第359話 超絶デッドエンドダンジョン、第二のイベント
やっと参加者共が二階に上がっていった。
「やい、マガツラ」
それを見届けた俺は、近くを浮いてる俺の異面体に声をかける。
『あ~ん? 何だ、本体!』
「…………」
クソッ、声と口調が丸っきり俺だから、何か自分と話してる気分になる!
いや、事実上、自分と話してるんだけどさ、これ。
『ンだァ? そっちから話しかけておいてダンマリかァ~?』
「いや、ちょっとな……」
『そうかい。で、何だってんだ?』
「二階のイベントはスゴロクじゃなさそうだが、何をやるんだ?」
そこのところ、俺はカリンから何も聞いていない。
スゴロクの様子を見るに、マガツラはカリンから色々話を聞いてそうな気がした。
この先はどうなってんの。
そんな興味本位の質問に対し、マガツラはただ一言。
『知らん』
え?
『俺は知らん。何も聞いとらんぞ』
「マジで?」
『スゴロクの仕切りは任されたがな。二階から先に何があるのかは知らねぇ』
はぁ~ん、なるほどね~。
こいつはアレだな、カリンの露骨なネタバレ対策ですな。
「あの子、本当にネタバレだけは嫌いだからね……」
「ふむ、そうなると二階は二階でカリンに仕切りを任された担当者がいそうだな」
当のカリンはヒナタの案内に行っちゃって今はいないしな。
あっちはどうなってるやら。
八大地獄とは言ってたが、どうせ地獄にこじつけて楽しいことしてんだろーなー。
「ちょっと羨ましいかもしれん」
「何が?」
「いや、何でもないです。……あの、ミフユさん」
「どうしたの?」
「今度さ、また宙色UJS行こうぜ」
「ああ、あの古いクセに攻めの姿勢を崩そうとしない遊園地ね。いいけど、何で?」
「ちょっと行きたくなりまして、はい……」
さすがにヒナタが羨ましくなったから、とは言えない俺であった。
『クカカカカカカ! 本体は地下でカリンと楽しんでるヒナタが羨ましくなっちまったんだよ! だから自分も遊びに行きてェンだとよ! 何ともまぁお可愛いねェ!』
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ――――ッ!?」
お、おま、マガッ、マガツラァァァァァァァァァァァ――――ッ!
「へぇ、そうなんだ~? ふぅ~ん?」
絶叫する俺を眺めて、ミフユが口元に手を当ててムカつくほどにニヤつく。
「お義母様とかじゃなくて、わたしがいいんだ~? わたしと遊びたいんだ~?」
「ぃ、いえ、あの、えぇと……」
ちょこっと身を寄せてくるミフユに、俺は声を詰まらせて何も言えなくなる。
クソッ、不覚!
マガツラがいるところで考えることじゃなかった!
『クカカカカカ! 俺はおまえだぜ、本体! 根っこは繋がってんだから、思考だって読めるって寸法さァ! はぁ~、面白ェ~~~~!』
「きっさまぁぁぁぁぁぁ~~~~!」
俺が自分の異面体にブチギレていたところに、お構いなしにミフユが寄ってくる。
「ねぇ、アキラァ~? 何でわたしがいいのよぉ~? 理由聞かせなさいよぉ~」
「わかってるクセに、俺に言わせようとすんなァ――――ッ!」
「わかっててもあんたの口から聞きたいに決まってるでしょ~! 言ってよ~!」
ミフユにせがまれ、マガツラが爆笑し、NULLが虹色に瞬いている。
何だこれ、何で俺はこんなところで絶体絶命の窮地に立たされてるんですかね?
「く、こうなれば……ッ」
迫る危急の事態に際し、俺は取り乱すことなく思考を巡らせる。
考えろ、考えるのだアキラ・バーンズ。
異世界ではこんなことは日常茶飯事だったではないか。
全滅の危機、生命の危機、そんなモノはいくらでもあった。飽きるほどにあった。
これもまたその一つに過ぎない。
だから考えろ。どうすればいいか考えるのだ。
最善の手段でなくていい、次善でいい。三番目の策でもいい。
とにかく、この場を生き残れる方法なら何でもいい。過去や未来より、今なのだ。
俺の思考速度がついに光を突破しようとしたそのとき――、
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ!」
階段の上より響き渡る、一発で誰のものなのかわかってしまう、その笑い声。
マガツラとミフユの意識が、一瞬だがそちらに割かれる。好機だ。
「あー! もう上で始まっちまうかもしれねぇから、現地リポーターも二階に行かなきゃな~! マガツラとミフユもすぐに来いよなァァァァァ~~~~ッ!」
俺は強化魔法全開で、後ろを振り返ることなく階段を五段飛ばしで駆け上がる。
これぞ最善手。戦略的撤退。逃げることで、俺は消極的勝利を収めたのだ。
「『うわ、ヘタレ……」』
逃げる俺の耳にマガツラとミフユの声が聞こえた気がした。
が、気がしただけで実際は聞こえてませ~ん! 俺はヘタレじゃありませ~ん!
「……マガツラめ、覚えてろ」
自分の異面体に対するそれが逆恨みであることを知りつつ、俺はそう零した。
さ~て、二階でもがんばらなきゃな~! ……ヘタレじゃねぇし!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二階でバカが笑っている。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! ようこそ勇敢なるイベント参加者諸君! まずは歓迎させてもらおうじゃないか、この大魔王四天王たるラララがね!」
浮いてるラララと、それを見上げるシンラ達。
二階に上がった俺の目に入ったのは、まずはその光景だった。
大魔王城二階は、一階と同じく壁がなくてだだっ広い。
ただ、床にはスゴロクなどはない。代わりに、ど真ん中にデケェ舞台がある。
それを見ただけで、何となく俺はここで開催されるイベントの内容に気づいた。
舞台の上には、何かファンタジーな衣装を着ているケント達がいる。
今、浮遊して参加者六人の視線を一身に浴びているラララも、肩当てがドクロだ。
「自己紹介をしようじゃないか! このラララこそは、大魔王四天王第一の刺客にして、輝ける一振りの刃! 闇を断ち切る流星の太刀、人呼んで『流星のラララ』!」
ビシッ、と、手にした『士烙草』を構え、見栄を切るラララ。
着てる衣装は禍々しいと面白いの中間だが、ポーズを決めたその姿はカッコいい。
こういう『カッコいい系』の演技は、ラララは上手いんだ。
でも『闇を断ち切る』とか言ってたけど、大魔王側のおまえは闇じゃないの?
「ぇ、えっと……」
続いて、ラララの右側に浮き上がってくるのは、エンジュだった。
纏っているのは黒い部分甲冑。肩と胸、肘から先、腰と膝から下を覆っている。
下に着ているのが寒色のローブで、眼鏡もあって見た目は魔法剣士っぽい。
エンジュは、ラララと比べて若干おどおどしつつ、
「大魔王四天王第二の刺客にして、え~と、何だっけ……」
「エンジュ、煌めく、煌めくよ!」
口上を忘れちゃったエンジュに、横からラララが小声で助け船を出す。
ラララさん、その助け船、みんなから丸見えです……。
「あ、そうだった。第二の刺客にして、煌めく一筋の剣閃! 夜を穿つ彗星の太刀、人呼んで『彗星のエンジュ』よ! ……お母さん、こ、これでいい?」
「うん、最高よ! グッドね! もう、お母さん、見惚れちゃったわ!」
「お母さん!?」
おずおずと確認するエンジュに、ラララが演技をかなぐり捨てて抱きつく。
エンジュが恥ずかしがって頬を赤く染めるが、俺達は何を見せられているんだァ?
「ん――」
最後に、ラララの左側にタイジュが浮遊してくる。
服装は普通だが、頭にかろうじて動物の頭蓋骨を乗っけてる。やる気ねーなー!
「ども。第三の刺客の『金木犀のタイジュ』です。よろしく」
タイジュの口上が終わった。た、淡泊ゥ……。
「ちょっとちょっと、タイジュ! 何でこのラララとエンジュが流星と彗星なのに、君だけ植物なんだよ! しかも金木犀って、時期外れじゃないか!」
「リュウセイ、スイセイ、キンモクセイ。……間違ってないだろ?」
「わかってて言ってるでしょ!?」
涼しい顔をして堂々と間違えるタイジュを、ラララが叱っている。
家族三人、非常に仲がよさげでいいんだけど、そういうのはよそでやれよ……。
「ラララよ」
「あ、はいはい。何、シンラお兄ちゃん?」
らららがテンパりすぎて素を出しちゃっておられる。
「結局、おまえ達は何なのだ?」
何なのだ、という解釈の幅が広すぎる問いかけにシンラの戸惑いが見て取れるね。
「え、私達?」
問われたラララは一度エンジュと顔を見合わせ、次にタイジュと顔を見合わせ、
「見てわからない? 大魔王四天王第一、第二、第三の刺客だけど?」
「それが何なのかときいているのだ、こっちは!」
ラララがいかにも『見ればわかるでしょ?』みたいな物言いをするが、わかるか。
こればっかりは、俺はシンラの側だね。だって意味わかんねぇモン。
「そこまででいいですよ、ラララちゃん。あとは私がやります」
舞台の上から響いてきたその声は、リリス義母さんの声。
「わかったよ、おばあちゃん」
ラララがうなずき、三人はすんなりと地上に降りて引き下がる。
変わるようにしてリリス義母さんが舞台の最前へと歩み出て、その姿を見せる。
「うぉ……」
俺は、思わず小さく唸ってしまった。
姿を現したリリス義母さんは、俺達に威風堂々たるその姿を見せつける。
その身はラララ達と同じく、ファンタジーの悪者っぽい衣装を纏っている。
頭に古びて褪せた金のサークレットをつけて、背に漆黒のマントを羽織っている。
体には同じく黒い全身甲冑を帯びている。
その甲冑は見るからに分厚く、表面には壮麗な金装飾が施されている。
インナーもまた黒一色で、まるで闇が人の形をとったかのようだ。
一見してわかる存在感。風格。貫禄。威圧感。
そういった絶対に無視できない『威』を、リリス義母さんは全身に漲らせている。
「キャ~! リリスママ~! カッコいい~!」
「ありがとう、ミフユちゃん」
ただのファンと化したミフユへ、リリス義母さんが柔和に微笑む。
それだけ見ると、いつもの義母さんなんだけど、格好は完全にラスボスだ、これ。
「此度はようこそ、我が超絶デッドエンドダンジョン大魔王城へ。私はカリンちゃんから二階のイベント全般を委任されました、大魔王軍最強将軍リリス・バビロニャと申します。なお、肩書きは最強とありますが、設定ですので、お手柔らかにお願いいたしますね」
「見た目は本当に最強なんだよなぁ……」
だってどう考えても角生やしたキリオより強いよ、絶対。誰が見たって。
「アキラさんにそう言っていただけるなんて、がんばった甲斐がありましたね」
でも喋り方は穏やか~。物々しいのは見た目だけですねぇ。
「あ~、リリスばあちゃん、ここでどんなことやるんだ?」
辺りにキョロキョロ視線を走らせ、タクマがリリス義母さんにそれを尋ねる。
「よくぞ聞いてくれましたね、タクマ君。一階ではシカエシスゴロクお疲れさまでした、皆さん。こちらの二階では、皆さんと私達の対決イベントを行ないます」
「対決イベントォ……?」
ああ、やっぱり。
あの舞台の大きさからして、そうなんじゃないかと思ってたぜ。戦闘系イベント。
「イベント名『シカエシイチ武道会』。命名、カリンちゃんですよ」
「安直なのかひねってるのかわからないネーミングですね……」
緊張感を顔に浮かべ、シイナが小さく息を飲む。確かに判断に困るネーミングだ。
「ヘヘヘ、喧嘩か? 喧嘩だよな! よーし、オレの得意分野だぜー!」
武道会と聞き、途端に元気になるタマキ。
そりゃな、バトルとなればこいつがはしゃぐのも当然なんだけどさ。でもなぁ。
「『シカエシイチ武道会』におけるルールはただ一つ――」
「お、何だ何だ。勝つことだけがルールって感じかな? ならやっぱオレだー!」
気勢を上げるタマキへ、リリス義母さんは物腰柔らかに告げた。
「ルールはただ一つ、『勝ったら負け』です。皆様、がんばってくださいね」
「え」
発表されたそのルールに、タマキの動きはピシッと固まったのだった。




