第361話 この切っ先に、一擲を成して乾坤を賭せん!
武道じゃないじゃん。
「これが、第一試合の、競技……!?」
シンラが何やら真顔でショックを受けているが、いや、競技でもないじゃん。
「う~ん……」
ほら、エンジュは完全に困ってるよ。困り果ててるよ。
二人がいるのは舞台の上。
シンラとエンジュを隔てるようにして、中央にデカデカと鎮座するものがある。
――樽。
デカイ、樽。シンラよりデカイ、木の樽である。
かなり古いのは、そこかしこに穴が開いているのだが、その上、
『ヘッヘッヘ、早くしてくんなせぇ、旦那ァ、嬢ちゃんでもいいぜぇ~?』
と、低いだみ声でシンラ達を呼んでるおっさんがいる。
エロい顔つきをした、頬とあごとを伸ばしたひげで埋めているおっさんだ。
名前はそのまんま『エロひげ』という。
エロひげは、樽の上から顔だけを出している。
体は樽の中にすっぽり収まっている。
そして樽の周りには、天井から降ってきた多数のサーベルが突き立っている。
もう、おわかりだろう。
これこそ、シカエシイチ武道会第一試合の勝負テーマ『エロひげ危機一髪!』だ。
樽の穴にサーベルを刺していって、ハズレが引いたらエロひげ発射。
ハズレを引いたら負けというわかりやすいルールのおもちゃなんだけど――、
「これも、カリンの『婆娑羅堂』なのかねぇ……」
俺は半分感心しながら頬を掻く。
この『エロひげ危機一髪!』、本物はただのおもちゃで、喋りもしねぇっての。
それが――、
『ゲヘ、ゲヘヘヘ、早く、早くしてくだせぇよ、旦那、お嬢ちゃん。その鋭く太ェモノでこの穴にブスッといってくだせぇや。ブスッと、一思いに! 心を込めて!』
これはひどい。
きたねぇひげヅラのおっさんが、頬を赤らめて恍惚とした面持ちでのたまっとる。
エンジュは当然のことながら、シンラですら若干引いてらっしゃるじゃねぇか。
「……変態性がスタンダードすぎるわ。もうちょっと偏りがほしいわね」
「そういう演技指導、マジでいらないから」
あごに手を当てて評論するミフユちゃん様大先生に、俺は低くツッコんだ。
「それでは、第一試合、開始です」
カァ――――ンッ、と、無情にも鳴り響く試合開始のゴング。え、どこから?
ひとまず、シンラとエンジュは樽から目を離して、互いに相手を見据える。
「いいですか、太祖様――、じゃなかった、シンラ伯父さん」
「うむ、次代の聖騎士長であったおまえにそう呼ばれると、何とも面映ゆいものだ」
「あっちではあんまり接する機会はなかったですしね」
「だがこちらではただ高校生とサラリーマンだ。気兼ねする必要などないぞ」
「そうですよね。では、改めて伯父さんと呼ばせてもらいます」
そこに繰り広げられるのは、近くて遠かったかつての主従の会話。
で、同時に、遠くはなかったが接する機会がなかった親戚の会話でもあった。
「ところでどうだ、エンジュよ。両親より年上になった感想は?」
「それは、少し複雑ですけど……」
おや、エンジュが何でかこっちを見ておるぞ。シンラもつられておるぞ。
「おじいちゃんとおばあちゃんが《《ああ》》ですから、気にしても仕方ないかなって」
「…………そうだな」
「ンだコラァ! 言いたいことがあるなら言えよ! 何だよ!」
どうして二人してちょっと消沈した空気見せてんですか? ねぇ!?
俺がもう一言二言抗議しようかと思ったら、先にエロひげの声が高らかに響いた。
『ヘイヘイヘイヘ~イ! まだかい、旦那、お嬢ちゃん! こっちはとっくに準備できてるんだぜ! 見ろよ、俺ちゃんの『(樽の)穴』を! 期待感で熱く熱く濡れそぼっちゃってるんだぜェ~? だから早く、その鋭く太く長いヤツを俺の(樽の)穴に! ザクザクブスブスグサグサ、突き入れてくれよぉ~! ヒョ~~~~!』
キモいほどのテンションブチ上がりっぷりである。
「……さっきよりマシね。50点台はあげてもいいわよ」
「だからおまえは冷静に評価するのやめぇや」
俺は、隣で腕組みしているミフユに軽く裏手ツッコミをする。
「…………」
「…………」
おっさんがヌチャヌチャわめいてるその前で、シンラとエンジュが睨み合う。
「エンジュ、レディファーストだ。おまえからゆくがよい」
「いえ、ここは年長者への敬意を表して、伯父さんからどうぞ」
「いや、おまえからゆくがよい。余は見届けてやろうぞ」
「いえいえ、私なんてあとでいいですから。伯父さんから行くべきですよ」
「フ、余を礼儀知らずにしてくれるな、エンジュよ。おまえが先にゆくのだ」
「大丈夫です、私が譲ったってことはみんなが見てますから。伯父さんからどうぞ」
「断る。おまえからゆくのだ、エンジュよ」
「お断りします。シンラ伯父さんから、どうぞ」
「…………」
「…………」
互いに譲ることを一歩も譲らず、再び無言で睨み合う。
二人の姿に、俺は『絶対にサーベル刺したくない』という鋼の意志を感じとった。
――こうなれば俺が動くほかあるまい。
「シンラ! エンジュ!」
「父上?」
「おじいちゃん?」
俺が大声で呼びかけると、二人がそれに気づいてこっちを向く。そこに、叫んだ。
「最初は、グー!」
「「ッ!?」」
叫んだ内容に、二人の顔つきが一気に引き締まる。俺は続けた。
「じゃんけん!」
「「――ポンッッ!」」
重なる二人の声、動き。そして勢いよく突き出された互いの右手。
シンラがチョキで、エンジュが、グー!
「私、後攻で!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
響き渡ったエンジュの宣言に、シンラが自分の出したチョキを震わせて、嘆いた。
まぁ、しょうがないよ、これは。公平で公正な決め方だよ。
仮にエンジュが魔剣士の能力を駆使してたとしても、結果は出てしまった。
ならば、そこにイチャモンをつけるようなシンラではないだろう。
「ぐ、し、仕方があるまい!」
『おお、旦那からですか~い? イイですぜぇ! さぁ、早く! 早く早く早く! その硬くて長いので、俺の『(樽の)穴』をブチ貫いてくだせぇ~!』
「…………」
キャンキャン声で猛るエロひげに、シンラの顔から表情が消える。
あの顔は、無。迫る己の窮地を前に、シンラが己の心を完全な無にしたのだ。
「…………」
シンラはサーベルの一本を引き抜いて、近くにある穴に狙いを定める。
『早くぅ~! 早く刺してェ! 挿入してェ~! ブスブスしてェ~~~~!』
うるせぇなぁ、このおっさん。
「…………」
しかしシンラは動じた様子もなく、両手に握ったサーベルを顔の横に持ってくる。
そして水平に構えて、切っ先は真っすぐ樽の穴の直線上。
シンラが、今、樽に向かって床を蹴った。その顔に、憤怒の表情が刻まれて、
「死ねェェェェェェェェェェェェェェェ――――いッ!」
絶叫。
そしてサーベルを突く。切っ先は、引っかかることなく穴を貫いて、
『ぁ、ッふぅぅぅぅぅ~~~~、んッ、んんッ、くはぁ~……、ぁン! ッ!』
大魔王城二階全域に余すことなく轟き渡る、おっさんの喘ぎ声。
俺は、初めて知った。
おっさんの口から発せられる艶のある喘ぎ声は、ただの精神攻撃でしかないと。
「殺してぇ……」
とは、おっさんへの殺意を瞳に滾らせるケントの弁である。
もちろん、それはできない。だからこそ、殺意とヘイトが溜まりまくる。きっつ。
『ヘ、ヘヘ……、よかったぜぇ、旦那ァ……、だが残念、それじゃトベねぇな』
「声が半分満足げなのやめろや」
ついつい、俺はそれを指摘してしまう。
シンラは舌打ちだけを残してその場から下がっていった。
おっさんが生きてるのが心底残念そうだ。わかる、わかるよシンラ、その気持ち。
「次は私ですね」
代わって、エンジュが前に出る。
膝下に届く長い三つ編みに、銀縁の眼鏡。でも格好は魔法剣士っぽい感じ。
そんな俺の孫娘は、サーベルを抜かずに何やら樽へ近づいていく。
『お、どうした、お嬢ちゃん。俺とトークしたいのかい?』
おっさんがねっとりとした目を向けてくるが、エンジュはそれを綺麗にスルー。
「あのひげ! エンジュを汚い目で見て! 八つ裂きの八つ裂きの八つ裂き――」
「やめとけ」
むしろ母親の方がヒートアップして父親に止められておりまして。笑うわ。
ラララの娘へのラブっぷりがすごい。
「……ふむ」
エンジュは周囲の一切を無視し、指でコンコンと樽の表面を軽く叩く。
さらに一か所だけでなく、次はもう少し場所をずらして、またコンコンと叩く。
『……何してんだい、お嬢ちゃん?』
これには、エロひげも不思議そうに尋ねてしまう。
が、エンジュはそれも完全に無視。そこから数分に渡って、樽全体を叩き続ける。
何となく、誰も声をかけられないでいる中、エンジュはうなずいた。
「うん、よし、わかったわ」
一体何がわかったというのか。
それを明かさぬまま、エンジュは次にリリス義母さんに何かを確認し始める。
「だから――、それで――」
「ん~、そうですね。それについては……」
義母さんが、チラリとシンラの方を見る。
もうその時点で、ロクなことにならなそうな予感しかしない。
「イベントが盛り上がるので『全くの同時ならOK』としましょう」
「は~い、ありがとう!」
自分のひ孫に礼を言われて、リリス義母さんも嬉しそうだ。
「何だ、何をしようというのだ……!?」
顔に警戒感をバリバリに浮かべるシンラだが、もはや末路は決まった気がする。
「それじゃあ、やろうかな!」
エンジュが右手を高く掲げる。
すると、地面に刺さっていた多数のサーベルが、全て宙に浮いた。
俺は悟った。
そうか、エンジュがリリス義母さんに確認したのはこれか。
一回の手番で、複数のサーベルを刺していいかどうか、確かめたのか。
「待て、エンジュよ! もしや、ハズレ以外の全ての穴にサーベルを刺す気か!?」
『全ての穴に! 一気に! サーベルを!?』
うるせぇ、黙ってろエロひげ!
「いえいえ、違いますよ」
「何、違う……?」
「はい、全部の穴にサーベル刺しちゃいます」
「え」
笑うエンジュ。固まるシンラ。
「いや、だが、ハズレ穴にサーベルを刺せば、おまえの負け……」
「『勝ったら負け』ですよね、この武道会』
「あ」
ますます笑うエンジュ。ますます固まるシンラ。
そっかー、さっきのコンコンは、ハズレ穴の位置を調べてたのかー。
「あ、あんな、軽く樽を叩いただけで見極めたというのか……?」
「私、『敏感肌』と『超嗅覚』を持ってるので、時間をかければそのくらいは」
うわぁ、そんなこともできるのかよ。すげーな『剣聖』。
「何故、わざわざ全ての穴を……?」
「別にハズレ穴だけでもいいんですけど、ここは派手にやっちゃおうかなって」
朗らかに応えるエンジュに、シンラはもう、完全に絶句しておられる。
「じゃ、いくよ」
浮いたサーベルがキュンキュンと空中を奔り、全ての穴の直前に配置される。
「あの数のサーベルをちゃんと同時に操れてるのはさすがだよね、タイジュ」
「そうだな。刻空剣に比べれば全然簡単だろうが、あの数はなかなかのものだ」
娘が見せるスゴ技に両親もご満悦の様子。
『ま、待って待って! お嬢ちゃん、こんないっぱいいきなり挿入されたら、俺ヤバイって! ヤバイヤバイ! 耐えきれないよ、こ、壊れちゃう~! 顔中の穴という穴から汁が出ちゃうってばぁ~! やめてくれよぉ~~~~!』
エロひげが半泣きで訴えるのだが、エンジュは明るく笑って一言返す。
「そっか、壊れちまえ」
案外エンジュは口が悪い。
そして、空中に留まっていた多数のサーベルが、一息に樽の穴に突っ込まれた。
『ァ……』
絶叫するかと思われたエロひげは、一声だけ発してビクンと身震い。そして、
『あはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~んッ!』
樽から飛んだ。
「はい、これで私の負け。シンラ伯父さんの勝ちで~す」
こうして、エロひげ危機一髪はシンラの勝利に終わった。
つまり、シンラの敗北である。
「……フ」
しばしの沈黙ののち、笑ったシンラのその顔には、綺麗な諦念が浮かんでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シンラの右手に『飲む全快全癒』。
「…………」
青。圧倒的青。絵の具の青より、空の青より、マリンブルーより、さらに青。
それが今の、シンラの顔色。
「はいッ、はいッ、はいッ、はいッ!」
「はいッ、はいッ、はいッ、はいッ!」
そしてその傍らでリズミカルに手を叩き、俺とミフユがシンラに促す。
「シンラ君の、ちょっとイイトコ見てみたい!」
「そ~れ、一気、一気、一気、一気!」
「おのれ……、この親共……ッ」
近くで手を叩いていると、シンラが奥歯をギリと鳴らすのが聞こえた。
ああ、イイねぇ、イイよその顔、その表情。最高。苦しめ。さぁ、飲むのです!
「「あ、そ~れ! 一気、一気、一気、一気! 一気、一気、一気、一気!」」
パンパンと手を打ち鳴らし、俺とミフユがシンラの周りをグルグル回る。
シンラは顔を真っ赤にしながら、ついには怒声を轟かせた。
「バーンズ家長男の姿、しかとその目に焼き付けよッ!」
そしてぇ、シンラが、紙コップの中身をォ! グイ~~っと、一気飲みだァ!
「――――ッ」
そのあとのシンラの有様は、語るまでもないよね。
ただ一言『憤死』、とだけ……。




