第349話 くたばれ、テンラ・バーンズ!:後
テンラが言い訳を重ねている。
「ただ『Em』というだけで仕返しをされるなど、あってたまるか! それならばサティやサラ・マリオンはどうなる! ヤツらだって私と同じ『Em』ではないか!」
なるほど、その言い分には一理ある。が、
「サティについては、一番仕返しの権利を持ってるのはキリオだが、どうだ?」
俺はまず、サティについてキリオに水を向ける。
だが、キリオはゆるやかにかぶりを振るだけ。
「サティとのことはすでに終わった話であります。これ以上、彼女を恨むのはそれこそ逆恨みというもの。それがしは、そんなものは認めんであります」
「だろうな」
思っていた通りの答えが返ってくる。
俺達の中で一番正当な仕返しの権利者がそれを言うなら、それで仕舞いだ。
一方で、サラ・マリオンについてだが――、
「サラさんもやめてほしいかな。このラララとキリオの兄クンを助けてくれた人だ」
今度は、ラララがそう切り出して仕返しを止めるよう具申してくる。
「そうなのか。本当か、キリオ?」
「はい、父上殿。サラ殿はそれがしとラララを休ませてくれたであります」
「ふむ、そうか……」
俺自身はサラ・マリオンのことは直接は知らない。
だが、あの三日間の間にキリオとラララを助けてくれたなら、無碍にはできない。
異世界でのユウヤの実母とのことだが、その辺はどうなんだろうか。
「シイナ。おまえは、サラについては?」
「今度一緒にネイルサロンに行くことになっているので、それがおじゃんになるようなことはしてほしくないですねー。私個人は、あの人のことは嫌いじゃありません」
あら、もしかして何かお友達になっちゃったパターンなのかな? 早いですねぇ!
そうかそうか。そうなると、これはもう、決定ですねー。
「そういう感じらしいぜ、テンラ」
「ぅ、う、ぅぅ……!」
「前に『Em』だった連中はみんな決着がついてるみたいだぜ。まだ決着がついてねぇのはおまえだけだ。俺も、みんなも、おまえに対する仕返しを済ませてない」
俺は、ジリとテンラににじりよる。
すっかり顔を青ざめさせあテンラは、身をびくりと引きつらせて、後ずさる。
「わ、私は……!」
「言いたいことは言えばいい。だが、言葉でこの場を切り抜けられると思うなよ」
傍らにマガツラを具現化させて、俺はゆっくりとテンラに歩み寄っていく。
追い詰められ、呼吸を乱し、テンラは視線を辺りに走らせる。
「お、じい様……」
「テンラ。どうして俺がここまでおまえを恨むかわかるか?」
「それは、私が『Em』だから――」
息を詰まらせつつも、テンラは俺の問いかけに何とか答えを投げてくる。
ああ、それも間違っちゃいない。今言った通り、それだって確かな理由の一つだ。
だけど、最も大きな理由はそれじゃない。
「『おまえの心はおまえのもの』。この言葉を、おまえも知っているはずだ」
「バーンズ家の、教育方針……」
「そうだ。俺がお袋から学び、ミフユと一緒に貫いてきたこの方針――」
言いかけて、胸の奥から衝き上げる怒りに、俺は奥歯を軋ませる。
「よりによって、おまえはそれに泥を塗りたくったんだよ、テンラ」
「ぅ……」
「現実改変の異能態で、おまえは俺達を支配した。俺達の意思を、心を、自分の手のひらの上で転がして弄ぶおもちゃにしやがった。……許せるワケ、ないよな?」
マガツラが、俺の背後で赤い瞳を輝かせる。
そして、歩む俺の足元から、力が渦を巻いて黒い火の粉が散り始める。
「おまえの仕返しの理由は正当なものだ。が、それでおまえがした仕返しは何だ? そのやり方の何に俺達は納得すればいい? おまえの仕返しに巻き込まれた俺達は」
「ぅ、ぁぁ、ああ、うああ……ッ!」
俺とテンラは対等だ。
俺とキリオも対等だ。
俺とみんなも対等だ。
何故ならみんな大人だ。しっかり育って、俺達のもとから巣立っていった大人だ。
テンラだって、帝国の舵取りを担うくらいに成長した立派な大人だ。
だったら、なぁ?
何を慮る必要があるというのだ。
テンラは正しい理由から仕返しを行ない、俺達はそれに巻き込まれた。
そして、それを知った俺達はテンラを恨んだ。
この話はそれでおしまいだ。
それ以外のいかなる要素も介在する余地はない。非常にシンプルで明快な話だ。
「お、伯母上! 叔父上!」
テンラが、俺から逃げるようにして踵を返す。
そして、周りにいるタマキや他の家族達に向かって、助けを求めようとする。
「この場にいる皆は、おじい様と同じだというのですか! 私は仕返しを受けねばならぬと、そう申されるのですか! 私に仕返しの権利はないと申されるのですか!」
「おとしゃんの言ってることを理解しろよ、テンラ」
必死に訴えるテンラに、公然と言い返すのはタマキだった。
そこに立つ姿はいつものバカ娘ではなく、バーンズ家の長女として恥じぬ威厳を備えた総領娘の顔。このときのタマキはシンラでも頭が上がらない凄味を持つ。
「おとしゃんはおまえの仕返しを認めてる。でも、おまえはその仕返しのやり方を間違ったんだよ。おまえがやったのは、おまえ以外の人間の心の自由を認めない、一番やっちゃいけない方法だったんだよ。おとしゃんはそれを怒ってるんだ」
「しかし、しかし……ッ!」
「オレも同じだ。みんな同じだ。見てみろよ。みんな、おまえを許さないぜ」
なおも何か言おうとするテンラに、タマキは静かにそう促す。
テンラが、力ない表情でそこにいる他の家族達を見る。
「ぅ、お……」
かすかに空いた口から漏れ出る、愕然たる声。
誰一人として、テンラを家族として見ている者はいなかった。誰一人として。
そこに向けられるのは、敵を見るまなざし。
ラララとタイジュは当然の如く。
タマキもケントも、マリクにタクマ、比較的穏健派なヒメノ、スダレ、シイナも。
全員が全員、テンラを『敵』と見なしている。例外は、一人だけ。
「――父上!」
追い詰められたテンラが最後に縋ったのは、その例外であるシンラ。
自分の父親であるシンラだった。
「父上までもが、私を敵と断じられるのですか! このテンラを、敵と……!」
「テンラよ……」
この極限の状況で、シンラは眉間に深いしわを作っていた。
テンラは、もはや父を頼るしか道はないと悟ったらしく、大声でがなり立てる。
「私は、私はあなたにとって何だ! 何なのだ! あなたの子として生まれ、皇太子として育ったのが、この私だ! そしてあなたの治世を経て、帝国をよりよき形に導こうと、粉骨砕身の思いで働き続けたのも私だったはずだッ! その功を、あなたは無視するというのか、私の存在をこの場で抹消することを、よしとすると……ッ!」
「テンラよ。おまえの働きは余も知るところである。だが、だがな――」
「だが、何だというのだ……!」
シンラが言ってしまう。
テンラにとっては絶望へのトリガーでしかないその一言を、言ってしまう。
「《《それはもう》》、《《とうに終わった話なのだ》》」
「な、ぁ……? それは、どういう……」
「これはキリオにも言ったことだ。異世界のことは、異世界のことに過ぎない。おまえの無念はもっともな話。おまえにはキリオに仕返しをする権利がある。それはすでに皆が認めている通りだ。だが、話の主題はもう、そこにはないのだ、テンラ」
穏やかに、しかし、悲しげに、シンラは異世界で息子であった男にそれを語る。
だがそんな言葉だけで、テンラも納得するはずがない。
「わ、笑わせるな、シンラ・バーンズッ! 異世界のことは異世界のこと!? では、この場に集っているおまえ達は何だというのだ! 家族と称して集まっている、ただの赤の他人同士ではないか! ただの、家族ごっこではないか!」
「そうとも、家族ごっこさ」
声を裏返して怒鳴り散らすテンラに、シンラは至極冷静にそれを認める。
テンラが、これに呆然となってしまう。
「認める、のか……?」
「認めない理由がどこにある。この場にいる我ら一堂、皆、前世の記憶を持つ者同士、赤の他人ではあろうが、家族ごっこという名の確かな『繋がり』で結びついているのだ。……まだわからぬか、テンラよ。おまえが家族ごっこと揶揄したその『繋がり』こそが、何より価値のある、かけがえのない我らの宝なのだ」
「たかが、ごっこ遊びで……!」
「そこで『たかが』などと言ってしまえるから、おまえには味方がいないのだ。おまえの正しさを知りながら、誰一人としておまえの側につかない理由は、そこにある」
シンラが、テンラに向かって切々と諭す。
だが、その言葉はもう、息子には届かない。届かない場所に、テンラはいる。
「黙れ、シンラ! 私は、私は間違っていない!」
「いいや、間違ったさ。おまえは最悪の間違い方をしたのだ、テンラよ」
「な、に……!?」
「父上も言っていた。姉上も言っていた。それでわからぬなら、父として余もおまえに言わねばならぬ。おまえは我らにとって最も大事な家族という『繋がり』を仕返しの手段に用いたのだ。それこそが、おまえの犯した最たる間違いだ。そして――」
シンラの顔つきが変わる。
父としての顔から、敵としての顔に。もうシンラは、テンラを子として扱わない。
「おまえが結成した『Em』は、これから俺の妻になってくれる美沙子さんと、一人娘であるひなたを巻き込んだ。俺はそれが許せない。異世界での息子と、日本での婚約者と娘なら、俺は後者を選ぶ。だからテンラ、これ以上、俺に頼るな」
「う、ぁぁぁ、父、上……、うぁぁ、あ、ぁぁ……ッ!」
沙汰は下された。
テンラに突きつけられたのは、抗いようのない絶望。
そして、話が終わったというならば、もういいか。もう十分だよな。
「ガルさん、やるぞ」
『心得た、我が主アキラ・バーンズよ』
俺は右手にガルさんを取り出し、渦巻く力に心身を委ねる。
力は黒い炎となって形を得て俺の身を包み、激しく吹き荒れ、熱を撒き散らす。
「おおおおおおおおおおおおおおおおォォォォォォォオ……ッ!」
黒の炎風が、俺が掲げた右腕に集まっていく。
そしてそれは輪郭を形成し、かつて『絶界コロシアム』で見せた黒き巨腕となる。
「なぁ! あ、ぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!?」
気づいたテンラが驚愕からか悲鳴をあげる。
おまえが俺達の『繋がり』を家族ごっこと呼ぶなら、それでいいよ。それでいい。
こっちだって、それ相応の扱いをするだけだ、テンラ・バーンズ。
「異能態――、『|兇貌刹羅/喰威《マガツラ・セツラ/クライ》』」
ミフユくらいならすっぽり覆える大きさの巨大な右手が、俺の新たな異能態。
これで俺は、かつて『絶界コロシアム』で千人の『命運』を喰らった。
「な、何つー禍々しい……」
「おとしゃん、かっけぇな~!」
初めて見る俺の新型異能態にケントは顔をしかめ、タマキははしゃいでいる。
顔の右半分を黒の装甲で覆わせた俺は、シンラへ確かめる。
「いいな、シンラ」
「…………」
返される、一瞬の沈黙。
「ご随意に」
そして、それがシンラの答え。
俺はチラリとお袋とヒナタの方を見る。これが最後の確認となるだろう。
だがお袋もヒナタも、揃って顔をうなずかせた。
シンラの意思を尊重する。その考えが、二人の表情からもしかと伝わってくる。
「テンラ・バーンズ」
俺は、おののきに身を強張らせている自分の孫の名を呼ぶ。
引きつったその顔を見て、脳裏に浮かぶのは異世界でのこいつと過ごした記憶。
初孫ではなかったが、生まれたときは嬉しかった。
孫が生まれるってのは、自分の子供が生まれるのともまた違った喜びがある。
俺は、隠居してからはそんなに家族とは接しなかった。
皆、俺とミフユから巣立っていった大人だからだ。
でも会いに来てくれたなら、存分にもてなし、孫と遊んで、甘やかしたりもした。
テンラ。
小さいときのおまえとも随分遊んだりしたモンだ。俺はしっかり覚えてるぜ。
だけどおまえは、そういう記憶も含めた家族の『繋がり』をおもちゃにしたんだ。
俺はそれを許さない。決して許さない。
おまえが孫であっても、越えてはならない一線を越えた以上は、絶対許さない。
俺は『壊す』か『殺す』ことしかできない、弱い男だから。
「おまえの『命運』は、ここに尽きる」
広げた右手から、バキバキと音を立てて湾曲した牙が生え揃う。
「うあああぁ、あああああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫するテンラへ、俺は掲げた右手を振り下ろす。
「|天地咀嚼す、神喰い奈落!」
そして俺の『力』に耐えきれず、『異階』は崩壊した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
昼間だというのに、空には黒く厚い雲が立ちこめて、夜のように暗かった。
雪になり損ねた冷たい雨が降る、年末の駅前。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
傘を差した人々が行き交う中、一人の老人が息せき切って走っている。
テンラ・バーンズであった。
「いてっ!」
「ちょっと、何よ!?」
「うるさい……、うるさいッ!」
通行人にぶつかっても謝りもせず、彼はひたすらに走り続けた。逃げ続けた。
「はぁ、っ、はぁ!」
アキラの異能態に殺されたかと思ったが、自分は生きていた。
そして気がつけば『異階』は壊れて、自分はホテルの部屋に戻っていた。
あそこにいたら、今度こそ殺される。
間違いなく、地獄のような拷問の果てに殺されてしまう。
そう確信したテンラは、一目散に逃げ出した。
そしてホテルを出て、そのままあてもないままに走り続けている。
「わ、私は、私は間違っていない。私は……!」
再三に渡って語られても、彼は結局、自分の間違いを認めることはなかった。
自分が犯した過ちを省みることもなく、無様に逃げ出してしまった。
何もかも失った。
自らの『帝国』を手に入れるために結成した『Em』も。
何者にも優る『無敵の運命』を与えてくれるはずだった『キリオ』の姿も。
父であるシンラとの『繋がり』も、バーンズ家としての立場も、全て、何もかも。
自分は間違ってなどいないのに。
あのキリオへの仕返しは、絶対に正当であるはずなのに。
「ぐぅ、お……ッ!」
走っている最中に、水に足を滑らせて無様に転んでしまう。
受け身など取れずに、テンラは道路の上に倒れて、泥だらけになってしまう。
彼は、アキラに己の『命運』を喰われた。
今やテンラはあらゆる幸運に見放され、その身に訪れるのは不運と不幸のみだ。
転んでしまった今だって、
「うわ、雹だ!」
空に雷鳴が轟き、道を歩く誰かが叫ぶ。
冷たい雨は雹に変わって、しかもそれはゴルフボールほどの大きさとなる。
「うッ、ぐぅ! ぐぅ、お!?」
人々が逃げ惑うが、テンラは手足に力が入らず、全身を雹で打ちのめされる。
ガツッ、と、耳に響く硬い音。頭に直撃して、視界が激しくブレる。
「私は、間違って、など……」
呟く口の中に、血の味が広がる。
頭から流れた血が、頬を伝って口に入ったようだった。
「私、は、私は……」
散々に全身を打たれて、激痛から立つこともままならない。
それでも道の上を這って、テンラは逃げ続けようとする。
「ぉ、ぐぅ!」
腕から力が抜けて、また道路に顔を打ちつけてしまう。
ちょうどそこは水たまりになっていて、開けた口に苦い泥水が入り込んでしまう。
「ぐぅっ! げほっ、ごほ! が、はぁ……!」
むせて咳き込むテンラの脳裏には、己を襲う理不尽に対する怒りが募った。
何故、正しい自分がこんな扱いを受けなければならない。
どうしてだ。何故だ。
自分は間違っていなかった。自分は、自分は――!
どうして誰も、自分を助けてくれなかった。
何故、何故、何故!?
自分はこんな目に遭っているのに、どうして家族は自分を助けてくれない……!
「ぁ、あ……、かぞ、く……」
そう零したテンラの意識に、シンラから叩きつけられた言葉が響く。
『わからぬか、テンラよ。おまえが家族ごっこと称したその『繋がり』こそが、かけがえのない我らの宝なのだ』
知るか。そんなこと、知るか。そんなもの、知るか。そんな、そんなもの……!
たかが家族ごっこをしているような、幼稚な連中に何がわかるッ。
『そこで『たかが』などと言ってしまえるから、おまえには味方がいないのだ。おまえの正しさを知りながら、誰一人としておまえの側につかない理由は、そこにある』
違う。そんなことはない。正しければ人はついてくる。正しければいいのだ。
自分は正しい。自分は、間違っていない。自分は、決して……。
『おまえは我らにとって最も大事な家族という『繋がり』を仕返しの手段に用いたのだ。それこそが、おまえの犯した最たる間違いだ』
自分は間違っていない。間違っているのは、家族ごっこに興じている、貴様らだ。
そんなおままごとを大事にしているから、自分の正しさがわからないのだ。
『――だからテンラ、これ以上、俺に頼るな』
…………。…………。…………。…………。…………。…………。
「父上……」
頭の中が真っ白になって、漏れたその一言に、テンラは愕然となる。
違う。そんな、そんなはずはない。
自分は違う。あんな、家族ごっこをしているような連中とは違う。違うはず――、
雹に全身を打ち据えられながら、テンラは必死にかぶりを振る。
そしてふと、彼は自分の目の前にある水たまりを見た。
水面に、弱り切った寂しい男が映り込んでいた。
それを見て、テンラは思い知った。実感した。痛感して、納得させられた。
「ああ、そうか……」
そこに映っているのは、事実から目を背けて『繋がり』を放り出した男の顔。
自分の中の『正しさ』以外を一切認めない、頑ななまでに凝り固まった男の顔。
――自分を殺したキリオ・バーンズと同じ顔だった。
「そうか、私は、間違ったのか」
次の瞬間、テンラの全身が炎に包まれた。
存在を焼き尽くす『亡却業火』――、ではなかった。
純白ではない。
全くの正反対に、濃厚な漆黒をしている。
それは、ガルさんの力が多分に混じり込んだ『呪崩業火』。
存在は亡却させないが、特定の人間を除いてその記憶ごと焼き払う忘却の炎。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああァ――――ッ!?」
誰もいない往来で、黒い炎に包まれながら、テンラの体が影となって溶けていく。
地獄の苦痛の中で終わりの訪れを知り、彼は最期に一言だけ残す。
「……ごめん、なさい」
今はもう、聞かせる相手もいない、むなしいだけの謝罪だった。
そして黒い炎は消えて、そこには何も残っていなかった。何も。影も。形も。
テンラは思い出ごと焼き尽くされた。
彼の存在を覚えてるのは、アキラとミフユと、あとはシンラの三人だけだ。
それはきっと、アキラのつまらない感傷だった。
――こうして、テンラ・バーンズはくたばった。




