第355.5話 ヒナタ専用特別八大地獄コース/等活地獄
大魔王城一階で参加者の面々が爆発したり爆発したりしてた頃。
闇の中にカツンコツンと硬い足音が響く。
ここは大魔王城地下一階。
闇に埋もれた長い通路の中に、ボウと妖しく灯る白い光。
それに照らされているのは、提灯を手にした黒いおかっぱ髪の和服の少女。
「ファ、ファ、ファ。さてさて、覚悟はいいかえ、ヒナタや?」
和服の少女――、カリンのあとに続いて歩いているのは、ヒナタである。
闇の中に太陽の匂いを漂わせ、彼女は特に表情を浮かべずにいる。
「あの、カリンお姉ちゃん……」
「どうしたヒナタ。怖いか? 怖かろうな。この先に待ち受ける地獄が」
ボンヤリとした提灯の明かりだけを光源にして歩く二人。
カリンはヒナタの方を向かず、低く抑えた笑い声を辺りに響かせ、歩き続ける。
その姿はさながら夜に佇む命なきもの。
あるいは、世が世なら怪談として語られてもおかしくはない。
そんな幽玄たる雰囲気を醸し出している。――が、
「あとでシイナお姉ちゃんには私からも叱っておくからね?」
「やめろ、やめるのじゃ。せっかく演出してるんだからノれ! ノッて、お願い!」
すでにこの先に待ち受ける地獄は、ネタバレされた地獄であった。
「私、知らないふりするの苦手なんだよ~」
「おのれ、シイナの姉御! あやつだけは絶対許さん! 絶対じゃ!」
明らかに困っているヒナタにそれ以上お願いすることなく、カリンは涙を呑む。
「ああいう性格の人が洞察力に優れてると、困るよねー」
「全くじゃ。ミステリーのネタバレとか嫌うタイプであろうに、普段が抜けておるからやっちゃならんことを自覚なしにやらかしおるわ。腹立つわ~~~~!」
「半分本気でキレてるね……」
だが、カリンの激怒もやむなし。彼女は企画者だ。ネタバレは天敵だ。
「まぁよいわ。ところで、ヒナタは『八大地獄』についてどの程度知っておる?」
「いやいや、知るワケないでしょ~。私、四歳児で~す」
「……そうじゃったな。ま、ワシもこっちじゃ小五じゃが」
「小五は私から見ると十分お姉さんだよ~」
「それもそうじゃな。――で、八大地獄とはその名の通り、八つの地獄のことじゃ。等活・黒縄・衆合・叫喚・大叫喚・焦熱・大焦熱・無間。それらをまとめて八大地獄と呼ぶ。おんしにはこれからそれにちなんだ仕返しを受けてもらう。覚悟せよ」
カリンは再びほくそ笑み直して言うが、ヒナタは難しい顔をして首をひねる。
「覚悟、っていわれてもな~……」
すでに、八大地獄は大したことがないと明言されてしまっている。
それでどうやって覚悟しろというのか。ヒナタにはなかなか難しい注文だった。
「最初はとーかつじごくっていうところなんだよね? それはどういう地獄なの?」
「等活地獄は無益な殺生をした者が落ちる地獄で、元ネタではそこに墜ちた死者は殺されては生き返され、また殺されてを繰り返すという実に恐ろしい――」
「上のことかな?」
「…………」
カリンは無言を返すしかなかった。そういやそうじゃん。
「ヒナタよ……」
「なぁに、カリンお姉ちゃん」
「おんしの何気ない指摘がワシを深く傷つけた」
「私が何をしたっていうの!?」
突然の言いがかりに、さしものヒナタも声を大にして抗弁するしかなかった。
やがて、提灯の明かりが通路の最奥にある両開きの扉を照らし出す。
「さぁ、着いたぞ、ヒナタ。ここがシカエシスゴロク等活地獄の入り口よ」
「扉に手をついて肩越しにこっち振り返って薄気味悪い感じの笑いを浮かべて、一生懸命演出頑張ってるお姉ちゃんには悪いけど、もう扉越しに聞こえてるんだぁ……」
何もかも諦めたような感じで、ヒナタが肩を落とす。
耳に届いているのは、鳴き声だ。扉の向こうからしっかり聞こえてしまっている。
ニャーニャー、とか、ワンワン、とか。
「本当はな、音消しの結界を張っておくつもりじゃったワケよ、扉の向こうに」
「うん」
「でもな、シイナの姉御がな……、だからもう、いいかなって……」
「お姉ちゃんの心が折れかけてる……」
ヒナタが見る肩越しのカリンの笑いが、達観しきった半笑いになっていた。
やはり、ネタバレの罪は大きい。ヒナタはそれを改めて痛感する。
「さ、行こうかのう、ヒナタ。楽しい楽しいシカエシ等活地獄じゃよー」
「投げやりになるのやめて、お姉ちゃん! 私、割と本気でいたたまれないよ!?」
「フフフ、フフフフ……」
地獄というならばカリンのテンションこそ地獄。そう思わされるヒナタである。
そして、そんな彼女の前で、カリンがゆっくり扉を開けていく。
漏れる光。
鳴き声は明らかに大きくなり、今、ヒナタの前にシカエシ等活地獄が全貌を表す。
「ふわぁ……」
そこにあったのは、薄ピンク色の広い空間だった。
敷き詰められた薄ピンクのマットに、薄ピンクの壁、天井。そしてそこにいる、
「ミィ~」
「ワフ、ワフッ」
フワフワした子猫に、コロンコロンした子犬。それが、大量に! いた!
三毛猫、茶虎、サバトラ、白猫、黒猫。とにかく子猫がいっぱい。
チワワ、ポメ、柴犬、パグ、シベリアンハスキー。とにかく子犬がいっぱい。
「かぁわいいぃ~~~~!」
ヒナタが口に両手を当てて、頬を紅潮させて大声を出してしまう。
その声に反応してか、子猫と子犬が彼女に気づき、トコトコと近寄ってくる
「わ、わ、こっちに来た。こっちに来たよぉ~!」
ヒナタが、これまでと打って変わって喜々とした調子ではしゃぐ。
寄ってくる子猫は、まだまだ小さくて歩く速度も全然遅いが、がんばっている。
その姿が実にいじらしくて、えもいえない可愛らしさがある。
子犬は、子猫に比べれば歩くのは達者だ。
しかし曲者なのはその尻尾。柴犬など、すでにクリンと丸まっている。
それをフリフリしながら歩く姿は、子猫とも違った可愛さがあった。
「ニィ、ニィ」
「ワフッ」
「わぁ~! わぁ~~!」
自分を囲むようにやってくる子猫と子犬の混成軍に、ヒナタはすでにメロメロだ。
「ヒナタ、これを受け取るのじゃ~!」
カワイイの輪の外より、カリンがヒナタに何かを投げつける。
それは、猫じゃらしとゴムボールであった。
「お姉ちゃん!」
「そやつらはおんしと遊びたがっておる、精一杯遊んでやるがよい!」
「は~い!」
右手に猫じゃらしを持ち、左手にボールを持って、ヒナタ、臨戦態勢。
そして子猫も子犬も、そんな彼女に飛びかからんばかりに跳ねて、
「ミャ~ウ!」
「ワフン!」
「大丈夫だよ~、ちゃんと遊んであげるよ~!」
無数の子猫・子犬達と戯れ始めるヒナタ。
それを見て、カリンがひそかにほくそ笑む。堕ちたな。彼女は思った。
これこそはシカエシ等活地獄。
この地獄に落ちた者は子犬と子猫を相手にとことん遊んで体力を使い果たす。
だが、子猫と子犬のスタミナは無限。
自分が疲れても絶対に休ませてもらえないのは、激しい苦痛に違いない。
「ファ、ファ、ファ、ヒナタよ。楽しさと引き換えに消耗し尽くすがよいわ!」
彼女に見せた投げやりな態度も全てはブラフ。
敏腕プロデューサーのカリンさんは、ちょっとのネタバレ程度には動じないのだ。
「それはそれとしてシイナの姉御は許さんが」
やはり、その恨みだけは根に持ち続けるカリンであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――三十分後。
「あれぇ~?」
カリンが首をひねっている。
「アハハハハ! それじゃあ次はこれで遊ぼ~!」
「ミャウ~」
「ワフッ、ワウワウ!」
彼女が見ている前で、ヒナタが子猫と子犬とじゃれている。
三十分間、一切休みなしで、ずっとずっと楽しそうに遊び続けている。
ヒナタさん、全然疲れた様子が見えませんが……
そう思ったところで、カリンは気づいた。完全に盲点だった。
「ヒナタも、疲れ知らずの子供じゃったわ……!」
ヒナタにとって、この等活地獄は単なるご褒美でしかないのだった。
シカエシスゴロク八大地獄コース第一弾、シカエシ等活地獄――、敗れたり!




