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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第313話 Side:キリオ/目的は果たされた。だが、

 今まで『キリオ』を追い続け、気づいたことが一つある。

 あの男が発動した異能態は、家族の自由意思を奪うことまではできていない。


 異能態――、『不落戴冠儀(フラクタイカンギ)』。

 その力は絶大だが、洗脳効果などは薄いようだ。美沙子やシンラを見ればわかる。


 アキラもそうだったし、タマキもそうだった。

 キリオのことを『ミスター』と認識しながらも、話を聞いてくれたりした。


 きっと、アキラとミフユもそれに気づいていた。

 だから彼らは自分達にダガーとエンブレムを渡したと、キリオは推測している。


 異能態に関する記憶の封印などから、記憶に関する鑑賞力は強いようだが。

 それでも、干渉できているのは『記憶』までで『意識』への干渉はできていない。


 絶対に限りなく近い絶大。

 それが異能態なのだと、アキラは言っていた。なるほどと思える。

 そして、だからこそ――、


「サイディとラララの『最終決闘(ラストバトル)』を、明日の夜に行なうであります」


 キリオは、その提案を美沙子とシンラに向かってする。

 だが、さすがにこれはいきなりすぎたか、二人の反応はいまいちだった。


「……『最終決闘』を?」

「何ゆえ、今さらそのようなことを……?」

「あ~……」


 シンラが口にした『今さら』という言葉に、キリオは嫌な予感を覚える。


「お二人にお伺いするでありますが、少し前に行われた『最終決闘』は覚えているでありますか? もし覚えがあるなら、それは誰と誰の決闘でありましたか?」

「え? そりゃあもちろん……」

「決闘を行なったのはラララとサイディであろう」


 やや戸惑いつつ、二人はそう答える。キリオの予想通りの答えである。

 ラララとタイジュの決闘が、丸々ラララとサイディの決闘にすり替わったか。


「……ちなみに、結果は?」

「サイディの勝利だ。二本先取で鮮やかな完全勝利であった」

「ラララちゃんが駄々こねての三本目でも、サイディちゃんが勝ってたねぇ」


 なるほど、そういう形になっているのか。

 と、すると、キリオの提案は二人にとってはまさに『今さら』なワケだ。


「キリオ様」


 どうするべきかと悩んでいるところに、サティが小声で自分を呼ぶ。


「何でありますか、サティ」

「これは、逆にチャンスではないでしょうか?」

「チャンス……?」


 サティが、キリオにひそひそと耳打ちしてくる。

 その内容は、彼女の言う通り「今がチャンス」と思えるものだった。


「何だ?」

「いえ、こっちに都合がよいという話をしてたであります」

「ほぉ。どういうことだ?」


 シンラが目を細める。

 今でこそ話を聞いてくれるようになったが、まだ気を許してくれてはいない。


 彼にとって、キリオはまだ『ミスター』という認識なのだろう。

 そして、キリオが衝くべきポイントも、同じような『認識』の部分。


「単刀直入にお尋ねするであります」

「聞こう」


「ラララがサイディに勝てる可能性は、どれほどあると思うでありますか?」

「《《勝てぬであろう》》?」


 シンラは即答する。それこそ、キリオが待ち望んでいた回答だった。

 可能性など考える以前に『ラララはサイディには勝てない』と断言してしまう。

 それが、今のバーンズ家にとっての『常識』になっているからだ。


「わかったであります。ならばなおさら、それがしはラララとサイディの『最終決闘』の開催を求めるであります。今の兄貴殿の答えで、確信が深まったであります」

「それを行なうことに、どのような意味がある?」

「意味がないと思っている兄貴殿達に、その意味を叩きつけられるでありますよ」


 自由意思までは奪えない。それが『キリオ』の異能態の限界だ。

 ならばキリオはラララとサイディの決闘という手段をもって、そこに付け入る。


「その決闘の結果によって、一つの『可能性』が浮上するであります。そして、それがしはその『可能性』について『キリオ』と話をさせていただくつもりであります」

「おまえが、決闘の際に何か小細工を弄する可能性もあろう」


「スダレの姉貴殿にそれがし達を見張らせればよいでありましょう。あの方の監視をくぐり抜けて何かできる人間が、どれほどいると思うでありますか?」

「ふむ……」


 淀みなく答えるキリオを前に、シンラもまた考え込んでいるようだった。

 だが、隣に座る美沙子がそんな彼の膝に手を添える。


「美沙子さん……?」

「この子達の言う通りにしてみませんか、シンラさん」

「む、それは、しかし……」


 逡巡するシンラに、美沙子はうなずく。


「不安なのはわかります。アタシだって、警戒を解いたワケじゃないですよ。ただ、この子達はアキラの安否について教えてくれて、自分達の主張をアタシ達に聞かせたことだけ。今のところ、怪しい動きも見えないでしょ?」

「それはそうですが、しかし、こやつらは『Em』なのですぞ……?」


「それが真実かどうか確かめる場を用意することは、理に適っていませんか?」

「そうですね。確かに……」


 美沙子がシンラを説得にかかっている。

 これ幸いと、キリオももうひと押しすべく、話に加わる。


「それがし達は逃げも隠れもせんであります。必ずや、明日の夜に皆の前に顔を出すでありますよ。そして、本当の現実ってやつを皆に叩きつけてやるであります」

「何故、明日の夜なのだ。今では不都合があるとでもいうのか」

「そうであります。こちらにも相応の準備というヤツがあるであります」


 相応の準備――、というかキリオが『真念』に至っていない現状、時間は必要だ。

 結局、それが実現しなければ『キリオ』の異能態は打破できない。


 タイムリミットは明日の23時36分。

 それまでにキリオは『真念』に至らねばならないのだ。


「わかったよ。明日の夜、みんなを例のホテルに集めればいいんだね」

「美沙子殿、感謝するであります」

「礼なんていらないさね。ただ、アンタが逃げないよう契約は交わさせてもらうよ」


 美沙子がここで言った『契約』は傭兵同士の取り決めではない。

 逃げれば何らかのペナルティが生じる、魔法による契約のことを指している。


「それもまた、望むところであります」

「アンタのその真っすぐさは、何だか嫌いになれないね」


 そう言って、美沙子は小さく微笑むのだった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 キリオとサティは、美沙子との間に契約を交わした。

 明日の夜19時、市内ホテルの最上階に必ず来ること。遅れれば、死ぬ。


「契約は完了したよ」

「皆の召集の方は……」

「余達がやっておく。全員を集めておく。……『キリオ』も含めてな」


 シンラの言葉に、キリオは深くうなずいた。

 あの『キリオ』の逃げ場を断つこと。それもまた狙いのうちであった。


「だが、余も美沙子さんも、おまえ達と慣れ合うつもりはない。わかっているな?」

「わかっているでありますよ、シンラの兄貴殿」


 結局、キリオがシンラの笑顔を見ることは一度もなかった。

 彼らにとって、自分はまだ『ミスター』なのだと突きつけられているようだ。


「しかし――」

「え?」


「おまえが余を『陛下』と呼んだあのとき、不覚にも余は、おまえを本当にキリオのように感じてしまった。不思議なものだ。似ても似つかぬというのにな……」


 一瞬だけ。

 ほんの一瞬だけ、シンラがいつもの兄の顔で、キリオを見る。


「兄貴殿……ッ」


 それに気づいたキリオの中に、熱いものが込み上げかけた。

 しかし、今はそのときではないと彼は小さくかぶりを振って、顔を引き締める。


「それでは、それがし達は行くであります」

「この先はどうするんだい、アンタ達は」

「秘密であります」


 具体的な方策としては、次はシイナかスダレに接触するつもりだった。

 だが、それを美沙子に告げれば『キリオ』にこちらの動きが漏れるかもしれない。


 美沙子達と話はできたが、彼女達は異能態の影響下にあるのだ。

 今もって、彼女達にとってのキリオは、あの『キリオ』の方なのである。


「では、明日の夜に」

「逃げることはまかりならぬぞ」

「心得ております」


 別れの言葉などないままに、キリオとサティはアパートを去っていく。

 だが美沙子とシンラは、二人が道の向こうに消えるまでずっと見送り続けていた。


「ふぅ……」


 アパートを出てしばし、サティが小さく息をつく。


「何とか、目的を果たせましたね、キリオ様」

「うむ。着実に前に進んでいるであります」


 小さなことではあるが、一つ一つ積み上げている。

 今のキリオにはその実感があった。そして、改めて感じたこともある。


「今回の一件は、バーンズ家総出で当たるべき問題なのだな」

「そう、ですね……」


 それは、サティも同様に感じているようだ。


「皆さんが、多少なりとも私達に理解を示してくれたおかげで、ここまで来ました」

「ここまでと言うには、まだまだクリアすべき課題は山積みだがな」

「それも、そうですね……」


 何でも一足飛びには行かないものだ。

 それを感じつつ、キリオは歩みを進める。


「少ししたら、ラララの方にも連絡をしてみるか」

「はい、キリオ様」


 そしてキリオはサティを従えて、街の中をしばらく歩き回る。

 空を飛ぶでもなく、外套で身を隠すでもなく。

 十分以上も歩き続けると、さすがにサティも不審に思ったらしく、


「あの、キリオ様……?」

「そうだな。この辺でいいでありましょうな」

「え?」


 キリオがそう言って足を止めたのは、ひとけの薄い河川敷。

 そこで、彼はザッと辺りに視線を配って、


「今さら気配を消しても遅いでありますよ」

「……チッ」


 サティの耳にも聞こえる、激しい舌打ちの音。

 そして、誰もいなかった場所に輪郭が区切られ、それは人の姿となる。


「『隙間風の外套』……!?」

「そりゃ、それがし達が使えるのだからそれがし達以外も使うでありますよなぁ」


 驚くサティと、むしろ納得するキリオ。

 二人の前に姿を現したのは、背の高いアメリカ人女性――、サイディ・ブラウン。


解体(バラ)しに来てやったゼェ、キリオヨォ?」


 その手に幅広の長剣の形をした異面体を握り、サイディは獣の笑みを浮かべた。

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