第316話 Side:ラララ/改めて、対話から始めましょう
リリスが住んでいるのは、天月市なのだという。
「時間にすりゃ、三十分ちょっとだな」
「OK、タクマの兄クン。よろしくお願いするね」
「仕事だからな」
若干、タクマの言い方に愛想が足りていない。納得できかねるといった感じだ。
「……このラララ達を乗せるのは、気が進まないかい」
「ラララ――」
運転席に座ったタクマが、ラララを呼んでジロリと一瞥する。
「おまえに合わせて言ってやるが」
「何だい?」
「タイジュをバカにしたヤツに親切な態度取れるか?」
「ハァーッハッハッハッハッハァ――――ッ! 絶対無理だねッッ!」
「そういうことだ」
ちょっと拗ねたような感じで言って、タクマはミニバスを発車させた。
広い社内に、ラララ、スダレ、シイナとサラ。
何故か、あれだけやり合ったシイナとサラは最奥の席で隣り合って座っている。
「みゅみゅみゅ~~~~ん、わかんないなぁ~~~~」
そしてスダレは、タブレットパソコンを操作しつつユラユラしている。
必然的に、ラララの話し相手はタクマ一人に絞られてしまう。
「スダレの姉ちゃんはどうしたのさ、一体……?」
「…………」
「タクマの兄クンさ~、何か反応しようぜ~。このラララは敵じゃないってば~」
「わかんねぇだろ、そんなこと。警戒するに越したことはねぇよ」
「兄クンから見れば、今はそうなっちゃうのかもしれないけどね……」
ラララは苦笑しながらも認めざるを得ない。
今現在も、自分は兄弟からその存在を歓迎されていない。日陰者。落伍者なのだ。
「今はそれでいいとも。悪いのは兄クン達じゃないのは知っているさ」
「何言ってんだよ、おまえ」
「いいや、別に。それにしてもタクマの兄クンは、少し変わったね」
前々から思っていたことを、この際だからラララは言ってしまう。
「何だよ?」
「少し刺々しくなったというか、いや、違うな。愛想が悪くなったね」
「――わかるのか?」
タクマは、やや失礼なラララの言葉を、否定してこなかった。
「このラララは『敏感肌』持ちなものでね、少しだけ勘がいいんだよ。フフン」
「まぁ、俺もこっちで色々あったんだよ。……本当に、色々とな」
「シイナの姉ちゃんとのことだね」
ラララも、話には聞いていた。
シイナとタクマ。異世界では結ばれずに終わった、二人の関係。
だが『出戻り』して、こちらで二人はようやく結ばれた。
その際に一騒動あって、結果、タクマは取り繕うことをやめたらしい。
今の彼は、ラララ視点では異世界の頃とだいぶ人が違って見える。
異世界の彼は誰とでも仲良くなれるが、誰相手でも同じ態度で接する人間だった。
しかし今はそれがなくなって、ちゃんと自分の素を見せているように思える。
どっちがいいかは人によるだろう。
ラララにとっては、今のタクマの方が好ましく思えるが。
「シイナの姉ちゃんと一緒になれて本当によかったね。このラララも祝福するよ」
「おう、ありがとな」
だが、応じるタクマの表情は硬いままだ。声も冷めている。
ここまで不愛想だと、ちょっとラララも来るものがある。
「もぉ~、態度悪いなぁ。警戒するのは仕方ないけど、家族なんだからもう少しソフトな対応してくれてもいいと思うんだけどなぁ、タクマお兄ちゃん!」
「ラララ――」
タクマが、運転しながらラララの方をチラリと横目に流し見てくる。
「俺は、おまえが何を考えてるのかわからねぇよ」
「お兄ちゃん……」
「『ミスター』なんかと一緒に行動してる理由もわからねぇし、わざわざタイジュ拉致して何がしてぇんだ? こっちでまでサイディに迷惑かけてどういうつもりだ?」
自分が行動を共にしているのは『ミスター』ではない。キリオだ。
タイジュを拉致などしていない。彼は自分の意志で、今は封印水晶の中にいる。
サイディに迷惑をかけられているのはこっちだ。
それが一番、納得がいかないといえば納得がいかない。あンのクソ元師匠。
思うところは様々ある。
しかし、それを言っても通じないのはわかっている。ラララは曖昧に笑うだけだ。
「このラララの深謀遠慮、タクマの兄クンには理解できないかなー!」
「ラララ、茶化すんじゃねぇ、俺は――」
「どうせ言っても信じてくれないクセに、言いたいことだけ言うの、やめてよ」
曖昧な笑みの奥に、ラララは怒りと諦観をない交ぜにしたものをにじませる。
わかっている。
言っても通じない。まともに取り合ってもらえない。そんなことはわかっている。
でも、だからって一方的に言われ続けるのが平気なワケじゃない。
おまえは間違っているんだと幾度も突きつけられて、痛くないはずがないのだ。
「そうですね、うん。そうですよ」
声は、後ろからした。
「え――」
振り向くと、最奥の席に座るシイナが、こっちの方をジッと見つめている。
「シイナの、姉ちゃん……?」
「今のはタクマさんが悪いですよ。ほら、ラララちゃんに謝って」
「え、な、何でだよ!?」
「何で、じゃないですよ! どんな事情があってもラララちゃんは妹なんですよ! 妹を大事にできないお兄ちゃんお姉ちゃんは、あってはならない概念です!」
「そんな理由かよ!?」
「ラララちゃんにだって、ラララちゃんなりの理由があるんです。そこは汲んであげるくらいはしてあげてもいいんじゃないですか、タクマさん……?」
急に声を真剣なものにして、シイナはラララを見つめ、タクマを諭す。
運転しているタクマは、片手で髪をガリガリと掻いた。
「ああ、そうだな。……ちっとばっか、俺もカリカリしすぎたな。悪ィ、ラララ」
「シイナお姉ちゃん、タクマお兄ちゃん……」
「クソッ、情けねぇなぁ。どうにも落ち着かねぇよ、こういうのさ!」
タクマが、不機嫌そうに顔をしかめる。
ラララの『敏感肌』が、彼が自らに抱く自己嫌悪めいた感情を察知する。
「あのですね、ラララちゃん」
ミニバスが信号で止まったとき、シイナが席を立ってラララに近づく。
「私達はまだ、ラララちゃんの具体的な主張を聞いていません。さっき、言っても信じてくれないクセにって言ってましたけど、私達はまだ、そのラララちゃんの言いたいことを聞いていないんです。だから、今の機会に聞かせてくれませんか?」
「でも……」
シイナの言いたいことはわかる。しかし、ラララは逡巡する。
話しても無駄に終わるんじゃないか。そんな思いがどうしても足を引っ張る。
なかなか、キリオのようにはいけないラララだった。
「ラララちゃんから見て、私やスダレ姉様は、頼りないお姉ちゃんでしょうか?」
「そ、そんなことないよ!」
「だったら、話してみてください。改めて、対話から始めましょう」
にっこり微笑むシイナに、ラララは「かなわないなぁ」と思う。
タクマも変わったが、シイナも異世界の頃から変わったようにラララは思う。
「お、青だ。発進するぜー」
「ちょっ、タクマさ、待っ、わっきょい!?」
だが、変な悲鳴をあげてすっ転ぶシイナは、異世界の頃から変わっていなかった。
そんな愉快な姉に心をほぐされ、ラララは息をついて語り始める。
「私は――」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
語り終えたのは、十分後。
「……以上さ」
一気にしゃべって、ラララは語り始めと同じように息をつく。
別に疲れたりはしていない。そこは鍛え方が違う。
ラララの説明が終わったあとで、響くのはバスの走る音。誰も、何も言わない。
だが、沈黙は静寂に変わる前に終わる。
「信じられない、ですね……」
口を開いたのは、ラララに話すよう促したシイナ自身。
やはり、通じなかったか。ラララの気持ちに陰りが差しかける。だが、
「信じられません。ラララちゃんは、一切嘘をついていません」
「そっかぁ、シイナがそう言うかぁ……」
運転席のタクマがミラー越しにシイナを見て、難しい顔をする。
シイナの洞察力は、兄弟中でも群を抜いている。
ラララの『敏感肌』ですら、彼女の『目』には及ばない。それほどの精度を誇る。
「ラララちゃん自身は、本当にそれを真実と思って話していました。その点については、私は確かだと思いました。だから、信じられません。何でしょう、この乖離は」
「乖離……」
「そうです。私達が知っている事実と、あまりにも食い違うじゃないですか」
あごに手を当てて、シイナが考え込んでいる。
「私達にとっての『ミスター』は学ランの少年です。でもラララちゃんは、私達がキリオ君だと認識しているあの老人こそが『ミスター』だと言っていました。それにサイディさんとエンジュちゃん。私達はあの二人は母娘だと思っています。でも――」
「そこだけは譲らない。何があっても。エンジュの母親は、私よ。このラララだよ」
「――と、こんな感じです」
ラララは、エンジュの母親という点については頑なな態度を崩さない。
それに、タクマは自分が知っている事実を口に出す。
「異世界でもラララはそう言って、挙句、幽閉された。そしてこっちでもそれは変わらず、サイディと『最終決闘』をすることになって、三本とも負けたな」
「はい、私達の記憶ではそうなっています」
「それも違うよ。『最終決闘』をしたのは私とタイジュだよ」
「これもまた、食い違ってますね……」
話せば話すだけ、相違点はどんどん増えていく。そして、その原因は――、
「……異能態、ですっけ?」
「そうだよ。今のお姉ちゃん達は『もう一人のキリオ』の異能態の支配下にあるの」
「何なんだよ、そりゃ。聞いたこともないぜ……」
タクマがそんなことを言う。それがまず、すでにおかしいのだ。
「私、お父さんから聞いてるよ、タクマお兄ちゃんも、シイナお姉ちゃんも、スダレお姉ちゃんも。ここにいる三人は全員『真念』に至って、異能態を使えるって」
「はぁ!? ンなバカな!」
「やっぱり忘れてるんだね。異能態の影響で記憶が封印されてる……」
タクマやシイナの異能態を、ラララは見たことがない
しかし、異能態そのものは『騎士団』攻略中にケントのものを目の当たりにした。
凄まじい。ただその一語に尽きた。
きっとタクマやシイナのそれも、想像を絶するとてつもない力を持つはずだ。
「私達がそれを使えるかどうかはひとまず置きましょう。問題は、実際に今、それが使われているかどうかです。どうにか確認できないんですか、ラララちゃん」
「シイナお姉ちゃん」
「はい、何でしょうか?」
「私はサイディに勝てると思う?」
突然の、これまでの話の筋からは全く離れたラララの問い。
シイナもタクマも共に怪訝そうな顔をするが、二人とも素直に答える。
「「勝てない」」
「だろ?」
「のでは?」
二人の声は完全に重なっていた。その意思と共に。
「だろうね。今はそういう認識で、そういう『常識』だろうからね」
「え、もしかして、またサイディさんに挑戦する気なんですか、ラララちゃん」
「そうだよ、シイナお姉ちゃん。私はあいつに『最終決闘』を挑むつもり」
毅然とした態度で、ラララはそれをシイナにきっぱりと告げる。
タクマが「マジか……」と言った、その直後だった。
「うぉっとォ~!?」
「ゥわきゃあ!」
突然、バスがガタンと揺れて急停車する。タクマとシイナがそれぞれ声をあげた。
「ちょっと、いきなり何よ、どうしたのよ!?」
それまで大人しくしていたサラ・マリオンが、苛立たしげに席を立った。
ラララも、何が起こったのかとタクマを見ようとして、
「……え?」
フロントガラスの向こう。
ミニバスが走っていた道路の先に、一つの人影が見えた。
タクマは、それを見つけてバスを急停車させたのだ。
その少女は、右手に白木拵の刀を握り、道路に仁王立ちしていた。
眼鏡の奥にある大きな瞳が、バスの方を厳しく睨み据えている。
「――エンジュ」
母親の命を受け――、『真一剣聖』エンジュ・レフィード、推参。




