第314話 Side:キリオ/『剣にして盾』vs『帝威剣聖』
河川敷にて、サイディとキリオは向かい合う。
サイディの手には大型西洋剣の形状をした異面体『牙煉屠』。
キリオもすでに自身の異面体である『不落戴』のマントを羽織っている。
「クッヒッヒ、刻んでヤルヨ、キリオォ……ッ!」
見開かれたサイディの目がキリオを見据える。
口には雄々しい笑み。そこに覗く八重歯はまるで研ぎ澄まされた牙のようだ。
右手に剣を携え、構えはなし。
だが、全身から発散されている殺気は濃密で、サティなどは息苦しさを覚える。
「…………」
対して、キリオは無言だった。
無言のまま右手に剣、左手に盾。構えは同じくとっていないが、殺気もない。
彼はやや目を細め、しばしサイディを観察する。
「――なるほど。父上殿から聞いた通りでありますな」
一触即発の状況の中、彼はそんなことを呟く。
意味がわからないようで、サイディは「ア?」と片眉を上げる。
「アキラがドウシタ?」
「かつて、父上殿が言っていたでありますよ、ザイド・レフィードという男は戦闘での実力は随一だが、それ以外はからっきしな男だった、と。納得したであります」
言って、キリオはフッと笑って肩をすくめた。
「いやぁ、ヘタクソな尾行でありましたな、サイディ・ブラウン。貴殿、そういうの向いてないでありますよ。外套まで使って一生懸命ではあったのでしょうがなぁ」
「テメェ……!」
キリオの煽りに、サイディが顔を赤くする。
自然公園のときもそうだったが、やはり彼女は頭に血が上りやすいタチのようだ。
「それがし達を尾行したのも、大方、運よくそれがしらを見つけたからでありましょう? 幸運でありますな。見つけたのがラララだったら、八つ裂きでありましたぞ」
「HAHAHA! くだらネェ! ワタシがあの小娘に負けるワケねぇダロ!」
「さて、どうでありますかな……?」
会話を続けながら、キリオは冷静にサイディの反応を分析する。
彼女がアパートから尾行していたのであれば、今のやり取りの中でそれを口に出さないのはやや不自然。サイディなら、それを持ち出して鼻で笑いそうなものだが。
しかし、サイディはその辺りには全く触れてこなかった。
確信には足りないが、美沙子との接触は気づかれていない可能性が高そうだ。
「言っておくでありますが、貴殿の魔剣術はそれがしには通じんでありますよ?」
「フン、無敵化カ。めんどくセェ能力なのは認ルゼ。――ダガッ!」
声の余韻が消える前に、サイディ自身の姿が消える。
魔剣六道之二――、天道・瞬飛剣。
先鋭化した強化魔法によって実現する、先手必勝の超高速機動魔剣術。
その程度の知識は、キリオも持ち合わせている。
そして、瞬飛剣は手数の魔剣術であって、必殺の威力は持っていないことも。
――違和感。
必殺の威力を持たない瞬飛剣。
何故、サイディはこの場面でそれを使った。
魔剣術最大威力を誇る斬象剣でも、キリオの無敵化の前には意味をなさないのに。
と、そこまで考えて閃くものがあった。彼その場を退いて、マントを翻す。
「サティ!」
大きく広がったマントが、サティの身を包む形になる。
その表面を何かが激しくこすり、ジャジャジャと耳障りな音を立てて過ぎていく。
「チィッ!」
聞こえる、サイディの舌打ち。
彼女は瞬飛剣によって狙ったのはキリオではない。サティの方だ。
「それがしとの戦闘ではないのか、サイディ・ブラウン!」
「何言ってンダ、テメェ。こりゃア、お優しい試合じゃねェンダゼ?」
一度姿を見せて、サイディがキリオを小馬鹿にして再びその姿を掻き消す。
「確かにテメェの能力は厄介ダゼ! だがテメェが優ってるノハ、ディフェンスだけダ。スピードモ、オフェンスモ、テクニックモ、全てワタシが上なんダヨ!」
「防げるのであれば何も問題はないであります!」
「HAHAHAHAHAHAHA! そう上手く行くと思うんジャネェ!」
烈風の如き余波を伴いながら、サイディが怒涛の連続攻撃を繰り出す。
その全てが、サティを狙ったもの。キリオへの攻撃は一度もない。
「キリオ様ァ!」
「その場を動くなであります、サティ。それがしが守るでありますよ!」
「HAHAHAHAHA! どこまでもつカナァ!?」
前からの攻撃。の、次には右斜め後ろから、の、次には左側面から。
いちいち、サイディの位置取りがイヤらしい。
キリオがいる場所から最も守りにくい角度を的確に突いてくる。
「キリオ、テメェの無敵化は常時発動じゃネェダロ? 常に意識し続けなきゃ使えネェたぐいの能力ダ。延々攻め続けられリャア、テメェの精神だってグロッキーになっちまうヨナァ? 体力は魔法で回復できテモ、気力の方はどうカナァ?」
「なるほど、戦闘になれば実力は随一というのもうなずけるでありますな」
サイディの推測は的を射ている。
キリオの使う異面体は、意識しなければ無敵化を展開することはできない。
そして使い続ければ当然体力と気力は削られていく。
それを見越して、サイディは彼に消耗戦を挑んできている。
「それがしと根競べでありますか? 受けて立つでありますよ!」
「HAHAHAHAHA! 元気のあるうちに騒いでオキナ、最後は何も言えなくなっちまうカラヨォ! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
勝利を確信しているサイディが、高笑いを響かせながら攻撃を繰り出してくる。
相変わらず、狙われているのはサティ。
キリオはそれを必死に守り続けて、数分間、一方的な防戦がひたすら続く。
「……く」
キリオの体を汗が濡らす。
休みなく動き回り続けたことで、全身に不快な熱が溜まっている。
「全快全癒!」
「使ったナ、全回復魔法ヲ! やっぱり疲れてきてるヨナァ、キリオォ!」
「やかましいでありますよ、サイディ!」
知った風なことを言うサイディに、キリオは声を荒げる。
余裕をなくしてきている。だが、サティは絶対に守る。彼は全身に力を込めた。
「HAHAHAHAHA、見てるだけってのもヒマダロ、サティ! テメェもキリオの手伝いをしてやったらドウダ? 何かできるかもしれないゼェ?」
自らの優位を確信しているサイディが、サティにちょっかいをかけ始める。
だが、サティはその場から決して動かないまま、声だけで返す。
「私はすでにしていますよ、サイディ・ブラウン」
「ハァ? 何をダヨ!」
「キリオ様は私に動くなと言いました。だから、直立不動を実行中です。あとはキリオ様にお任せしています。彼は強い人。あなた如きに遅れは取りませんよ」
竜巻の如き斬撃の渦中に身を置きながら、サティの声に恐れの色はなかった。
完全に、キリオを信じ、委ねている。
その姿が不快だったらしく、サイディの声に苛立ちが混じる。
「Shit! くだらネェコトヲホザきやがッテ! だからつまらねェンダヨ、テメェラハ! 何で泣き叫ばねぇンダヨ! 怖がれヨ! 喚けヨ! 負け犬共ガッ!」
「貴殿、そんなものを求めて何になるでありますか!」
サイディの斬象剣の一撃を盾で跳ね返し、キリオが声を張り上げる。
「決まってンダロ、ワタシが楽しいンダヨ! ワタシァ、戦いテェンダ、殺しテェンダ、泣かせテェンダ、刻みテェンダ、勝ち誇りテェンダ、楽しみテェンダヨ!」
「それが、貴殿の目的かァ!?」
「当たり前ダゼ! だからワタシは『剣聖』をやってんダヨ!」
ガキィン、と、河川敷に甲高い衝突音が響き渡る。
サイディの剣とキリオの剣が、真っ向からぶつかり合って、火花を散らした。
「戦いに悦を求めるなと言わぬであります。――だが!」
「ンだヨ?」
「貴殿は何故、エンジュを巻き込んだ! 何故、ラララを目の敵にする!」
「決まってンダロ、仕返しサ! 仕返しダヨ! テメェラバーンズ家お得意のナ!」
「何に対する仕返しだ!」
「ラララのヤツはワタシからタイジュを奪いヤガッタ! ワタシが目をツケ、ワタシの最高のEnemyになるはずだったタイジュをダ! その仕返しダヨ!」
一合、二合、三合と、サイディと切り結びながら、キリオはいぶかしむ。
「貴殿……、まさか最初からそのつもりでいたのか!」
「YesYeeeeeeees! ワタシがタイジュを弟子にしたノハ、アノ野郎をワタシの最高の敵として鍛え上げるタメダ! 異世界じゃ失敗したガ『出戻り』したことデ、やり直しのチャンスが来タ、と思ったラ、ラララノヤツが……ッ!」
交差する剣越しに、キリオは憎悪が塗りたくられたサイディの顔を見る。
歪み切ったその顔は、獣ではなく、悪意に満ちた人間のツラ。
「HAHAHA! だから奪ってヤッタンダヨ、エンジュのママの座ヲ! 今じゃワタシの邪魔をしたあのクソ女はファミリーからも距離を置かれた誇大妄想女ダ! イイザマだゼ。娘にまで妄想女呼ばわりサレテ、泣いてヤンノ! あの女! HAHAHAHAHA! あのときのツラは最高だったゼ! HAHAHAHAHA!」
「何て人……」
醜い動機を語り、醜い笑顔を晒すサイディに、サティも顔をしかめる。
キリオは、笑い続けるサイディを前にマントを翻し、彼女をジロリとねめつけた。
「では、いいな?」
「……ア?」
「おまえが妹に仕返しをするなら、それがしがおまえに仕返しをしてもいいな?」
低く重い声で告げるキリオに、サイディは一瞬だけ呆け、
「……ック、ヒャハハハハハハ! HAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
その巨体がくの字になるくらいに大声で爆笑する。
「できるワケねぇダロウガ! 硬さしか能のネェ、騎士気取りのクソガキ風情ガ!」
そして怒りを爆ぜさせるサイディに、だが、キリオの表情は巌の如し。
「できるさ。できないワケがない。――そんな気がするよ、今の私には」
風が、吹き荒れる。
突然巻き起こった風が、サイディの灰色の髪を大きく巻き上げた。
「ナ、ニ……!?」
風の発生源は、キリオ。
何もしていない彼の周囲から、目に見えない力が風を起こしている。
「キリオ、様……」
「サイディ・ブラウン、私はおまえがどういう人間か、よくわかったよ」
「テ、テメェ、まさかそれハ……、その《《力の渦ハ》》……ッ!?」
キリオの足元で、見えない力が渦を巻いている。
それは徐々に強さを増して、サイディが浴びる風もその分、激しくなっていく。
「逃げるならば逃げてもいいぞ、サイディ・ブラウン。おまえが決着をつけるべきは私ではなくラララだ。私の妹は、おまえに『最終決闘』を挑むぞ」
「ンだト、ラララがワタシニ『最終決闘』ダト……」
渦巻く力を帯びるキリオに圧倒されながら、サイディは顔をきつく歪ませる。
「あのクソ女、どこまでもワタシをナメやがッテ……!」
「さっさと帰れであります、サイディ・ブラウン。それがしの相手は貴殿ではない。貴殿の飼い主だ。あの男に言っておけ。おまえに『無敵の運命』は訪れない、とな」
「……クソ共ガッ!」
捨て台詞を残し、サイディは空高く飛翔していく。
それが見えなくなった頃になって、キリオはようやく一息ついた。
「ふぃ~、あっぶなかったでありますね~!」
「キリオ様ァ!」
「おわっぷ!」
額の汗を拭ったところでサティに飛びつかれ、彼は転びかけた。
「素敵でした! 最高でした! さすがはキリオ様です!」
「いや~、難敵ではあったが、何とか凌げたでありますなー。マジヤベかった……」
深ぁ~く息を吐き出すキリオを見るサティの瞳は、キラキラ輝いていた。
「本当に、本当にお強かったです、キリオ様!」
「いや、実は危なかったでありますよ、結構……。何とかブラフが通ったが」
「え、ブラフ……?」
「そうであります。力は渦を巻いたが、まだ『真念』は掴めてねーでありますよ」
「そうだったんですか……!?」
実はたまたまであった。
いや、激しい『怒り』によってキリオの足元に力が渦を巻いた。それは確かだ。
だが、だからといって彼は『真念』に至れたワケではない。
同時に、これで『キリオ』に自分がやろうとしていることが伝わってしまう。
「もうちょっとだと思うんでありますがねー……」
「キリオ様でしたら、明日の夜までに必ず『真念』に至れますよ!」
と、励ましてくれるサティだが、しかしそれを、キリオは素直に受け取れない。
何故なら、さっき力が渦を巻いたときに感じてしまったことがある。
「……こりゃちょっと、まずいでありますなぁ」
サイディを脅したとき、キリオは直感した。
このままでは、自分は永遠に『真念』に至ることはできない。




