度冷めている。
カリンがドアを開けると、向こう側からファ、と、空気が流れ込んでくる。
それが、何とも温かい。
空気に肌を撫でられて、ヒナタは『あれ』と感じる。
「さっさと入るがよい。これが八大地獄の六番目――」
「わぁ……!」
部屋に入ったヒナタはそこにあるものに瞳を輝かせる。
「ポカポカ焦熱地獄じゃ~~~~!」
「おこた~!」
そこにあったのは、こたつだった。
テーブルにはミカンが積まれた木の菓子盆が乗っており、こたつ布団には猫。
「わぁ、にゃんこ~!」
「おこたといえばみかん! そして、猫! これぞ冬の完全装備よ!」
部屋は、どこかの家のリビングのようだった。
その一角には大画面テレビがあり、そして最新のゲーム機が置かれている。
「わぁ、このゲーム! お兄ちゃんと買おうかって相談してたやつだ~!」
「ヒナタよ、それだけではないぞ。窓から外を見てみぃ」
「お外~?」
猫を撫でていたヒナタが、カリンの言葉に従って窓から外を見てみる。
すると、そこに見えるのは雪で白く化粧された夜の風景。
窓に近づくと、冴えた雪の冷たさがしっかりと伝わってくる。
「わぁ、わぁ~!」
「部屋の外に出ることはできんがの。ま、これも演出の一環じゃよ」
ヒナタは、猫を抱き上げて、しばし窓から雪景色に見入る。
動かなくなった妹に、カリンが横から声をかけた。
「そんなに気に入ったかえ?」
「ん~、ちょっとね。少しだけ、シキ君のこと、思い出してた」
「シキ君……? ああ、シキトのことかえ。おんしの夫で、最初で最後の客の」
「そうそう。あの人と出会ったのって、こういう雪の日だったんだよ~」
「ほほぉ、そうじゃったのかえ。初耳じゃわい」
「私のデビュー日だったんだ。でも、あの人と意気投合しちゃった~」
「そうであったのう。何とも懐かしい話じゃね~。なぁ『幻の大娼婦』ヒナタよ」
「やめてよ~、お姉ちゃん。結局、デビュー即引退になっちゃったんだから~」
ヒナタは、雪景色に異世界での過去を思い出す。
娼婦としてデビューしたその日に、のちに夫となる男と出会って、引退を選んだ。
アキラには驚かれたし、ミフユからはものすごく笑われて、祝福された。
ヒナタが娼婦という生き方を選んだことについては、何も言われなかったのに。
「シキトはいい男じゃったからね。惚れてもしゃあないわ」
「やめてってばぁ~!」
「言い出したのはおんしじゃからね~? ほれほれ、体が冷えるぞ。こっち来い」
「は~い」
カリンと共に、ヒナタはこたつに入る。
猫も再び丸まって、姉妹二人は疑似的ながら真冬の幸福を噛みしめる。
「少しあったまったら、ゲームでもするかのう」
「あ、じゃあアレやりたい~! マジオ~!」
「うぇ、ワシ、アクション苦手なんじゃけど……。別のにしない?」
「イヤでぇ~す。マジオ一択でぇ~す。異論は私に勝ったら受け付けま~す!」
「この四歳児、勝手に自分ルールを主張し始めたんじゃけど!?」
互いにこたつに入りながら、二人がワイワイ話している。
部屋の中はポカポカで、ちょっとしばらく、この場から離れられそうもなかった。
なお、ゲームの結果については、案の定であった。
シカエシスゴロク八大地獄コース第六弾、ポカポカ焦熱地獄――、敗れたり!




