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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章・後日談 愉快! 痛快! 仕返し会!

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第350話 今だけは、君を見つめて

 さすがに疲れた。

 キリオは、そう思いながらスイートルームのデケェベッドに身を投げる。


 テンラへの仕返しが終わり、そのあとは自然と解散となった。

 何もかも終わったから『それじゃあ騒ごう』なんて気分になれるはずもなかった。


 ミフユのはからいで、今日はキリオはこの部屋に泊まることとなっている。

 あのサラ・マリオンの部屋よりもさらに大きく、立派な一室だ。

 こんな機会でもなければ、高校生の身で宿泊することなど到底叶わないだろう。


 改めて、ミフユの財力に感嘆させられる。

 いや、彼女からすればこの程度はした金なのだろうが。


 ちなみに、本日、この部屋に泊まるのは彼だけではない。

 キリオがボーっとしていると、おもむろにドアが開き、誰かが入ってくる。


「あなた様、ただいま戻りました」

「ああ、おかえりでありますよ、マリエ」


 現れたのはマリエだった。

 彼女は気分転換に外に散歩に出ていたのだ。


「おや、何か買ってきたのでありますか?」


 マリエは、手にコンビニ袋を提げていた。中に入っているのは、ペットボトル?

 サイズを見るに、350mlのペットボトルのようだ。


「目ざといですね。ちょっと飲みたくなったので買ってきました」

「お茶でありますか?」


 キリオが問う。

 彼女が自分と同じくお茶のたぐいが好みであることを、彼は知っていた。


「いいえ、炭酸のジュースです。CMでもやっていた、強い炭酸の」

「ほぉ、珍しい……」

「少し飲みたくなってしまって」


 マリエは、やや気恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべる。

 だがその表情に、キリオは気づく。


 ああ、そういえば異世界でもそうだった。

 何か嫌なことがあると、自分はよく晩酌にエールを飲んでいた。

 舌先に弾ける刺激が心地よいのだと、マリエに話したことがあるのを覚えている。


「……おまえは、本当に」

「え、え? 何ですか? 私が飲みたいから買ってきただけですよ?」


 と、言う割に、袋の中に入っている炭酸ジュースは二本あった。

 ごまかすの下手か。

 だがそこが少し可愛らしく感じられて、キリオは小さく笑う。


「一本、もらっていいでありますか?」

「え? ああ、何か間違って二本買ってしまったので、よろしければ!」


 急にあたふたし出すマリエ。嘘つくのも下手か。


「ありがたくいただくでありますよ」

「はい、あなた様!」


 穏やかに笑って、キリオはマリエが買ってきてくれたジュースを受け取る。

 そしてリビングで、マリエと二人、向かい合ってソファに座る。


 ジュースのふたを開ければ、パシュッと爽やかな音がする。

 キリオは、開けたペットボトルを手にして、それをマリエの前に軽く掲げた。


「乾杯」

「あ、はい。乾杯!」


 マリエもすぐに意図を察し、同じようにペットボトルを掲げる。

 そして二人はそのまま炭酸ジュースを口に含んだ。


「ん……」


 初めて飲むジュースは、なるほど、確かに随分と炭酸が強い。

 強めの甘み、多少の酸味と共に、シュワシュワとした感触が口内に広がり弾ける。


「ははぁ、こりゃうめぇでありますな」

「炭酸、本当に強いですね……」


 向かい側で飲んでいるマリエは、若干驚き顔だ。


「おや~? マリエはこういうの苦手でありましたっけ~?」

「い、いえ? そんなことはありませんにょ?」


 あ、これ実は苦手なやつだ。キリオは気づく。


「無理をすることはないでありますよ」

「……いいえ、本当に大丈夫です」


 苦笑するキリオに、マリエは顔を引き締めペットボトルをグイっと一気にあおる。


「マリエ……!?」

「ん、んん……ッ!」


 仰天するキリオの前で、マリエは顔をしかめて目を強くつむる。我慢が丸見えだ。


「……ッはぁ! 口の中が痛いです!」

「そうなるとわかってて何故一気飲みを敢行したでありますか!」


 目にうっすら涙を浮かべて言うマリエに、キリオはたまらずツッコミを入れる。

 すると彼女は指で涙を拭ってから笑い、


「そういう気分だったからです」

「マリエ……」


 言われ、一瞬固まって、キリオもまた炭酸ジュースを一気飲みする。


「あなた様?」

「ぅ、おお……ッ」


 ジュースで口内を満たすと、炭酸がバチバチ爆ぜて本当に頬が痛くなってくる。

 口の中で刺激が暴れる。それは確かに痛かったが、妙に爽快な感覚だ。


「ん、ああ……」


 飲み下して、吐息が漏れる。

 マリエが、ハラハラした様子でキリオを見つめている。


「それがしも、そういう気分になったでありますよ」

「そうですか……」


 そして、空になったペットボトルをテーブルに置いて、訪れるかすかな沈黙。

 時間にすれば十秒ほど。二人は互いに向かい合い、視線を交わらせる。


「……やっと、終わったんですね」


 先に口を開いたのは、マリエの方だった。


「ああ、終わった。全部、終わったであります」


 あの『キリオ』が仕掛けた、辛く苦しい三日間。それがようやく終わったのだ。


「『キリオ』が誰だったのか、あなた様は覚えておいでですか?」

「いや、覚えていない。父上殿の異能態のせいだろう」


 マリエの問いかけにキリオは首を横に振る。

 自分にとって『キリオ』の正体だった人物は、深い因縁のある相手だったはずだ。


 だが、覚えていない。

 その人物の名も、顔も、自分とどういう繋がりがあるかも忘れ去った。


 いや、繋がりについては何となく予想はついている。

 自分とマリエが処刑されるきっかけになった皇位簒奪の一件だろう、きっと。


 そのときに何があったのかを、キリオはほぼ忘れている。

 ただ、マリエと自分が死んだときの記憶はやたら鮮明なままだが。


 どうやら失われたのは記憶だけ。

 存在そのものは亡却されていないようだ。一体、どういう相手だったのだろうか。


「気になりますか?」


 マリエに問われる。

 キリオは、これにも首を横に振った。


「いいや、気にしないことにする。もう囚われるのはやめよう」

「そう、ですね。それがいいと思います」


 彼の答えに、マリエもまた微笑んで返す。


「それにしても『キリオ』のことは覚えているのでありますなぁ……」

「本当に別人にするんですね、サティ様の異能態」


 他人を『キリオ』に変える異能態。

 改めて考えてみると、これはこれでとんでもないな。キリオはそう思った。


「サティ様は――」

「ん?」

「それを使えば、また『キリオ』様に会えるのですよね」


 マリエは、やや顔を俯かせ、笑いを消してそんなことを言い出す。

 サティの『真念』は『恋慕』。

 彼女の強く激しい想いは、他人を本物の『キリオ』に変える。そういう能力だ。


「使わんだろう」


 だが、キリオはマリエの言わんとしているところを否定する。


「サティは二度と使わない。それがしは、そう思うでありますよ、マリエ」

「そうですね。実は、私もそう思ってました。一緒ですね」


 キリオもマリエも知っている。

 サティはきっと、あの異能態を二度と使うことはないだろう。彼女は、きっと。


「本当に、色んなことがあった三日間でしたね……」

「そうでありますな。全く――」


 軽く思い返すだけでも、様々な記憶が思い浮かぶ。

 現実改変によるバーンズ家との敵対に始まり、ケントの救援と。そして旅立ち。


 宙船坂家ではアキラとミフユと再会し、自分とラララは使命を託された。

 その直後、操られた状態のマリエに見つかり、自然公園で交戦する事態になった。


「……体は大丈夫でありますか? あの邪剣の後遺症などは?」

「大丈夫です。問題ありませんよ。お気遣いありがとうございます」


 と、今は嬉しそうに笑っているマリエが、おぞましい邪獣(ベリアル)と化してしまった。

 その場は中立になってくれたタマキとヒナタに任せて、自分達は一度逃げだした。


 そしてサラ・マリオンの部屋で休み、そこからはラララと自分で二手に分かれた。

 キリオは美沙子のもとへ向かい、そこで美沙子とシンラと話をした。


 そしてホテルで『キリオ』に宣戦布告をしたのち、サティの部屋へお邪魔した。

 彼女がマリエへの敵意を露わにしたのは、そのときだった。


 それがきっかけで再び宙船坂家を訪れ、そこでマガツラに遭遇した。

 だが家を出たところで、邪獣として進化したマリエと遭遇し、危機に陥ったのだ。


 助けてくれたのはサティだったが、それは彼女の策でもあった。

 サティは、キリオにマリエを討たせようと画策していた。


 だが、結局のところ、それは失敗に終わった。

 キリオはマリエと共に『真念』に至って『キリオ』の企てを潰すことに成功した。


「……一家総出で解決に臨んだ一件でありましたな」


 振り返って、キリオの口から出た感想がそれだった。

 本当に、自分だけではどうにもならなかった。それについては確信がある。


「そうかもしれませんね。でも、それは中心にあなた様がいたからこそ解決できたということでもあると思うのです。あなた様が諦めることなく、歩み続けた結果です」

「諦めるなどという選択肢は最初からなかったでありますからな」

「はい、知っています。あなた様はそういうお方ですものね」


 笑うキリオに、マリエも笑い返す。

 そこで、彼は自分の妻だった女性に、改めて宣言をする。


「なぁ、マリエ」

「何でしょう、あなた様」


「私は君を選ぶよ」

「……それは」


「サティと君、どちらかを選べと言われれば、私は君を選ぶ」

「あなた様――」


「だが……」

「はい、それもわかっています。『今は』ですよね?」

「やはり、わかるか」


 見透かされてしまった。違うな、最初から知られていたことか。

 キリオは苦笑し、ソファに深く身を沈める。


「今の私はサティがしたことを許せない。きっと、長い時間をかけねばこの思いはほぐれてくれないだろう。だが同時に、サティへの想いはこの胸に息づいている。君という女性を前にして、それを言うことは破廉恥の極みなのだろうが――」

「いいえ、あなた様」


 マリエが、静かにかぶりを振る。


「私が愛したのは、サティ様を愛したあなたです。それを破廉恥と言うなら私もきっと破廉恥な女なのでしょう。あなた様に、そうあることを望んでしまうのですから」

「妬んだりはしないのかい?」

「妬みますよ? 私だって人間です。……でも、あなた様ならどうにかできるとも思っております。あなたは弱いところもあるけれど、甲斐性だってある人ですから」


 随分とハードルを上げられてしまった。キリオの苦笑がますます深くなる。


「努めねばならないな。妻にそう望まれてしまったのでは」

「応援していますよ、常に。いつでも」

「知っているよ」


 クククと笑って、キリオは軽く天井を見上げる。


「――五年後は、どうなるだろうか」

「さすがにそれはわかりません。けど……」


「何だい?」

「五年後も、あなた様と一緒にいられたらいいな、とは思います」

「それは私もだよ」


 また、共に笑い合う。

 この一瞬が心地よくていとおしい。彼女の笑顔が、自分を笑顔にさせてくれる。


「そう、この先のことはまだわからない。でもね、マリエ」


 ソファから身を乗り出し、キリオはテーブルに片手をついて彼女を見つめる。


「はい、あなた様」


 マリエも同じようにソファから前に出て、キリオの手の上に手を重ねる。

 無音の部屋の中、二人は共に相手しか見なくなる。


 重ねられた手には、マリエの手のぬくもりが師かと伝わってくる。

 胸の高鳴りはいつから始まっていたか。彼女が散歩から戻ってきた辺りからか。


「今の私が見たいのは、君の顔だよ」

「偶然ですね。実は私もなんですよ、あなた様」


 マリエが、頬を紅潮させて言い返してくる。自分もきっと、顔は赤い。

 こうして二人きり、誰もいない場所で向かい合うのは本当に久しぶりな気がする。

 異世界では、毎日そうだったのに。


「君を愛している、マリエ。今度こそ、私は君を幸せにする」

「私も愛しています、キリオ様。今度こそ、あなた様と添い遂げたいです」


 二人はゆっくりと互いに顔を近づけ合う。

 他に誰もいない二人だけの部屋の中、キリオとマリエは互いの存在を感じ合う。

 広い部屋の真ん中で、音もないまま、二人の唇は重なって――、


「あなた様」


 マリエが漏らしたその呟きは、熱い想いに濡れていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――数日後、同じホテルの部屋。


 いよいよクリスマス目前な週末、キリオとマリエはホテルに呼び出された。


「一体何でありましょうか……?」

「さぁ? 私も一緒というのは、何なのでしょうね?」


 二人ともワケがわからないまま、首をひねりつつ部屋のドアを開ける。


「「こんにちはー」」


 と、二人の挨拶が重なった直後、パパン! パパン! パン!

 いきなり二人を出迎えるクラッカーの音。

 そして、その場で速やかに土下座を敢行するアキラ他、家族の大半一堂。


「……は?」


 固まるキリオ。


「「「キリオ様、バーンズ家当主就任、おめでとうございまぁ~~~~すッ!」」」


 固まるキリオへ家族一同が送る、熱い祝福の言葉。


「…………は?」


 ますます固まるキリオ。


「うおおおおお、新当主万歳!」

「キリオ様、万歳!」

「ばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」


 その場に跪いたまま、アキラ達が称賛と、喝采と、万雷の拍手と万歳三唱を贈る。


「…………。…………は?」


 この事態に、キリオはただただ、固まり続けた。

 祝、バーンズ家当主就任! おめでとう、キリオ・バーンズ! おめでとう!

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