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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第319話 Side:ラララ/そのとき、スダレに電流走る

 リリス・バビロニャこと興宮凛々人の家は、とても大きな和風の屋敷だった。


「……何で宅配のお兄さんなんてやってたんですか、おばあ様」


 屋敷に通されて、古めかしくも趣深い屋敷の中を見渡して、シイナが尋ねる。

 内部はほとんど木造で、廊下に使われている床板は深い飴色をしている。


 太い木の柱も色合いは同じようで、建てられてから今に至る年月を感じさせる。

 だが、リリスは古いだけでそんなにいいものでもないと語る。


「お屋敷が大きいだけで家が裕福というワケではないんですよ、シイナちゃん。ここまで大きいと、維持費がどうにも高くって。お仕事を三つ掛け持ちしていましたの」

「みっつ!?」

「はい、昼間から夕方は宅配、夜はバーテンダーと工事現場ですねぇ」


 頬に手を当て、そのときのことを思い返してリリスがふぅと物憂げに息を吐く。


「……だからそんなガタイがいいのか、リリスばあ」


 興宮凛々人の体格のよさが形作られた理由に、タクマも納得する。


「そういうことですね。私みたいな手弱女に、この体は不釣り合いだと思いますよ」

「え、全然そんなことないですよ。全然。全然です。全然ですよ、おばあ様」

「何でおまえはそんな真顔でムキになって否定すんだよ……」


 シイナの力の入った否定に、タクマがジトッとした目を向ける。

 なお、二人の後ろにはラララとスダレが続いている。サラはバスの中に残った。


「う~みゅ~ん、わかぁ~んないなぁ~」

「スダレちゃんはどうされたんです? さっきからずっとあんな調子で……」


「いや、昨日からなんだわ、リリスばあ。ちょっとバグってるみたいでよ」

「大丈夫なんですか?」

「た、多分……?」


 そこは、タクマも断言はできずに弱めの肯定しかできない。


「さて、ではこちらでお話ししましょうか」


 通されたのは、広々とした畳の部屋。

 真ん中に大きな木製の座卓があり、部屋の隅に座布団が積み上げられている。


「あ、座布団用意しますね~」

「はい。ありがとう、シイナちゃん」


「エヘヘ……、何かイケメンですねぇ、リリスおばあ様」

「おまえさぁ……」


 照れて後ろ頭を掻くシイナに、タクマが軽く呆れてしまう。


「な、何ですか! 女子たるもの、イケメンには弱いんです! 悪いんですかァ!」

「トシ考えろ」


「キェェェェェェェェェェ! タクマさん、そ、それはオーバーキルですよ!?」

「はいはい、座布団用意しようなぁ~。ほらほら」


「言われずともします~! くぅ~! この野郎、許しませんからね!」

「あらあら、仲がよろしいことで」


 愉快な三男四女のやり取りの眺め、リリスは口に手を当てコロコロ笑う。

 そこに、今までずっと無言を貫いていたラララが近寄っていく。


「おばあちゃん」

「何ですか、ラララちゃん」


 ラララは硬い表情のままで、軽く頭を下げる。


「さっきは、助けてくれてありがとうございました」

「別にいいんですよ。……それよりも、エンジュちゃんね」

「はい」


「何か、よからぬ暗示か何かを受けていたようだわ。私の『EVE』の『多感催眠』にあんな激しく反応するだなんて、私も驚いてしまったわ」

「あの音と光、だね……」

「ええ、そうよ。あれには気持ちを鎮静させる効果しかないはずなの」


 リリスの異面体であるEVEは、音と光と匂いの三つで催眠効果を発生させる。

 それがエンジュに施された洗脳とバッティングしたのだろうと、ラララは考える。


「エンジュちゃん、本当に何か暗示をかけられてたんですね……」

「俺も、エンジュが大声で叫び出したときはびっくりしたぜ」


 座布団を畳の上に置き終えたシイナとタクマが、それぞれそんなことを言う。

 少なくとも、二人には証人になってもらえそうだ。と、ラララは感じた。


「それじゃあ、お話をしましょうか」

「うん、おばあちゃん」


 リリスとラララは向かい合って座り、シイナ達は少し離れた場所に座る。

 スダレだけは相変わらず、わかんないを連呼し続けている。


「ラララちゃんは『ミスター』と一緒に行動していたはずよね」


 まず開口一番、リリスがそれを述べる。

 やはり『キリオ』の異能態の影響を受けている。それがわかる一言だ。


「いいえ、おばあちゃん。私が一緒に行動してたのはキリオお兄ちゃんだよ。『ミスター』なんかじゃない。それは、全く別の人間だよ」

「あの『ミスター』と同じことを言うのね。でも、言葉だけでは信じられないわ」

「わかってる。だから、これを――」


 ラララが収納空間(アイテムボックス)から取り出したのは、水晶のエンブレム。

 片手に収まる大きさのそれには、鮮やかな花の紋章が刻まれている。


「……そう、ミフユちゃんから渡されたのね」


 一見しただけで、リリスはそれを看破する。

 ラララから受け渡され、彼女はエンブレムを握って、感じ入るように目をつむる。


「おばあ様、そのエンブレムは、何ですか……?」

「これは『ル・クピディア』の身分証なのよ、シイナちゃん」

「それが……」


 シイナも、初めて見るそれに軽い驚きを覚えているようだった。

 そして、リリスはラララも知らなかった事実を教えてくれる。


「このエンブレムにはね、特定の相手へのメッセージを残すことができるのよ」

「え、そ、そうなの……!?」

「ええ。そう。それを使って、色んな遊びが流行ったものだわ。懐かしい」


 シイナよりもさらに驚くラララに、リリスは柔和な笑みを浮かべ、うなずいた。

 彼女はそれを受け取った際に、ミフユからのメッセージを受け取っていた。


「なるほどね。あの『キリオ』さんが本当の『ミスター』、と言いたいのね」

「そう。おばあちゃんには信じられないかもしれないけど――」

「いいえ、大丈夫よ。私は中立を保てばいいということね。ええ、そうしましょう」


 実にあっさりと、リリスはラララの主張を認めた。

 これにはラララのみならず、シイナもタクマも一緒になってびっくりする。


「オイオイ、リリスばあ……?」

「いいんですか、おばあ様。そんな簡単に……」

「いいも悪いもないわ。ミフユちゃんがそう言ってるんだもの。なら、そうするわ」


 物腰は穏やかに、物言いは柔らかく、声は涼しげであり、しかし芯は通っている。

 それが、リリス・バビロニャという人物なのだと、三人の孫は再確認する。


「それでラララちゃん、私達はどうすればいいのかしら?」


 私達、の中にはもちろん、シイナ達も含まれている。

 エンジュが洗脳されている事実を知った今、彼女達もラララを無碍に扱わない。


「明日の夜、私はサイディに『最終決闘(ラストバトル)』を挑むから、見に来て」

「それは、どんな意味を持つというの?」

「みんなが、私が負けると思ってる。その『常識』を私がブッた切る」


 強い口調で言うラララに、シイナも、タクマも何も言わない。

 彼女と彼は、すでに妹の決意に触れている。否定は、しないでいてくれる。


「わかったわ。行きましょう」

「リリスおばあちゃん、ありがとう」


 笑顔でうなずくリリスに、ラララも笑顔を浮かべて礼を言う。


「いいのよ、ラララちゃん。それで、場所はどこで行なうの?」

「ぅ、それなんだけど――」


 ラララがチラリと見る先を、リリスと、シイナ達もつられて見る。

 そこにいたのは、陸に上がったワカメ――、ではなく、ユラユラしてるスダレ。


「うみゅ~ん……」

「スダレお姉ちゃんの『スダレのお部屋』を借りたいんだけど、この調子で……」


「何かラララと会ってから一気にバグり方がひどくなってねぇか、スダレ姉」

「ど、どうしましょう? チョップしますか? 右斜め四十五度で」

「やめとけよ、壊れたラジオじゃねぇんだからさ……」


 ていっ、とチョップのマネをするシイナを、タクマがやんわり止めた。


「そう、わかったわ。三人共、少しだけ目を閉じていなさい」

「う、うん……」

「はい? はぁ、わかりました……」


 言われた通り、ラララ、シイナ、タクマの三人はきつくまぶたを閉じる。

 それを確認してから、リリスはEVEを具現化させて、スダレの前を泳がせる。


「さぁさ、スダレちゃん、こっちを向きましょうね」


 リリスが穏やかに言うと同時、EVEに輝きが奔り、閃光が部屋を満たした。

 目を閉じている三人と違い、上の空だったスダレはその閃光をモロに直視。


「にゅあぁ~~~~! め、目が、目がぁ~~~~!?」

「あら、やっとスダレちゃんが我に返りましたよ。よかったよかった」

「鬼ですか、おばあ様……」


 畳の上を七転八倒しているスダレを見て喜ぶリリスに、シイナ達は戦慄した。


「でも、これが一番早いでしょ? 視神経へのダメージは全回復魔法で治せますし」

「それはそうですけど……」

「やっぱこの人、母ちゃんの母ちゃんだわ。こっわ……」


 それからしばし、皆がスダレが立ち直るまで待つ。

 三十秒ほどしてやっと復活したスダレは、まず場をグルリと見るなり、開口一番。


「え、ここどこぉ~?」

「嘘だろ、スダレ姉……!?」


 三女、考え事に没頭するあまり、外部の情報をシャットダウンしていたらしい。


「もしかしてですけど、姉様、エンジュちゃんの襲撃も知りませんか?」

「え~? おエンちゃんが来たのぉ~? 会いたかったなぁ~」

「この人、外にいながら自分の世界に引きこもってましたよ、この外部ニート!」


 シイナもシイナで、なかなか辛辣な表現をする。


「えっと、スダレお姉ちゃん……」

「なぁにぃ~、おララちゃん~」

「私がバスの中でした説明って、聞いてなかったり、する?」


 ラララが『聞いていてくれ』と願いつつおずおず切り出したそれにも、


「…………? …………?」

「あ、ラララちゃん、諦めましょう。初耳に決まってるじゃんの顔です、これ」


「ちょっとブン殴りたくなった私は悪くないよね?」

「むしろブン殴るべきじゃねーかな、この姉」


 キョトンとなってる三女を前にして、三男、四女、五女の心は一つになった。

 が、さすがに殴るワケにもいかず、ラララが再度説明をする。


「えーっと、だから今はみんなが『ミスター』の異能態(カリュブディス)に支配されてて――」

「かりゅぶでぃす~?」


 知っているはずのその単語を聞いて、スダレが首を右に左にと忙しく捻りまくる。


「異面体の先にある力、だってよ……」

「何か、私達も使えるらしいんですけど、身に覚えがないんですよね~」

「すきゅらのさきにあるちから――」


 スダレは動きをピタリと止めて、タクマの言葉をそのまま繰り返す。

 そして、完全に静止する。


「あれ、スダレ姉?」

「スダレ姉様、どうされました? 電池切れですか? 単三、二本でいいですか?」

「待って、スダレお姉ちゃん動かすコスト、安すぎない!?」


 見事な完全停止を実現するスダレの周りを、タクマ達が囲む。

 その、直後であった。


「それだアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」


 スダレが、噴火した。

 非常ォォォォ~~~~に珍しい、スダレの大咆哮であった。


「な、な、何だァ!?」

「な、な、何ですかァ!?」

「な、な、何なのォ!?」


 まるっきり同じようなリアクションを見せる三人の前で、スダレがはしゃぎ回る。


「それだそれ、それだよぉ~! それそれ、絶対それ、それだぁ~!」

「スダレちゃん、お行儀が悪いですよ」


 一人動じずにいるリリスが、EVEを輝かせて再び閃光炸裂。


「「「「目が、目がぁ~~~~!?」」」」

「あらあら、ラララちゃん達も巻き込んでしまったわね、ごめんなさいね」


 畳でのたうち回る孫四人を眺めつつ、リリスは口に手を当てて謝った。

 基本、ミフユ以外に対する扱いは何かと雑になりがちな、リリスであった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 四人が復活したのは、たっぷり五分後のこと。

 そして、スダレは自分の推論を場にいる皆へと披露する。


「これはねぇ~、仮定に仮定を重ねた推論だから、当たってる確率は5%程度ぉ~」

「おう、そりゃ一体、どういうモノなんだよ?」


「おララちゃんが言ってるのとぉ~、同じ内容~」

「それって、つまり……」


 シイナに促され、スダレはうなずく。


「ウチ達が知ってる『おキリ君』の方こそ本当の『ミスター』かもしれない」


 異能態の影響下にあるスダレが、家族で最も情報に精通するスダレがそれを言う。

 今までのように、キリオやラララが主張するのとはワケが違う。


 何が違う。

 決まっている。説得力が違う。


「――会わなきゃいけないね、おキリ君に」


 言うスダレに異論をはさむ者は、その場には誰もいなかった。

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