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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第317話 Side:ラララ/絶対に絶対に絶対に絶対に絶対に!

 止まったミニバスのドアが開く。

 そこから降りてくるのは、男物の服を来た、ショートヘアの少女。


「いたわね、ラララ・バーンズ」

「見つかってしまったね、エンジュ・レフィード」


 わざわざ声を男っぽい感じに低くしているラララを、エンジュの視線が突き刺す。


「抜きなさい。今日こそ、おまえを切り刻んでやるわ」

「へぇ、随分と余裕がなさそうじゃないか。何かあったのかい、エンジュ?」

「馴れ馴れしく、呼び捨てにするな!」


 ラララの指摘通り、エンジュにはまるで余裕がなかった。

 今の彼女を動かしているものは、父を取り返すという使命感の他に、もう一つ。


「おまえさえ仕留めれば、ママは――」


 自身の異面体である『矛洛雲(ムラクモ)』を両手に握り、エンジュが道路を蹴る。


「ママはちゃんと、私に笑ってくれるんだァ!」


 もう一つの行動動機は、母親を喜ばせたいという想い。

 ある種、怯えを起因とするその目的は、だからこそ彼女を駆り立てる。


「ラララ・バーンズ、覚悟ォ――――ッ!」

「フフフフ……」


 躍りかかるエンジュに対し、ラララが意味深に笑っているだけ。

 そこに不気味さを感じながらも、初手、最大威力の斬象剣で一撃必殺を狙う。


「ハァァァァァァァ――――ッ!」


 かけ声と共に、ラララに肉薄。エンジュの射程に到達する。


「フフフフ……」


 だが、ラララはなおも笑っている。自分の異面体を使うことすらせずに。

 ここまで来ると、不気味さよりもナメられていると感じで、怒りの方が先に立つ。


「私を侮るなァ――――ッ!」


 一閃。

 最盛期のラララにも匹敵する速度の斬撃が、見事に相手を両断する。

 だが、その手応えにエンジュは気づいた。


「こいつ……ッ!」

「フフフフ――、あ、バレちゃった……」


 左右に分かたれたラララが、そんなことを言って影となって掻き消える。

 エンジュは、自分が斬ったものが影武者であることを悟る。


「じゃあ、本物は……」


 眼鏡をかけた彼女の瞳が、止まったままのミニバスの方に向けられた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 サラ・マリオン、呆れ中。


「ちょっと~、あたしの『双津舞(フタツマイ)』、やられちゃったわよ~?」

「ぃやだぁ~~! エンジュの相手をするのだけは、いやだぁ~~!」


 座席にしがみついて、そこから微塵も動こうとしないラララ・バーンズ(本物)。


「オイオイ、マジかよ……」

「えええええ、これがあのラララちゃんなんですかぁ……?」


 タクマとシイナは、大いに取り乱すラララを見て、仰天している。

 二人が知るラララはサイディに挑みつつ、戦場にも喜々として飛び込む戦闘狂だ。


 それが、この嫌がりようである。

 今の時点で、ラララは二人にある種のショックを与えることに成功していた。


「出てきなさいよ、ラララ・バーンズ!」


 しかし、現実は彼女に猶予を与えてくれない。

 響き渡るエンジュの声は、ミニバスの中をも揺るがすかのようだ。


 エンジュさん、ブチギレておられる。

 タクマもシイナも、それを確信できるくらいには、怒りの声と書いて怒声だった。


「ちょっと、ラララ~、行きなさいよね、あんた~」

「やだー! エンジュと戦うのだけはやだー!」


 エンジュをキレさせ、サラをさらに呆れさせながらも、ラララは動こうとしない。


「ラララちゃん、どうしてそんなにエンジュちゃんと戦うのがイヤなんですか?」


 シイナが、できる限りの優しい物言いで、ラララに理由を尋ねる。


「エンジュちゃんが強くて勝てないからとか?」


 ラララは首を横に振った。


「じゃあ、エンジュちゃんのことが怖くて、戦いたくないとか?」


 ラララは首を横に振った。


「それじゃあ、どうして?」

「わ、私は――」


 シイナの問いかけに、ラララは声を震わせながら、答える。


「私は、エンジュの母親だから。娘を傷つけるなんて、絶対に、イヤ」

「ラララちゃん……」

「ラララ、おまえは……」


 その返答に、シイナとタクマは半ば言葉を失う。

 しかし、外のエンジュは待つつもりはないらしく、ムラクモを構える。


「あ、ちょっと、あの子、このバスごと斬る気じゃないの!?」

「うげっ、それは困る! これ中古だけど、買ったばっかなんだよ!」

「ぅぅぅぅ……」


 慌てるサラとタクマの声を聞きながら、ラララはチラリと前を見る。

 そこに、高々とムラクモを構えたエンジュがいて――、


「ぁ……」


 ラララが、何かに気づいた。そしてバッとしがみついていた座席から離れる。


「エ、エンジュ――――ッ!」


 疾風の如き速さで外に出ていった彼女に、バスの中のスダレ以外、ポカ~ン。


「……え?」


 と、呟くシイナの髪を、ラララが走ることで起きた風が軽く揺らしていた。


「みゅみゅ~~ん、わかんないなぁ~~~~」


 スダレだけは、相変わらず何がわからないのかわからず、ずっと悩み続けていた。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ラララはバスから飛び出した。

 それを見て、エンジュが不敵に笑う。脅しが功を奏したと思ったようだ。

 が、違っていた。


「やっと出てきたわね、ラララ・バーンズ! 今度こそ――」

「エンジュ、どうしたの! ほっぺにあざができてるわ! 何があったの!?」

「え?」


 ラララは必死の形相でエンジュに近づいてきて、その頬をじっくり見ようとする。

 そこには確かにあざがあった。ただし小さい。すごく、小さい。

 それでもラララは血相を変えて、エンジュに向かってグイグイ押しまくる。


「ほら、ちょっと見せて! 殴られたの? 誰に? サイディ? あいつなの?」

「え、あ、あの? ……え? あれ?」

「あざに気づいてなかったの? ダメでしょ、ちゃんと確認しないと!」


 とんでもない勢いで詰め寄ってくるラララに、エンジュは全くついていけない。

 それでも、自分を触ってこようとするラララに気づいて、


「な、やめて! 触らないで!」


 彼女の腕を振り払って、自ら後退して距離をあける。


「触って欲しくなければ回復魔法を使いなさい、今すぐ!」

「な、何でよ!?」

「見てられないからに決まってるでしょ! いいから早くしなさい、ほら!」


 少しも勢いを衰えさせないラララに、エンジュは舌打ちしつつ魔法を行使する。


全快全癒ヒール・パーフェクション。……これでいい?」


 全回復魔法で頬にある小さなあざが消えるのを見て、ラララは胸を撫で下ろした。

 その反応が、またエンジュをイラつかせた。


「何なのよ、おまえ! 気持ち悪い!」

「そう言われても、このラララは君の母親だからね、こうもなるさ」


 娘の傷が消えたことで一安心したラララは、幾分余裕を取り戻して肩をすくめる。

 が、それは自然公園のときと同じく、上っ面のみ。


『どうしようどうしようどうしようどうしよう、どうしよう!?』


 内心はこんな感じであった。公園のときと何も変わっちゃいねぇ。

 そして、状況は公園のときよりもなお悪し。


 頼れる兄のキリオは今は別行動中だし、バスの面々と交代するワケにもいかない。

 じゃあ、どうしろってんだよ。

 と、いうのがラララの率直な感想であった。公園のときのキリオと一緒だ。


「ママじゃないクセに、母親ヅラして、本当に気持ち悪い。斬り刻んでやるわ!」

「フ、フフフフ……」


 ムラクモを構え直すエンジュに、ラララは含みのある笑いを見せる。

 サラの影武者と同じようなリアクションだが、こっちは単なるテンパりの笑みだ。


 いよいよ、進退窮まった。

 その実感が、ラララの背中を汗で濡らす。

 声が聞こえたのは、そのとき。


『もしかして~、ベリーちゃんの出番だったりしますか~?』

『えっ、ベリーちゃん!?』


 ベリーからの魔力念話。そんなバカな、と、ラララは思った。

 聖剣包丁ベリルラント・カリバーは収納空間の中にあるはず。どうして声が?


『ベリーちゃんはナイスな聖剣なので、これくらいはラクショーで~す!』

『すっご……!?』


 収納空間の中って、時間が止まっているはずなんだけど。

 それを意に介さず話しかけてくるベリーに、ラララは心底から感嘆する。


『ところで仮マスターはぁ、どうして異面体を使わないんですかぁ~?』

『それは、だから、エンジュが娘だからで……』


『でもでもぉ~、このままだと、確実に斬られちゃいますよねぇ~?』

『う……』


 ベリーが容赦なく図星を突いてくる。

 エンジュは、自分を斬ることに躊躇を持たないだろう。それはラララもわかる。


『自衛、必要なんじゃないですかぁ~? ベリーはそう思いますよぉ~?』

『う、ん。そうだね、そう、だろうね……』


 もちろん、それだってわかっている。

 このままでは、ラララは斬られて死ぬ。そして蘇生不可能な状態にされる。


『いいんですかぁ~? ここまで頑張ったのに、無駄になっちゃいますよぉ~?』

『そうだね、それも、わかってるよ』


 ベリーはいちいち痛いところを突き刺してくる。

 キリオと自分、ここまで何とか頑張ってきた。それが全て、水泡に帰してしまう。


 そんなことはあってはならない。

 わかっている。わかっている。言われずとも、わかっている!


『じゃ、異面体を出しましょう、仮マスター。ベリーちゃんでもいいですよ~?』


 ベリーが言っていることは、何もかもごもっともと言うほかない。

 ここで抗わねば、全てが無に帰す。何もかもが無駄になってしまう。その通りだ。

 だけど――、


『……ごめん、ベリーちゃん』


 心は揺れども、芯は揺るがず。ラララの返答は、心底申し訳なさげな、それ。


『無理。エンジュに武器を向けるのは、無理。それだけは、無理』

『何でです? 命の危機なのに、どうしてそこまで頑なに拒むんです~?』

『簡単よ。エンジュが、命よりも大切だから』


 全身を汗に濡らしながらも、ラララははっきりとそれを断言した。


『あの子が生まれたとき、私は思ったの。私の手は、あの子を抱きしめるための手なんだ、って。だから私は、あの子に刃を向けない。私の手はエンジュを傷つけない』


 ラララとベリーが魔力念話で話している間にも、エンジュは気を高めつつある。

 彼女は間もなく、斬りかかってくる。そしてラララに防ぐすべはない。


『ほらほら~、そろそろ来ますよ~? でも、どうしても戦いませんか~?』

『絶対に、戦わない』


『どうしてもどうしても?』

『絶対に絶対に!』


『どうしてもどうしてもどうしても?』

『絶対に絶対に絶対に!』


『どうしてもどうしてもどうしてもどうしても?』

『絶対に絶対に絶対に絶対に! 絶対に絶対に絶対に絶対に絶対! 絶対に――』


 ラララが、己の心をベリーに向かって爆発させる。


『絶対に! 私は、あの子を傷つけないッッ!』


 同時、エンジュが飛び出す。攻撃は刺突。ムラクモの切っ先がラララを狙う。


「今度こそ、串刺しにしてやる! ラララ・バーンズ!」

「エンジュ……!」


 ラララも半ば覚悟を決める。そこに――、


『…………アハァ♪』


 聞こえる、ベリルラント・カリバーの歓喜に弾む笑い声。

 直後、場に響き渡ったのは切っ先が肉を抉る音、ではなく、甲高く澄んだ金属音。


「な……ッ!?」


 突きを放ったエンジュが、驚きに目を見開く。

 それは、突きを放たれたラララもまた同じ。何が起きたかわからなかった。


 エンジュが繰り出した突きは、見事に防がれていた。

 ラララがいつの間にか右手に持っていた、《《真っ白いフライパンによって》》。


『素敵素敵素敵! 本当に素敵ですぅ~! 仮マスター、最高ですよぅ~!』

「ベ、ベリーちゃん!?」


 全体を振動させて感激を露わにする白いフライパンは、何とベリーであった。

 聖剣であり、包丁でもあるベリーが、自らのアイデンティティを放り出したのだ。


『もぉ~、何て健気なんでしょ、仮マスターったら! ベリーちゃん、キュンキュンしちゃいました! だから今だけ大サービス、刃物以外になっちゃいます~!』

「ベリーちゃん……」


『調理器具なら武器じゃないから、手に持ってもOKですよねぇ~?』

「……うん!」


 デッケェ真っ白フライパンを両手でしっかり握り、ラララはエンジュと相対する。


「な、何のつもりよ、ラララ・バーンズ!」


 フライパンを持つ彼女に、攻撃を防がれたエンジュは奥歯を軋ませる。


「おまえ、剣士でしょ! だったら何で剣を使わない! 何でフライパンなのよ!」

「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 全く見当外れだね、エンジュ!」


「見当外れ、ですって……」

「いかにも! この瞬間、このラララは剣士ではない! そうよ、今の私は――」


 フライパンを構えて、たじろぐエンジュへ、ラララは腹の底から声を張り上げる。


「私は、母親だッ!」


 ラララ・バーンズが、矜持を見せる。

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