第334話 ジャッジメント・デイ/『帝威剣聖』vs『斬魔剣聖』:後
ラララの旗色が悪い。
それは、キリオの目にも明らかだった。
ついさっきまでは互角だった。互角に見えた。
誰が見てもそうだったろう。タマキから見ても、シイナから見ても、他の皆も。
だが、均衡が崩れた。
せめぎ合っていた二人の攻勢だったが、それに優ったのはサイディ。
彼女の猛攻に、皆が見ている前でラララは全回復魔法を使った。
こちら側でも空気が変わったのは、その瞬間からだ。
「あぁ……」
吐息と共にそんな声を漏らしたのは、美沙子だったと思う。
それを皮切りに、他の家族達も同じように息をついたり、声を出したり。
「やっぱ、こうなるよな」
というタクマの呟きがやけに印象的だった。
そして、緊張に彩られていたこちら側の空気は、そこから一気に弛緩した。
わざわざの『最終決闘』の提案。
皆、それに何某かの期待か不安を抱いていたのかもしれない。
しかし、ふたを開けてみれば《《いつも通り》》の流れ。というところだろう。
なるほど、緊張が解けてしまうのもわかる。
「やっぱり、こうなるのよ!」
少し離れた場所で二人の戦いを見守っていたエンジュが、そう言って笑っている。
「確かにラララ・バーンズは多少は強いのかもしれないけど、変な空想を本当のことだと思い込んで母親ヅラするような傍迷惑なヤツが、ママに勝てるワケないわ!」
何とも痛烈なコメントである。
しかし、それを咎めようとする者は、誰一人としていない。
それどころか、何人かは同調してうなずいてすらいる。
「キリオ様……」
隣に立つサティが、不安げに言ってキリオの服を掴んでくる。
戦いは、ラララの圧倒的不利。サイディの圧倒的有利。
もはやキリオとサティ以外、誰一人としてサイディの勝利を疑っていない。
自分達以外の視点では『結果は火を見るより明らか』なのだろう。
「――つまり、状況は整ったということであります」
キリオは、それを小さく言ってほくそ笑む。
ここでラララが終わるなら、最初から『最終決闘』など提案していない。
彼は、妹を信じている。
ラララ・バーンズの逆転を、心底から信じている。
「ひっくり返してやれ、ラララ」
握り締めた拳の中は熱い汗に濡れていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――ラララの傷が増えていく。
「HAHAHAHAHAHAHA! 丸見えダゼ、テメェの動きはヨォ!」
「く、ぅぅ……ッ!」
ラララは全力で回避をしようとしているが、叶わない。
どこに逃げても、サイディの操る空剣が飛んできて、身を刻む。
「邪道、刻空士烙草!」
「ソイツも無意味ダァ、ワタシにゃ全部見えてるカラヨォ!」
自らも空剣を操って、サイディの空剣の迎撃を試みる。
しかし、サイディの言葉通り、全て空振りに終わる。
ラララの空剣はサイディの空剣に全て避けられ、ただむなしく飛翔するばかり。
「無駄ダ、無駄無駄無駄ァ! ワタシにゃ『声』が聞こえてンダヨ!」
「ああ、そうかい! 耳がいいんだね、サイディ!」
自信の異面体である『牙煉屠』で、サイディが突きを繰り出してくる。
ラララは『士烙草』でそれを払って、反撃に転じようとする。
「HAHAHAHA! ラララァ、足元がお留守ダゼェ!」
だが、そこに背後より空剣。
超高速で飛翔する刃が、ラララの右太ももをザックリと切り裂く。
「ぅ、が……ッ!」
「刻め刻め刻め刻め刻め刻め刻め刻め刻め刻メェェェェェェェェ――――ッ!」
六本の空剣がラララへと殺到し、防御もままならないまま、彼女は切り刻まれる。
「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――ッ!?」
「HAHAHAHAHAHAHAHA! どうしたヨ、ラララ。終わりカヨ!」
血風にまみれて倒れそうになるラララを、サイディが嘲笑う。
「まだ、全快全癒!」
しかし意識を繋いでいたラララは、全回復魔法で傷を癒してシラクサを構える。
「クク……」
サイディは、自分の周りに空剣を旋回させて、ガレントを肩に担いだ。
「何ダァ? どうシタァ? 勇ましく挑んできた割ニ、そんなモンカヨ、テメェ」
「サイディ・ブラウン……」
「異世界で教えたヨナ。戦闘中の全回復魔法の使用ハ自殺行為だッテヨォ」
その教えを、ラララは覚えている。
魔剣術を使う者同士の戦いでは、重要となるのは保有する魔力の残量だ。
通常の魔導士と違って、常に技を連発する魔剣術は、魔力消費がすこぶる大きい。
魔剣術以外の魔力消費は、まさに愚の骨頂。呆れられても仕方がない。
「テメェも曲りなりにも『斬魔剣聖』とまで称された魔剣士のクセニ、基礎もできちゃいねぇノカ、何とも情けねぇ話だと思わネェカ、ラララ」
「そうかもしれないね。けれど、最終的にこのラララが勝てば問題はないさ。元より『斬魔剣聖』なんて称号には、あまり興味がないしね。このラララは」
「クハ。HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
響き渡る、サイディの哄笑。
「勝てバ問題ナイ? HAHAHA! 今のテメェが言ったトコロデ、そいつはもうジョークにもなりゃしねェゼ。『剣の声』も聞けねぇテメェニャ、不可能な話サ!」
「『剣の声』、か……」
「Yeeees! 剣に愛される資格を持つヤツだけが聞ける『声』サ。ワタシは聞ケル。タイジュも聞ケル。エンジュだって聞ケル。テメェだけダヨ、ラララ。テメェだけが『剣聖』の称号を持ちながらそれを聞けネェ。だからテメェは半端なのサ」
人の顔とはこれほどまでにいやらしく笑えるのか。
ラララがそう思うくらいに、サイディは口の端を吊り上げて大きく笑う。
嘲り、見下し、侮り、蔑み。
そういったものに満ちた彼女の瞳が、ラララを見て細まっている。
「わかったダロウ。テメェの身の程ガ。自分がやろうとしてることがどれほど大それたコトカ、どれだけくだらねぇ試みカ。よくわかったダロ? ナァ、ラララヨォ?」
嘲笑を交え、サイディは言ってくる。
見せつけられた、どうしようもない力の差。すでに二回、ラララは殺されかけた。
また挑んでも、待ち受けている結末はそう変わるまい。
ラララとて愚鈍ではない。そんなことくらいはすでに予想できている。
これが『剣の声』を聞ける者と聞けない者の差。
その絶対的な実力差を、サイディは自らの剣をもって実演してみせた。
彼女はそうやって、力任せにラララの心を折りに来ている。
「ワタシはヨォ、今、最高にイィ~イ気分ダゼェ~?」
「それは、何でだい?」
「だってヨォ、ワタシからタイジュを奪ったテメェにようやく身の程を教えてやれタンダ、爽快に決まってるダロ。アア、イイ気分ダゼ、イッちまいソウダ」
サイディが歯を剥き出しにして笑い、強い喜悦に体を震わせている。
「テメェを粛清したラ、次ァ、エンジュダァ」
「何、それ……」
「タイジュの代わりだヨ。あの小娘ハいっぱしダガ、まだまだ伸びしろがアル。それをワタシが磨いてヤルノサ。そしてあいつをワタシのEnemyにしてヤル」
それを語るサイディの瞳は、まるで飢えた獣のようだった。
彼女は口を開け、唾液の滴る舌先で上唇を舐める。
「Enemyサ、ワタシは最高に燃えるバトルができるEnemyが欲しいンダ。テメェみてぇな雑魚なんぞとヤッてモ、ちっとも燃えやしねぇンダヨ! カスがヨ!」
ギラギラとした目でラララを睨み据えて、サイディが口汚く罵倒する。
「終わらせるゼ。こんなつまんネェバトル。これ以上つきあってられるカヨ」
彼女の周りを巡る空剣が、その速度を一気に増す。
そして、場に漂う空気は熱量を増大させ、勝負は佳境に向けて加速していく。
「ママ、がんばってェ――――ッ!」
そこに届く、エンジュからの応援の声。
耳にしたサイディが、また豪快に笑い飛ばしてラララを煽ろうとする。
「HAHAHAHAHAHA! ワタシの娘もああ言ってルゼ、ラララ――」
だがラララは、サイディの方を向いていなかった。
「うん、お母さんがんばるねー! 勝つから見ててね、エンジュー!」
彼女は、エンジュに向かって手を振って大声で返していた。
「なっ、おまえじゃないわよ! ふざけないでよ、妄想女! バカじゃないの!」
「ハァ……?」
取り乱して怒りを露わにするエンジュと、間の抜けた声を出すサイディ。
「何ダ、デメェ。おかしくなったか? テメェじゃワタシにゃ勝てねぇト」
「そうだね、確かにその通りだ。このラララだけでは君には勝てないよ、サイディ」
向き直ったラララが、至極あっさりとそれを認める。
これには、サイディもポカンとなる。
「何だヨ、テメェ。何ダ、その軽さは。……何を考えていやガル!」
「ひどいね。素直に負けを認めたというのに。まぁ、でもそれは――」
ラララの顔つきが、変わる。
「それはラララ・バーンズの敗北であって、この勝負の負けという意味じゃない」
「何ィ~?」
「このラララは負けを認めよう。――でも、《《私達》》はおまえに負けない」
その言葉と共に、過熱しつつあった空気が一層激しく熱を高めていく。
妄言ではない。サイディもそう感じているようだ。軽々しく攻めてこない。
「テメェニ、何が残ってヤガル。『剣の声』も聞けないテメェニ、何ガ!」
「……ベリーちゃん」
ラララは答えずに、収納空間から純白の包丁を取り出して左手に握る。
それは、聖剣包丁ベリルラント・カリバー。本来はミフユの持つ武器である。
「包丁、ダァ!?」
突然現れたベリーに、サイディが驚きを見せる。
しかし、ラララの奥の手は、聖剣包丁であって聖剣包丁ではない。
「ベリーちゃん、行くよ」
『ハァ~イ! ベリーちゃんにお任せでぇ~~~~す♪』
そして純白の包丁が、まばゆい輝きに包まれる。
サイディが顔色を変える。笑みが消える。獲物に喰らいつく獣の顔へと変貌する。
「死ねヤ、ラララァァァァァァァァァ――――ッ!」
撃ち放たれる、六本の空剣。
全てが必殺の速度をもってラララめがけて直進する。当たれば、即死。
「――力を貸して、タイジュ」
迫る死を前に、ラララは目を閉じて願う。そこに紡ぐ名は、ここにはいない、彼。
そして瞳は見開かれ、戦場に彼女の声が高らかに響く。
「魔剣式――、地道・金剛剣ッ!」
発動したのは、防御の魔剣術。金剛剣。
受けと捌きの技のみで構成された、魔剣六道の中でもラララが最も苦手とする技。
だがそれは――、
「バカ、ナ……!?」
発動したそれは、サイディが放った六本の空剣を、全て払い落としていた。
六本の空剣を払い落としたのは、ラララが左手に握る一刀。
「そいつハ、その剣ハ……ッ」
サイディが目を瞠る。
ラララは左右の手にそれぞれ一刀ずつ、二刀を構えていた。
右手には、自身の異面体であるシラクサを。
そして左手には、見た目、日本刀のような形状をした純白の曲刀を携えている。
「――『羽々斬』だとォ!?」
その剣は、この場にはいないタイジュの異面体、ハバキリの形をしていた。
無論、本物ではない。剣自体は、形状を変化させたベリーである。
「言ったでしょ、私達は負けないって。……ここからは、私とタイジュが相手だ!」
「バカガ! そんな形だけのモンニ、何の意味があるッテンダ!」
再び飛翔を開始する、サイディの空剣。
しかし、ラララは自分の空剣は動かさずに、ゆったりとした動きで二刀を構える。
「『剣の声』も聞けない分際デ、余裕ぶってんじゃネエェェェェェ――――ッ!」
咆哮と共に飛び出す、サイディと六本の空剣。
その攻撃は『剣の声』に従った、ラララには防御できない攻撃である。はず。
しかし、ラララは微塵も動じない。
「わかるよ、わかる……」
左手のハバキリが、空剣の一本を弾き返す。
「タイジュならこう動く。タイジュなら、こう捌く」
さらに返す刀で、二本の空剣を叩いて軌道を無理やり変更する。
「何だヨ、何なんダ、そりゃあヨォ!」
目を瞠るサイディに、右手のシラクサで斬りかかる。
ガッチリと噛み合うシラクサとガレント。そしてラララの背後に隙ができる。
「背中、ド真ん中! 抉ってヤルゼ!」
「ここは、こう!」
ラララが叫んで、ハバキリの切っ先で地面をジャッと擦る。
直後、ラララの背後に生えた石柱が、飛び来る空剣を受け止める。
「ゾ、属性剣、いつの間に発動させやがッタ!?」
「タイジュなら、このくらいはできる!」
言い返し、ラララは驚くサイディの腹に思い切り前蹴りをカマしてやる。
「ぐガッ……!?」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
サイディがその巨躯をかしがせたところで、ラララは瞬飛剣を発動。
百を超える斬撃の雨が、サイディの身を浅くではあるが、滅多切りにしていく。
「グ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ――――ッ!」
辺りに血しぶきを舞わせて、サイディ・ブラウンが初めて膝を突いた。
それを見ている家族達の間から、大きなどよめきが生まれる。
「――全快全癒」
「おや?」
片膝をついたまま、全回復魔法を使うサイディに、ラララが軽く眉を上げる。
「知らないのかい、サイディ。戦闘中の全回復魔法の使用は自殺行為なんだぜ?」
「テメェ、ラララ……ッ!」
ちょっとした意趣返しをするラララを、サイディが射殺さんばかりの目で睨む。
「ザコガ……、テメェ一人じゃ『剣聖』にも届かネェ、半端モンガァ……!」
「バカだね、サイディ。一人じゃ『剣聖』に届かないからこそ、今の私になれたんだ。今こうして、おまえを見下ろす私になれたんだよ。サイディ・ブラウン」
ラララが、サイディに、向かって左のハバキリを突きつける。
「私達は今、地に伸びる連理の枝から飛び立って、天を舞う比翼の鳥となった」
「テメェ、テメェハ……ッ!」
「今の私は『斬魔剣聖』じゃない。今の私を呼ぶならば、そう――」
敵に刃を突きつけたまま、ラララ・バーンズはシニカルに笑う。
「今の私を呼ぶならば『比翼剣聖』とでも呼ぶがいい」




