第332話 ジャッジメント・デイ/開幕、『最終決闘』
最初に口を開いたのはキリオだった。
「一人足りていないはずだが?」
「ふむ?」
「マリエはどこだ。何をしている。何故、ここにいない」
彼がその名を口に出すと、シンラ達も気づいたらしく、場が軽くざわめく。
だがそれに『キリオ』は小さな笑い声で迎え撃つ。
「ク、フフフ、とんだ三文芝居もあったものだな、『ミスター』」
「何……?」
「マリエがいない? 当たり前じゃないか。君達によって半殺しにされたのだから」
「な――」
こともなげに言う『キリオ』に、キリオは絶句する。
そして『彼』の言葉は軽い衝撃をもって、その場にいる皆へと広がっていく。
「オイ、キリオ! そりゃどういうことだよ!?」
タクマが気色ばんで問う。キリオにではなく『キリオ』に。
「言葉通りですよ、兄上。今日の朝、マリエは私のいない隙を見計らって一人で『ミスター』討伐に出てしまったのです。そして、そこにいる三人に返り討ちに遭った」
朗々と言いながらも、『キリオ』はその顔に険しいものを浮かべる。
「ただ打ちのめしたのではありません。回復できぬよう、深刻な呪いをマリエに施したようでしてな。全回復魔法も受け付けない状態にさせられたのですよ、マリエは」
「貴様、いけしゃあしゃあと……!」
「黙れ『ミスター』。私は夫として、君だけは決して許さんぞ」
歯を剥き出しにするキリオと、表面上、静かに怒りを燃やしている『キリオ』。
二人が真っ向から相対する中で、家族達の視線はキリオの方に注がれる。
「あいつが、マリエさんを……」
「そんな、本当に……?」
場に渦巻くものは、怒りもあるが戸惑いの方が強い。
これまでのキリオ達の行動がなければ、すでに場は怒りに満たされていただろう。
そんな中で、動いたのはサティ。
「皆さん、これをご覧ください」
彼女はそう言うと、着ている服をたくし上げて、皆に自分の腹部を晒す。
何人かはその行動にギョッとしたが、直後にそれどころでなくなる。
「な、サティさん、そのおなか……!?」
シイナが、顔を青ざめさせる。
サティが晒したのは、マリエの呪毒に蝕まれ黒く変色した傷痕だった。
脇腹からへそにかけて黒いシミが広がっている。
魔法の知識がある者なら一目見てわかる。それは強い呪いに冒されている証だ。
「私は、この呪いのせいでもうすぐ死にます。これをやったのは、そこの男です」
己の死を、サティは決然と言い放つ。そして『キリオ』をビシッと指さす。
「何だよ、これ。どういうことだよ……」
「サティが呪いで死ぬ、だと……」
再び、場がざわつく。
サティの証拠付きの告発と『キリオ』のマリエに関する話。
一体どちらを信じればいいというのか。
場に広がるのは混乱と迷い。服を戻したサティを『キリオ』が睨みつける。
「そこまでして私を貶めたいか、サティ」
「それは私のセリフですよ、『ミスター』。私は、キリオ様の妻です」
「もうよかろう。わかった」
シンラが言って、パンと手を打ち鳴らした。
「キリオと『ミスター』の主張は、相容れぬ。どちらも己こそがキリオであると主張し、両者、決して譲らぬ。そして『ミスター』より一つの可能性が提示されている」
「――異能態」
その単語を言ったのは、スダレだった。
「そう。異能態。我々も知らぬそれに、我々は支配されていると『ミスター』は言う。話だけならば、聞くに値しない妄言ではあろう。しかし『ミスター』は我々全員に対し、その異能態が存在する可能性を多少なりとも示してみせた。そうだな?」
「そうだねぇ~。『もしかしたらあるかもしれない』程度だけどねぇ~」
シンラが続け、またスダレが引き継ぐ。
彼女がそれを言うのであれば、本当にあるのかもしれない。皆がそう思う。
それほど、こういった件についてのスダレの信頼度は抜きんでている。
「異能態による現実の改変。それを証明するに辺り、『ミスター』は我々に一つの提案をしてきた。それが、ラララとサイディの『最終決闘』の開催だ」
「何で今さら……?」
「それにどういう意味があるんだろうねぇ……」
シンラが言う『最終決闘』に、皆が首をひねったり、腕組みをしたり。
そこに漂うのは『もう終わったことじゃないか』という呆れにも近い空気だった。
「そう、ラララの件もあったな。どうやら『ミスター』の主張によれば、その部分もまた我々は異能態の現実改変とやらの影響を受けているらしい。そうだな、ラララ」
「そうとも、シンラの兄クン。このラララが『最終決闘』でサイディに負けたって? いつ? どこで? 異世界で? 日本で? バカを言っちゃあいけない。このラララは今まで一度も、サイディとそんな決闘なんてしたことはないね!」
いちいち大げさに身振り手振りを交えながら、ラララが大声で主張する。
それに対し、タマキが腕組みをして指摘を入れる。
「え~? したじゃん。こないだ、サイディと決闘してたじゃんか」
「決闘はしたよ。でもサイディとじゃない。タイジュとだよ、タマキの姉ちゃん」
「バカなことを言わないで、ラララ・バーンズ!」
一際激しい調子で、それまで黙っていたエンジュがラララの言葉を否定する。
「パパがおまえなんかと決闘するもんですか! おまえはママに負けた事実を認めたくないだけでしょ! 笑わせないでよ。この妄想まみれの負け犬女!」
「言ってくれるね」
ガンガンに罵られながらも、ラララは軽く受け流して肩をすくめる。
そして、口元に笑みを浮かべ、エンジュへ訂正を入れる。
「サイディは君のママじゃないぜ、エンジュ。君のお母さんは、このラララだよ」
「……気持ち悪い!」
エンジュが、露骨に顔をしかめる。
彼女だけではない。タクマや美沙子達も程度の差はあれ一様に表情を歪めている。
彼ら、彼女らがラララに向けているのは俗にいう『可哀相なモノを見る目』だ。
「――斯様に、この部分についても両者の主張は真っ向から対立している」
シンラが、通る声で言って、一旦場をまとめた。
「それを解決するために『最終決闘』が必要だというのだな、『ミスター』よ」
「それがしはキリオでありますが、然様であります。シンラの兄貴殿」
「あいわかった」
キリオの返答を受け、キリオはうなずく。
そして彼が目配せすると、スダレが「は~い」と応じて場を『異階化』させる。
ホテルのスイートルームから、全てが真っ白い『スダレの御部屋』へ。
「しからば、もはや言葉はいるまい。真実とやらを示してもらおうではないか」
シンラが言い放ったすぐあとに、白い異空に轟く、豪快に過ぎる笑い声。
「HAHAHAHAHAHAHAHA! やっと出番カヨ、待ちくたびれタゼェ!」
右手に大型超剣の異面体『牙煉屠』を携えて、サイディ・ブラウンが前に出る。
そして、その向かい側からも響き渡る、負けず劣らず派手な笑い。
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! ついにこのラララの出番だね!」
ラララ・バーンズが、その手に異面体『士烙草』を握って、出てくる。
「ママ、がんばって。あの妄想女を八つ裂きの八つ裂きの八つ裂きにしてやって!」
「HAHAHAHA、任せなMyDaughter。オーダー通り、テメェが見てる前でのあのイカレ女を八つ裂きの八つ裂きの八つ裂きにしてやるさ」
ラララの前で、サイディはそう言って見せつけるようにしてエンジュに寄り添う。
サイディが、ニヤニヤしながらこっちを見ている。
「…………」
それを、ラララは表情を変えずに直視する。
「ラララ……」
この場における唯一の味方であるキリオが彼女を案じ、話しかけてくる。が、
「目に焼き付けているんだ」
ラララは普通そのものの物言いで、兄に応じる。
だが、その声音の裏側に滾るものを感じとり、キリオは顔つきを引き締める。
「任せるでありますぞ、ラララ」
「ああ」
そして彼の方を振り返って、ラララはニカッと笑った。
「行ってくるね、お兄ちゃん」
その表情を戦士のものに変えて、彼女は前へと踏み出した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二人以外が、遠くに離れて偵察用ゴーグルを装着する。
そして、場にはサイディとラララだけ。
まるでついこの前に行なわれたタイジュとの決闘のようだ。
「ようやくダゼ」
サイディが口を開く。
「ようやク、テメェを斬り刻めるときが来たゼ、ラララヨォ~」
「それはこっちのセリフだよ、サイディ。随分と、長く感じてならなかったよ」
「HAHAHAHA、テメェ、本気でワタシに勝つつもりカ? テメェごときガ」
「一応そのつもりだけど、悪いかい?」
「HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
返すラララを、サイディはそれはそれは大きな声で嘲笑った。
「所詮、タイジュの当て馬でしかなかったテメェが随分と調子コイてんじゃネェカ、エエ、オイ? テメェがワタシに勝ツ? 無理だネ、無理無理! 絶対無理サ!」
「それは――」
ラララが、シラクサを構える。
「やってみなくちゃわからないだろ? 何せ、これが初めての決闘なんだから」
「クックック、初めてだろうが百回目だろうが変わりゃしネェヨ」
サイディも、ガレントを構えてラララと相対する。
ラララは直立の体勢で、切っ先を低くしてサイディへと向けている。
対して、サイディは両足を大きく広げて身を低く保ち、力を溜め込んでいる。
「タイジュからのオーダーだよ、サイディ・ブラウン」
「エンジュからのオーダーだゼ、ラララ・バーンズ」
「「――八つ裂きの八つ裂きの八つ裂きにしてやるッッ!」」
二人の剣士が、全くの同時に地面を蹴った。
午後七時十七分、サイディ・ブラウン対ラララ・バーンズ、『最終決闘』開始。




