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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第337話 ジャッジメント・デイ/決断のときは訪れり

 エンジュ・レフィードが泣いている。


「何で! 何でよッ! 何で私が、お母さんを殺してるのよォ――――ッ!?」


 嘆く娘の腕の中、母親は安らかに微笑んで抱きしめられている。

 その重みが、エンジュにとっては辛く、痛くて、悲しい。


 無論、ラララを蘇生することはできる。

 しかし、エンジュは異世界でもラララを殺したことは一度もなかった。


 若かりし日はともかく、母親になったラララは戦いから完全に遠ざかった。

 エンジュにとってラララは、いつだって優しい母親だった。

 だからエンジュは母が好きで、撫でられるのが好きで、そして、それで――、


「ぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!」


 ただひたすらに、彼女は母の死を悼み、嘆くのだった。

 それが、取り返しのつく死であったとしても。

 母は自らの命を捧げ、娘の心を解き放った。その事実が、娘は悲嘆に暮れさせた。


「ヒヒャ! ヒャハハハハハ! やッタ、やったゼ! ラララめ死にやガッタ!」


 そしてここに、エンジュの嘆きを微塵も解さない者がいる。

 サイディである。

 娘に殺されたラララを見て、彼女は両手をパンパン打ち鳴らし、はしゃいでいる。


「よくやったゼ、エンジュ! さすがはワタシの娘ダ! ヒヒヒハハハハッ!」


 バカなサイディ。

 愚かなサイディ。

 ラララが死んだという事実に気がとられて、目前で起きた変化に気づいていない。


「HAHAHA! サァ、こっちに来ナ、エンジュ。ママがテメェを撫でテ――」

「ふざ、けるなァ――――ッ!」


 振り返りザマのエンジュの大激発。

 彼女の片手で投げ放った『矛洛雲(ムラクモ)』が、サイディの右肩を貫通する。


「……ハヘ?」


 それに、彼女は気づくのが一瞬遅れて、自分の肩に生えている刀を見やる。

 その顔が、一瞬にして恐怖と激痛に引きつり、歪む。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ――――ッ!?」


 派手に噴き出す血に、サイディは絶叫し、その場にのたうち回る。

 エンジュは、早々に蘇生したラララをその場に寝かせると、彼女の方へ向き直る。

 その歩く姿から放たれるのは、怒気より熱く、殺意よりも黒き怨の一念。


「誰が、誰の娘だって。サイディ・ブラウン……?」


 漏れる声は呪詛。紡がれる言葉は怨嗟。

 呪いから解き放たれたエンジュが、尋常ならざる鬼気を放ち、サイディへ迫る。


「ゥ、ヒ……ッ」


 ただでさえ、ラララに戦意を挫かれたサイディだ。

 怒りの権化と化している今のエンジュを前に、その心は完全にしぼみ切っている。


 顔中脂汗まみれで、彼女が立ち上がることもできずエンジュの接近を許す。

 逃げようにも、腰が抜けている。膝が震えている。何より、心がへし折れている。


「サイディ・ブラウン」

「エ、エンジュ――」


 サイディの右肩に刺さっていたムラクモが消えて、エンジュの手に戻る。

 そして、エンジュはそれを一度だけ、無造作に振り回す。


「マ、待テ、ワタ……、…………ッ! ――――!? …………ッッ!」

「おまえの『声』を斬った。余計なことは喋らなくていいわ」


 何も言えず、魔法の発動もできなくなったサイディへ、エンジュは酷薄に告げる。

 彼女はそれから、ムラクモを逆手に持ち替え、両手で掴み直す。


「…………ッ!」


 声が出ない状態で、サイディが顔を恐怖に歪め、大口を開ける。


「おまえのせいだ」


 抑揚のない声。エンジュが振り上げたムラクモを勢いよくサイディに突き刺す。


「おまえのせいだ。おまえのせいで、私はお母さんを殺す羽目になったんだ。大好きなお母さんを、私を撫でてくれたお母さんを、おまえのせいで。おまえのせいで。おまえなんかのせいで。おまえみたいな虫けらにも至れない哀れみも持てないクソ以下のザコ以下の肉の塊のせいで、私はお母さんを殺す羽目になったんだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだッ!」

「……ッ! ……、……ッ、ッ! ~~~~ッ! ――――ッ!? …………ッ!」


 悲鳴もあげられない状態で、サイディの体が幾度も幾度も貫かれる。

 しかも、刺している場所はいずれも激痛を与えるポイント。明確な拷問であった。


「悲鳴もあげられず、助けも呼べず、何もできないまま死んでいけ。おまえ自身の弱さを呪って、無力さを噛みしめて、何もできないまま死んでいけ。でも私はおまえを許さない。あとで蘇生して、同じやり方で殺してやる。何度でも、何度でもッ!」


 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、と、刃が肉に突き立つ音だけが響いている。

 肉を断たれ、腱を裂かれ、関節を壊され、サイディは指一本動かせなくなる。


「……ッッ! ッ、…………ッ! ~~~~ッッ! ……ッ、ッッッ!?」


 サイディは口から大量の血を吐き、涙をあふれさせ、かぶりを振り続けた。

 エンジュはそれを無視して同じ動きを繰り返し、切っ先はサイディを無限に抉る。


「――――ッ! ――――ッ!」


 サイディは声なき声で泣き叫びながら、ある一方向へと視線を投げていた。

 その先にいるのは、彼女の雇い主である『キリオ・バーンズ』。


 老齢の彼を、サイディは恨みと憎しみがこもった目で強く睨みつける。

 こんなことになるなど聞いていない。こんな死に方をするなんて、聞いていない。


 彼女のそれは単なる責任転嫁だ。

 これまでの彼女の行ないのツケが、巡り巡って帰ってきただけ。単なる因果応報。


 しかしサイディは納得しない。

 自分は、もっと輝かしい人生を歩むはずだった。剣士として満たされた人生を。

 どうして、何でこうなった。どうして、こんなことに……!


「おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだ。おまえのせいだァッ!」


 繰り返される刺突。繰り返される地獄。繰り返される。ひたすらに繰り返される。

 止まらない激痛がサイディの心を粉々に打ち砕く。

 もう何もかもどうでもよかった。ただ痛いのが嫌だ。助けて、助け、たす……、


「私は――」


 エンジュが、一際大きくムラクモを振り上げる。


「私はラララ・バーンズとタイジュ・レフィードの娘、エンジュ・レフィードだ!」


 振り下ろされた切っ先が、サイディ・ブラウンの顔面のど真ん中を貫いた。

 ビクンッ、と、すでにズタズタだった彼女の体が震え、動かなくなる。


「……最初は、このくらいにしておいてやるわよ」


 恨みが薄皮一枚和らいだところで、エンジュはその死体につばを吐きかけた。

 エンジュ・レフィードは、見た目の割にちょっと悪い子であった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 エンジュがサイディを滅多刺しにするのを見て、一人の男が震えていた。

 誰であろう、『キリオ・バーンズ』その人である。


「な、何が起きた……?」


 目の前にある光景を、彼はまるで受け入れられずにいた。

 だが、それは当然だろう。何せ――、


「エンジュが異能態の支配を脱しているのが、そんなに不思議でありますか?」


 キリオが『キリオ』に言葉を投げる。

 そう、エンジュは『キリオ』の『不落戴冠儀(フラクタイカンギ)』から、完全に脱していた。

 彼が身を震わせていたのは、その事実が受け入れがたかったからだ。


「……何故だ。何が起きた。ラララは一体、何をした!」


 キリオの言葉に『キリオ』は問いを投げ返す。

 ラララは異能態など使っていなかったはず。それなのに何故、エンジュは……!?


「使っていたさ」


 疑問ばかりの『キリオ』に、キリオがそう返す。


「使ったんだよ、ラララは。異能態を使ったんだ。自覚のあるなしは知れないが」

「な――」


 告げられたその事実に『キリオ』が言葉を失う。


「だから、エンジュはおまえの異能態の支配を打ち破れたんだ」


 ラララは異能態を使っていた。

 彼女はこの戦いの中で、己の『真念』に到達していたのだ。


 娘を取り戻さんとしたラララ・バーンズが至った『真念』は『慈愛』。

 愛するものをどこまでも慈しみ、守り抜こうとする深き愛情の念。


 それによって発現した異能態こそが『神薙士烙草(カンナギ・シラクザ)』ならぬ『巫士烙草(カンナギ・シラクサ)』。

 七色に輝ける両腕での抱擁によって発揮される能力は『真情伝達』。


 抱きしめた相手に自分の気持ちを一切の歪みなしに完全な形で伝える。

 たったそれだけの、戦闘能力など皆無な、シイナとは別の意味で最弱な異能態だ。


 だが、相手に自分の真心をきちんとした形で伝える。

 それを確実に行なえるのは、ラララが発現したこの異能態だけであった。


「見事だ、見事だったぞ、ラララ!」


 キリオが、心底からの称賛と共に、娘に介抱されている妹を見つめる。

 ラララの異能態は、これまで無敵を誇った『キリオ』の支配に楔を打ち込んだ。


「ぐ、ゥゥ、あ……!」


 近くで、苦しげな呻き声がする。


「痛ッ、あ、頭が、何だよ、これ……!?」


 キリオがそちらを見れば、タクマが片手で頭を抱え、うずくまっている。

 彼だけではない。

 シイナも、タマキも、ヒナタも、シンラや美沙子までもが、変調を来たしている。


「な、何です、これ、この記憶……? 気持ち悪い……ッ!」

「まさか、まさか……ッ、こんなことが、これは、キ、キリオ……?」


 揺らいでいる。

 盤石であったはずの『キリオ』の異能態が、ここに来て大きく揺らいでいる。


「何だというのだ、何が起きている。何故、私の異能態の支配が……!」


 苦しみ出したバーンズ家の面々を見回して『キリオ』が狼狽する。

 それに対して答えを示したのは、やはりキリオ。


「異能態は『先手必勝にして後手必勝、使ったモノ勝ち』、で、ありましょう?」

「まさか、ラララの異能態が、私の異能態を上書きしたと……!?」


 気づいた『キリオ』がその目を大きく見開く。

 ラララの異能態は『キリオ』の異能態のような常時発動型ではない。


 時間が経てばその効果の余韻も薄れ、再び『キリオ』は無敵に戻る。

 だが発動直後の今だけは、一時的にだが『キリオ』の異能態の支配力を越えた。

 バーンズ家の面々が苦しんでいるのも、その影響だ。


「狙っていたというのか、キリオ・バーンズ! この展開を、おまえは……!?」


 焦燥からか、顔面を汗に濡らして『キリオ』がキリオを問いただす。


「ここまでの大勝ちは想定していなかったでありますが、賭けてはいたとも」


 美沙子に『最終決闘』を提案した時点で、もしかしたら程度には考えていた。

 分の悪い賭け。いや、ほとんど勝ち目のない賭けだった。

 だが、ここまで見事にハマるとは、キリオも想像はしていなかった。


「全てはラララの手柄であります。エンジュの解放も、この現状も」

「キリオ様……」


 家族達と同じように、サティもその場にうずくまっている。

 呪毒の侵蝕が進んでいるのだろう。非常に苦しげな顔で、彼を見上げている。


「待っていろ、サティ。すぐに終わらせる」

「は、い……」


 キリオが告げると、サティは満足げに笑ってうなずく。

 それにうなずき返して、キリオは記憶の混濁に苦しむ家族へ、声を張り上げる。


「我が兄弟よ! 家族達よ! まだ私を『ミスター』と疑うか! すでに真実は明らかなはずだ! 我が妹、ラララが示した真実を、おまえ達はまだ拒むというのか!」

「そう、だ。余らは……、あの夜から、今まで……ッ!」


 激しい頭痛に襲われながらも、シンラが『キリオ』を睨みつけようとする。


「クソ、おまえ、『ミスター』、ふざけやが、って……!」


 シンラと同じように、タクマも『キリオ』をねめつけて強く唇を噛み締める。


「ぅ、ぐぅ、ぐ……! これは、こ、こんなことが、こんな……!?」


 味方だったはずの家族全員の視線に貫かれ、『キリオ』はますます狼狽を深める。

 ついに『キリオ』を追い詰めた。

 だが、その事実を前にしてもキリオは微塵も油断していない。


「ガルさん」

『ああ、来るぞ、キリオ。――上だ!』


 取り出したガルさんに言われて、キリオは真っ白い空を見上げる。

 そこに、黒い亀裂が生じる。

 何者かが空間の断絶を越えて、この『スダレの御部屋』に侵入してくる。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ」「なだ……」「ざぁぁぁぁ……」「まぁぁぁぁ――――!」

「……やはり来たか、マリエ」


 空を割って現れたのは、邪獣(ベリアル)と化したマリエ。

 キリオはガルさんを握り締め、己の傍らにうずくまっているサティに目配せする。


「ハハハ、ハハハハハハハ! そうだ、そうだった! 私にはまだいとしい妻がいたじゃないか。そうだとも、マリエが私を守ってくれる! 私の、いとしい妻がね!」


 地面に落下してきた邪獣を見て、『キリオ』が歓喜の笑いを響かせる。

 ついに、決断のときが訪れた。

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