第351話 バーンズ家新当主キリオ・バーンズ様
土下座。
土下座である。
みぃ~~~~んな、土下座している。キリオとマリエの前で。
「…………えぇ?」
ようやく硬直から解放されたキリオだが、しかし次に訪れたのは困惑だった。
ごん太の、ゴッツイ困惑が、彼の心をつかんで離さない。
「……あなた様」
同じように困り切っているマリエが、視線でキリオに助けを求めてくる。
助けてほしいのは彼も一緒ではあったが、こうなると踏み込まざるを得なくなる。
本音、全力で逃げたくはあるが。
「あ~、父上殿、母上殿……?」
まずは、皆の先頭で土下座しているアキラとミフユに事実確認をしようとする。
「「何でしょうか、御当主様!」」
二人は床に額をつけたまま、声を揃えてくる。
「私の心が死にそうになるのでせめて顔を上げてくれませんか?」
おもわず素になってしまうキリオである。
「あと喋り方! 喋り方もいつも通りでお願いする!」
「しょーがねーなー、何だよ」
顔を上げ、いつもの口調になるアキラ。その横柄な態度が、いっそ安心する。
「何だよはこっちのセリフでありますが……。いや、何事でありますか、これは?」
「キリオ様当主御就任おめでとうのお祝いの土下座」
「お祝いと土下座をミックスする感性はどうかと思うでありますよ……」
土下座してる理由は何となくわかる。
要は『仕返しされる準備はできてるからいつでもいいぜ』ということだろう。が、
「……つか、何でそれがしが当主とかいう話になっているでありますか?」
「今回の武功を鑑みて」
「戦国かッ!?」
キリオ、絶叫である。
「いやいや、せめてそれくらいはしないと、ほら、何つ~の? クリア報酬?」
「家族の危機をゲームのミッションか何かと勘違いしておられる?」
そもそもクリア報酬が『当主就任』なのがおかしい。
というか、ツッコミどころしかありゃしねぇ点が、すでにツッコミどころなのだ。
「……ちなみに、当主就任で具体的には何が変わるでありますか?」
「よくぞ聞いてくれました!」
これはアキラではなく、ミフユの方が返答を寄越す。
「まずは、この場にいる全員がキリオとマリエさんを『様』付けで呼ぶわ」
「もうその時点で『やめて』以外の感想がないんですけど!」
マリエからしてすでに顔に嫌気が差している。
彼女がここまで露骨に否定的な感情を露わにするのは、キリオにとっても珍しい。
しかし、ミフユの説明はまだまだ序の口であった。
「次に、男共が二人に対して常に低姿勢で揉み手をして愛想笑いを浮かべるわ」
「家族自らが積極的に自身のイメージの破壊に乗り出すとッ!?」
キリオは、シンラがヘコヘコ低姿勢で揉み手で愛想笑いを浮かべる姿を想像する。
思ったのは『これはあかん』だった。それ以外にどんな感想を抱けと。
「そして私含めた女性陣は常に語尾に『キリオ様、素敵!』とつけて会話するわ。本当はそのあとに『抱いて!』も付けようかと思ったけど、これはさすがに反対多数になるのが目に見えていたからオミットさせてもらったわ。キリオ様、素敵!」
「クリア報酬の内容がどう考えてもただの精神攻撃でしかない点について」
当主就任と言われつつ、繰り広げられるのは道具を使わない拷問ではないか。
そんな扱いされたら、三日で悪夢にうなされて一週間で心が死ぬ。
何だその、低コストで低労力な完全犯罪。
「『特別扱い』って、明確に差別でありますよな……」
「ああ、キリオ様が真理に到達した人の目になっています!?」
放っておけば崖から身を投げ出しそうな雰囲気を醸し出しているキリオであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――五分後。
「落ち着きましたか?」
「何とか……」
マリエが持ってきたお茶を飲みつつ、ソファでキリオが息をつく。
「……で」
彼がちらりと見た先、
「いつまで床に正座してるつもりでありますか、皆」
言われたアキラはじめ、家族一同は互いに顔を見合わせて、答えたのは、シイナ。
「それはもちろんキリオ様の仕返しが終わるまで? ……あ、キリオ様、素敵!」
「とってつけたようなその語尾と様付けはやめろであります! メンタル削れる!」
「…………」
「あとタクマの兄貴殿のこっちを見る目が明らかに羨ましそうなのはどうなの!?」
「俺もよぉ、そんな語尾で言われてぇよなぁ……」
「あ、吐露しちゃった! 素直に心情を吐露しちゃったでありますよ、この三男!」
ひとしきりツッコんだのち、キリオは呼吸を整え、改めて一同を見回す。
「ちょっと気になってたんでありますが、父上殿」
「おう、何だよ?」
「父上殿と母上殿はとっくにケジメをつけたのに、どうしてそちら側に?」
率直な問いかけである。
アキラとミフユのケジメについては、すでに場の全員が知っている。
カディルグナの無間地獄に落ちて、ひたすらに死に続けた三日間。
「あー……」
「ケジメはつけたけど、ね」
アキラは髪を軽く掻き、ミフユは肩をすくめる。
「ケジメはつけたが、だからっておまえの側に立って、おまえがする仕返しを高みの見物とかってのも、何だかな……。って感じなワケよ」
「言わんとしてるところはわかるでありますが。……と、いうか」
キリオが、アキラとミフユ以外の方へと目をやる。
「何ゆえ、お師匠様も一緒になって正座してるでありますか?」
「タマちゃんだけ正座させてるのも何だかな……、って」
背筋を伸ばして正座しているケントが言う。理由がアキラとまんま同じだ。
「……マリクの兄貴殿とヒメノの姉貴殿は?」
「え、ぼ、僕達?」
「そうですね。私達みたいですね」
同じく正座しているマリクとヒメノが、互いの顔を見合って、声は揃った。
「「自分達だけ仕返しされないのも何だかな……、って」」
「一緒ー! ここまで、全員答え一緒でありますからァ――――ッ!」
「何だかなで仕返しを受け入れられるメンタルもすごいと思うんですけどね……」
マリエの冷静な一言が、バーンズ家の異常性を一際浮かび上がらせている。
キリオはそう感じてならなかった。
「で、最大の問題は――」
次いで、キリオが見た先。
そこにいるのは、エンジュと、タイジュと、ラララだった。
三人共が、ケント以上にピシッと綺麗な正座をカマしている。
「……あの、貴殿ら」
額から頬から、とめどなく汗を流しているキリオが、白目むきつつ三人を呼ぶ。
「何でしょうか、キリオ伯父さん」
「何ですか、キリオさん」
「何かな、キリオの兄クン」
すると三人は、それはそれは神妙な面持ちで彼に反応を示す。
反応からわかる。三人はすでに『仕返しを受ける覚悟』をキメてしまっている。
キリオがそれを知った瞬間――、
プチッ。
と、キリオの中で何かがキレる音を、そばにいるマリエだけが聞いてしまった。
「貴殿らはさすがにそれがし側だろオォォォォォォォォ――――ッ!」
「ああ、キリオ様が半泣きに!?」
まさかのキリオの反応だが、気の毒すぎてマリエも止めるに止められない。
しかし、エンジュはその態度に何かを勘違いしたか、恐縮しきりで、
「いや、でも、私、サイディに操られて伯父さんたちの敵になってたし……」
「誰も怒ってねぇし恨んでねぇでありますよ! っつーか、タイジュ&ラララァ!」
キリオが顔を真っ赤にしてタイジュとラララに人差し指を突きつける。
「何で貴殿らまでそっちにいるでありますかァ――――ッ!」
「付き添いで」
「付き添いで」
「はい、知ってた。はい、バカ親バカ共め!」
真顔で答える二人に、キリオがゴンと床を殴りつける。
「エンジュ、すぐにこっちに来るであります」
「え、で、でも……」
「でもも何もない! 貴殿、今回はそれがしとラララに次ぐ被害者でありますぞ!」
されたことを考えると、もしかしたらエンジュこそ最大の被害者かもしれない。
何せ、今回の一件が原因で彼女はこっちに『出戻り』することになったのだ。
しかし、本人はそんな意識は薄いようで、周りを見渡して、
「い、いいんでしょうか……?」
「いいも悪いもないでありますッ! っていうかそろそろそれがしのこと助けて!」
「あ、ついに助けてって言っちゃった」
キリオに本泣きが入りそうな気配を察知したマリエが、エンジュに笑いかけて、
「エンジュさん、キリオ様を助けるつもりでこちに来てくれませんか?」
「はい、わかりました」
えんじゅが「いいのかな?」という顔をしつつ、キリオの方に行く。
すると、タイジュとラララも無言で立ち上がって、それについてくる。
「あの、お二人は……?」
「付き添いで」
「付き添いで」
真顔で答える二人に、マリエは実感する。ああ、これがバカ親バカ……。
「あああああああ、やっとこっち側に人が来たでありますッッ!」
「キリオ様が感激のあまり男泣きしている……」
「えぇ……」
熱い涙を溢れさせるキリオに、マリエが驚き、エンジュはドンビキした。
「え~っと、もしかして……」
そこに、おずおずとアキラが声をかけてくる。
「もしかして俺ら、やっちゃった?」
「う~ん、やっちゃったといいますか……」
男泣きしているキリオを横目に、マリエは頬に手を当ててしばし考える。
「多分ではありますが、あの『キリオ』の一件で、キリオ様は一度皆さんとの『繋がり』を断たれて孤立したワケですから、こういう『特別扱い』で、また一人だけ皆さんとは違う場所に立たされるのがイヤだったのではないかと……」
「ああ、うん、完全にやっちゃってますねぇ! 裏目がSSRだな、コレ!」
非の打ちどころのないマリエの分析に、アキラはもう、汗ダラダラである。
そして、彼が謝ろうとしたところでキリオが勢いよく立ち上がった。
「フッフッフ、ハァッハハハハハハハハハハハハハハハ!」
「キ、キリオさん……?」
いきなり笑い出した彼に、アキラもちょっと気圧されつつ、キリオの名を呼ぶ。
「わかったであります! 貴殿らがそこまでそれがしを持ち上げるというならば、不肖、このキリオ・バーンズ、バーンズ家当主としてそれに恥じぬ仕返しを貴殿らにブチかましてやるであります! ハブられし我が恨み、必ずや晴らさでおくべきか!」
顔面は蒼白。見開かれた目は血走ってまばたき一切なし。流れる汗は滝のごとし。
大きく開かれた口は引きつった笑みを作り、ガハハガハハとバカ笑い。
「あ~ぁ、キリオ様のスイッチ、入っちゃいましたねー」
「入っちゃったかー……」
「ちなみに当主就任とか言い出したのはアキラだからね?」
「ちょっとミフユさん、責任逃れはなしっすよ! おまえも納得してたやん!?」
「ワハハハハハハハハハハハハハハァ――――ッ! で、あります!」
「ああ、あなた様~!」
責任のなすりつけ合いを始めたアキラ達をよそに、キリオは部屋を出ていった。
そして、主役がいなくなった部屋で、正座に足を痺れさせたシイナが直感する。
「あ、これ絶対、ロクなことにならないヤツですね」
事実、そうなった。三時間後に。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
キリオが駅前を歩く。そのあとを、マリエが小走りでついてくる。
「あなた様!」
「別にホテルにいてもよかったでありますよ、マリエは」
「そういうワケにもいかないでしょう……」
「好きにするがいいであります」
そして大股に歩くキリオを、マリエは無言のままついていく。
そうして一分ほど、彼女は切り出そうとする。
「あの、あなた様――」
「父上殿が画策したことなのはわかっているであります」
「え……」
マリエに説明を受けずとも、キリオはそんなことはとっくに承知していた。
「あの人のやりそうなことであります。伝えるべきことを軽いノリと勢いで伝えようとしてくるのは、いつもと変わらんでありますからな。全く、何というか……」
「伝えるべきこと、ですか……?」
「仕返しに手心を加えるな、と、父上殿は言おうとしてたのだよ」
説明しようとして、逆に説明されて、マリエは驚いた。
「そ、そうだったんですか……!?」
「おそらくな。違ったとしても大差はないだろう。それがしに『もう終わった話である』と言わせないよう、わざとそれがしを当主という形にして孤立させたのだ。『キリオ』の一件でそれがしが置かれた状況を、忘れさせないために」
「では……」
「うむ。こうなったら、それがしができる最大限の仕返しをもって、皆にケジメをつけさせる所存であります。マリエにはすまんが、協力を頼むであります!」
「はい、それはもちろん!」
父、アキラの意図を理解し、気持ちも新たに仕返しを考えるキリオ。だが――、
「で、どんな仕返しがいいでありますかねー……」
「え? 何かお考えがあるのではなかったのですか?」
「何にもないであります。なぁ~んにも、ないであります。それがし、そういうの考えるの得意じゃねーでありますよ! どっちかっていうと手伝う側だったし!」
キリオは往来の真ん中でで頭を抱え、唸り始める。
ちなみに、マリエもそういったことついては考えるのはあまり得意ではない。
「どうしましょうね。何がいいのでしょうね……?」
「う~~む、何も思いつかんであります……」
二人して腕を組んで考え込んでしまう。
そのキリオの目の前を、何かが上から下に行き過ぎていった。
「ん?」
目で追ったそれは、何と金属符。いきなり空から降ってきたのだ。
「これは!?」
目を丸くするキリオとマリエを巻き込んで、その場一帯が『異階化』する。
「あなた様!」
「マリエ、それがしのそばを離れるな!」
キリオはすぐさま異面体を展開し、自身のマントの内にマリエを入れる。
何が起きた。まさか『Em』の残党か。襲撃だというのか。
最大限の警戒を見せつつ、キリオは周囲に素早く目配せをする。
「――やっと見つけた、バーンズ家」
声がした。上の方からだ。
「……何者!」
即座にそちらを顔を向けたキリオが、そこにいる人物を目にして驚愕する。
「ま、まさか、貴殿はァ――――ッ!?」
そして次回に続く。露骨な引きであった。




