第319話 Side:ラララ/そのとき、スダレに電流走る
リリス・バビロニャこと興宮凛々人の家は、とても大きな和風の屋敷だった。
「……何で宅配のお兄さんなんてやってたんですか、おばあ様」
屋敷に通されて、古めかしくも趣深い屋敷の中を見渡して、シイナが尋ねる。
内部はほとんど木造で、廊下に使われている床板は深い飴色をしている。
太い木の柱も色合いは同じようで、建てられてから今に至る年月を感じさせる。
だが、リリスは古いだけでそんなにいいものでもないと語る。
「お屋敷が大きいだけで家が裕福というワケではないんですよ、シイナちゃん。ここまで大きいと、維持費がどうにも高くって。お仕事を三つ掛け持ちしていましたの」
「みっつ!?」
「はい、昼間から夕方は宅配、夜はバーテンダーと工事現場ですねぇ」
頬に手を当て、そのときのことを思い返してリリスがふぅと物憂げに息を吐く。
「……だからそんなガタイがいいのか、リリスばあ」
興宮凛々人の体格のよさが形作られた理由に、タクマも納得する。
「そういうことですね。私みたいな手弱女に、この体は不釣り合いだと思いますよ」
「え、全然そんなことないですよ。全然。全然です。全然ですよ、おばあ様」
「何でおまえはそんな真顔でムキになって否定すんだよ……」
シイナの力の入った否定に、タクマがジトッとした目を向ける。
なお、二人の後ろにはラララとスダレが続いている。サラはバスの中に残った。
「う~みゅ~ん、わかぁ~んないなぁ~」
「スダレちゃんはどうされたんです? さっきからずっとあんな調子で……」
「いや、昨日からなんだわ、リリスばあ。ちょっとバグってるみたいでよ」
「大丈夫なんですか?」
「た、多分……?」
そこは、タクマも断言はできずに弱めの肯定しかできない。
「さて、ではこちらでお話ししましょうか」
通されたのは、広々とした畳の部屋。
真ん中に大きな木製の座卓があり、部屋の隅に座布団が積み上げられている。
「あ、座布団用意しますね~」
「はい。ありがとう、シイナちゃん」
「エヘヘ……、何かイケメンですねぇ、リリスおばあ様」
「おまえさぁ……」
照れて後ろ頭を掻くシイナに、タクマが軽く呆れてしまう。
「な、何ですか! 女子たるもの、イケメンには弱いんです! 悪いんですかァ!」
「トシ考えろ」
「キェェェェェェェェェェ! タクマさん、そ、それはオーバーキルですよ!?」
「はいはい、座布団用意しようなぁ~。ほらほら」
「言われずともします~! くぅ~! この野郎、許しませんからね!」
「あらあら、仲がよろしいことで」
愉快な三男四女のやり取りの眺め、リリスは口に手を当てコロコロ笑う。
そこに、今までずっと無言を貫いていたラララが近寄っていく。
「おばあちゃん」
「何ですか、ラララちゃん」
ラララは硬い表情のままで、軽く頭を下げる。
「さっきは、助けてくれてありがとうございました」
「別にいいんですよ。……それよりも、エンジュちゃんね」
「はい」
「何か、よからぬ暗示か何かを受けていたようだわ。私の『EVE』の『多感催眠』にあんな激しく反応するだなんて、私も驚いてしまったわ」
「あの音と光、だね……」
「ええ、そうよ。あれには気持ちを鎮静させる効果しかないはずなの」
リリスの異面体であるEVEは、音と光と匂いの三つで催眠効果を発生させる。
それがエンジュに施された洗脳とバッティングしたのだろうと、ラララは考える。
「エンジュちゃん、本当に何か暗示をかけられてたんですね……」
「俺も、エンジュが大声で叫び出したときはびっくりしたぜ」
座布団を畳の上に置き終えたシイナとタクマが、それぞれそんなことを言う。
少なくとも、二人には証人になってもらえそうだ。と、ラララは感じた。
「それじゃあ、お話をしましょうか」
「うん、おばあちゃん」
リリスとラララは向かい合って座り、シイナ達は少し離れた場所に座る。
スダレだけは相変わらず、わかんないを連呼し続けている。
「ラララちゃんは『ミスター』と一緒に行動していたはずよね」
まず開口一番、リリスがそれを述べる。
やはり『キリオ』の異能態の影響を受けている。それがわかる一言だ。
「いいえ、おばあちゃん。私が一緒に行動してたのはキリオお兄ちゃんだよ。『ミスター』なんかじゃない。それは、全く別の人間だよ」
「あの『ミスター』と同じことを言うのね。でも、言葉だけでは信じられないわ」
「わかってる。だから、これを――」
ラララが収納空間から取り出したのは、水晶のエンブレム。
片手に収まる大きさのそれには、鮮やかな花の紋章が刻まれている。
「……そう、ミフユちゃんから渡されたのね」
一見しただけで、リリスはそれを看破する。
ラララから受け渡され、彼女はエンブレムを握って、感じ入るように目をつむる。
「おばあ様、そのエンブレムは、何ですか……?」
「これは『ル・クピディア』の身分証なのよ、シイナちゃん」
「それが……」
シイナも、初めて見るそれに軽い驚きを覚えているようだった。
そして、リリスはラララも知らなかった事実を教えてくれる。
「このエンブレムにはね、特定の相手へのメッセージを残すことができるのよ」
「え、そ、そうなの……!?」
「ええ。そう。それを使って、色んな遊びが流行ったものだわ。懐かしい」
シイナよりもさらに驚くラララに、リリスは柔和な笑みを浮かべ、うなずいた。
彼女はそれを受け取った際に、ミフユからのメッセージを受け取っていた。
「なるほどね。あの『キリオ』さんが本当の『ミスター』、と言いたいのね」
「そう。おばあちゃんには信じられないかもしれないけど――」
「いいえ、大丈夫よ。私は中立を保てばいいということね。ええ、そうしましょう」
実にあっさりと、リリスはラララの主張を認めた。
これにはラララのみならず、シイナもタクマも一緒になってびっくりする。
「オイオイ、リリスばあ……?」
「いいんですか、おばあ様。そんな簡単に……」
「いいも悪いもないわ。ミフユちゃんがそう言ってるんだもの。なら、そうするわ」
物腰は穏やかに、物言いは柔らかく、声は涼しげであり、しかし芯は通っている。
それが、リリス・バビロニャという人物なのだと、三人の孫は再確認する。
「それでラララちゃん、私達はどうすればいいのかしら?」
私達、の中にはもちろん、シイナ達も含まれている。
エンジュが洗脳されている事実を知った今、彼女達もラララを無碍に扱わない。
「明日の夜、私はサイディに『最終決闘』を挑むから、見に来て」
「それは、どんな意味を持つというの?」
「みんなが、私が負けると思ってる。その『常識』を私がブッた切る」
強い口調で言うラララに、シイナも、タクマも何も言わない。
彼女と彼は、すでに妹の決意に触れている。否定は、しないでいてくれる。
「わかったわ。行きましょう」
「リリスおばあちゃん、ありがとう」
笑顔でうなずくリリスに、ラララも笑顔を浮かべて礼を言う。
「いいのよ、ラララちゃん。それで、場所はどこで行なうの?」
「ぅ、それなんだけど――」
ラララがチラリと見る先を、リリスと、シイナ達もつられて見る。
そこにいたのは、陸に上がったワカメ――、ではなく、ユラユラしてるスダレ。
「うみゅ~ん……」
「スダレお姉ちゃんの『スダレのお部屋』を借りたいんだけど、この調子で……」
「何かラララと会ってから一気にバグり方がひどくなってねぇか、スダレ姉」
「ど、どうしましょう? チョップしますか? 右斜め四十五度で」
「やめとけよ、壊れたラジオじゃねぇんだからさ……」
ていっ、とチョップのマネをするシイナを、タクマがやんわり止めた。
「そう、わかったわ。三人共、少しだけ目を閉じていなさい」
「う、うん……」
「はい? はぁ、わかりました……」
言われた通り、ラララ、シイナ、タクマの三人はきつくまぶたを閉じる。
それを確認してから、リリスはEVEを具現化させて、スダレの前を泳がせる。
「さぁさ、スダレちゃん、こっちを向きましょうね」
リリスが穏やかに言うと同時、EVEに輝きが奔り、閃光が部屋を満たした。
目を閉じている三人と違い、上の空だったスダレはその閃光をモロに直視。
「にゅあぁ~~~~! め、目が、目がぁ~~~~!?」
「あら、やっとスダレちゃんが我に返りましたよ。よかったよかった」
「鬼ですか、おばあ様……」
畳の上を七転八倒しているスダレを見て喜ぶリリスに、シイナ達は戦慄した。
「でも、これが一番早いでしょ? 視神経へのダメージは全回復魔法で治せますし」
「それはそうですけど……」
「やっぱこの人、母ちゃんの母ちゃんだわ。こっわ……」
それからしばし、皆がスダレが立ち直るまで待つ。
三十秒ほどしてやっと復活したスダレは、まず場をグルリと見るなり、開口一番。
「え、ここどこぉ~?」
「嘘だろ、スダレ姉……!?」
三女、考え事に没頭するあまり、外部の情報をシャットダウンしていたらしい。
「もしかしてですけど、姉様、エンジュちゃんの襲撃も知りませんか?」
「え~? おエンちゃんが来たのぉ~? 会いたかったなぁ~」
「この人、外にいながら自分の世界に引きこもってましたよ、この外部ニート!」
シイナもシイナで、なかなか辛辣な表現をする。
「えっと、スダレお姉ちゃん……」
「なぁにぃ~、おララちゃん~」
「私がバスの中でした説明って、聞いてなかったり、する?」
ラララが『聞いていてくれ』と願いつつおずおず切り出したそれにも、
「…………? …………?」
「あ、ラララちゃん、諦めましょう。初耳に決まってるじゃんの顔です、これ」
「ちょっとブン殴りたくなった私は悪くないよね?」
「むしろブン殴るべきじゃねーかな、この姉」
キョトンとなってる三女を前にして、三男、四女、五女の心は一つになった。
が、さすがに殴るワケにもいかず、ラララが再度説明をする。
「えーっと、だから今はみんなが『ミスター』の異能態に支配されてて――」
「かりゅぶでぃす~?」
知っているはずのその単語を聞いて、スダレが首を右に左にと忙しく捻りまくる。
「異面体の先にある力、だってよ……」
「何か、私達も使えるらしいんですけど、身に覚えがないんですよね~」
「すきゅらのさきにあるちから――」
スダレは動きをピタリと止めて、タクマの言葉をそのまま繰り返す。
そして、完全に静止する。
「あれ、スダレ姉?」
「スダレ姉様、どうされました? 電池切れですか? 単三、二本でいいですか?」
「待って、スダレお姉ちゃん動かすコスト、安すぎない!?」
見事な完全停止を実現するスダレの周りを、タクマ達が囲む。
その、直後であった。
「それだアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――ッ!」
スダレが、噴火した。
非常ォォォォ~~~~に珍しい、スダレの大咆哮であった。
「な、な、何だァ!?」
「な、な、何ですかァ!?」
「な、な、何なのォ!?」
まるっきり同じようなリアクションを見せる三人の前で、スダレがはしゃぎ回る。
「それだそれ、それだよぉ~! それそれ、絶対それ、それだぁ~!」
「スダレちゃん、お行儀が悪いですよ」
一人動じずにいるリリスが、EVEを輝かせて再び閃光炸裂。
「「「「目が、目がぁ~~~~!?」」」」
「あらあら、ラララちゃん達も巻き込んでしまったわね、ごめんなさいね」
畳でのたうち回る孫四人を眺めつつ、リリスは口に手を当てて謝った。
基本、ミフユ以外に対する扱いは何かと雑になりがちな、リリスであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
四人が復活したのは、たっぷり五分後のこと。
そして、スダレは自分の推論を場にいる皆へと披露する。
「これはねぇ~、仮定に仮定を重ねた推論だから、当たってる確率は5%程度ぉ~」
「おう、そりゃ一体、どういうモノなんだよ?」
「おララちゃんが言ってるのとぉ~、同じ内容~」
「それって、つまり……」
シイナに促され、スダレはうなずく。
「ウチ達が知ってる『おキリ君』の方こそ本当の『ミスター』かもしれない」
異能態の影響下にあるスダレが、家族で最も情報に精通するスダレがそれを言う。
今までのように、キリオやラララが主張するのとはワケが違う。
何が違う。
決まっている。説得力が違う。
「――会わなきゃいけないね、おキリ君に」
言うスダレに異論をはさむ者は、その場には誰もいなかった。




