第360話 俺は一人じゃない。俺達は一つだ!
リリス義母さんが、何やら紙コップを持っておられる。
「敗者には、こちらを飲んでいただくことになります」
その言葉に、場は騒然となった。
「ま、まさかそれは……!」
「もしかして、こういったイベントでお決まりの……!」
「「「罰ゲームッ!」」」
悲鳴じみた声を出す参加者の面々に、リリス義母さんは涼しげな微笑みを返す。
「こちら、私とヒメノちゃんとマリク君で共同開発した『飲む全快全癒』です」
飲む全快全癒と来たか……。
そのネーミングからして、もうイヤな予感しかしない。
見てみなよ、場にいるリリス義母さんとマリクとヒメノ以外の全員の顔色。
俺含めて、みんなひっでーことになってんよー?
「あの! リリスおばあ様!」
全く余裕を欠いた様子で、シイナがシュピッと挙手をする。
「何でしょうか、シイナちゃん」
「その『飲む全快全癒』なんですけど、味の方はどんな感じなんでしょうか?」
直球。ド直球。時速160kmド真ん中ストレートなシイナの質問。
他の参加者五名が、険しい表情でリリス義母さんの返答を待つ。待つのだが――、
「…………」
このリリス義母さん、柔らかく微笑んでるだけで何も答えなァ――――いッ!
「あの、おばあ様……?」
「シイナちゃん」
「はい?」
「何でも人から聞こうとしたらダメですよ。まずは自分で調べてからになさい」
「……はい」
うわー、シイナが『自分で確かめろ宣言』されてしまったー。
「うううう、今のうちに覚悟を決めておきます……」
リリス義母さんの圧に屈し、シイナはそれ以上抗うことなくすごすご引き下がる。
場に漂う空気が目に見えて重くなっている。
まぁ、あんな見えてる地雷、誰も飲みたくなんぞ――、
「……あ」
俺は思いついて、シイナに次いで挙手をする。
「リリス義母さん、一つアイディアがあります」
「何ですか、アキラさん」
満面の笑みを浮かべ、俺は義母さんに提案する。
「デモンストレーションとして、俺がそれを飲みます。実際どんな感じか、目の前で見せた方が、大魔王様に期待を、参加者一同に不安を与えられるでしょ?」
「ちょっと、父様? 父様!?」
「父上、こっちには美沙子さんもいるのに、その提案は……!」
何気にお袋を人質に取ってるシンラが外道である。笑うわ。
だが、飲む全快全癒とまでいうのならば体に悪影響はないだろう。よって大丈夫!
「いい考えではありますが、アキラさんはそれでよろしいんですの?」
俺は、聞き返してくるリリス義母さん越しにマガツラを見て、快くうなずいた。
「ええ、俺もリポーターとして、このイベントを盛り上げたいですから!」
『待て待て待て待て! 本体、待てコラァ~~~~!』
おっと、何やらマガツラ君がいきなり喚き出したぞ~?
俺は純粋に、イベントを盛り上げようと考えて提案しているだけなんだがな~。
『何だ、おまえ! 俺に仕返しか? さっきの件で俺に仕返しか、コラァ!?』
「え~? 何の話ィ~? 自分が自分に仕返しとか、意味わかんね~んですけど~」
慌てふためくマガツラに、俺はヘラヘラ笑って肩をすくめる。
だが俺の考えていることはヤツにも伝わっているはず。そうさ、これは仕返しさ!
「それではアキラさん、どうぞ」
「ウッス、リリス義母さん、ありがとうございま~す!」
マガツラの慌てっぷりなどどこ吹く風、俺は義母さんから紙コップ受け取る。
イベントマスコットを任ぜられているマガツラには、俺の行動を掣肘できまい。
って、うぅ~わ、すごい。
紙コップから漂う臭気、いや違う、もうこれ瘴気だよ! 瘴気が溢れてるよ!
不味いぞ。これは不味い。不味いに違いない。いや、不味いじゃ済まないぞ。
だがこれでいい。これがいい。これこそまさに理想の仕返しアイテムだ!
「あんたってさ、本当にさぁ……」
ミフユが片手で額を押さえて俺に呆れる。
しかし俺がこいつに仕返しなどするワケないので、自然、ターゲットは絞られる。
そうさ、俺のクセに俺を煽りやがった、マガツラとかいうダボにな!
「なぁ、マガツラ。俺さ、思ったんだ」
『ンだよ、本体……!』
「さっきの件で俺がおまえを恨んだとして、それがただの逆恨みだとしたら……」
俺はゆっくりと『飲む全快全癒』のふちを口元に近づける。
『やめろ、本体! おまえ、それを飲んだらどうなるか――』
「え~? これを飲んだら~? そりゃもちろん、健康になるんだろ~?」
マガツラと俺は繋がっている。
だからマガツラは俺の思考を読み取ることができるワケで、つまり――、
「俺の健康はおまえの健康だぜ、マガツラァ~ッ!」
『やめろォ――――ッ!?』
あ、ゴックン。
「うわ、一口で全部いった……」
という、ミフユの耳に届いて、だが反応はできず、俺の手から紙コップが落ちる。
「――――ヒュウ」
一度だけ、息を吸い込む音を大きく立てた、その直後、
「グエエエエエエエエエエエエエエエエエェェェェェェェェェェェェ~~~~ッ!」
『ポギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ――――ッ!』
あまりの不味さに俺は床をのたうち回り、マガツラはNULLから転がり落ちた。
「ウッ、グェッ、ゲ、ゲブッ、グブォ……! ゴェェェェェェェ~~~~!」
不味い。
不味い。
何て不味さだ。
苦みとえぐみと渋みと辛みと悪い意味での甘みと、何これ。何 こ れ ッ。
一口に味の例えようがない、複雑怪奇極まる醜悪な味わい。
俺は両手をのどに当てて舌を突き出し、両足をバタつかせて激しくえずく。
舌先がピリピリするような、舌の表面がジンジンするような。
しかものどの奥まで広がり染み渡る薬品臭さが、不味さに拍車をかけている。
口の中全域からのどの奥辺りにかけて、毒の沼地と化したかのような感覚。
だというのに、スゲェよ。
それ以外の全身に活力が満ちていくのが実感としてわかる。
だが、力がみなぎるってことはどういうことかわかるか?
そうだ、元気になるってことだ。
そして元気になるってことは、全身の感覚が冴え渡るってことでもある。
視覚も、聴覚も、そして味覚もな!
グェェェェェ~~! 体が健康になることで不味さがさらに際立つぅ~~~~ッ!
すごいよこれ、飲む拷問だよ!
しかも体は元気になるから、魔法の全快全癒でこの不味さも消せないよ!
良薬口に苦し。つまり究極の良薬だから究極に口に苦いってことだね、クソが!
完璧だ、完璧すぎる仕返しアイテムだ! 非の打ちどころがないぞ!
『お、おまッ、ほんた、本体、おっま、ウグゲェェェェェェェ――――ッ!』
フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!
随分と苦しんじゃってますねぇ、マガツラさんよォ! ざまぁ見グゲェ~~~~!
「と、このように、多少味は苦いかもしれませんが、飲むと元気になれますよ」
リリス義母さんが涼しい顔をして新たに持った紙コップを示す。
それを見て、参加者どころかラララ達まで顔真っ青だよ。見てて面白い。笑うわ。
ちなみに、元気になるのはマジのマジ。
さすがはマリクとヒメノとリリス義母さんの共同開発した品。効き目は抜群だ。
まぁ、だからこそ地獄を見る羽目になるんですけどね!
「はぁ、はぁ……」
不味さもだいぶ落ち着いて、俺は床の上に大の字になる。
体中が変な汗にまみれているけど、これも体が健康になったからなんだろうな。
あ、でも後味だけやけに爽やか。ミントのアイスを食べたあと、みたいな。
何だそれ、そんなところだけ美味しい感じなのやめろよ!?
「ちょっと~、大丈夫~?」
寝転がってる俺の頬を、膝を曲げて屈んだミフユが指でツンツンしてくる。
なお、近くでは同じく転がってるマガツラをNULLが触手でツンツンしてる。
「フ、フフフ、俺は俺の仇をとったぜ、ミフユ……」
「あんたがあんたに仕返ししてあんたの仇をとるって、徹頭徹尾自作自演じゃない」
そうともいうね。
今、俺の胸に去来しているものは達成感とむなしさだからね。
だが構わん。何故なら俺はアキラ・バーンズ。
やられたらやり返しすぎるのが俺の流儀。それは自分が相手でも変わらんのだ!
……でもね、心底、むなしいの。
だけど、変わらん。……変わらんのだ! 俺は変わらんのだ!
さて、仕返しを終えたところで、俺はゆっくり起き上がり、軽く頭を振る。
「クソッ、本気で調子がよくなってる。マジで体にいいな、これ……」
「と、アキラさんも言ってますので、負けても全く安心ですね。体にいいですから」
「体にいいを免罪符にしないでください、おばあ様」
テンションが一周したか、シイナのツッコミがやたら平坦だった。
「それでは、シカエシイチ武道会、第一試合を決めましょうか」
リリス義母さんがそう宣言すると、空中に二つのルーレットが現れる。
片方には、参加者六名、お袋、タマキ、シンラ、スダレ、シイナ、タクマ。
もう片方は、義母さん、ケント、マリク、ヒメノ、ラララ、タイジュ、エンジュ。
「これで対戦の組み合わせを決める――、いや、待てよ」
ルーレットを見上げたケントが言いかけて、何かに気づく。
「あの、リリスさん。これ、もしも俺達の方が負けたら……?」
「え、それはもちろん――」
リリス義母さんはニッコリ笑って、その手の紙コップを持ち上げて示した。
「…………」
「…………」
「…………」
ケント、ラララ、エンジュの三人が、次々その顔を絶望に染め上げてうなだれる。
タイジュだけは無表情のまま、己の死を静かに受け入れたようだ。しかし、
「ウフフフ、ご安心くださいね。参加者の六名以外が負けた場合は、私とのじゃんけん対決に勝てば、こちらの粉末を入手できますよ。そう、これを、このように――」
義母さんが、皆に示すように片手に出した包みの中の粉末を紙コップに入れる。
「はい、ミフユちゃん、飲んでごらんなさい」
「うぇえ!? わ、わたし……?」
いきなり指名されてミフユは仰天するが、紙コップは素直に受け取る。
さすがに、俺の有様を目の当たりにしただけあって、その顔は不安でいっぱいだ。
ミフユはチラリとリリス義母さんを見上げる。
だが、義母さんは微笑みはそのままにミフユに向かってうなずく。
「ん~~~~、んッ!」
小さく唸って決意を固め、ミフユは紙コップの中身を一口ゴクリ。
これは、どうなる。どうなった……?
「ん、んんん~~! お、おいしい~~~~!」
おおおおおおおおおおおおおおおおおおお、マジかァ~~~~!
「でしょう? この粉末を入れると、ミルクココアの味になるんですよ」
「すごい甘くておいしい~! それに体が元気になるのがわかるっていうか~!」
ミフユの反応は本物だ。顔色が一気によくなっている。
おそらく、今の俺と同様に。
「私がミフユちゃんに嘘をつくはずがないでしょう。ね?」
「うん、リリスママ!」
元気よくうなずくミフユを見て、ケント達の顔にも希望の光が差し込んだ。
一方で、空気が地獄なのが参加者六名である。特にシイナ辺り、目が死んでいる。
「まぁ、これも仕返しですので。それでは、ルーレットを回しましょうか」
リリス義母さんがパチンと指を鳴らす。
同時、空中に横並びになっている二つのルーレットが勢いよく回り始める。
緊張感に空気が冷たくなる中、ルーレットはその速度を弱め、やがて止まる。
そして、シカエシイチ武道会第一試合出場者に指名されたのは――、
「第一試合は、シンラ君対エンジュちゃんの対決ですね」
「余、か……」
勝利以外に生き残る道がないシンラは、静かに天を仰いだのだった。
次回、シンラ、墜つ! シカエシ、スタンバイ!




