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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第314話 Side:キリオ/『剣にして盾』vs『帝威剣聖』

 河川敷にて、サイディとキリオは向かい合う。

 サイディの手には大型西洋剣の形状をした異面体『牙煉屠(ガレント)』。

 キリオもすでに自身の異面体である『不落戴(フラクタイ)』のマントを羽織っている。


「クッヒッヒ、刻んでヤルヨ、キリオォ……ッ!」


 見開かれたサイディの目がキリオを見据える。

 口には雄々しい笑み。そこに覗く八重歯はまるで研ぎ澄まされた牙のようだ。


 右手に剣を携え、構えはなし。

 だが、全身から発散されている殺気は濃密で、サティなどは息苦しさを覚える。


「…………」


 対して、キリオは無言だった。

 無言のまま右手に剣、左手に盾。構えは同じくとっていないが、殺気もない。

 彼はやや目を細め、しばしサイディを観察する。


「――なるほど。父上殿から聞いた通りでありますな」


 一触即発の状況の中、彼はそんなことを呟く。

 意味がわからないようで、サイディは「ア?」と片眉を上げる。


「アキラがドウシタ?」

「かつて、父上殿が言っていたでありますよ、ザイド・レフィードという男は戦闘での実力は随一だが、それ以外はからっきしな男だった、と。納得したであります」


 言って、キリオはフッと笑って肩をすくめた。


「いやぁ、ヘタクソな尾行でありましたな、サイディ・ブラウン。貴殿、そういうの向いてないでありますよ。外套まで使って一生懸命ではあったのでしょうがなぁ」

「テメェ……!」


 キリオの煽りに、サイディが顔を赤くする。

 自然公園のときもそうだったが、やはり彼女は頭に血が上りやすいタチのようだ。


「それがし達を尾行したのも、大方、運よくそれがしらを見つけたからでありましょう? 幸運でありますな。見つけたのがラララだったら、八つ裂きでありましたぞ」

「HAHAHA! くだらネェ! ワタシがあの小娘に負けるワケねぇダロ!」

「さて、どうでありますかな……?」


 会話を続けながら、キリオは冷静にサイディの反応を分析する。

 彼女がアパートから尾行していたのであれば、今のやり取りの中でそれを口に出さないのはやや不自然。サイディなら、それを持ち出して鼻で笑いそうなものだが。


 しかし、サイディはその辺りには全く触れてこなかった。

 確信には足りないが、美沙子との接触は気づかれていない可能性が高そうだ。


「言っておくでありますが、貴殿の魔剣術はそれがしには通じんでありますよ?」

「フン、無敵化カ。めんどくセェ能力なのは認ルゼ。――ダガッ!」


 声の余韻が消える前に、サイディ自身の姿が消える。

 魔剣六道之二――、天道・瞬飛剣。

 先鋭化した強化魔法によって実現する、先手必勝の超高速機動魔剣術。


 その程度の知識は、キリオも持ち合わせている。

 そして、瞬飛剣は手数の魔剣術であって、必殺の威力は持っていないことも。


 ――違和感。


 必殺の威力を持たない瞬飛剣。

 何故、サイディはこの場面でそれを使った。


 魔剣術最大威力を誇る斬象剣でも、キリオの無敵化の前には意味をなさないのに。

 と、そこまで考えて閃くものがあった。彼その場を退いて、マントを翻す。


「サティ!」


 大きく広がったマントが、サティの身を包む形になる。

 その表面を何かが激しくこすり、ジャジャジャと耳障りな音を立てて過ぎていく。


「チィッ!」


 聞こえる、サイディの舌打ち。

 彼女は瞬飛剣によって狙ったのはキリオではない。サティの方だ。


「それがしとの戦闘ではないのか、サイディ・ブラウン!」

「何言ってンダ、テメェ。こりゃア、お優しい試合じゃねェンダゼ?」


 一度姿を見せて、サイディがキリオを小馬鹿にして再びその姿を掻き消す。


「確かにテメェの能力は厄介ダゼ! だがテメェが優ってるノハ、ディフェンスだけダ。スピードモ、オフェンスモ、テクニックモ、全てワタシが上なんダヨ!」

「防げるのであれば何も問題はないであります!」

「HAHAHAHAHAHAHA! そう上手く行くと思うんジャネェ!」


 烈風の如き余波を伴いながら、サイディが怒涛の連続攻撃を繰り出す。

 その全てが、サティを狙ったもの。キリオへの攻撃は一度もない。


「キリオ様ァ!」

「その場を動くなであります、サティ。それがしが守るでありますよ!」

「HAHAHAHAHA! どこまでもつカナァ!?」


 前からの攻撃。の、次には右斜め後ろから、の、次には左側面から。

 いちいち、サイディの位置取りがイヤらしい。

 キリオがいる場所から最も守りにくい角度を的確に突いてくる。


「キリオ、テメェの無敵化は常時発動じゃネェダロ? 常に意識し続けなきゃ使えネェたぐいの能力ダ。延々攻め続けられリャア、テメェの精神だってグロッキーになっちまうヨナァ? 体力は魔法で回復できテモ、気力の方はどうカナァ?」

「なるほど、戦闘になれば実力は随一というのもうなずけるでありますな」


 サイディの推測は的を射ている。

 キリオの使う異面体は、意識しなければ無敵化を展開することはできない。


 そして使い続ければ当然体力と気力は削られていく。

 それを見越して、サイディは彼に消耗戦を挑んできている。


「それがしと根競べでありますか? 受けて立つでありますよ!」

「HAHAHAHAHA! 元気のあるうちに騒いでオキナ、最後は何も言えなくなっちまうカラヨォ! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 勝利を確信しているサイディが、高笑いを響かせながら攻撃を繰り出してくる。

 相変わらず、狙われているのはサティ。

 キリオはそれを必死に守り続けて、数分間、一方的な防戦がひたすら続く。


「……く」


 キリオの体を汗が濡らす。

 休みなく動き回り続けたことで、全身に不快な熱が溜まっている。


全快全癒ヒール・パーフェクション!」

「使ったナ、全回復魔法ヲ! やっぱり疲れてきてるヨナァ、キリオォ!」

「やかましいでありますよ、サイディ!」


 知った風なことを言うサイディに、キリオは声を荒げる。

 余裕をなくしてきている。だが、サティは絶対に守る。彼は全身に力を込めた。


「HAHAHAHAHA、見てるだけってのもヒマダロ、サティ! テメェもキリオの手伝いをしてやったらドウダ? 何かできるかもしれないゼェ?」


 自らの優位を確信しているサイディが、サティにちょっかいをかけ始める。

 だが、サティはその場から決して動かないまま、声だけで返す。


「私はすでにしていますよ、サイディ・ブラウン」

「ハァ? 何をダヨ!」

「キリオ様は私に動くなと言いました。だから、直立不動を実行中です。あとはキリオ様にお任せしています。彼は強い人。あなた如きに遅れは取りませんよ」


 竜巻の如き斬撃の渦中に身を置きながら、サティの声に恐れの色はなかった。

 完全に、キリオを信じ、委ねている。

 その姿が不快だったらしく、サイディの声に苛立ちが混じる。


「Shit! くだらネェコトヲホザきやがッテ! だからつまらねェンダヨ、テメェラハ! 何で泣き叫ばねぇンダヨ! 怖がれヨ! 喚けヨ! 負け犬共ガッ!」

「貴殿、そんなものを求めて何になるでありますか!」


 サイディの斬象剣の一撃を盾で跳ね返し、キリオが声を張り上げる。


「決まってンダロ、ワタシが楽しいンダヨ! ワタシァ、戦いテェンダ、殺しテェンダ、泣かせテェンダ、刻みテェンダ、勝ち誇りテェンダ、楽しみテェンダヨ!」

「それが、貴殿の目的かァ!?」

「当たり前ダゼ! だからワタシは『剣聖』をやってんダヨ!」


 ガキィン、と、河川敷に甲高い衝突音が響き渡る。

 サイディの剣とキリオの剣が、真っ向からぶつかり合って、火花を散らした。


「戦いに悦を求めるなと言わぬであります。――だが!」

「ンだヨ?」


「貴殿は何故、エンジュを巻き込んだ! 何故、ラララを目の敵にする!」

「決まってンダロ、仕返しサ! 仕返しダヨ! テメェラバーンズ家お得意のナ!」


「何に対する仕返しだ!」

「ラララのヤツはワタシからタイジュを奪いヤガッタ! ワタシが目をツケ、ワタシの最高のEnemyになるはずだったタイジュをダ! その仕返しダヨ!」


 一合、二合、三合と、サイディと切り結びながら、キリオはいぶかしむ。


「貴殿……、まさか最初からそのつもりでいたのか!」

「YesYeeeeeeees! ワタシがタイジュを弟子にしたノハ、アノ野郎をワタシの最高の敵として鍛え上げるタメダ! 異世界じゃ失敗したガ『出戻り』したことデ、やり直しのチャンスが来タ、と思ったラ、ラララノヤツが……ッ!」


 交差する剣越しに、キリオは憎悪が塗りたくられたサイディの顔を見る。

 歪み切ったその顔は、獣ではなく、悪意に満ちた人間のツラ。


「HAHAHA! だから奪ってヤッタンダヨ、エンジュのママの座ヲ! 今じゃワタシの邪魔をしたあのクソ女はファミリーからも距離を置かれた誇大妄想女ダ! イイザマだゼ。娘にまで妄想女呼ばわりサレテ、泣いてヤンノ! あの女! HAHAHAHAHA! あのときのツラは最高だったゼ! HAHAHAHAHA!」

「何て人……」


 醜い動機を語り、醜い笑顔を晒すサイディに、サティも顔をしかめる。

 キリオは、笑い続けるサイディを前にマントを翻し、彼女をジロリとねめつけた。


「では、いいな?」

「……ア?」

「おまえが妹に仕返しをするなら、それがしがおまえに仕返しをしてもいいな?」


 低く重い声で告げるキリオに、サイディは一瞬だけ呆け、


「……ック、ヒャハハハハハハ! HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」


 その巨体がくの字になるくらいに大声で爆笑する。


「できるワケねぇダロウガ! 硬さしか能のネェ、騎士気取りのクソガキ風情ガ!」


 そして怒りを爆ぜさせるサイディに、だが、キリオの表情は巌の如し。


「できるさ。できないワケがない。――そんな気がするよ、今の私には」


 風が、吹き荒れる。

 突然巻き起こった風が、サイディの灰色の髪を大きく巻き上げた。


「ナ、ニ……!?」


 風の発生源は、キリオ。

 何もしていない彼の周囲から、目に見えない力が風を起こしている。


「キリオ、様……」

「サイディ・ブラウン、私はおまえがどういう人間か、よくわかったよ」

「テ、テメェ、まさかそれハ……、その《《力の渦ハ》》……ッ!?」


 キリオの足元で、見えない力が渦を巻いている。

 それは徐々に強さを増して、サイディが浴びる風もその分、激しくなっていく。


「逃げるならば逃げてもいいぞ、サイディ・ブラウン。おまえが決着をつけるべきは私ではなくラララだ。私の妹は、おまえに『最終決闘(ラストバトル)』を挑むぞ」

「ンだト、ラララがワタシニ『最終決闘』ダト……」


 渦巻く力を帯びるキリオに圧倒されながら、サイディは顔をきつく歪ませる。


「あのクソ女、どこまでもワタシをナメやがッテ……!」

「さっさと帰れであります、サイディ・ブラウン。それがしの相手は貴殿ではない。貴殿の飼い主だ。あの男に言っておけ。おまえに『無敵の運命』は訪れない、とな」

「……クソ共ガッ!」


 捨て台詞を残し、サイディは空高く飛翔していく。

 それが見えなくなった頃になって、キリオはようやく一息ついた。


「ふぃ~、あっぶなかったでありますね~!」

「キリオ様ァ!」

「おわっぷ!」


 額の汗を拭ったところでサティに飛びつかれ、彼は転びかけた。


「素敵でした! 最高でした! さすがはキリオ様です!」

「いや~、難敵ではあったが、何とか凌げたでありますなー。マジヤベかった……」


 深ぁ~く息を吐き出すキリオを見るサティの瞳は、キラキラ輝いていた。


「本当に、本当にお強かったです、キリオ様!」

「いや、実は危なかったでありますよ、結構……。何とかブラフが通ったが」


「え、ブラフ……?」

「そうであります。力は渦を巻いたが、まだ『真念』は掴めてねーでありますよ」

「そうだったんですか……!?」


 実はたまたまであった。

 いや、激しい『怒り』によってキリオの足元に力が渦を巻いた。それは確かだ。


 だが、だからといって彼は『真念』に至れたワケではない。

 同時に、これで『キリオ』に自分がやろうとしていることが伝わってしまう。


「もうちょっとだと思うんでありますがねー……」

「キリオ様でしたら、明日の夜までに必ず『真念』に至れますよ!」


 と、励ましてくれるサティだが、しかしそれを、キリオは素直に受け取れない。

 何故なら、さっき力が渦を巻いたときに感じてしまったことがある。


「……こりゃちょっと、まずいでありますなぁ」


 サイディを脅したとき、キリオは直感した。

 このままでは、自分は永遠に『真念』に至ることはできない。

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