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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第326話 終末前日譚/綾村幸の切望

 ――ラララと別れた直後までさかのぼる。


「それがし達も一度戻るでありますかね……」


 ラララが一度帰宅するというので、キリオもそれにならおうかと考えたが、


「ええと、キリオ様、戻るといっても、どこに……?」

「あ~……」


 サティに指摘されて、キリオは小さく呻く。

 戻るといってもどこに戻ればいいのか。

 自宅である伊集院の家は、あの『キリオ』に乗っ取られているだろうし――、


「もしかしてキリオ様、行く宛が……?」

「フフフ、表現を控えめにしてくれた配慮に感謝でありますよ、サティ」


 だが、表現をマイルドにしたところで、キリオの実情は変わりはしない。

 キリオ・バーンズ、現状、正真正銘の家なき子である。


「う~む、それがしは別に野宿でも構わんでありますが、サティがなぁ……」

「…………」


 腕を組んで考え込んでいるキリオ。

 その傍らで、サティがちょっと俯いてもじもじし始める。


「どこかネカフェ辺りで一晩、というのも健全とはいえぬでありますなぁ……」


 考え込むキリオ。

 もじもじしているサティ。


「いっそホテルに――、いや、ううむ。今から探すとなると手間か……?」


 考え込むキリオ。

 もじもじしているサティ。


「あ、サティだけサラ殿の部屋をお借りして、それがしは野宿――」


 名案とばかりに、キリオがポンを手を打とうとする。

 意を決したサティが口を開いたのは、まさにそのときのことであった。


「あの、キリオ様ッ!」

「ぉわぅ!? びっくりしたであります!」


 サティにしては珍しい、上ずった声での切り出しに、キリオがビクッとなる。


「あの、あのですね、あの……」

「どうしたでありますか、そんなトイレに行きたそうな感じになって」


「お、おトイレはさっき済ませました! って、何言わせるんですか、もう!」

「あっ、す、すまんであります!」


 叱責をくらって反省するキリオに、サティはさらに一度、二度と深呼吸。

 そうしてやっと、本題に移る。


「よろしければ、私のお部屋に来ませんか?」

「へ? サティの部屋でありますか……?」

「はい、その、ここからそう遠くもないので。あの、マンションです……」


 サティが自宅として使っているマンション。

 なるほど、ちょうどいい。

 と、キリオは最初はそう思うのだが、何やら落ち着かないサティを見て気づく。


 ――今、自分は、一人暮らしの女性の部屋に招かれている!


 気づいた途端、キリオの動きが一気にぎこちなくなる。ギギギギ、みたいな。


「あ、ぁ、あ~、なるほど~! サティの部屋でありますか~!」


 と、言う声もサティ同様上ずっているし、おまけに目がメトロノーム化している。


「キリオ様、あの、そ、そこまで露骨に意識されると、えぇと……」

「わかっているであります、サティ。それがしもわかってはいるであります」


 やましいことなど何もない。自分はキリオで、サティは自分の妻だ。

 そんな二人の間に、今さらいかがわしい要素が介在する余地などありはしない。


「でも、であります」

「はい……?」


「今現在のそれがしは健全な高校二年生で、サティは大人のおねーさんであります! それもまた、揺るぎなき事実! シチュがヤベェでありますよ、シチュがッッ!」

「力強くシチュとか言わないでください!?」


 何なら、キリオは力強く拳を握ったりもしていた。


「……キリオ様はそういったことに興味はおありなのですか?」

「風紀委員してる手前、あけっぴろげに『ある』とは言いにくいでありますなー」


「つ、つまり誰にも見られなければ……?」

「サティ? 夫にいわれなきムッツリの罪を被せるのはやめるでありますよ?」


 何なら、夫をムッツリ扱いしたサティの顔は、これ以上なく神妙だった。


「とはいえ、それがしも今は高校生でありますからなー」

「興味あるんですね。そういうことですよね」

「何故そこまでしてそれがしから言質をとろうとするのだ、サティよ……」


 だが、近くに彼女の家があるというのならば、ちょうどいいのもまた事実。


「それではサティのお部屋にご厄介になるでありますかね」

「はい、キリオ様! あ、でもお洋服……」

「まだ時間的には店も開いてるでありましょうから、帰りがけで買うでありますか」


 言って、キリオはサティに自分の右手を差し出す。


「そうですね、キリオ様」


 サティもその手を取って、二人は特に意識することなく手を繋いで歩き出す。

 食事は、買い物中に外で済ませた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 サティアーナ・ミュルレこと綾村幸(あやむら さち)の家は、非常に掃除が行き届いていた。

 多少の生活感は感じさせつつも、玄関もリビングも清潔で、全く見苦しくない。


 サラ・マリオンの部屋と比べれば狭いが、それでも一人暮らしには十分だ。

 玄関には花が飾られており、どの部屋にも観葉植物が一つは置かれているという。


 リビングの窓際にも、幾つも花が飾られていた。

 全て、サティが手ずから世話をしているのだという。


「見た目の華やかさは、この部屋の方が上でありますな」

「そ、そうですか……?」


 リビングを見たキリオの感想に、サティは軽く握った手を口に当てる。

 それが喜びの表情であることはキリオも知っていた。


「おお、本棚がこんなに。やはりサティは読書家でありますな」

「読書は私の趣味ですから」


「ふむふむ、ビジネス書に哲学書、趣味の本に経済の本、ラノベに漫画、と」

「雑食な方でして、割と何でも読むんですよね……」


 見られて恥ずかしいものでもないが、何となく照れくさそうなサティだ。


「なれらぁ系も結構多いでありますな」

「そうですね。読んでみるとなかなか面白いものも多かったですよ」


「あとでおススメを教えてほしいでありますね」

「え、いいんですか。そうですね。まずはやはり――」

「あとで、あとでであります! 早口になるのが透けて見えてるでありますよ!」


 暴走が始まる前に、キリオはストップをかけた。

 そして、二人はリビングにあるソファに座り、何とか落ち着く。


「本日もお疲れさまでした、キリオ様」

「サティこそ、お疲れでありますよ。『無力化の魔剣』の効果もだんだんと薄れてきているようでありますね。本当に、何よりでありますよ」


 キリオが嬉しそうに笑う。

 おとといの夜、あの『キリオ』がサティに突き立てた『無力化の魔剣』の模造品。

 全ての能力を封じるその効果も、だいぶ消えつつあるようだった。


「はい、何とか飛翔の魔法くらいなら使えるようになりましたし」

「異面体などはどうでありますか……?」

「それは、まだ使えないみたいですね。使えても大して役には立ちませんが」


 とはいっても、サティが使う異面体はそう強いものではない。

 自分の咲かせたい花をその場に咲かせるだけという、戦闘能力皆無の異面体だ。


 サティの異面体は、その名を『華御月(ハナミヅキ)』という。

 一応、毒花を咲かせるなど応用も効くが制限も多く、到底強い能力とは呼べない。


「それがしは好きでありますよ、サティのハナミヅキは」

「そいえば、聖騎士団の皆様を招いての宴の席でよく披露させられましたね」

「う……ッ」


 ギクリ、という感ありありでキリオが呻く。


「私、あまり自分能能力を見世物にしたくないとお伝えしていたのに」

「その節はすまんであります!」

「別にいいですよ、謝らなくても。というかですね――」


 頭を下げてくるキリオに、サティはフッと笑いながらも、


「そうやって、簡単に人に頭を下げるものではありませんよ、キリオ様」

「しかしだな……」

「別に私は怒っていませんから。それよりも、私は弱いあなたを見たくないのです。常から言っておりますが、私はいつだってあなたに強くあって欲しいのですよ」


 その言葉はずっと変わらないサティの願いだ。

 出会った頃から今に至るまで、彼女はそうやってキリオを叱咤激励し続けてきた。


「……うむ」


 キリオがやや真剣な面持ちでうなずいた。

 それを了承と受け取って、サティもうなずき返して、ソファから立ち上がる。


「何か、お飲み物をお持ちしますね。リクエストはありますか?」

「麦茶か緑茶があれば」


「確かかと思うので、ご用意しますね」

「ありがたく頂戴するであります」


 二人だけの夜は、特に何事もないまま過ぎていった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ベッドは、一人で寝るには随分とサイズが大きかった。

 二人でも悠々寝そべられるくらいの大きさがある。これ、普通にダブルでは?


「……あー、そういえばサティは寝床は広い方が好きでありましたな」


 異世界でのことを思い出して、キリオはそれを思い出す。

 寝室には彼一人。風呂を借りてさっぱりして、新しく買ったパジャマを着ている。


 今日は、風呂にサティはやってこなかった。

 おかげで本日は一人でのんびりと風呂を堪能することができた。


 現在、サティは部屋に飾ってある植物に水をやっている。

 それが寝る前の日課なのだという。実にサティらしいとキリオは思った。


 時計を見れば、日付が変わっていた。

 これで、残り時間はついに24時間を切った。


「……焦るでありますなぁ」


 焦燥に心がジリジリと焼かれていくのを感じる。

 今さら焦っても仕方がないとはいえ、人である以上はどうしようもない部分だ。

 それに、キリオには新たな悩みが生じていた。


「サティには、言えんでありますよなぁ……」


 自分はこのままでは『真念』に到達できない。

 そのことを、キリオはまだサティに明かしていない。言い出せずにいるのだ。


 キリオの中にある迷い。自身の本質に対して刻みつけられた、深い傷跡。

 それを乗り越えることで、きっと自分は『真念』に至れる。


 その道筋ははっきりと見えている。

 見えてはいるが、しかし、手を伸ばしても届かない。掴めない。


 一体、どうすればいいのか。どうやれば自分はそれを手中に収められるのか。

 何をすれば、どうやれば、この、自分の心の奥底に救う恐怖を取り除けるのか。


 わからなかった。

 どこまで考えても、糸口すら見えない。


 そして、そんな自分の事情をサティには知られたくなかった。

 全ての元凶が己の弱さであることを、キリオはこれ以上なく痛感している。


 もはや自分一人ではどうしようもない。

 そんな結論にすら至りかけているが、さすがにそれは弱気すぎると自分でも思う。

 そうして悩み続けているうちに、一日が終わってしまった。


 指定した『最終決闘』の時間まで、残り十九時間。

 猶予が、いよいよなくなりつつある。どうすればいい、どうすれば……。


「……うむぅ」


 ベッドの上に寝そべり悩んでいると、不意に、部屋の明かりが消えた。


「ん? 何が……?」


 急に部屋が暗くなって、キリオは驚いて身を起こす。

 すると、部屋のドアが空いていることに気づく。そこに、サティが立っている。


 部屋の外は明かりがついていて、サティを後ろから照らし出している。

 キリオから見ると、白い背景の真ん中がサティの形に切り取られているようだ。


 陰影が濃くてよく見えないが、彼女はバスローブを着ているようだった。

 はて、さっきまで、そんなものは着ていなかったような……?


「サティ?」

「――キリオ様」


 聞こえた声に、キリオは背筋をゾクリとさせる。

 何とも艶めいた、蠱惑的な響きを持った声だった。これがサティの声、か?


「キリオ様、私を、見てください……」


 同じく、妖しい色香をその声に漂わせ、サティがバスローブの帯を引く。

 するとローブがハラリとはだけ、彼女はキリオが見ている前でそれを脱ぎ捨てる。


「サ、サティ……!?」


 サティは、裸だった。

 十分に成熟した大人の女の肢体が、キリオの前に惜しげもなく晒される。

 陰になって全ては見えないが、だからこそ、その姿は男の劣情を掻き立てる。


 キリオはすでに知っている。

 サティの乳房がどれほど大きく、豊かであるかも。

 その腰回りがどれだけ細く、そこから伸びる太ももがどれほどなまめかしいかも。


 ベッドの上で固まる彼へと、裸のサティが歩み寄る。

 そして彼女がベッドに乗ると、キリオはハッと我に返って隅っこに避難する。


 サティが四つん這いの体勢でそれを追いかける。

 当然、彼女の乳房は重力に従うワケで、それを見てしまったキリオがビビる。

 おっきいおっぱいが、見事にWの字を描いているッッ!


「キリオ様……」

「サ、サティ。おまえ……」


 何だこれ。何だこれ。何だこの状況。何だこれ。

 壁際まで追い詰められたキリオの中で、ひたすら疑問符が渦を巻く。嵐となる。


「もう、逃げられませんね、キリオ様」


 薄闇の中、微笑むサティが顔を近づけてくる。

 彼女の熱い吐息に首筋を撫でられて、キリオの心臓が派手に高鳴った。


「ど、どういうつもりでありますか、サティ?」


 全身を大量の汗にまみれさせ、キリオが裏返った声で妻に問う。

 すると、サティはその潤んだ瞳に壁に背を預けるキリオを映して、言った。


「――私を選んでください、キリオ様」

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