第357.5話 ヒナタ専用特別八大地獄コース/衆合地獄
お土産たっぷり。
「全部終わったらバーベキューできるねー!」
「ぅん、ま、そうじゃのう……」
テンションお高め、ヒナタ。
テンションど底辺、カリン。
「ぅっぷ……、苦しい……」
「え~、そんな食べ過ぎてたのぉ、お姉ちゃん……?」
口に手を当てて呻くカリンの背中を、ヒナタが言いつつ軽くさする。
「むしろ何でおんしは平気なんじゃ……? ワシの二倍は食べておったろ……」
「私はもうちょっとならいけるかなー」
「えええええ、ヒナタ、おんし、少し見ない間にハラペコ属性を……?」
「本物のハラペコ怪獣の前には私なんて四天王一の小物だよー」
「……タマキの姉御か」
「そうそう、運動したあとのタマキお姉ちゃんに比べれば、私なんてまだまだ」
「むぅ……」
言われたカリンは異世界でのタマキの様子を思い返してみる。
「…………ぅ」
「カリンお姉ちゃん、顔色が灰色になってるよ!」
「今、思い出すんじゃなかった……」
食べ過ぎて苦しいときに思い出す光景ではない。
それを痛感し、カリンはしばしヒナタに背中をさすられて気持ちを落ち着かせる。
「うむぅ、ありがとうよ、ヒナタ」
「いえいえ~、どういたしまして~」
カリンに礼を言われ、ヒナタは少しうれしそうにして二パッと笑う。
その太陽のような笑顔に、カリンはちょっとした懐かしさに浸って、目を細める。
「そうそう、その笑顔なんじゃよね~。はぁ~、もったいないのぉ~……」
「何が~?」
「おんし、覚えとらんかの? 異世界でワシがスカウトしたの」
カリンは、異世界でヒナタを吟遊詩人に誘ったことがあった。
しかし妹はそれを覚えていないようで、ものすごくキョト~ンとしてしまう。
「あったっけ、そんなこと?」
「うわぁ、記憶にとどめてすらいないでやんの~、ワシちょっと泣きそう」
「う~ん……?」
わんこぬいぐるみを抱きしめて、ヒナタはしきりに首をかしげる。
覚えてない。全然覚えてない。欠片も覚えてない。それがわかるリアクションだ。
「ワシ、本気で泣いていいかえ?」
「えぇ~、やだ~、めんどくさい~」
「めんどくさいて……」
一瞬、本気で泣きそうになるカリンだが、名プロデューサーはへこたれない。
「ヒナタだったらササラ程とはいかずとも相当な人気歌手になれそうじゃのに~」
「え~、ヤダ~。歌うのは嫌いじゃないけど、別に人気とかは欲しくないよ」
「人気者じゃよ~? 色々とチヤホヤされて楽しいぞえ~?」
「その分、絶対面倒ごとも多いでしょ。そういうの、ないとは言わないよね?」
メリットだけを口にするカリンに、ヒナタはそれを指摘する。
もちろん、メリットだけなはずもない。
「そりゃ、デメリットはあるわい。しかしヒナタよ。どんな道に進んでもそうじゃから。デメリットだらけの道はいくらでもあるが、デメリットがない道なんてなぁ~んにもありゃせんよ? そういうのがあると思うヤツはおつむが弱いだけじゃ」
「怪しい情報商材に引っかかる人、みたいなものだね」
「おんし四歳じゃよね? ……えっと、四歳、じゃよね?」
「その確認、二回も重ねてする必要ある?」
「普通、四歳児は情報商材なんて言葉は知らんじゃろーッ!」
言い返されたカリンが、癇癪を起こして床をダンと踏み鳴らす。
ヒナタはぬいぐるみをモフモフしながら、面白リアクションを見せる姉を見上げ、
「私が『出戻り』してから、パソコンは自由に使っていいことになったから」
「四歳児が見るには毒気強いモンばっかりじゃろ、ネットなんて」
「小学五年生のカリンお姉ちゃんに言われてもな~」
「バカを言うでないわ! ワシの方が十歳近く上なんじゃからね!」
「そういうところが子供っぽ~い」
ふくれたカリンの頬を、ヒナタが「可愛い~」と笑ってツンツンする。
「ええい、つつくでないわ! ……はぁ~、それにしてももったいないのう」
「お、話をぶり返すつもりだね~?」
「元々その話じゃったろうが、脱線しすぎなんじゃい!」
「って、言われてもなぁ~」
ヒナタ、歩きながら抱きしめているぬいぐるみをモフモフ。
「私、吟遊詩人とか才能ないと思うよ~?」
「絶対ある。容姿◎、笑顔◎、人当たり◎、声のよさ◎、思考力もあるし場の空気も読めて、それを表に出さないだけの面の皮の厚さもある。非の打ちどころがないわ」
「面の皮は嬉しくな~い!」
「いやいや、つまりそれって度胸があるってことじゃから、必要なことじゃよ?」
ふくれたヒナタの頬を、カリンが言いつつツンツンし返す。
「む~、やめてよぅ。私に歌なんて無理だと思うけどなぁ……」
「練習すれば開花するわい、そんなモン。大事なのは声質と声の張りよ」
「う~ん、褒めてもらえるのは嬉しいけど、やっぱり私には才能ないと思う」
「ほぉ、それは何でじゃ?」
「だって見ず知らずの他人なんてどうでもいいモン、私」
あっけらかんと、ヒナタはそれを断言する。
「知らない人にチヤホヤされても、逆に気持ち悪いって思うかも。お姉ちゃんが甘やかしてくれるのはね、好き。でも、それは私がお姉ちゃんを好きだからだよ?」
「あ~、思い出したぞえ。異世界でも同じ理由で断られたんじゃったなー、確か」
「そうだっけ……?」
言われても、やっぱりヒナタには覚えがない。
つまり、カリンのスカウトは彼女にとってその程度のことに過ぎないのだろう。
「あ~、ここまでなしのつぶてじゃとこっちが折れざるを得んのう」
「ごめんね~。私はただの四歳児でいいよ~」
「ウチの最終兵器は『ただの四歳児』はないじゃろ。それはない」
「真顔で否定しないでほしいなぁ……」
「そんなモン、真顔になるしかないじゃろ。そんな戯れ言」
二人の少女がテクテク歩いて奥へと進む。
ヒナタの体感だと、そろそろ次の扉が見えそうなくらいには歩いている気がする。
「ちょっと歩き疲れたかも~。全回復魔法、使っちゃおうかな~」
「ファ、ファ、ファ、その必要はないぞ、ヒナタよ。そろそろ次の地獄じゃ」
お、黒幕笑い。と思いながらヒナタがカリンと共に先を見るが、まだ真っ暗だ。
「まだ暗いじゃ~ん。本当にもうすぐ着くの~?」
「着く着く。それはさすがにワシを信じてほしいところなんじゃけど……」
「信じるけど~。……で、次はどんな地獄なのかな~?」
「ファ、ファ、ファ、自ら聞いてしまうか、それを。死に急ぐのう、おんし」
途端に、カリンの声色が変わる。
さっきまでの弾んだ声とは一転して、重く沈み、低く抑えられた声に。
それは周りに蟠る闇のようでもある声で、ヒナタは眉間にしわをあつめて、
「……え、まだ続けるの、その演出?」
「黙れ、黙れッ! 黙るんじゃ! 必要なんじゃ、前フリは絶対必要なんじゃ!」
「もう前フリって自分で言っちゃってるじゃん……」
険しい顔つきで激しく首を横に振るカリンに、ヒナタのツッコミも控えめになる。
地獄の前に来るたび、前フリを欠かさない姉に、ちょっと敬意を抱きそうだ。
「うんうん、カリンお姉ちゃんはがんばってるよね。大丈夫だよ、お話はちゃんと聞くからね。今回はどんな地獄なのかな? 私、実は少しだけ興味あるんだぁ~!」
「くぅ、この四歳児、包容力の化身か……!?」
太陽の如き明るい笑みを見せるヒナタに、カリンは逆におののきを見せる。
だがそれも一瞬、プロデューサーは第三の地獄について語り出す。
「第三の地獄の名は『衆合地獄』。ここに墜ちた罪人は、鬼に追われ巨大な岩や山そのものに圧し潰されるという、何とも恐ろしき地獄よ……!」
カリンの語り口は、非常に場の雰囲気に合っていた。それはヒナタも認める。
抑えられた声は闇の底から響くようでもあり、情緒たっぷりで想像を掻き立てる。
だからこそ、ヒナタは思う。
「ネタバレなしの状態で聞きたかったなー、それ」
「ワシのせいじゃないモン……」
唇をツーンと尖らせて、カリンはそっぽを向いた。
やがて、第三の地獄の扉が見えてくる。
「着いたぞえ、ヒナタよ」
「は~い! 今度はどんな恐ろしい地獄なのかな~?」
リップサービスではなく、実は本当に楽しみにしているヒナタである。
期待を膨らます彼女の前で、カリンがゆっくりと第三の地獄への扉を開いていく。
「刮目せよ! これが超重圧に押し潰される『衆合地獄』じゃぁ~~~~!」
「こ、これはぁ~~~~!?」
ズバァ~ン、と開かれた扉の向こうにあるのは、まさか、まさかの――、
「おっきいベッドだァ~~!」
そこにあるのは、見るからに大きなベッドだった。
さほど広くない部屋の真ん中に、でっけぇベッドがデデドン! デデドンである!
「これこそモフモフ等活地獄、ガツガツ黒縄地獄に続く恐るべき第三の地獄、ヌクヌク衆合地獄じゃ! 見るがいい、あのベッドを! おんしなど、分厚い羽毛布団で押し潰されてしまうぞ! 最高級羽毛布団の重みとあたたかみを体感するがよいわ!」
「わぁ~、お昼寝の時間だね~!」
「そうじゃよ! ワシもそろそろ歩き疲れたし、ちょっと休みたいんじゃ!」
そこはかとなく、カリンが弱音をさらけ出す。
ライブになれば無限に動き続けられるのにねー、と、ヒナタがひそかに苦笑する。
「おっきぃベッドだー! ダ~イブ!」
「ワシも、ダァ~イブ!」
姉妹二人が、一緒になってベッドの上で飛び跳ねたりする。
しかし、いくらポヨンポヨンしてもベッドは動じない。悠々と二人を受け止める。
「アハハ、本当におっきぃね、このベッド!」
「おっきぃだけではないぞ、寝心地も最高の一品じゃ! 寝てみるがよい!」
カリンは自信満々だ。
それを確かめてやろうと、ヒナタが布団の中に軽く入ってみる。
「はわぁ……」
何と、何という寝心地。思わず声が漏れてしまう。
しっかりとした重みを感じさせながらもフワフワで、そしてヌクヌクで!
「あったかぁ~い、ウトウトしてきちゃうぅ~」
「ファ、ファ、ファ、そうじゃろ? ここでしっかりお昼寝するがよい!」
このたびの衆合地獄、カリンの狙いはそこにあった。
ヒナタをグッスリお昼寝させて、起きたあとで時間経過による焦燥感を与える。
大胆にして深淵、繊細にして剛毅。彼女は自分の計画を自画自賛する。
「さぁ、ヒナタよこのままお昼寝を――」
「あ、待って待って。目覚まし~」
ヒナタが、スマホを取り出した。
「待てィ、ヒナタよ。何でおんしがそんなモン持っとるんじゃ?」
「え、キッズ携帯だよ~。お兄ちゃんと話し合った結果、持たせてもらってるの~」
「この四歳児、マジか?」
テキパキとスマホを操作してアラームをセットするヒナタに、カリンは戦慄する。
しかも、見てみると妹はアラームの時間を五分おきにセットしている。
「あんまり長く寝ちゃわないようにしないとね」
「こやつ、計画性の化身か……!?」
「はい、セット完了~。ねむねむ……。お姉ちゃん、一緒に寝よぉ~!」
スマホを枕元に置いて、ヒナタがカリンの手を引いて布団へといざなう。
カリンに抱きついてくる幼女の体は、眠気もあってかポッカポカだ。
「ぬぁ~! 布団もぬくいが、ヒナタもぬくい~!」
「エヘヘヘ、こうやって一緒に寝るの、久しぶりだね~。何か嬉しいな」
「天使か、おんし……。――ふぁ~あ」
カリンが大あくび。続けてヒナタも大あくび。
「「……おやすみなさ~い」」
こうして、姉妹二人は抱きしめ合いながら、二人とも速攻で眠りに落ちた。
なお、きっかり二時間後に目覚めたヒナタに対し、カリンはめっちゃ寝坊した。
シカエシスゴロク八大地獄コース第三弾、ヌクヌク衆合地獄――、敗れたり!




