第356話 キリオのお茶、シンラの不覚、シイナの油断
――大魔王城三階、玉座の間。
「あなた様、お茶が入りましたよ」
「おお、マリエ。ありがとうであります」
熱々の茶が注がれた湯呑を乗せた盆を持って、マリエが玉座の間に入ってくる。
なお、彼女の格好は皆に披露したやけにヒラヒラした黒ドレスのままだ。
「こちらに置きますね」
「頼むであります」
そして、マリエはいれたてのお茶を木のテーブルの上に置き、自分も近くに座る。
テーブルの上には数種類の菓子が盛られた菓子盆もあったりする。
「いただくであります」
大魔王衣装のキリオが、湯呑を持って茶を一口啜る。
キリオ好みの熱い茶が口内に広がり、熱さとまろやかな苦みを舌先に伝えてくる。
「う~む、美味いでありますなぁ。それがしの好みドンピシャであります」
「それは何よりです。あなた様」
マリエは自分も茶を啜って、軽く息をつく。
「それにしても――」
彼女は、軽く自分がいる部屋を見渡して、
「この部屋、大魔王城の玉座の間、なのですよね……?」
「あ、そこに触れちゃうでありますか、マリエ」
「いけませんでしたか?」
「いかんとは言わんでありますが――、まぁ、うん」
キリオも、自分がいる部屋を改めてグルリと見回す。そして微妙な顔つきになる。
「ただの六畳一間でありますよな、この部屋」
そう、大魔王が座する玉座がある『玉座の間』は六畳一間。
石壁に仕切られた空間は、完全に単なる和室であった。
「そもそも、これを玉座と呼んでいいのか?」
キリオは自分が座っている椅子を軽く見下ろす。
それは、背面に『玉座』とマジックで書かれた紙が貼られた座椅子だった。
書いたのも貼ったのも、カリンである。
部屋にはキリオとマリエ用の二人分の座椅子と、テーブルと、ブラウン管テレビ。
テレビはそれなりに画面が大きく、そこにスゴロクの様子が映っている。
「……玉座の間というか、お茶の間ですよね、ここ」
「ついにそこに踏み込んでしまったでありますね、マリエ」
「えっ、いけませんでしたか!?」
別にいけないというワケではない。
何故なら、自分も同じく感じていたことだからだ。
「昔からカリンのセンスは独特だったであります……」
「私は結構好きですよ。お茶の間を玉座の間と言い張るセンス」
「マリエ……?」
妻のカミングアウトに、キリオは軽い衝撃を受ける。え、そんなセンスだったの?
『チュドォォォォォォォォォォ――――ンッ!』
テレビの向こうから聞こえてくる、何度目かになる爆音。
吹き飛んだのは、またしてもタマキであった。
このたび出されたお題は『いとしのあの人へラブレター公開執筆、音読付き』。
「ああ、姉貴殿には絶対無理なヤツでありますな……」
「音読付きは容赦がないですね」
見ているマリエの頬にも汗が伝うほどの鬼の所業である。
「キリオ様、ご家族が吹っ飛んでいますが、どう思われますか?」
「うむ……」
真顔のマリエに問われ、キリオはズズと茶を一口。そして同じく真顔になって、
「『ざまぁ見ろ。もっとやれ』でありますな」
「やっぱり、恨みは買うものじゃないですね……」
キリオが受けた仕打ちを知っているだけに否定もできないマリエであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マスコットのマガツラ君が笑っているぞ!
『クカカカカカカカカ! さぁ、お次はおまえだ! シンラ・バーンズ!』
シカエシスゴロクもすでに三周目。
今まで、幾度の爆発が響いてきたことか。俺とミフユはそれを間近に眺めていた。
「ひっでぇイベントだわ……」
「なまじ死の演出も蘇生もコミカルだから悲惨さがゼロなのがね」
テケテケとシンラのもとに近寄りつつ、俺達はそんな話をする。
共に、右手にリポート用のマイクを持ち、現地の声をお届けするリポーターだぞ。
「それでは三回目のダイスとなるシンラだが、今の気持ちを聞こうじゃねぇか!」
「フフフ、父上、余はこのスゴロク、見切りましたぞ!」
お? 何やら自信満々じゃないですか?
「ここまでの二回は『愛する人へのメッセージ』と『大声で嫌い食べ物を堂々と主張する』でありましたが、何のことはない。覚悟さえ決めてしまえば、この程度!」
「ああ、うん、おまえのピーマン嫌いなんてウチじゃ誰でも知ってるもんね……」
お袋への愛のメッセージについちゃ今さらだ。こいつが恥ずかしがるワケもなし。
「そう、覚悟です! 覚悟こそが肝要なのです! 覚悟を決めてしまえば、このスゴロクはクリアしたも同然。すまぬな、キリオよ。おまえには余の吹き飛ぶところは見せてやれそうにない。まこと不憫な弟よ……、余が覚悟を決めたばかりに……」
「お、おぉ……」
拳を握り、本気ですまなそうに言ってるシンラに、俺は軽く呻いた。
そしてミフユを見ると、俺と同じく『あ、これフラグだ』と悟った顔をしている。
すでに己の勝利を確信せし『天にして地』、長男シンラ。
果たしてその自信は、現実に証明されるのか。今、運命のダイスロール!
「うむ、五でありますな」
出目は五。なかなかいい数字が出た。
シンラは一マスずつしっかりと進んでいき、五マス先へ。
この階層のスゴロクもそろそろ中盤に来ている。
「フフフ、さぁ、いかなり試練でも来るがよい!」
バッと右腕を振るって、シンラが堂々と宣言する。
その足元に、今回のお題の文字が浮かび上がってくる。
『NOを突きつけてください。できなきゃ連鎖爆発』
それは、これまでとは少し趣の違うお題だった。
「む……?」
意味が理解できず、シンラが眉間にしわを寄せる。俺とミフユも何のこっちゃと。
だが、直後、すぐにそのお題の真の意味を、俺達は知ることとなる。
声が響いてくる。
『アタシァ! シンラさんのことが大好きだよォ――――ッ!』
それは、さっきのお袋のシンラに向けた愛の雄叫びだった。
「ひゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁ~~~~!?」
あのお袋が、頬に手を当てて悲鳴を上げている! 何そのリアクション、新鮮ッ!
「待て待て待て待て! まさか、今のにNOを突きつけろというのか!?」
一方で、シンラは血相を変えて辺りに響く大きさの声で叫んでいる。
NULLに乗ったマガツラが腰に手を当て元気に応える。
『そういうことだぜ、シンラ! さぁ、やれよ! 覚悟はできてるんだろッ!』
「ぐぬ、むぐぐぐぐ……ッ!」
逆に勝ち誇られて、シンラが歯噛みする。いや~、意地の悪いお題ですねぇ!
「あの、シンラさん。アタシは別に――」
NOを突きつけてもいいんだよ、と、言った当人が許してくれる。
実際、シンラが拒否しても、お袋はその場限りのことと笑って許すに違いない。
その辺り、わからないような子供じゃないのは俺も知っている。だが、
「いやです!」
お袋には悪いが、この場合、子供なのはシンラの方なんだよなー。
「例えお題であろうとも、このシンラ、自らの想いに嘘はつきませぬぞ!」
「シンラさん……」
拳を握って宣言するシンラに、お袋は若干感激する。
すると、マガツラがパチパチと拍手を贈る。
『スゲェよ、あんた。さすがだぜ! さすがは本体の長男だぜ! いや、仮にそうでなかったとしても今の答えはカッコいいぜ! 全く、俺ァシビれちまったよ!』
そうのたまうマガツラの下でNULLがチカチカ明滅する。
『『だが連鎖爆発よ!』だってよ!』
カッ!
「ぬああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
続けて五回連続した爆音は、シンラの悲鳴に掻き消された。
「あーあーあーあー」
巻き上がる爆光を前に、俺とミフユは立ち尽くす。
爆発が収まって、聞こえてくる蘇生BGM。
シンラがどうなったかは煙で見えないが、間違いなく焦げた肉片だろうな……。
「シンラさんったら……」
「いや、そこでシンラを心配しないで照れるのはさすがに違うと思うよ、お袋」
してやりなよ、心配……。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
はいどーも、何かすっごいお久しぶりな気がする小市民占い師のシイナです!
さて、皆さんも御存じの通り、現在、シカエシスゴロク真っ最中。
スゴロク?
そこかしこで爆炎が巻き起こり、爆音が届くのが、スゴロク?
「…………」
いいえ、余計なことは考えてはいけません。
これは禊なのです。
キリオ君と私達との間にある『絆』を結び直すために必要な儀式。
でも、わざわざイベントにする必要があるのでしょうか。
それについては正直、疑問しか湧きません。
しかし、関わったのはカリンちゃんなら仕方がないですね。
あの子は吟遊詩人ではありますが、その実態は辣腕プロモーターなのですから。
あれです、今の私達はキリオ君へのエンタメと化しているのです。
いうなればサブスク制動画サイト独占配信枠のバラエティ的なヤツですよ!
いや~、増えましたよね、ああいうの。
私も実は幾つかタクマさんに内緒で加入していたりします。
それでも総計月二千円弱。
そこまで大きな出費ではありません。タクマさんに知られたら叱られそうですが。
……いえ、私は知ってます。
あの野郎も私に内緒で毎月漫画サイトに同じくらいの額を課金しているコトを。
明らかにタブレットで読んでる漫画が増えてますからね、タクマさん。
まぁ、別にいいんですけどね。それくらいなら。
でもやっぱり内緒にされるとモヤモヤするっていうか、こう、ねぇ?
いやいや、わかってますよ。
今の自分の言い分は、完全に自分を棚上げにしている。重々わかっております。
でも!
モヤモヤするものは! モヤモヤするんです!
今度、タクマさんとの間に『互いへの不満ブチまけ会』を開催しましょう。
あの人もきっと、こまごまとした不満が溜まっているのではないかと思いますし。
不満を溜め込むのは百害あって一利なしです。
例え、ブチまけ時に喧嘩に発展しようとも、それで済むうちに解消するべきです。
『クカカカカカカカ! さぁ、シイナ・バーンズ! おまえの番だぜ!』
「は~い」
私の番が来ました。私はやけに軽い大きなダイスを両手に持ちます。
それにしても、マガツラさんがやけに可愛くなってしまいました。
我が家にとって、マガツラさんってある意味、恐怖の対象だったんですよ。
だって、タマキ姉様でも勝てなかったですからねー。
キリオ君の無敵化を打ち破れるのもマガツラさんだけでしたし、怖いですよね~。
でも、誰も逆らえなかったのかといえばそんなことはありませんでした。
異世界では、明確に二人ほど、父様に正面切って喧嘩を売った子がいましたから。
一人は、我が家のクソガキ枠筆頭、ササラちゃんです。
あの子は戦う力はないんですけどわがままの極みで父様を困らせていましたねー。
もう一人がウチの男子の末っ子の――、
『ヤイコラ! さっさとダイスを振りやがれ、シイナ!』
「あ、は~い。マガツラちゃんに叱られてしまいました……」
『ちゃん!?』
いや~、どう見たって今のマガツラさんはマガツラちゃんでしょう。
そう思いつつ、私はダイスを振ります。
しかしカリンちゃんには悪いですが、この勝負はすでに勝利が確定しています。
私の予知能力が勝利の未来を見せてくれているのです。
二階に続く階段直前に立つ私。
それがハッキリと見えてしまいました。これは勝ちです。完全なる勝利です。
ごめんね、カリンちゃん。
お望みのエンタメ枠になりきれないお姉ちゃんを許してください。
「えい」
投げたダイスはコロンコロンと床を転がって、出た目は四。
『クカカカカ、四だな! 四苦八苦の四! 死の四だ! 進みな!』
マガツラちゃんが言いますが、少しでもイベントを盛り上げようと必死ですね~。
すみません。それでもこの勝負は私の勝ちなのです。
ああ、気分がいい。
勝利が確定している中での勝負は、何と心地がいいのでしょう。
これが『なれらぁ系』主人公が味わう気持ちなのでしょうか。
これこそが『あれ、私また何かやっちゃいました?』というヤツなのでしょうか。
何と心地よい。
これはアレですね、下手するとクセになりますね。
勝利万歳、私万歳! 今、少しだけ、私は自分の能力が好きになっています!
「フフンフフ~ン♪」
鼻歌交じりにマスを進んでいって、その先にはこうありました。
『五マス進む』
これは……!
そしてさらに先に進むと、次のマスにはこうありました。
『四マス進む』
これは、やはりッ!?
私の胸の中が歓喜に沸き立ちます。やりました。これはパターンに入りました!
きっとカリンちゃんも想定外だったに違いがありません。
このコースは誰も入るはずがなかったゴールへの隠しルートに違いありません。
『六マス進む』
『三マス進む』
『五マス進む』
私が進む先にはそんなマスばかりです。
通常であればこれは罠でしょう。進んだ先に待ち受けるのは地獄。
そういうベタベタで見え見えのトラップでしょうが、相手はカリンちゃんです。
きっとそこには意外性のある結末が待っているに違いありません。
つまりは、そのままゴールです。
それ以外に考えられません。
意外性を追求した結果、最短コースになっているのです。
しかし、残念でしたねカリンちゃん!
私はすでに結末を見ています。この勝負、私の勝ちでフィニッシュです!
いよいよシカエシスゴロク第一階層の終わりが見えてきました。
『二マス進む』
そして、私は自分の能力で見た光景を、今、実体験しています。
そう、ここです。
私が見たのはこの景色です。二階に続く階段を目前にした、この景色です。
ここからニマス進めば、ゴール!
そして私の勝利が確定――、
「……って、あれ?」
二マス進んだ先は、ゴールの一つ前のマスでした。
あれ、もしやハズレ? トラップでした? ここで『ふりだしに戻る』ですか?
そんなベタベタなトラップを、カリンちゃんが? あのカリンちゃんが!?
叫びそうになる私の足元に、お題となる文字が浮かび上がってきます。
『ふりだしから直線距離10kmの荒野に戻る。三十分以内に戻らないと爆死♪』
「ちょっ」
チュドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――ンッッ!
「あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~」
抗議する前に、足元に爆発が起きて私は壁をブチ破ってお空に投げ出されました。
「こういうのは『戻る』とは言わないんですよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~ッ!」
キラ~ン。
私はお星様になりました。




