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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第340話 ジャッジメント・デイ/残さず飲み込み、余さず消し去る

 陽光にも似た山吹色の光が、白い大地を飲み込み、染め上げる。

 そして光の波濤がおさまったのち――、


「あ、あれ……?」


 最初に気がついたのは、エンジュであった。

 さっきまで自分達は広大無辺な白い大地にいたはずだ。なのに今は違う。


「ここ、最初のホテル?」


 スダレの異面体によって、自分達は白い異空間にいたはず。

 それがどうして、ホテルに戻っているのか。


「ぅ、ん……」

「お母さん……!」


 しかし、その疑問もラララが小さく声を漏らしたことで消し飛んでしまう。

 エンジュは床に寝ていたラララのそばによって、何度も呼びかける。


「お母さん、大丈夫? お母さん!」

「エンジュ……」

「うん、そうだよ。私だよ、エンジュだよ! お母さん!」


 目を覚ましたラララが、フワリと微笑んでエンジュの頬に手を伸ばす。


「……よかった」


 その短い一言に、エンジュはまた泣かされそうになってしまう。


「お母さんのおかげだよ。お母さんと、お父さんの」

「お父さんに言っても『何のことだ?』とか言われちゃいそうだけどね」


 ラララがゆっくり身を起こしながら、苦笑する。

 そして彼女は辺りに視線を配る。そこはホテルで『スダレの御部屋』ではない。


「ここは……?」

「わからない。キリオ伯父さんが異能態を使ったら、こうなって――」

「お兄ちゃんが……。そう、成し遂げたんだ」


 二人が立ち上がると、周りに他の家族達も倒れているようだった。

 その中には、なんと異能態を使ったキリオとマリエの二人までも混じっている。


「え、何これ? どういう状況?」


 ラララもエンジュもポカ~ンとなってしまう。

 一体何がどうなって、こういう状況になっているのか。誰か説明をお願いします。


「あー……」


 茫漠とした感じの呻きを漏らし、次に身を起こしたのはケントだった。


「あ、ケントさん。…………え? ケントさん!?」


 一瞬それを受け入れかけて、すぐにラララはおかしさに気づいた。


「あれ、ラララに……、え~っと、エンジュ、だっけ?」

「あ、はい。あの、エンジュ・レフィードです」


 事実上、初対面のエンジュがケントに向かってペコリと頭を下げる。


「あ、ケント・ラガルクです、よろしく。……って、あっれ? 俺、何でここ?」

「それは私が聞きたいんだけど、封印水晶にいたはずのケントさんが、何で……」


 そこに意識をやったラララは、まさかと思って改めて周りに目をやる。


「あ――」


 いる。

 ケントと同じく封印水晶に入ったはずのマリクとヒメノが、倒れている。


「じゃあ、まさか……!」


 気づいたラララがさらに視線を巡らせると、見つけた。


「タイジュ!」

「え、お父さん!」

「うぅ、ん? ……あれ、ラララ、エンジュ?」


 ちょうど目を覚ましたタイジュが起き上がろうとして二人に気づく。


「タイジュ、タイジュ!」

「お父さぁ~ん!」

「おお、っとぉ~~、うわ、わ!」


 ラララとエンジュが、タイジュに向かって飛びかかるようにして抱きつく。

 体幹をしっかり鍛えている彼といえど、これは耐えきれずに床に転がってしまう。


「私、やったよ! タイジュ! エンジュを助けられたよ!」

「お父さん、ごめんなさい。ごめんなさい……!」

「そうか、やったな。と言いたいんだけど、まだ状況を把握できてないんだが……」


 それについては、ラララもエンジュも同じだった。

 しかし、そこから少しすると、倒れている他の面々も次々目を覚ましていく。


「あああああああ、ケンきゅん、ケンきゅんケンきゅ~ん!」

「お、タマちゃんも起きたか~。よしよし、会いたかったぜ~」

「起きて早々見せつけないでほしいな~」


 まずは目覚めたタマキがケントに抱きつき、よしよしと撫でられる。

 それを見たヒナタが、腕を組んで難しい顔をしている。


「む、ぅ? 何故、余はこのホテルに? スダレの『異階』はどうなったのだ?」

「あっれぇ~、何でホテルに戻ってるんだ、俺達……」


 シンラやタクマも目覚め、美沙子やリリスなども立て続けに身を起こしていく。

 そしてシイナも、やっと意識を取り戻した。


「う~ん、ここは? あれ? え~と?」


 他の兄弟同様に彼女も事態を把握できず、不思議そうに首を傾げ周りを見やる。

 そして、視線の向いた先に倒れているキリオとマリエに気づいて、


「あ、キリオ君とマリエさん」


 そう言ったあとで、彼女は『あれ?』と思った。


「あれ? キリオ君にマリエさん? ……はい、キリオ君にマリエさん、ですね」


 自問自答。そしてうんうんうなずいて、


「――って、ああああああああああああああああああああああああああああ!」


 部屋全体を揺るがすようなその絶叫に、全員が彼女の方を向く。


「ど、どうした、シイナ!?」

「タクマさん! 皆さん! キリオ君です、《《『ミスター』さんじゃなくてキリオ君です》》!」

「「「「あッ!」」」」


 シイナに大声で告げられて、ここでやっと彼らは自分達に起きた変化を理解する。


「おおおお、そうだぜ! キリオだぜ! オレの弟だぜ~!」

「そうだね~、私のお兄ちゃんだね~」


 タマキとヒナタもそれを思い出して、各々反応を見せる。


「ああ、そうだ、そうだよ! キリオだ! こいつ、間違いなくキリオだ!」

「間違いなくキリオ……、そしてエンジュの母は、ラララであった!」


 一方で倒れたままのキリオを見下ろし、タクマが叫ぶ。

 そして全てを思い出したシンラが、顔を歪めて天井を仰ぎ見る。


「こいつは、何てことさね……」

「完全に支配されていたのですねぇ、私達ったら」


 美沙子が陰鬱にため息を吐き、その隣でリリスが頬に手を当ててほとほと参る。


「おキリ君に謝らなきゃ~、謝らなきゃ~……」

「うんうん、あとでちゃんと誠心誠意謝ろうね、スダレ」


 罪悪感に駆られズズ~ンと沈んでしまったスダレを、ジュンが優しく諭している。

 そこに繰り広げられる光景を前に、ケントは口の端をかすかに吊り上げる。


「ついにやったんだな、あいつ……」

「そうみたいだね、ケントさん」


 同じような笑みを浮かべているラララが、ケントの方に寄ってくる。


「ラララ、おまえもおまえで、娘さんを助けられたんだな」

「うん。何とかやったよ、私達。タイジュがいてくれたおかげで、やれたの」

「ん? 俺? 俺が何かしたのか?」


 話を聞いていたタイジュが、不思議そうな顔つきでラララを見てくる。


「お母さん、すごかったよ。あの『比翼剣聖(クラウ・ソラス)』の技!」

「くらう、そらす……?」


 エンジュは興奮気味に語るが、詳しい説明を受けていないタイジュは何が何やら。


「うぅ、んん……」


 と、そこでキリオが小さく呻く。

 それを聞いた皆の視線が、彼の方へと一気に集中する。


「キリオ!」

「おい、キリオ!」


「キリオ君!」

「おキリく~ん」


 兄弟達が彼とマリエを囲んで、幾度もその名を呼び続ける。

 すると、マリエも声を漏らして、二人はほぼ同時に目覚めて――、


「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」」」

「な、何でありますぅ~!?」

「何です、一体何ですかぁ~!?」


 いきなりの兄弟達の悲鳴に、キリオとマリエが驚いて跳ね起きる。

 そして二人は、隣り合う互いの顔を見合わせた。


 キリオの額の真ん中に、真っ赤な火の玉が轟々と燃えていた。

 マリエの額の真ん中に、真っ白な光の玉が煌々と輝いていた。


「「あー」」


 それを見て、二人は同時に納得する。


「キ、キリオよ……?」


 まだ事態を理解しきれていないシンラが、おそるおそるキリオに尋ねる。


「その、額の火の玉は、一体……」

「シンラの兄貴殿、これはそれがしとマリエの異能態によるものであります」

「それが、おまえの異能態なのか……!?」


 驚くシンラに、キリオとマリエがうなずいた。


「私とキリオ様の《《二人がかりの異能態》》――、『天燎不落戴(テンリョウフラクタイ)』です」

「二人がかりの!?」

「そんなことがありうるんですか……!」


 同じく『真念』に目覚めたものとして、シンラやシイナには衝撃的だったらしい。

 そして、キリオが己の異能態の効果について説明する。


「『天燎不落戴』の効果は『結戦領域』。通常の『異階化』以外のあらゆる能力、あらゆる魔法、あらゆるアイテム効果が無力化し、新たに使うこともできなくなるというルールを『異階』の全域に敷くでありますよ。戦う手段は己の身一つであります」


 全能力の無効化と封印を押し付ける、あまりに無体な常時発動型の異能態である。

 なお、この効果は使用者であるキリオとマリエにも適用される。


「うわ、本当だ! 収納空間開きませんよ、今!」

「あ、『士烙草(シラクサ)』出せない。すごいなぁ~!」


 説明を受けて、何人かが実際にどうなっているかを試そうとする。

 すると、キリオが語った通りに魔法も、異面体も、全く使えなくなっている。


「母ちゃんやスダレ姉の異能態も大概だけど、こいつはまた、とんでもねぇな……」

「うむ、二人の力を必要とする異能態ともなれば、こうもなろうな」


 タクマがその効果に感嘆し、シンラが深く感じ入る。

 ひとしきり皆が納得したところで、全員の意識はまだ倒れている二人に向く。


 それは『キリオ・バーンズ』とサティアーナ・ミュルレ。

 さっき、ようやく目を覚ましたマリクが、キリオへと目配せする。

 目覚める前に殺すか、という問いかけである。


「心配無用。もうすぐ起きるでありましょう」

「わかったよ、キリオ」


 マリクは引き下がり、ヒメノの隣に立つ。

 記憶を取り戻した面々はキリオに謝っていないが、それはのちのちの話となる。

 落とし前は、この一件の全てに決着がついたあとにやることだ。


「ぐ……」

「ぅう……」


 そして『キリオ』とサティが目を覚ます。

 先に身を起こしたのは、サティ。彼女はすぐにキリオに気づいて、


「キリオ様――」

「…………」


 何も言わない彼に、サティはすぐにハッとなった。

 彼の額に燃え盛る火球を見て、かすかに唇を震わせて観念したように下を向いた。


 続いて『キリオ』が目覚めて身を起こす。

 誰もが、彼に注目していた。


 キリオの立場を乗っ取り、自らが本物になろうと企てたもう一人の『キリオ』。

 だが、彼が顔を上げたとき、キリオ以外の全員が、大きく息を飲みこんだ。


「え、だ、誰だい、アンタ……?」


 呆然となりながら、そう呟いたのは美沙子。

 そこにいた男は、全員が見知った『キリオ・バーンズ』ではなかった。


 老齢の、オーダーメイドのスーツがよく似合う老紳士。ではある。

 しかし顔が全く違っている。

 皆が知る『キリオ』に比べると、随分と険しさが優る顔つきをしている。


 よく見れば体格も多少異なっている。

 割と細身で痩せていて、シャープな印象が強い。


「おまえは、まさか……」


 その顔を見て、シンラがこれでもかというほど目を見開く。

 同じように、エンジュもまた、驚きのあまり言葉を完全に失ってしまう。


「やはり、貴殿でありましたか」


 そんな中で、キリオだけは全てを承知しているような口ぶりだった。


「貴殿はほとんどにおいてキリオ・バーンズそのものでありました。されど、一点、キリオにはあり得ないこだわりを見せていた。――『帝国』への強いこだわりを」


 口を閉ざしたままの『彼』に、キリオは淡々とした物言いで言葉を浴びせていく。


「確かにそれがしは異世界において晩年、帝国の在り方にこだわった。だがそれは別に、自分の国が欲しいという動機ではなかった。貴殿のそれとは、全く違っていた」


 国の在り方にこだわったキリオと、国そのものにこだわった『彼』。

 似ているように見えて、しかしその実、何も似通っていない。


「それがしに関わりのある人間で、そこまで『帝国』にこだわりを持つ理由がある者は一人しかいない。皇帝の座を目前にしながら、それがしに討たれた貴殿しか」


 そしてキリオは、そこに佇む老齢の男を指さし、その名を告げる。


「これは、それがしに対する貴殿の仕返しだったのですね。――テンラ殿下」


 テンラ・バーンズは、沈黙を貫いたまま、ただ静かに拳を握り締めた。

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