第354話 開幕、大魔王城シカエシスゴロク!
マガツラが、浮いている。
二頭身になって丸っこくなった、俺よりちっちゃいマガツラが浮いている。
同じくちっちゃくなったNULLの上に乗って、浮いている。
「「ええええええええええええ……」」
突如現れたマスコット化した自分の異面体に、俺とミフユが困惑の声を重ねる。
『クカカカカカカカカ! どォした本体、ハトマメなツラァしやがって!』
NULLの上で、ミニマムマガツラが腕を組んで言ってくる。
声がもう、何ていうか、アニメ声。すごいアニメ声。
割と高めの音階だが耳障りではなく、ちょっと少年っぽい元気さが感じられる。
そして気づいた。あ、これ、五歳くらいの俺の声だ……。
「どうなってんだよ、こいつはよォ~~~~!?」
『クカカカカカ、見ての通りよ! 俺ァ、自由に動けるようになったのさ!』
NULL上で腕組み仁王立ちしているマガツラが、それはそれは元気に言う。
そして、乗られているNULLも何やらチカチカ光を放つ。
『『私もそんな感じよ~』、だってよ。クカカカカカカ!』
「え、光通信ッ!?」
驚いたのは本体のミフユ。
自分の異面体にそんな機能があったことすら知らなかったっぽいな、これ。
「……キリオの言ってたことは本当だったのか」
マガツラが独立して動いてたとか、言ってたモンなぁ、あいつ。え、怖。
『オイオイ。そんな怖がンなよ、本体。異面体として悲しいぜェ、俺ァ』
「む、これは……」
『そうとも、おまえの考えてる通りだぜ。根っこは一緒さ』
ああ、やはり。
マガツラの反応から、何となくわかった。そうか、やっぱこいつはマガツラか。
俺の思考が確かに伝わっている。精神の深い部分で繋がってるからだ。
あの無間地獄で、俺とミフユは他の人間が味わうことのない地獄を味わった。
それがきっかけで異面体になにがしかの変化が起きた、ってこと、なのだろうか。
『クカカカ、難しいこと考えてんじゃねぇよ、本体。俺はおまえさ。わかるだろ?』
「まぁな。……で、マスコットって?」
マガツラとNULLが自律行動可能になった。それはわかった。
で、それとマスコットの話題とどう繋がるっていうんです?
『決まってんだろ』
「何がよ?」
『せっかく一人で動けるようになったんだから出番が欲しいんだよッ!』
そんな理由かい!?
って、何かNULLがまたチカチカ瞬いてる。
『見ろ、NULLも『そうよそうよ』と同意してるぜ?』
「それ本当? わたし、本体なのに全然わかんないんだけど……」
『フ、俺とNULLは付き合いの年季が違うぜ』
「待って、わたし以上に長く付き合ってるヤツいないから。わたし本体だから!」
ミフユとマガツラが何やら話しておるなぁ。
でも、見た目、七歳児と二頭身ゆるキャラが話してるだけなので微笑ましい。
「で、どうするよ、カリン。アレがマスコットでいいのか?」
俺はカリンに確認を求めるが、返事はない。
「……あれ?」
いつもならすぐに返事があるんだけど、ない。何だ、どうした。
俺は、カリンの方を見てみる。
「…………」
カリンは、マガツラとNULLの方をジッと凝視していた。
何だ、どうしたんだ。
一瞬思ったが、しかし俺はすぐに気づいた。
そうか、マガツラが本当にマスコットに相応しいか観察しているのか。
さすがイベンターなだけはあるな。
こんな急ごしらえのイベントでも一切妥協をしないその姿勢、心から恐れ――、
「かわいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ――――ッ!」
……いるぜ?
「かわいいいいいい! かわいすぎるぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――ッ!」
『ヌオオオ! 何だァァァァァァァ!?』
固まる俺の前で、カリンがマガツラにダイブして、NULLごと抱きしめる。
「ふぁぁぁ、何これぇ! マガツラとNULLがどっちもかぁいいいいいいいいい! 丸っとしててちっちゃくて、ポヨポヨのプニプニで、ちょっとトゲトゲしてるのが逆に可愛さのアクセントになってりゅううううううぅぅぅぅぅぅ――――ッ!」
『グオオオオ、やめろ、放せ! 放せカリン! って、腕の力つっよ!? ぬぐあぁぁぁ! スリスリすんな! いや、マジで力強ェんだが!? ほ、本体~!』
ああああ、マガツラの悲鳴に合わせてNULLもすごくピカピカ瞬いてる!
『『ちょっと、苦しいのよ! 放しなさいよ!』って言ってるぜぇ~~~~!』
「おまえ、こんな状況でも通訳はしてやるんかい!?」
「そういえばカリンって、可愛いものに目がなかったわね……」
ミフユがそれを思い出して、額に手を当てる。
マガツラとNULLがカリンの餌食になってしまったが、しかし、俺は思った。
「どっちにしろ、この光景は微笑ましいな」
『微笑ましいで済ますな! こっちはエマージェンシーなんだよ、コラァ!』
「かぁいいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――ッ!」
カリンが復帰するまで、三分ほどかかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
マスコットはマガツラとNULLに決まった。
こうして、全ての準備は整った。
「んー、コホン。それではこれよりイベントを開催するぞえ」
「スゲェ、あれだけ醜態晒しておいて涼しい顔してやがるぞ、あいつ……」
「ととさま、黙らっしゃい」
カリンが俺をやんわりたしなめてくる。
ここでやんわり止まりなのも大したモンだ。さすがに肝が据わっている。
見た目はちんまいけど、異世界では幾つもの大舞台を成功させてきたカリンだ。
胆力だけならば、実は家族の中でも屈指なのかもしれない。
「まずは開始に先立って、大魔王様からの開会宣言じゃ。心して聞くがよい」
パチンと軽くカリンが指を鳴らすと、城門の上に大きなスクリーンが出現する。
そこに、大魔王キリオ様とマリエの姿が映し出される。
……キリオの頭に、角が生えてるな。
『あ、あ~、これ聞こえてるでありますか? 見えてるでありますか?』
「うむ、バッチリじゃぞ~! 大魔王の兄御! 衣装もお似合いじゃぞ~!」
大魔王の兄御。何それ、笑うわ。
いや、でも確かに大魔王っぽい格好してる。頭に角生えてるし。
こう、頭の左右から、湾曲した黒い角がニュ~っと生えてる。
しかも着てる衣装も何か、禍々しい。黒マントの下に黒い甲冑を着ておられる。
やけにとんがった肩アーマーから、トゲトゲも生えてる。
腰にギザギザした感じの黒い魔剣を提げて、右手に黒い杖を持っている。
あ、杖の先端はドクロね、ドクロ。
「な、何て大魔王なビジュアルなんだ……!」
「これは、一目見ればどなたでも『あ、大魔王』って思いますね……」
マリクとヒメノが、ゴクリと息をのんだ。まぁ、わからんでもないけど。
ちなみにマリエも何かそれっぽい衣装に着替えてる。黒いドレスと、やっぱり角。
「角はどうしても必要なんか……?」
「何を言っとるんじゃ、ととさま。大魔王といえば角じゃろう!」
「そ、そうなの?」
それはちょっとした偏見じゃないかなぁ……。角、そんな重要かなぁ?
「さて、大魔王様。それではこたびのイベント開会宣言をお願いしますじゃ!」
『わかったであります』
そして、スクリーン越しにキリオが俺達一同を見下ろし、静かに目を伏せる。
『思い出すでありますな――、あの雨の夜、有責者一堂に囲まれたときのことを』
「うっ」
「ぐぅっ!」
いきなりの右ストレートに俺やシンラが早速ダメージを負う。
『いくらそれがしが訴えても、皆、それがしを『ミスター』、『ミスター』と」
「く、ふぅ……」
「がはッ、い、胃が……!」
続くコンボに、タマキとタクマも苦しげに呻いて身をくの字に折り曲げる。
『自然公園ではヒナタに無差別攻撃を受け――』
「あ、ぁ~……」
ヒナタは誤魔化し笑いすらできず、顔を引きつらせている。
『アパート前では美沙子殿にハチの巣にされかけ――』
「返す言葉もないねぇ……」
『ホテル前ではスダレの姉貴殿に『姉呼ばわりするな』と言われ――』
「ごめんよぉ~、ごめんよぉ~」
お袋もスダレも、淡々と語られるその内容には頭を下げるしかない。
っつーか、俺が死んでる間にどんだけイベント発生してたんだよ、キリオ様さぁ。
「笑えねぇ~」
「笑えないわねぇ~」
さすがの俺も、これにはミフユに同調するしかないですよ?
『だが、全ては終わったのであります。そして、平和な日常が取り戻されたのであります。サイディとテンラ殿下への仕返しも終わって、めでたしめでたし――』
次の瞬間、大魔王キリオ様の顔が、烈火の如き怒りに染め上げられた。
『だがまだそれがしの恨みはなぁ~~~~んも晴れておらんであります! なぁ~にがバーンズ家新当主でありますか! ウチの家督にどんだけの意味があるんでありますか! 有名無実も甚だしい! 今さらチヤホヤされたところで何も嬉しくねぇっつー話でありますよ! あ~、恨めしい! あ~、憎たらしい! よって――』
大魔王キリオが、羽織っている黒マントをバサァとカッコよく翻す。
『今ここに、それがしの恨みつらみを迸らせて、バーンズ家絶滅計画の開始を宣言するであります! またの名を――、『大魔王城シカエシスゴロク』でありますッ!』
ゴゴゴゴゴゴゴと、地面が震え出す。
それは、今までずっと閉ざされていた大魔王城の城門が開かれて起きた震動だ。
「これは……!?」
その中に現れたものに、俺達は目をみはった。
外と中を隔てる壁以外に何の仕切りもない広々とした空間。そして――、
「マジでスゴロクじゃねぇか!?」
そう、スゴロクだった。
石畳の床の上に、超デケェスゴロクがある。
「ルールは簡単じゃ。参加者組は一人一つダイスが与えられる。毎回それを転がして出目の分だけ進むがよい。マスの指示には絶対服従じゃぞ。スゴロクは全三階層。最後に大魔王様の玉座の前に行ってこうべをたれて許しを乞えばゴールじゃ!」
ほほぉ、なかなかロクでもないスゴロクですね。笑うわ。
「なお、スゴロクのマスの指示内容は『死ぬ:95% 死んだ方がまし:5%』の配分になっておる。死んだら自動的に蘇生アイテムで復活できる仕様になっておるから、存分に死ぬ思いをして死ぬがよいぞ。あ、ヒナタは八大地獄コースね!」
「もぉ~、わかってるよぉ~」
カリンが説明を終えてのち、開かれた城門の前に大魔王の笑いが響き渡る。
『バーンズ家よ、貴殿らが面白おかしく死にゆくさまをマリエと共に見ていてやるでありますぞ! ワァ~ッハッハッハ! ……こんな感じでいいでありますか?』
「うむ、バッチリじゃ! あとは特等席でゆっくり観覧するがよいぞ~!」
『了解であります。カリン、協力感謝であります!』
そして、キリオとマリエの姿は消えて、スクリーンも消失する。
「それでは、大魔王配下側は所定の位置につくがよいぞ~!」
「「「お~!」」」
カリンの号令に、ケントやマリク達が次々にどこかに転移していく。
なお、俺とミフユはマガツラと一緒に現地から中継するリポーターだそうですよ。
「それでは参加者側は年功序列でスタートじゃ! 最初は美沙子殿からじゃのう!」
「やれやれ、大変なことになっちまったねぇ……」
お袋が息をつきつつ、一抱え程ある六面ダイスを持ち上げて投げる。
出た目は、三。
「一、二、三、ここかい?」
出目に合わせてマスを踏んでいくお袋。そして着いた先に書かれた指示内容は、
「え~、っと……、『呼べ! 愛する人の名を! 叫べ! 思いの丈を! そして爆発しろ! 物理的にッ!』って、えぇ、何だい、こりゃあ……?」
大魔王城シカエシスゴロクは、まだ始まったばかりだ。




