表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

375/621

第339話 ジャッジメント・デイ/弱い私を、赦してくれ

 目の奥が痛い。焼けついて、ジンジンしている。

 それは、泣きそうになっているからだ。

 キリオ・バーンズが、露わになった真実に泣き出しそうになっているからだ。


 マリエが現れて以降、サティはたびたびキリオの名を叫んでいた。

 あれは、別に応援してくれていたワケではない。

 かといって、キリオを心配していたということでもなかった。


 ただ、焦れていた。

 いつまでもマリエを攻撃しないキリオに焦れて、せっついていたのだ。


「…………ッ」


 サティが、気まずげに顔を歪め、キリオから目を背ける。


『いつ、気づいたのだ……』


 ガルさんも信じがたいという調子で、彼に尋ねてきた。


「確信なんて、一つもなかったであります。ただ、そうであってくれるなと……」

『疑念はあったのだな?』

「あったであります。サティがそれがしを庇ったときから」


 つまりは、最初からだ。

 最初からキリオの中には『もしや』という思いはあった。


 サティが泣きまねをするときは、わずかばかりだが、声が浮く感じになる。

 彼女が自分の腕の中で無事を確認してきた際、そのような声に聞こえてしまった。


『だから貴様は、マリエを攻撃せずに、焦れたサティが馬脚を現すのを待ったのか』

「…………」


 ガルさんの続けざまの質問に、キリオは答えられない。

 ただ眉間にしわを集めて、奥歯をギリと鳴らすだけ。


「何故だ、サティ……」


 かすれた声で、呟きを漏らす。

 言ってくれたじゃないか。謝ってくれたじゃないか……。

 嫉妬をした自分が、バカみたいだと。おまえは自分で言っていたじゃないか!


 キリオが見つめても、サティは何も言わない。

 その口を堅く閉ざしたまま、俯いてこっちを見ようともしていない。


「――ガルさん」

『何だ』


 キリオは、自らの決断をガルさんに伝える。


「それがしは、マリエを殺さんであります」

『…………』


 ガルさんが返すのは、しばしの沈黙。


『それが、貴様の決断か。キリオ・バーンズ』

「これが、私の決断です。ガルザント・ルドラ殿」

『わかった』


 ガルさんが、キリオの手から離れて浮遊する。


『ならば貴様はその決断を貫き通せ。この先どうなろうと、己の決断に胸を張れ』

「その言葉、肝に銘じさせていただきます」


『俺様の中にも、記憶は蘇りつつある。貴様はやはり、我が主の息子だよ』

「ええ、これからそれを幻に帰さぬよう、努めてまいります」

『――見ているとも』


 そして、神喰いの刃ガルザント・ルドラは、キリオの収納空間に戻っていく。

 聞こえてくるのは、押し殺された声による小さな笑い声。


「そうか、君は自ら死を選んだか、キリオ・バーンズ」


 笑い声の主は『キリオ』だった。

 彼は、マリエを壁にしたままあごに手を当ててキリオに対し優越の表情を見せる。


「武器を捨てて、守るだけの君に何ができる? マリエは間違いなく君を殺すぞ?」

「どこまでも、自分の思い通りになると思っているでありますな、貴殿」


「それこそが私だ。それこそが『キリオ・バーンズ』なのだよ。私は、この世界で最も強き存在だからね。そう、もうすぐ現実すら我が『無敵の運命』の前に膝をつく」

「この世で最も強き――、か……」


 そのフレーズを口にして、キリオが見るのは彼ではなく――、


「そうか。やはり、そう、なのだな。やはり」

「ほぉ? 何かに気づいたか。しかし、今の君にそれを確かめる時間はあるのか?」


 勝利の確信に満ちた『キリオ』の声と共に、重々しい足音がキリオの耳に届く。


「「「ヴォォォォォォアアアアアアアァァァァァァァァァァァ――――ッ!」」」


 残された五つの顔で、雄叫びの不協和音を奏でる邪獣(ベリアル)マリエ。

 その巨体が、武器を捨てたキリオの前に、壁となって立ちはだかる。


「マリエ」

「キキキキ」「キリ、キリ、キ」「リ、リオ、オ、ォォ」「ざ、ま」「ァァ、ア」


 腐臭を撒き散らすマリエが、濁った声でキリオの名を呼び続けている。

 それは、彼女が邪獣となったときから変わっていない。

 マリエ・ララーニァは、ひたすらキリオ・バーンズの隣に寄り添い続けていた。


 だが、それもいよいよ限界を迎えつつある。

 マリエの体から黒い煙が上がり、肉がデロリと溶け出して、地面に落ちる。


 魂の力が尽きかけて、マリエの崩壊が加速している。

 このまま放っておいても、彼女は確実に死ぬ。誰もがそれを確信できる有様だ。


「フフフ、フフ……、そんなに心中がしたければすればいいぞ、若き『私』」

「キリオ様、何をしてるんですか! 殺してください、その女を! 早く殺して!」


 向かい合う二人に『キリオ』は嘲笑を送り、サティは必死に訴え続ける。

 だが、今のキリオにそれらの声は届いていない。

 マリエが自分の前に立ちはだかったそのときから、彼は彼女以外を見なくなった。


「話をしようか。マリエ」


 そう言って、キリオはマリエに左手を伸ばそうとする。


「「「ミィィィィィズゥゥダァァァァァァァァァァァァァァアアアアアッッ!」」」


 五つの顔が、裂けんばかりに口を開き、雄叫びを上げて身を震わせる。

 とんできた触手が、キリオを突き刺そうとするが『不落戴(フラクタイ)』に弾かれる。


「おっと、いけないな」


 キリオは、自分の安全を保証する無敵化の能力を自ら解除する。

 マントと盾が消えて、キリオはこれで完全な無防備だ。


「な、何をしているのですか、キリオ様!」

「本当に覚悟したとでもいうのかね、若き『私』よ」


 これには、サティも『キリオ』も驚きを隠せず、それぞれ声をあげる。


「おまえとの語らいに、異面体など不要であります。そうだろう、マリエ?」

「「「ギィィィィィアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァアッッ!」」」


 優しく語りかけたキリオの左腕が、次の瞬間、なくなった。

 マリエが振るった触手に、肘から先を斬り飛ばされてしまったのだ。


「ぐ、ぅぅ……ッ!」

「キリオ様ァ!」


 痛みをこらえて呻くキリオに、サティの悲痛な叫びが届く。

 邪獣たるマリエの前で無防備など、どう見てもただの自殺行為でしかない。


「大丈夫だよ、マリエ。それがしは全然平気であります」


 だが、キリオは強がって、汗まみれのその顔に笑みを浮かべる。

 マリエの視線が彼の身を呪詛に染めていく。黒い斑点がジワジワ増えていく。


 そしてマリエの崩壊もどんどんと加速していく。

 その肉はドロドロと溶けて崩れ落ち、翼は骨格だけが残るのみとなった。


 キリオとマリエ。

 互いに、逃れ得ぬ死へと突き進んでいる。

 だが、キリオは言うのだ。


「マリエは、すごいでありますな」


 言って、マリエに対して笑いかける。明るく、そして朗らかに。


「おまえはどこまでも、誰かのために生きられる人間でありますな、マリエ」

「「「グゥゥゥルルルルルルルルルルルァァァァァァァァァァァァァッッ!」」」


 マリエの左肩から生えるワニのようなアギトが、キリオの右わき腹に喰らいつく。

 ギシギシと身が軋み、キリオのアバラが何本も粉砕される。


「がっ、ぅぐッ……、あ、ぁぁ……ッ!」


 身が潰される激痛にキリオの意識がトびかける。

 それでも、彼は奥歯を砕けるほどに強く噛み締めて、何とか踏ん張りきる。

 そしてマリエに語りかけ続ける。


「人のために生きられるおまえに、それがしは憧れすら抱くでありますよ、マリエ」

「や、やめて。キリオ様、そんなバケモノに、そんなことを言わないで……ッ」


 血を吐きながら言うキリオに、サティが膝をつき、声を震わせる。

 しかし、もう遅い。

 彼女の言葉はキリオには届かない。サティは自らその資格を捨て去った。


「「「グァァァァァァァァァガアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッ!」」」


 マリエの振るう触手が、キリオの体を幾度も突き刺していく。

 そのたびに焼けるような痛みが走り、邪獣の呪詛によって彼の身は蝕まれていく。


「なぁ、マリエ……」


 大量に血を失って意識が朦朧としつつあるキリオは、そこで、マリエを見上げる。

 彼女と目を合わせることなどお構いなしに、見上げて、そして語りかける。


「それがしは――、私は、君に言わなきゃいけないことがあるんだ」


 五つのマリエの顔に睨まれて、キリオの顔にまで呪いが及ぶ。

 彼女を見つめる左目が、呪詛に焼かれて煙を上げる。


「キリオ様、逃げて! もうやめて、お願いだから、そこから逃げてェ!」


 サティが、するだけ無駄な懇願をする。そして、彼女は聞いてしまった。


「マリエ。私のせいだ。君を死なせたのは、私が弱かったからだ。間違ったからだ」


 何よりも強く在って欲しいと願った夫の弱音を、サティは聞いてしまった。


「キリオ様、何……? 何を、言って……?」


 夫の言葉が信じられず、サティは唖然となる。

 だが、彼女の方を一瞥もしないまま、キリオは言葉を紡ぐ。内容は、謝罪だった。


「私が、君を殺した。私の弱さが君を死に追いやった。私のせいだ」

「「「ゥギィィィィィィアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ!」」」


 触手がキリオの顔を叩き、右頬が骨が露わになる深さで裂ける。

 キリオはそれも意に介さず、謝り続けた。


「強く在ろうとして、私は、自分の弱さを忘れてしまったんだ。それが、君の死という、私にとっての最悪の結末を招いてしまった。私だ、私のせいなんだよ、マリエ」

「いや、いや! 違う! キリオ様はそんな弱い人じゃない、違う、違います!」


 サティがどれだけ訴えても、今のキリオにとっては外野でしかない。

 彼が話ている相手は彼女ではない。マリエだ。

 それを見て『キリオ』が腕を組んで笑っている。高みの見物を決め込んでいる。


「何を語ったところで、マリエは揺らがんさ。話を聞ける自我も残ってはいない」


 そう言って『キリオ』はまた笑う。

 キリオの行動を、くだらぬ徒労と切って捨てようとしている。


 だが風向きが変わる。

 次のキリオの言葉によって、変わる兆しを見せる。


「そう、君を殺したのは私だ、マリエ。それは変わらない事実だ。だけどね――」


 呪詛に冒され、全身を刻まれ、肉を潰され、骨を砕かれ、満身創痍で彼は言う。


「君が私と共に死んでくれたこともまた、変わらない事実なんだ」


 そして、キリオは右手を差し出す。

 広げた手のひらに現れたのは、小さな箱だった。


「これを、君に」

「「「グゥゥゥゥゥウゥウウウオオオオオオオオオ、オオ、ォォ……、ォ……」」」


 キリオがその小箱を出すと同時、猛り荒ぶっていたマリエの動きが急に鎮まる。

 その変化に『キリオ』が怪訝そうに目を細める。 


「……どうしたのだ、マリエ。何故、そこで止まる?」


 マリエの五つの顔が、長い首をうねらせてキリオの見せた小箱に寄せられる。

 呪いに全身を焼かれながら、キリオは《《あのとき》》のようにマリエに促す。


「開けてごらん」


 暴れるのをやめたマリエが、言われるがまま数本の触手で箱を開けてみる。

 すると中には緩衝材代わりに詰められた花と、その真ん中に置かれた銀色の指輪。


「君から預かったものだ。覚えているかな、マリエ」


 指輪を食い入るように見つめているマリエに、キリオはそれを告げた。


「私はね、ずっと自責の念に囚われ続けてきた。自分を恥じ、自分に怒り、何もかもが自分が悪いと思い続けていた。……だけど、それは違っていたんだな」


 ――おまえの心はおまえのものだ。


 マガツラを介し、父より教わったその教え。バーンズ家の教育方針。

 何故それを言われたのか、今はよくわかる。欲張り呼ばわりされた理由も。


「私の心は私のものだ。――そして、君の心は君のものなんだね、マリエ」


 自罰の意識が強すぎた。自分の責任について拡大解釈しすぎていた。


「私の罪は私のものであっても、君の決断は君のものなんだ。それなのに、愚かな私はその尊き決断を見ることなく、君の死という結果だけを見ていたんだ」


 語るキリオの右目から、ポロリと涙が零れる。


「お師匠様が言っていた。重要なのは、失敗したのが自分であることをちゃんと自分の中で噛み砕いて消化すること、だと。やっとそれができたよ。そうだ、君の勇気ある決断を、私は認めきれていなかった。それもまた、私の失敗なんだ。だから――」


 身を震わせて、彼は無理矢理笑顔を作って、泣き笑いでマリエに告げる。


「私と一緒に死んでくれてありがとう、マリエ」


 彼はやっと、己の罪の全てを認め、それを飲み下すことができた。

 共に死んでくれた妻に、ようやく感謝を贈れた。


「うぅ、あ……」「ぁ、ああ、ぁ」「っ、ぁ、ああ、き」「き、り……」「お……」


 キリオと同じように、邪獣マリエの身も徐々に震えはじめる。

 だが、それと共に崩壊も進む。あまりに濃密な呪詛が黒い炎となって噴き上がる。


「キリオ様ァァァァァァァァ――――ッ!?」

「ハハハハハ、燃えろ、燃えろ、呪いの炎の中で燃え尽きてしまえ、二人とも」


 マリエとキリオが黒い火柱に巻き込まれ、サティが悲鳴をあげ『キリオ』が笑う。

 だが、黒い火柱の中に輝きを放つものがあった。


 キリオが右手に持つ箱の中、邪を祓うカディナ銀の指輪である。

 輝きはかすかなものに過ぎない。しかし、それは暗い火柱の中で光を放っている。


「改めて、私は君に謝るよ、マリエ」


 闇の中に輝くものをしるべとし、キリオは懺悔を口にする。


「私が君を死なせたんだ。すまない、マリエ。どうか私を赦してくれ」

「キ、キリオ様……ッ、そんな……!?」


 焦熱に肌を焼かれ、筋肉を焦げつかせながら、キリオがマリエに赦しを乞う。

 その光景は、サティには耐えがたいものだった。


 彼が自らの弱さを吐露することさえ、サティにとっては看過できない事態なのに。

 それが、自分ではない女に赦しを乞う。彼が、この世で最も強い男の、彼が。


「やめてやめてやめてやめて! やめてェ! 見たくない、そんなキリオ様、見たくない! お願いだからやめて、キリオ君! その女を殺してェ――――ッ!」


 だが、その叫びも今は空しく響くばかり。

 サティアーナ・ミュルレの前で、キリオはマリエに、重ねて赦しを乞い続ける。


「私は、一人では何もできない弱い男だ。頼むよ、マリエ。弱い私を、赦してくれ」


 昨日までのキリオであれば、それは口が裂けても言うはずのない言葉だ。

 マリエを死なせた罪悪感にひしゃげた心のままでは、決して出るはずのない言葉。


 だがそれを、キリオは今こそ口にする。

 自分だけでは立っていられないと、己の弱さを、素直に認める。


「やっぱり、一人じゃダメなんだ。隣に君がいないと、私は何もできないんだ」


 苦笑しながら、キリオは弱音を吐き続ける。そしてマリエに赦しを乞う。

 その様を、サティは目の前で見せつけられている。


「ぅああああああああああ! ぃやぁ! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 膝立ちになった彼女が、両手で頭を抱えながら泣き叫ぶ。

 キリオが言った『一人』という言葉に、サティは己が迎えた最悪の結末を知る。


「な、何故、燃え尽きない。あれだけの呪詛の炎の中で、何故生きていられる?」


 そして『キリオ』は、戸惑っていた。

 マリエから噴き出した呪いの炎は、二人を飲み込んで焼き尽くすはずだった。


 しかしキリオもマリエも、未だに健在。

 呪いの炎の中にあって、燃え尽きる様子も一向に見られない。

 いや、それどころか――、


「あの輝きは、何だ? 炎の中に瞬いている光が、強くなっている……?」


 激しく立ちのぼる黒い火柱のただ中に、『彼』は小さく輝けるものを見た。

 その輝きはカディナ銀の指輪が発するもの。

 最初はかすかだった光が、今、少しずつ、少しずつ大きくなりつつある。


「ぁぁ、あ」「ぁぁ、ぅあ、ぁ……」「きり、ぉ……」「きりお」「きりおさま」


 呪詛の炎が、マリエの顔を焼いていく。

 一つが焼け落ち、一つが灰となり、一つが爆ぜて、一つが崩れ去る。


 残る顔は一つ。

 そのマリエの顔が、キリオをジッと直視している。


「きりお、さま……」


 彼女はうつろな声で呟いて、ゆっくりと焼け爛れた左手をキリオへ伸ばしてくる。


「今さら、回りくどいことを言うつもりはないよ」


 そしてキリオはうなずき、箱が焼け落ちた指輪を右手の親指と人差し指でつまむ。

 指輪の輝きがさらに強まる。

 そして、迸るそれが二人を包み込んで《《渦を巻き始める》》。


「――――何ッ!?」


 そこに起きた現象を目の当たりにして『キリオ』が初めて狼狽する。


「バカな、あの男は、キリオ・バーンズは『真念』に至れないのではないのか!?」


 その声は、キリオにもしっかり聞こえていた。

 そう、それで正しい。自分は『真念』に至れない。自分だけでは、至れない。


 だから今、言ったではないか。

 《《私は》》、《《一人では何もできない弱い男だ》》。と。


「マリエ――」


 自らの罪を知り、間違いを悟り、弱さを認めた男が、今こそ愛する人に告げる。


「君が好きだ。ずっと、そばにいてほしい」


 キリオが、カディナ銀の指輪をマリエの左手の薬指にはめた。

 ここに呪いは反転し、祝福となって二人を照らす。

 噴き上がっていた呪詛の火柱が、一転、極彩色の光の柱となって空を貫く。


「――本当に、仕方がない人ですね」


 そしてキリオが久しぶりに聞く、その声。自分に『赦し』をくれる彼女の声。


「だけど、そんなあなたを、私は好きになりました。……あなた様。キリオ様」


 キリオが指輪をはめた相手は、邪獣ではなく、マリエ。マリエ・ララーニァ。

 滅びの直前まで追い込まれていたその身は、完全に元の姿に戻っている。


「すまんであります、マリエ。今度こそそれがしはおまえを幸せにするであります」


 そして、彼女の左手を握るキリオもまた、全ての傷が癒えている。

 なくした左手も左目も、何もかもが元通りだ。


「あなた様はさっき謝ってくれましたので、もう謝らないでいいですよ」

「そうでありましたな。それなら、ありがとう、マリエ」

「はい、それでいいです。嬉しいです、あなた様。私はずっとあなたの隣にいます」


 笑い合う二人を包み、輝きは増していく。渦巻く力が高まっていく。


「感じているか、マリエ」

「はい、あなた様。《《これ》》が《《そう》》なんですね」

「どうやらそのようでありますな。そうか、《《これ》》が《《そう》》なのか……」


 感じている。マリエもキリオも感じている。

 ついに至ったそれ、己の本質。己の核心。己の真実。己の――、『真念』。


 一人ではどうしても至れなかったのに、二人だとあっさりと到達できてしまった。

 ついに己の手に掴んだ『真念』は、しかし、割とどうというものでもなかった。


「食わず嫌いみたいなモンだったんでありますかな……」


 至る前は、己の本質を直視するのがどうしようもなく怖かった。

 醜い自分を思い知るだけで終わるんじゃないかとも思った。


 だがそれらは全て杞憂に終わった。

 それこそまさしく、何かイヤだったけど食べてみたら美味しかった、みたいな。


「ダメですよ、あなた様、好き嫌いはいけません。まだ育ち盛りなんですから」

「ただの例えでありますよ! え、伝わんなかった!?」


 何故かマリエに叱られてしまった。

 それを若干理不尽に思いながら、キリオは左手をマリエに差し出す。


「さぁ、マリエ」

「はい、あなた様」


 渦巻く光の柱の中で、二人は両手を重ね、指を絡ませる。

 今こそ、全てに決着をつけるために。


「我が『真念』は『怒り』。――されど、それは誰がための『怒り』か」


 目を閉じて、互いに額を触れ合わせ、キリオがそれを呟く。


「我が『真念』は『赦し』。――ならば、それは誰がための『赦し』か」


 マリエも目を閉じて、追随する。左手の指輪の輝きが、さらに強まっていく。


「君と共に在る。全てと共に在る。この『怒り』は君を守るための『怒り』」

「貴方と共に在る。全てと共に在る。この『赦し』は貴方の『怒り』への『赦し』」


 高まる力に世界が軋む。

 高まる光に『キリオ』が――、『キリオ』だった者が、叫ぶ。


「ウォォォォ……! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……ッ!」


 アキラ・バーンズより託された使命は、今、ここに果たされる。


「「異能態(カリュブデイス)――、『天燎不落戴(テンリョウフラクタイ)』」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ