第335話 ジャッジメント・デイ/『帝威剣聖』vs『比翼剣聖』
生まれながらの獣とは、ザイド・レフィードのためにある言葉だった。
彼は、貧しい農村に生まれた。
両親についてはほとんど覚えていない。
何故なら、親は彼が三歳になる前に、死に果てた。
大量発生したモンスターが、村になだれ込んできたのだ。
そして、彼の両親は生きたまま喰らわれ、ザイドも狙われた。
それを助けたのは、たまたま村に居合わせた当代の『剣聖』であった。
彼は何とかザイドだけを助け、村の外へと逃げた。
以降、その『剣聖』がザイドの親となった。
たまたまの縁で拾った子供。
その『剣聖』はザイドのことを当初はその程度にしか認識していなかった。
だが、数年して戯れに木剣を持たせたところで、彼の考えは変わった。
ザイドは、天性の素質を有していた。
それは『剣聖』から見ても煌めくばかりのまばゆい才能。魔力量も豊富だった。
そこから、ザイドの鍛錬は始まった。
親代わりで師でもある『剣聖』の教えを、彼は綿が水を吸うようにして覚えた。
一を説けば十を知る、とは、まさにザイドのことであった。
何より、彼には魔剣士として最も必要な資質が備わっていた。
それは『飢え』だ。
剣に対する『飢え』。勝利に対する『飢え』。剣に対する『飢え』。
飢えた獣が獲物の肉に一心不乱にかぶりつくように、ザイドは敵に向かっていく。
己が鍛えた技を試したい。そして勝ちたい。
その執念は、もはや獣よりも獣らしく、育てた『剣聖』がおののくほどだった。
やがて、師の跡を継いでザイドは『剣聖』となった。
それは飢えた猛獣が野に解き放たれたのと同義だ。
異世界は、ザイド・レフィードにとってまさに天国に等しい環境だった。
何せ、この時代の異世界には戦いしかなかった。戦いがあった。
それこそはザイドにとって望むべき理想の環境。
尽きぬほどに敵がいる。尽きぬほどの戦いがある。尽きぬほどに勝利できる。
素敵だ。
素敵だ。
何という恵まれた環境。とても素敵だ。
ザイドが『剣聖』を継いで数年は、まさに至福の時間だった。
どこに行っても戦いがある。どこに行っても敵がいる。
彼はひたすら戦って、戦って、斬って、斬って、勝って、勝って、勝ち尽くした。
――そして、飽きた。
敵がいる。だが、強くない。手応えがない。歯応えがない。柔らかい。味が薄い。
強すぎる彼は、強すぎたがゆえに強者の宿痾に囚われた。
長い戦いの中で名も知られ、そもそも戦う機会も減ってきた。
アキラ・バーンズという強者に出会いもしたが、アレは何かが違った。
確かに強い。
自分に劣らず強いのだが、きっと自分はアレと戦っても楽しくない。
だが、アキラのもとにいれば戦いの機会は巡ってくる。
飽きが来ているとはいえ、ザイドには戦わないという選択肢は存在しない。
そして彼は、タイジュと出会った。
とある街で見かけた戦災孤児。
だが、一目見た瞬間に電撃に打たれた。わかったのだ。これは強くなる。と。
ザイドはタイジュを引き取った。
長年の憂いを晴らし、最高の悦楽をもたらしてくれる『敵』に育てるために。
だがそこに、余計なものがくっついてきた。
ラララ・バーンズ。
あのアキラの娘の一人で、何故かタイジュに興味津々なガキだった。
傭兵団のしがらみから、タイジュと共に弟子として教えることになった。
だが、ザイドはラララにさして興味はなかった。
豊富な魔力と、いくばくかの剣才は持っているが、こいつはダメだ、大成しない。
自分やタイジュと違って『剣に愛される才』がない。
ラララには『剣の声』が聞けない。
その時点で、ザイドにとってラララはタイジュを育てる上での当て馬になった。
教えるからには全力で教える。
しかし、ついてこれなくなったら容赦なく見捨てる。そんなつもりだった。
だが、異世界では当て馬でしかなかったラララにタイジュを持っていかれた。
自分の『敵』にするため育てたタイジュは、結局は『敵』にならずに終わった。
その事実を受け入れられず、ザイドはアキラの傭兵団を離れた。
そして適当に戦って、適当に死んだ。もう何もかもがどうでもよくなっていた。
そんな彼に待ち受けていたのは『出戻り』という現実。
サイディ・ブラウンとなった彼女は、そこで思いがけない好機に恵まれた。
この世界にもタイジュがいる。
サイディは狂喜した。今度こそ、タイジュを自分の『敵』にする。
そのモチベーションが彼女を衝き動かした。
が、これも失敗。
しかも二度目の失敗も、理由はラララだった。
いよいよ日本を出ようかと思ったそのとき、サイディは『キリオ』と出会った。
そして『彼』から計画を聞かされて、萎えていたモノが盛り返した。
現実の改変。過去の塗り替え。認識の支配。
何より、タイジュだけでなくエンジュという新たな『敵』候補までついてくる。
自分の夢を二度も砕いてくれたラララへ仕返しできるのも魅力だった。
そう、今度こそ。
今度こそは自分にとって最高の『敵』を、Enemyを得られる。
そうなるはず。……だったのに!
「何で、テメェがワタシの前に立ち塞がってヤガル、ラララ・バーンズッ!」
ラララは、みたび彼女の夢を挫こうとしている。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
戦場に轟く、憤怒の声。
「ウガァァァァァ! 魔剣式ィ、天道、瞬飛牙煉屠ッ!」
「魔剣式、地道、金剛士烙草」
高速連撃の瞬飛剣を防ぐのは、金城鉄壁の金剛剣。
「クソがヨォ! 魔剣式ッ、破道、斬象牙煉屠ッ!」
「魔剣式、彩道、属性士烙草」
一撃必殺の斬象剣を防ぐのは、万有万色の属性剣。
「くたばりヤガレ! 魔剣式ッッ、邪道、刻空牙煉屠ォォォ!」
「魔剣式、王道、魔装士烙草」
邪道魔剣の刻空剣を防ぐのは、正統魔剣の魔装剣。
空より襲い来る六つの刃を、ラララは左手の白き曲刀のみで受け、捌き、防ぐ。
「ガアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
全ての攻撃をことごとく防ぎ切られ、サイディは激怒のあまり絶叫する。
それを聞きながら、ラララは軽く息を吐いてのち、また二刀を構える。
「何でダ、何でダァ! どうしてテメェがそこまでの防御能力を発揮デキル!?」
「わからないかい、サイディ・ブラウン」
「その白い剣カ、その剣の能力が防御全振りだってノカ!?」
サイディが、ラララが左手に持つ純白の剣を指さして吼える。
その見当違いなイチャモンに、ラララは軽く噴く。
「違うね。全く違う。この剣は確かにすごい剣だけど、この戦いでその力に頼ったことはないさ。ただ、形状を変えられるから変えてもらっただけだよ。この形にね」
「……『羽々斬』」
「そう、ハバキリさ。タイジュの剣だよ。この形だから、防げるんだ」
本当に、ラララはベリーには形状の変化しか頼んでいない。
使い手の意志を最大限尊重してくれる聖剣だ、余計なことは絶対にしないだろう。
「形? 形だけダト? そんなモンデ、テメェはタイジュに等しい防御――、ッ」
「その顔、やっと気づいたかい、サイディ」
ラララは薄く笑うと、自ら誇るようにして左手の白きハバキリを突き出す。
「そうさ、私はこの形の剣を振るう場合に限り、タイジュの技を再演できるのさ」
「な、そん、な……!?」
彼女の説明に、サイディが驚愕する。
タイジュの技の再演は、サイディでも不可能な、ラララにしかできない芸当だ。
重要なのは、武器の形状。ハバキリであることが大切だ。
「二十年かけて互いに三万六千回殺し合った仲だよ? 彼の技は骨身に染みてるよ」
タイジュがハバキリを用いてどんな技を使うか。
それを頭と体で知り尽くしているラララだからこそなしうる、まさに神業。
彼女が自ら名乗った称号――、『比翼剣聖』。
それは、名ばかりのこけおどしなどではない。
「右手のシラクサで『斬魔剣聖』の攻撃力を発揮し、左手のハバキリで『守護剣聖』の防御力を発揮する。互いに一枚しか翼を持たないがゆえに、常に並んで空を舞う比翼の鳥。それが今の私達だ。それが『比翼剣聖』だ!」
「何ヲ、ワケわかんねぇコトヲ、グダグダトォ――――ッ!」
ガレントを両手に掴み、サイディが空剣を伴って突っ込んでくる。
六本の空剣はそれぞれが違った軌道を描いて襲ってくるが――、問題はない。
「うん、わかる。どう来るか、わかるよ。タイジュ」
耳元に、彼の『声』が聞こえる。
それがラララを導いて、両手の剣をどう操ればいいか教えてくれる。
目に頼る。だが頼りすぎる必要はない。
耳に頼る。だが頼りすぎる必要はない。
肌に頼る。だが頼りすぎる日露はない。
全ての感覚を、必要なときに必要なだけ使い、ラララは防ぎ、捌き、跳ね返す。
その、流れるような防御行動に、サイディはその顔面を蒼白にする。
「テメェ、まさか聞こえてるノカ!?」
「何がかな?」
ラララは軽くシラを切る。
だが、サイディは目を丸々見開いて、これまで以上に取り乱した。
「嘘ダ、嘘ダ嘘ダ! テメェにその能力はないハズダ! テメェなんぞに『剣の声』を聞く才能ハ、剣に愛される才能なんザ、あるワケがねぇだろうがよォッ!」
「ああ、その通りだよ、サイディ! 私は別に『剣の声』なんて聞いちゃいない。私が聞いてるのは、脳内に思い描くイマジナリータイジュの『声』なんだからね!」
剣に愛されるとか意味わかんないけど、タイジュになら愛されていい。
などと考えながら、ラララは左のハバキリでサイディの猛攻を防ぐ、防ぐ、防ぐ。
「はい、そこッ! それと、そこも!」
そして右のシラクサに帯びた斬象剣が、サイディの空剣を三本ほど断ち切った。
「グ、ァ……ッ!」
残骸となって白い大地に転がる自身の空剣を前に、サイディは完全に絶句する。
ラララは、決して油断することなく、二刀を構えて彼女と向かい合う。
「元々、おまえが認めたことだろ、サイディ・ブラウン。私は攻撃面でおまえより上で、タイジュは防御面でおまえより上だ、って。その二つが揃えば、こうなるさ」
それは必然。そして当然の帰結。
もはや、立場は完全に逆転していた。圧倒していた側が、今は圧倒されている。
「私はおまえに勝って、エンジュを取り戻す。でもこれは私だけの戦いじゃない。私と、タイジュと、エンジュの戦いでもあるんだ。だから、タイジュに頼ったのよ」
「クソ、クソッ、クソッ! どうしてテメェはいつもいつも邪魔ヲ……ッ」
噛み合わせた歯をきつく軋ませ、サイディは地面を激しく踏みつける。
子供のような癇癪だ。
「ワタシのEnemyはテメェじゃねェンダヨ! タイジュなんダヨ! エンジュなんダヨ! それをテメェガ、毎度毎度毎度、テメェガァァァァァァ――――ッ!」
「なるほど、私はおまえにとっての『敵』じゃない、と……」
それを聞かされ、ラララはしばし考えこんでから「うん」とうなずく。
「そうだね、サイディ・ブラウン」
「ア?」
「確かにそっちの言う通り、《《おまえは私の敵じゃないね》》」
満面の笑みでそれを言うラララに、意味を理解しかねたサイディは一瞬呆けて、
「――――ッッッ」
直後、心底からブチギレて、声にならない声で雄叫びを轟かせる。
「ラララ・バァ――――ンズゥゥゥゥゥ――――ッッ!」
そしてガレントを振り上げて、もはや何の考えもなしに突っ込んでくる。
それこそ、腹を空かせすぎて正常な判断能力を失った獣のように。
「おまえとの因縁もこれで終わりにしよう、サイディ」
ラララが操る空剣が、背後からサイディの脇腹を抉る。
「グギッ!」
妙な声を出し、サイディは痛みに身を引きつらせて突進を止める。
そこに、逆にラララが果敢に攻め込んでいった。
「タイジュからのオーダーだ、サイディ・ブラウン!」
「うおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああ!」
喚き散らし、ガレントを振り回すサイディへ、ラララが二刀と空剣を振るう。
「八つ裂きのォ――――ッ」
皆が見ている前で、ラララが刃を閃かせ、サイディの身を八つに斬断する。
「八つ裂きのォ――――ッッ」
さらに、二刀と空剣が、八つに分かたれた肉片一つ一つを、さらに八つ裂きにし、
「八つ裂きだァァァァァァァァァァ――――ッッッ!」
六十四に分割されたサイディの肉片一つ一つを、さらにさらに八つ裂きにする。
サイディ・ブラウンだった肉片、その数、五百十二。
「全くさ――」
地面にぶちまけられたサイディの残骸を見下ろし、ラララが小さく肩をすくめる。
「野良犬が生きていくには厳しいご時世だよね、今ってさ」
――『最終決闘』、決着。勝者、ラララ・バーンズ。




