第359.5話 大魔王のお茶の間/バーンズ家について
――大魔王城最上階、玉座の間。という名の六畳一間。
「しかし、何というか……」
六畳一間にて、テレビの向こうで爆死する家族を眺めながら、キリオが口を開く。
「どうかなさいましたか、あなた様」
「うむ、このテレビでありますが」
「はい」
「普通に見てて面白れぇ番組でありますな……」
「そう、ですね……」
ブラウン管テレビにさっきまで映し出されていたシカエシスゴロク。
今は、その振り返り総集編が流されているが、ただ映されてるだけではなかった。
「ちゃんと編集されて、セリフのテロップにエフェクト音もついているとは」
「要所要所でちゃんと笑い声が入ってるのもポイント高いですね」
「もはやただのバラエティ番組でありますな、これ……」
チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ンッ!
と、またしても画面の向こうで爆発が起きる。
今回吹き飛んだのはシンラである。
『シンラさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ん!?』
と、悲鳴を上げる美沙子の顔がしっかりアップで映される。
もちろん、画面下にセリフのテロップ付きだ。
「う~む、基本を押さえているでありますな……」
「これって、スタッフがいるわけじゃないんですよね?」
「そういったものはいないはずであります。全て、カリンの異面体でありますな」
そう、これらの編集は、何もかもカリンの異面体『婆娑羅堂』によるもの。
その『全景演出』の効果が発揮されるのは、何も現場ばかりではない。
映像をお届けされる側にも、キチンと演出は働いているのだ。
それが編集であったり、テロップであったり、様々なエフェクトであったりする。
「何というか、今まで見たことがないタイプのすごさを持つ異面体ですね」
「ここまでできるとはそれがしも知らんかったであります。クオリティ高ェ……」
二人は知らぬことではあるが、このバサラドウの恐ろしさはオートであることだ。
キリオ達が見ている映像の演出も、カリンが任意で行なっているワケではない。
何もかも、この大魔王城に働くバサラドウによって自動的に加工されている。
そういった能力も含め、バーンズ家では唯一無二といってもいいかもしれない。
「もうすぐ、第二のイベントが始まるみたいですね」
「次は『シカエシイチ武道会』でありますか。フフフ、楽しませてもらうとしよう」
「もはやただの一視聴者になっていませんか、あなた様……?」
玉座と書かれた紙が貼られた座椅子に背をもたせるキリオに、マリエが指摘する。
「そうかもしれんでありますな……」
言われてハッと気づき、キリオ当人もあごに手を当てて考える。
「いや、でもそれだけ面白い番組に仕上がってことだから……」
「それはそうなんですけどね」
半分言い訳じみた物言いのキリオだが、それはマリエも認めるところであった。
「――ところで、あなた様」
「ん、どうしたでありますか?」
「ふと、画面を見ていて思ったのですけど」
「うむ」
「私って、バーンズ家の皆さんのこと、あまり知らないんですよね……」
「ああ、そうでありますな。結婚した頃には、皆、好き好きに生きていたし」
ケントとは違った意味で他の家族と接する機会がなかったのがマリエだ。
テレビは、次のイベントの開始待ちでスゴロクのダイジェストを流している。
「では、端的にではあるが少し話すでありますか」
「よろしいのですか?」
「このままテレビを見ているだけというのも味気ないでありますしな」
「ありがとうございます、あなた様」
せっかくの水入らずの二人きり、マリエと話したいという欲もあったりする。
「あ、CM入った。こんなとこまでオートでやるのでありますか……」
妹の異面体の多彩さに軽く戦慄しつつ、キリオはバーンズ家について語り始める。
「父上殿と母上殿は、説明の必要はないでありますな」
「それは、はい。こっちではあなた様と再開する前からの知り合いですし」
「それもそれで奇縁でありますが」
キリオがアハハと笑う。
マリエとアキラ達の関係は、それこそケントが『出戻り』する以前からだ。
「じゃあ、タマキの姉貴殿とお師匠様についても、省いていいでありますか?」
「こっちでのタマキさんのことは、よく知っていますね」
「ああ、『喧嘩屋ガルシア』でありますな」
「一時期、とても振り回されました……」
「それについては姉貴殿を擁護することはできんでありますなぁ……」
喧嘩屋ガルシアの活動範囲は天月と宙色をまたがっていた。
そのため、応援要員としてマリエが駆り出されることもしばしばあったのだ。
「……そういえば」
「どうしたでありますか?」
マリエが、ポツリ、と呟く。
「――『黒鉄の風紀委員長』」
「よ~し、話を続けるでありますよ~! 次行くでありますよ、次!」
キリオは逃げた。まっすぐ逃げた。
マリエも、小さくクスッと笑うだけでそれ以上は何も追求することはなかった。
「お師匠様については――」
「ケントさんがきっかけで私は『出戻り』について知ったんです」
「サマーキャンプの一件でありますな」
それについてはキリオもいきさつを聞いている。
ケントが『真念』に目覚め、タマキと結ばれるきっかけとなった事件だ。
「ああ、何か殺意が蘇ってくるでありますなぁ……」
「殺意ですか!?」
「だって、それがあるまでお師匠様はタマキの姉貴殿とマリエの間で板挟みになっていたというではないか。……いや、それは殺意だろう。それがし的に」
「ああ、まぁ……。アハ、ハハ……」
マリエ、返す言葉もなく苦笑。そうする以外、彼女に何ができるというのか。
「お師匠様がおまえのことを一時期とはいえ好きだったという話を聞いたとき、確かに殺意を覚えたでありますからな。うん、それがし、思ったより嫉妬深いらしいな」
「それは、複雑なような、ちょっと嬉しいような……」
マリエは、ケントについては異性として意識はしていなかった。
だが、もしもタマキがいなくて、キリオがいなければ、二人はどうなっていたか。
それについては、マリエは途中で考えるのをやめた。
キリオの話はさらに続く。
「シンラの兄貴殿は、マリエも知っているでありますね」
「はい。異世界でも何度かお目にかかりましたね。覚えています」
「美沙子殿は、父上殿の母上とのことで、実はそれがしもよく知らんであります」
「それは私も同じですね。興味がありますね」
今度、美沙子をお茶にでも誘ってみようかと、マリエは考える。
ここまでは、比較的二人とも知っている面子に関する話。本題はここからだ。
「――そうか。マリエと結婚した時点で、マリクの兄貴殿の教団は解散してたか」
異世界でのことを思い出して、キリオがポンと手を打った。
「教団、ですか……?」
「うむ。マリクの兄貴殿は『大賢者にして大司祭』でありましたからな」
「神様とご結婚なされたんでしたっけ、マリクさん」
「ディ・ティ様でありますな。兄貴殿が健在の頃には、大陸でも随一の規模を持つ宗教団体であったでありますが、実質兄貴殿のワンマン経営でありましたからなー」
これは、マリエも知らない話である。
マリクは、彼女がキリオと出会う頃にはすでに鬼籍に入っていた。
「教団は、マリクさんが亡くなられたことで、自然消滅してしまったんですか?」
「いや、内ゲバだ。兄貴殿がなくなった途端、内部対立が表面化した」
「あ……」
大陸最大規模の宗教団体ともなれば、そういうことも起こり得る。
「決め手だったのは、ディ・ティ様が異世界からいなくなってしまったことだな。誰かが神器であるランタンを持ち去ったという説が有力だったが、何てことはない。マリクの兄貴殿の『出戻り』に一緒についていってただけでありましたな」
「そうみたいですね」
教主と崇めるべき神を一気に失ったことで、マリクの教団は滅びの一途を辿った。
それは、当然の帰結だ。宗教たる意味を失ったに等しいのだから。
「ちなみに、マリクさんはそれについては?」
「前にチラッと聞いたことはあるでありますが『死んだあとのことは知らない』と」
「あれ、もしかしてあまり自分の教団に思い入れが……?」
「ないでありますよ、あの人。どうやら教団自体、マリクの兄貴殿のフォロワーが勝手に作った非公式ファンクラブめいたものだったらしくて」
それ、崇拝対象はディ・ティではなくマリクだったのでは……?
思ったが、マリエは口に出さなかった。きっとみんなわかっていることだ。
「ヒメノの姉貴殿は、こっちの世界でいう『国境なき医師団』みたいなことをやっていたでありますなー。旦那さんと子供と、自分に賛同してくれるヒーラー達と」
「あ、それは知ってます『治し屋』さんですよね」
「そんなネーミングでありましたっけ……?」
ヒメノらしいネーミングだと、キリオは思った。
「ジュン殿の話によると、三百年後の異世界にもあるらしいでありますよ」
「何というか、マリクさんの教団とは対照的ですね……」
「そう言われると、そうでありますな~」
今まで気づかなかったが、言われてみると確かにそんな風にも思える。
「スダレの姉貴殿は、行方不明でありました」
「行方不明!?」
マリエがびっくりするが、事実だ。
異世界で、いつ頃からかスダレは姿を消した。シンラが建国した辺りの時期だ。
「こっちで聞いた話では、世界中を探検していたんだとか……」
「ジュンさんと似たような感じだったんですね」
「実は似た者夫婦でありますよ、あの二人」
ジュンが単身赴任を終えてから、二人はよく旅行をするようになっていた。
一人では何かと出不精なスダレも、夫と一緒だとアウトドア派になるらしい。
「シイナの姉貴殿は、異世界ではユウヤ・ブレナンという帝国御用達の商人の妻だったらしいであります。でも、あんまり会う機会はなかったか……」
「そうですね。ユウヤさんという方も、存じませんし」
「こっちでも色々あってタクマの兄貴殿と結ばれたらしいが、それはそれか」
シイナとユウヤの一件はキリオが一家に合流する直前の話だ。
一応、キリオもマリエも話は聞いているが関わっていないので踏み込む気もない。
「タクマの兄貴殿は、兄弟の中で唯一の離婚経験者なのでありますが、誰と結婚したのだったか、覚えていないのでありますよ……。どんな人だったか……」
「無理に思い出す必要はないと思いますよ」
マヤの存在はアキラによって亡却されたので、タクマですら覚えていない。
例外的にシイナだけは覚えているが、彼女がそれを語ることは生涯ないだろう。
「タクマの兄貴殿は、異世界では最終的に修理業者の元締めみたいなコトをやっていたでありますな。これもジュン殿に聞いた話だが、三百年後の異世界では大陸全土に支社を持つ『リペアラーギルド』なるものに成長しているのだとか」
「何だかすごい話ですね……」
「当人は街の何でも屋さんなのだから、世の中わからんでありますな」
なお、三百年後の異世界に最も大きな影響を与えたのはシイナである。
彼女の書いた愚痴日記が、こっちでの聖書みたいな扱いになってしまっている。
「で、それがしがいてー、次にラララでありますなー」
「ラララさんとは割とよくお会いしていましたね、異世界でも」
「異世界のラララとこっちでは全然イメージ違ったのではないか?」
「……はい、ものすごく」
マリエは正直に告白する。
「異世界でのラララさんは、とても穏やかで物腰柔らかな……、こっちでいうリリスさんみたいな方でしたから。最初にこっちで会ったときはギャップに驚きましたね」
「エンジュが魔剣士として大成してからは、ラララは落ち着いたでありますからね」
魔剣士としてはっちゃけるラララと、後年の落ち着いた彼女。
どっちが素かといえば、どっちも素ではある。人は一面だけでは語れない。
「それがしなどは若い頃のラララの方が印象に残ってるでありますよ」
「インパクトを考えたらそうもなりますよねー」
タイジュとの『最終決闘』の記憶を思い返し、マリエも納得する。
「ラララの次がジンギでありますな」
「ジンギさんは、私も知らない方ですね」
「異世界でのジンギは錬金術師をしていたでありますよ。魔法アイテムの分野においてはマリクの兄貴殿をも凌ぐ腕前を持っていて、それがしらが使う偵察用ゴーグルを発明したのもジンギであります。帝国の魔法アイテム研究にも協力していたはず」
「そうなんですか?」
「うむ。しかしながらあいつはヒメノの姉貴殿に似て、世界中飛び回っていたでありますな。どの勢力にも属することなく、興味の赴くまま生きてた自由人であります」
ジンギは、かの『無力化の魔剣』のレプリカの研究にも携わっていた。
途中で飽きて研究を投げ出してしまったため、結局半端な形で終わったのだが。
「次にカリンでありますな。今回のイベントの仕掛人であり、今頃はヒナタの地獄の案内人をやっている吟遊詩人であります。マリエは知っているでありますか?」
「いえ、ササラさんの方は知っているんですけど……」
「そんなモンでありましょうな。カリンは自ら表に出るタイプではないゆえ」
それに、マリエがキリオと出会う前にササラとカリンのユニットは解散している。
ササラはその後も吟遊詩人を続けていたが、カリンはそちらも引退した。
「カリンさんは、後年は何を?」
「芸能界のフィクサー」
「…………」
マリエの顔が「ああ、なるほど」といっている。
「カリンが創立した吟遊詩人養成学校と、初代取締役を務めた吟遊詩人事務所が共に三百年後の異世界で名門学校と最大手事務所になってると聞いたときには耳を疑ったものであります。でも、ジュン殿はそんなことで嘘言わんでありますしなー……」
「業界の立役者じゃないですか……」
日本でいう出雲阿国とか、観阿弥・世阿弥とか、そのレベルではないだろうか。
「ササラさんは知ってますね。ずっと現役でしたものね」
「ぞうでありますな~。小さい頃からクソガキであったが、晩年もクソガキだった」
「……まぁ、はい」
異世界でのササラの評判はマリエも知っている。
クソガキというキリオの評に何一つ異論を挟めない。それがササラ・バーンズだ。
「カリンとササラの間にウチの六男と七男が入るでありますが、こいつらもなかなか個性的でありますぞ。マリエはどっちも面識はなかったはずでありますが」
「そうですね、会ったことはありませんね。どういう方々なんでしょうか……?」
マリエとしては名前も知らない夫の兄弟。興味が湧くのは当然だ。
キリオが、軽く過去を思い返しつつ語り始める。
「六男は、実は帝国の一員だったんであります。それがしが死んで以降も」
「そうだったんですか!?」
「名は、ヤジロ。『射手にして騎手』と呼ばれた、凄腕のテイマーであります」
六男ヤジロ・バーンズ。
家族で最も射撃武器の腕に優れたスナイパーにして、ドラゴンを手なずけた男。
キリオが生きていた頃はもっぱら外征に出ていた竜騎士団の団長だ。
「どういう方だったんですか……?」
「一言でいえば『アウトロー』でありましょうか……」
「へぇ、アウトローですか。何となくカッコいいイメージがありますね」
「カッコいい……? う~ん。う~~~~ん……」
腕を組み、限りなく真横に首をひねるキリオに、マリエは恐る恐る確かめる。
「な、何ですか、あなた様。その反応は?」
「ヤジロはカッコいいというか――」
「いうか……?」
「ぶっちゃけ、キモコワい、かな……」
「あ、そうなんですね……」
マリエは、それ以上は聞かないことにした。
「では、七男さんの方は……?」
「タマキの姉貴殿とササラに続く、バーンズ家三大問題児最後の刺客であります」
「あ、あの二人に並ぶんですか……」
若干引いてしまうマリエに、キリオはゆっくりと深くうなずいた。
「何せ、我が家ではササラと共に明確に正面切って親父殿に喧嘩を売ったでありますからな、あいつは。ま、親父殿に毎度ボッコボコにされてたでありますが」
「……毎度ってことは、一回じゃないんですね
そう、一回ではない。
アキラに喧嘩を売った数だけでいえば、ササラを越えて家族でトップに躍り出る。
「名は、ギオ。ギオ・バーンズ」
「え、ギオ? もしかしてギオ・ハイランド、ですか?」
「そうも呼ばれているでありますな。『大怪人』、『犯罪王』、『都市伝説』とも」
バーンズ家七男、ギオ・バーンズ。
男子における末っ子のことを、キリオは何とも難しい顔をして思い出す。
「あいつは言ってしまえば道化師だったであります。『虚々にして実々』と呼ばれ、自らバーンズ家の『鬼子にして忌み子』を名乗ったトリックスターでありますよ」
生来の道化師であり遊び人。ギャンブラーでもあった。
常に享楽を求め続け、それがためにアキラに喧嘩を売り続けた大バカ野郎。
「あいつは――」
表に出ていないだけで、犯した悪行は自分よりもはるかに上ではないか。
と、言いかけて、キリオはそれを言うのをやめる。代わりに、
「三百年後の異世界でも、実在が疑われてたり、色んな伝説や逸話に名前が出てきてる、こっちでいうサンジェルマン伯爵とか、ラスプーチンとか、南光坊天海みたいな怪人物のような扱いをされているようでありますからな……」
そして、そちらで語られる名前こそ『ギオ・ハイランド』であった。
「実在の人物、なんですよね……?」
「いや、それがしの弟でありますよ、弟。ウチの七男」
「で、ですよね……」
マリエも、小さくうなずく。
だがそれも無理はない。
怪人ギオ・ハイランドの噂は、キリオの生前から随分広まっていたものだ。
帝国としてもその足取りを追ってはいたのだが、結局掴むことは叶わなかった。
マリエについても、その正体がキリオの弟とは思っていなかったらしい。
「あいつがどう生きてどう死んだかは、家族の誰も知らんであります。あいつは本当に何を考えてるかわからん――、いや、家族が好きという一念だけは常に感じられたでありますな。それがしは、ギオのことは嫌いではないでありますよ」
「会いたいような、怖いような……」
ちょっとたじろいだ笑いを見せて、マリエがそんな感想を述べる。
と、同時にテレビの画面が切り替わって二階の様子が映し出される。
『イベント名『シカエシイチ武道会』。命名、カリンちゃんですよ』
そこに登場したのは、魔将軍姿のリリス。
キリオとマリエの目が、そちらへと向けられる。
「お、始まったようでありますな」
「お茶、淹れ直してきますね」
「ありがとうであります」
キリオはテレビを見つつ、マリエは席を立つ。
二人の意識はバーンズ家の話から離れ、それぞれ違う方向へ向けられる。
「――未だ会わざる兄弟達は、今頃はどこかにいるのだろうか」
何となく呟いた、キリオのその言葉。
しかし実のところすでに『出戻り』している者がいて、しかも出会いはもう間近。
その事実を、キリオはまだ知る由もない。
シカエシイチ武道会が始まる。




