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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第331話 ジャッジメント・デイ/午後七時、全員集合

 目覚めたサティの第一声は、謝罪だった。


「ごめんなさい、キリオ様。私、ずっと隠れていました……」

「サティ、気が付いたのか!」


 ずっと彼女を見守っていたキリオが、慌てて駆け寄る。

 しかし、サティは焦点の定まらない瞳のまま、うわごとのように続けている。


「外に飛び出して、少しして、私、気づいたんです。私のやったことは、ただのみっともないヒステリーでしかないって……、私、ただマリエ様に嫉妬してただけなんだって、気づいて、そうしたら急に自分がバカみたいに思えて……」

「いいから、いいからそのまま寝ているんだ、サティ」

「帰ろうかと考えていたら、キリオ様が追ってくるのが見えて、私、合わせる顔がなくて……、でも、離れがたくて……、だから、キリオ様の近くにずっと隠れて……」


 キリオが声をかけても、サティの言葉は止まらなかった。

 これは自分への謝罪であると共に、彼女の独白なのだとキリオは気づく。


「マリエ様が現れて、キリオ様が危ないと思って、気がついたら飛び出してて……」

「ああ、ああ。助かったでありますよ、サティ。ありがとう!」


 キリオは震えるサティの手を強く握り、大きな声で呼びかけて幾度もうなずく。

 サティの目に、涙が浮かんだ。


「ごめん、なさい。私、キリオ様に余計な荷物を背負わせて、ごめんなさい……」

「いいんだ、気にすることはない、サティ」


 彼の声は、今のサティにどれほど届いているのか。

 変わらない調子で、彼女はポツポツと小さく喋り続ける。


「ごめんなさい、私、あんなヤツと、出会わなければ……、ごめんなさい……」


 呪毒の影響もあってか、サティの意識はかなり混濁しているように見える。

 キリオが声をかけずとも、彼女はずっと謝り続けている。


「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんね、キリオ君……、ごめんね……」

「サティ――」


 キリオは何も言わずに、サティに睡眠の魔法をかける。

 そして彼女は再び意識をなくし、その場に横たわって寝息を立て始める。


「ガルさん」

『おう。わかっている。俺様でもサティの身を蝕む呪毒は解除できんが、進行を遅らせることくらいはできる。サティに、俺様を握らせておくがいい』

「恩に着るでありますよ、ガルさん」


 キリオは、言われた通りにガルさんをサティの手にしっかりと握らせる。

 気休め程度ではあるが、これで多少は呪毒の侵蝕が遅くなるはずだ。


『だが、キリオよ。もう時間がないぞ』

「…………」

『貴様が『真念』に至れないのであれば、サティを生かす手段は一つに限られる。それをよく肝に銘じておけ。二兎を追うものは何も手にできず終わるのは世の常だ』


 言われずともわかっているが、言われてしまうと、なお強く意識せざるを得ない。

 自分は今、選択を突きつけられているのだ。どちらを生かし、どちらを殺すか。


 ――自分への想いに殉じ、その身を醜悪なる邪獣(ベリアル)に堕としたマリエ。

 ――そのマリエから身を挺してキリオを守り、呪毒に冒されたサティ。


 救えるのは、どちらか一方。

 いや、マリエにいたっては元に戻す方法も明らかになっていない。


 ならばサティを生かすか。

 マリエを殺し、サティを救うのか。


 そんな重すぎる決断、そう簡単下せるはずがなかった。

 俯くキリオの口から漏れるため息は、重々しく、そして力なかった。


『まだ多少時間はある。貴様も少し休め』

「そうしたいところでありますが、気が張って眠れる気がせんでありますよ」


『仕方のないヤツめ! 俺様がじっくり眠れる魔法を施してやろう!』

「やっぱりガルさんは、優しい親戚のおじさんでありますなぁ……」

『フンッ、勘違いするなよ! 俺様はアキラからの命に従って力を貸しているにすぎんわ! 俺様とて貴様が本物のキリオとはまだ確信して――、あれ、もう寝た?』


 古式ゆかしいツンデレを炸裂させるガルさんだが、キリオはとっくに寝ていた。


『……ゆっくり休め。目が覚めたら決戦だぞ、キリオよ』


 サティの手に握られながら、ガルさんが小さく呟く。

 すると、サティの方が「ううん……」と唸り、軽い寝言を漏らす。


「あんなヤツに、出会わなければ――」


 サティは、悪夢にうなされているようだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 午後六時四十五分。残り時間、五時間弱。

 場所は二十四時間前と同じ、宙色市内の最高級ホテル。いつものホテルだ。


 そのエントランスに、キリオとサティはやってきた。

 すると、そこにはすでにラララがいて、二人の姿を見るなり駆け寄ってくる。


「やぁやぁ、キリオの兄クン、随分遅かったじゃないか! ……って」


 元気に声を張り上げるラララだったが、二人の様子に怪訝そうに眉根を寄せる。


「何、どうかしたの? 何か、二人とも死にそうな顔してるよ……?」

「さすがにラララは察しがいいでありますなぁ。実際、死にそうでありますよ」

「ええッ!?」


 弱々しく苦笑を浮かべるキリオに、ラララは仰天する。

 キリオは、今日の朝にあった出来事を妹に大まかにではあるが語って聞かせた。


「な、マリエちゃんが……!?」


 彼女の目は、キリオからサティへと移る。


「サティ、お義姉ちゃん……」

「大丈夫ですよ、ラララさん。私は、まだこうして生きていますから」


 言って笑うものの、サティの顔色は完全に重病人のそれ。

 下手をすれば死人呼ばわりされても仕方がないほど、血の気が足りていない。


「ちょっと、二人ともごめんね」


 露骨な心配顔をして、ラララはその手に異面体『士烙草(シラクサ)』を顕現させる。


「ラララ――」


 何をするのかとキリオが尋ねようとした瞬間、剣閃。

 閃きは二度。刃は∞を描き、キリオとサティの身を速度を殺すことなく斬る。


「うわ……」


 ラララは何かに顔をしかめ、その手からシラクサを消す。

 彼女が何をしたのかわからないキリオ達は、ただただ目を丸くするばかりだ。


「お兄ちゃんも呪われてたね。そっちはシラクサで斬ったから影響はなくなったけど、サティお義姉ちゃんの方はダメだった。呪毒が強すぎて、跳ね返されちゃった」

「せ、せめて一言、事前に言えであります……」


 ラララはシラクサの『斬りたいものを斬る能力』で二人の解呪を試みたらしい。

 実際、体が軽くなったキリオが、感謝しつつもぐったりする。


「お兄ちゃん、どうするの……?」


 キリオへ、ラララが単刀直入に聞いてくる。

 未だ『真念』に至れず、サティは呪毒による死が迫りつつある。状況は最悪だ。


「やるしかねぇでありますよ」


 結局、出てくる言葉はそんな精神論。だがラララも、そこに異論を挟まない。


「ときに、おまえこそどうなのでありますか、ラララ」

「ん? 私?」

「そうであります。こたびの決戦、まずはおまえが勝たねば話にならんであります」


 これから行なわれるのは、ラララとサイディの『最終決闘(ラストバトル)』。

 改変された現実ではラララは一度もサイディに勝てていないことになっている。


 異世界でも、こっちでも、ただの一度の勝利もない。

 そしてラララは、サイディから娘のエンジュを奪おうとした哀れな妄想女扱いだ。


「サイディ・ブラウンに勝てるのか、ラララ」


 キリオにとっては、それもまた重大な問題だ。

 ラララの敗北は、そのまま自分達の敗北に直結してしまう。


「ん~、やってみるよ」


 しかし、そんな重要な戦いを前に、何故かラララの返答は随分と軽い。

 昨日までとは少し違う彼女の様子にキリオは疑問を覚える。


「ラララ、おまえにも何かあったでありますか?」

「そうだね。ちょっとだけ、あったね」


 彼女はそう言って笑うだけで、具体的なことは答えようとはしなかった。


「それよりも、そろそろ行こうじゃないか、キリオの兄クン。約束の刻限だ。きっと、皆、もう最上階に揃っているだろう。赴こうじゃないか、決戦の地へ」

「ああ、そうするであります」


 時計を見て時間を確認したのち、キリオ達はエレベーターで最上階へと上がる。

 昨日も同じ時間帯に訪れた、その場所。だが今回は、緊張感が違った。


「――来たか、『ミスター』」


 エレベーターを降りて昨日と同じ部屋に入ると、まずシンラの姿が見えた。

 その隣に美沙子。さらに隣に、リリス。


「時間通りだね。約束は守ったみたいだね」

「当然であります」


 言ってくる美沙子に、キリオは軽くうなずく。


「よぉ、待ってたぜ!」

「うんうん、ちゃんと来れてエラい!」


 タマキが軽く手を挙げ、隣に立つヒナタがからかうような感じで拍手をしてくる。


「本当に来ましたね。あの三人……」

「逃げるワケにゃいかねぇだろ、そりゃあ」


 シイナとタクマ。

 昨日、ラララが世話になった二人だ。

 しかし今は、互いに気安く話しかけられる雰囲気ではない。


「あ、来た来たぁ~、ジュン君、あれがおミス君だよ~」

「あの人が、『Em』の? 随分と若いんだね……」


 スダレはジュンと一緒にいた。

 キリオとラララが今回の一件でジュンとまみえるのは初めてだ。

 彼もまた、現実改変の影響下にあるらしい。


 この場にいないのはケント、マリク、ヒメノ、タイジュ。

 そして、アキラとミフユ。


 ケント達は現実改変から逃れるため『夢見の封印水晶』に自らを封印している。

 アキラとミフユは、冥界の神カディルグナのもとにいる。


 ――そして、


「待っていたよ。『ミスター』」

「待たせたようでありますね。『ミスター』」


 キリオが見る先に、ソファに座る『彼』がいた。

 オーダーメイドのスーツを着た、ダンディな雰囲気を醸し出す老紳士。


 彼は自ら『キリオ・バーンズ』と名乗っている。

 部屋に入ったキリオと『彼』の視線が一瞬交差し、そこに静かに火花が散る。


 さらに『彼』の座るソファの左右に、大柄な外国人女性と三つ編み眼鏡の少女。

 共に『剣聖』の称号を持っているサイディ・ブラウンとエンジュ・レフィードだ。


「クックック、ちゃんと来れたようじゃネェカ、ラララヨォ~?」

「当たり前じゃないか。このラララは約束は守るオンナなんだぜ、サイディ」


 こちらでも、サイディとラララの間で激しく火花が散っている。

 エンジュはラララをきつく睨みつつも、無言を保っている。


「どうやら、役者は揃ったようですな」


 ソファの『キリオ』が、軽く両手を広げて皆へそれを告げる。

 時刻は、たった今、午後七時を回った。

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