第325話 終末前日譚/田中楽々々の帰宅:後
ミフユに言われたときから、ずっとずっと、胸に秘めていたことだ。
『仮マスター、実は自信がなかったりするんですかぁ~?』
「ない、って言ったらいけないんだろうけど、あんまりない……」
それもまた、ここで初めて告白することである。
これまで、ラララはサイディの前では常に強気を貫き続けてきた。
キリオに対しても、こういった弱音は零したことがない。
しかし、誰もいない自宅で、話す相手はかろうじてベリーだけ。
押し寄せるさみしさに、彼女の口は少しだけ軽くなる。
「私は知ってるからね、ザイド・レフィードの強さを……」
『でもでも~、仮マスターだって『剣聖』さんなんですよね~?』
「『剣聖』だよ。中途半端な形の、ね……」
ラララは自分の目の前をフワフワ浮いてる包丁に、軽い苦笑を見せる。
「私とタイジュは『連理の剣聖』って呼ばれてたのよ、二人で一つの『剣聖』。私は攻撃に偏重した『斬魔剣聖』。タイジュは防御に偏重した『守護剣聖』、っていう感じでね」
『偏重、ですかぁ~。特化じゃないのがミソですねぇ~』
さすがは包丁の形をしていても聖剣。一発でそこを見抜いてくるか。
「特化と呼ぶまでには至ってない。だから、私とタイジュは『連理の剣聖』なの」
攻撃と防御、互いが互いを補完し合う、二人一組の称号。
その称号は好きだ。
タイジュの隣にあることが正しいと言われているかのようだ。
だが同時に、その称号は嫌いだ。
自分一人では『剣聖』には足りないという事実を突きつけられているかのようで。
『でも~、仮マスターにしかできないこととかも、ありますよねぇ~?』
「なくはない、かな」
例えば、タイジュとの『最終決闘』で見せた技などはオリジナルだ。
自分が最も得意とする邪道・刻空剣。
空剣と呼ばれる専用の剣を六本操作する、最も魔剣術らしい魔剣術。
本来はその空剣に他の魔剣術の効果を及ぼすことはできない。
しかし、ラララは厳しい手練の末、その限界を突破しることに成功した。
空剣に他の魔剣術を同時展開するのは、ラララだけがなしえた神業だ。
「でも、サイディならそれに対応することは難しいことじゃないと思う」
『そうなんですかぁ~?』
「見てるからね、あの人も。私とタイジュの『最終決闘』を」
初見ならまだしも、すでに手の内は知られている。
それで圧殺できるほどサイディ・ブラウン――、ザイド・レフォードは甘くない。
「人間としてかド三流のカスなんだけど、剣は本当に強いから」
あの人は『剣聖』。
自分とは違う、魔剣術主流六種を全て極めた正当な『剣聖』だ。
「ベリーちゃんなら、わかるでしょ?」
『ですねぇ~、個々の強さを競う場合、結局は上より下が重要ですもんねぇ~』
「そういうこと」
見るべきは長所ではなく短所。得意な部分ではなく、不得意な部分こそが肝要だ。
長所が多いことは利点ではあるが、それでは不安定に過ぎる。
刺さるべき場面では刺さるが、刺さらない部分では刺さらない。
他者との連携が前提にあるなら、刺さる状況を作ることもできるだろう。
しかし一対一となれば、それをすることも難しい。
だから、大切なのは『多くの場面で刺せること』なのだ。
つまりは安定性。
どのような状況でも力を発揮できることにこそ、意味が生じる。
「サイディには穴がない。でも私には防御面っていう穴があって、タイジュには攻撃面っていう穴があるんだよね~。それが問題。大問題……」
短所の少なさは穴の少なさ。
安定性が保証されているということ。万能は最強ではないが、最強に近いのだ。
『なるほど~、仮マスターはちゃんと冷静に分析した上で、弱気なんですねぇ~』
「そーだよー」
と、返し、ラララはふとベリーに問いかける。
「ベリーちゃんは、私とサイディのこと、どう見る?」
『う~ん、そうですねぇ。2:8か1:9でサイディちゃん有利かな~』
「う、私は3:7くらいかと思ってたけど、それでもまだ甘かったか……」
割と自信があった分析だったが、聖剣様に言われては訂正せざるを得ない。
「そうなると、いよいよ勝率0%も見えてくるなぁ。参った……」
『え~、何でですかぁ~?』
ベリーが尋ねてくる。
一応、ラララにも勝ち目は残っていると分析しているこの聖剣だが、
「実はね、ここまでの分析に入れてない要素が一つあるんだよねー……」
寝っ転がりながら、ラララはため息とともにそれを告げる。
『え~? まだ何かあるんですか~?』
「うん。これは私も詳しく知ってるワケじゃないんだけど――、『剣の声』」
それは、タイジュから聞いた話だ。
最後の蘇生ナシの決闘三本目、追い込まれたときに聞こえたという、不思議な声。
「サイディは、タイジュにはそれを聞く才能があるって言ってたらしいんだよね。何でも『剣に愛される才能』とか、その声が聞こえれば絶対に勝てる、とか……」
『へぇ~、そんなのあるんですねぇ~』
「ベリーちゃんは知らない?」
『わかんないですね~。でもでも、ベリーは使い手さんみんなを愛してます~』
「わ、浮気性! そういうのはいけないと思うなぁ~!」
『本当はマスター一筋なんですけど~、マスターってばアキラさん一筋だから~』
「それはしょうがない。それは、しょうがないよ……」
何なら、自分だってタイジュ一筋だし。
他の兄弟含め、バーンズ家の人間はおおよそそんなモンである。
『それにしても『剣の声』ですか~』
「ベリーちゃんは、それってどういうものだと思う?」
『多分ですけどー、仮マスターがいた世界特有の現象だと思います~』
「そのココロは?」
『剣に限らず大抵の競技には『呼吸を読む』とか『先を読む』とかあるじゃないですか~。たぶんですけど~、根底にあるのはそういったものだと思うんですよねぇ~』
「ふむふむ。呼吸の読み取りに相手の動きの先を読む、どっちもあるね」
あらゆる競技ごとにおいて、それはある意味では最も重要なことといえる。
相手の動きを先読みできれば常に先の先がとれる。大きすぎるアドバンテージだ。
『場に流れる空気、相手の目線、呼吸のリズム、筋肉の小さな動き、骨格の動き、そういった小さい要素一つ一つを読み切って相手の動きを丸裸にする。その、究極的な『先読み』が、魔力の影響を受けて『声』という形で発現したものが――』
「……『剣の声』?」
『じゃないでしょうかぁ~。多分、ですけどー』
戦闘のさなかにあっては、それは実質的な未来予知として働く。ということか。
確証はないが、説得力のある推論ではあった。
「仮にそういうモノだとして、じゃあ、どうすればいいと思う~?」
『…………どうしましょうかぁ?』
「うわぁ~! ついにベリーちゃんまで頭抱えちゃった~!?」
まずいまずいまずい。本気でまずい。
元々の実力差に加えて『剣の声』まで加わったら、いよいよ勝ち目がない。
でも、明日の決闘は絶対に勝たなきゃ、それこそ全てが終わる。全てが。
自分は死ぬし、キリオも『キリオ』に勝てなくなるし、何より――、
「……エンジュ」
エンジュを助けられずに終わるのは何より耐え難い。勝ちたい。絶対に勝ちたい。
だが勝てるのか、と問われたら、言葉に詰まってしまう。
悲観はしていない。楽観もしていない。
現状判明している情報から、極めて客観的に分析した結果が、今だ。
焦りが募る。
緊張に吐き気がして、敗北の恐怖に心臓の動きが早まる。
全身を、じっとりとしたいやな汗が濡らす。
ここまでの不安は、ラララとしても過去に感じたことがない。
タイジュとの『最終決闘』とはまた違った、負けられないという激しい強迫観念。
「私、どうしよう、タイジュ……」
布団の上で仰向けに寝転がって、タイジュの眠る封印水晶を右手に掲げる。
そこに映る彼を眺めながら、ラララは憂鬱さにため息を吐く。
そもそも、何かが違う気がするのだ。
自分の周りの話に限るなら、ことはエンジュが関わっている問題なのである。
それを、仕方がないとはいえ自分一人でどうにかする必要がある。
ラララはそこに、激しい違和感を覚える。
この一件にタイジュは直接は関わっていない。そんなことがあっていいのか。
そんなことが。
そんなことが……、
『エンジュちゃんのことを考えてるんですか~?』
「ん、似たようなものかな……」
宙に浮いてるベリーに言われて、ラララは小さく笑う。
『昼間の~、仮マスターの啖呵、素敵でしたねぇ~。惚れ惚れしちゃいましたよ~』
「やめてよ、ベリーちゃん。思い出すと恥ずかしんだから……」
声を弾ませるベリーに、ラララは苦笑せざるを得ない。
しかし、思い返せばあのときは本当にベリーのおかげで助かった。
ベリーが、フライパンになってくれたおかげ――、
「…………あ」
という一声と共に、ラララは勢いをつけて上体を跳ね起こした。
『わ、びっくりしました~! どうかしましたか~、仮マスター?』
「ベリーちゃん、あのね――」
そしてラララは、ベリーに一つ質問をする。
『あ、それだったら可能ですよ~、むしろ得意技、みたいな~♪』
「わかった、ありがとう!」
ベリーの返答を聞いたラララは、布団の上からすぐさま起き上がった。
こうしちゃいられない。すぐにでも着替えなくちゃ。
『仮マスター? もう寝るんじゃないんですか~?』
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! たった今、それどころじゃなくなったよベリーちゃん! このラララは、今から修練を始めねばならなくなったからね! 当然、君にも協力してもらうよ! 明日の輝けるただ一度の勝利のためにねッ!」
『はぁ~い、ベリーはいつでもOKで~っす!』
午前一時過ぎ、ラララ・バーンズ、修練開始。
これまで抱いていた不安んも、緊張も、今の彼女の前には些細なものと化した。
「――勝ってやる、絶対に!」
その手に愛刀『士烙草』を発現させ、ラララは強く呟いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――同時刻、サティアーナ・ミュルレこと、綾村幸のマンション。
「キリオ様……」
「サ、サティ。おまえ……」
ベッドの上で、裸のサティが瞳を潤ませ、頬を赤らめながらキリオに迫っていた。




