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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第310.5話 『真一剣聖』の憂鬱

 ママに撫でてもらうのが、大好きだった。

 名前を呼んでもらって抱きしめられて、撫でてもらうのが、大好きだった。


 自分の頭を、優しく丁寧に、いたわるように撫でてくれた、ママの手。

 その手で撫でてもらうと、心があったかくなった。


 嬉しくて、はしゃいで、いつも、もっともっととせがんでしまった。

 今思うと、それが恥ずかしく感じられる。

 でも、それくらい撫でてもらうのが大好きだった。


 パパも同じように撫でてくれたりはしたけど、何だか違った。

 あの人は不器用で、撫で方も何というか、自己流だった気がする。


 もちろん優しかったし、嬉しかった。

 でも、ママに撫でられる方が好きだった。


 そこは子供の残酷さだろう。

 大して深く考えず、自分の中で明確にママとパパの間に序列をつけていた。


 パパの手がゴツゴツしていたのもいけなかったと思う。

 その手は大きくて、正直、撫でられるのがちょっと怖かった。


 幼い子供にとっては、怖いというのはそれだけで泣き叫ぶくらいの脅威となる。

 その点で、パパは残念だった。

 いつも無口で表情も変わらないのもいけないと思った。


 だからやっぱり、ママに撫でてもらうのが一番好き。

 異世界では、ずっとずっとそうだった。子供のときから、大人になっても。


 当然、大人になってからは撫でてとせがくことはなくなった。

 いい年して、母親にそんなことを要求するのはさすがにこっぱずかしい。


 ただ、色々とがんばることでその要求の代わりをなそうとした。

 異世界の頃にはあまり自覚はなかったが、自分は撫でてほしかったのだろう。


 パパに剣を習い、ママに自分の技を見てもらって、剣の腕を磨いていった。

 ママも、何かあるとすぐに喜んで、自分の頭を撫でてくれた。


 もしかしたら、ママにはとっくに見透かされていたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、これ以上に恥ずかしい話はない。


 でも、確認することなんてできるワケがなくて、それは結局は謎のままだ。

 それでもいい。別にいい。

 あの人が喜んでくれるなら、あの人達が喜んでくれるなら、がんばれるから。


 そうして異世界でがんばり続け、騎士にり、聖騎士になって、聖騎士長になった。

 そのときも、老いたママは自分の頭を撫でてくれた。

 もう、こっちだっていい年になったのに、まるで子供をあやすみたいに。


 それでも嬉しいと感じてしまう自分も、きっとどうかしていた。

 そして『出戻り』して、今はママと共に行動している。


 ママ――、サイジュ・レフィード。

 自分はまだ、こっちでは一度も撫でてもらったことがない。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――宙色市内最高級ホテル、最上階。


「なるほど」


 広い部屋の真ん中、ソファに座っている男が、一言そう呟く。

 スーツ姿の、物静かながらも堂々とした印象の老紳士――、キリオ・バーンズだ。


 彼が見る先にいるのは、背の高いアメリカ人女性と女子高生。

 サイディ・ブラウンと桜井縁珠(さくらい えんじゅ)ことエンジュ・レフィードである。


 自然公園での戦いを終えて、サイディは事の次第をキリオに報告した。

 エンジュも同行させられているのだが、何でわざわざ彼に報告をしているのか。

 それについて、何も知らされていなかった。


「言っておくがヨォ、連中を逃がしたノハ、ワタシのせいじゃネェゼ?」


 そう口にするサイディの顔は、苦々しさに満ちていた。

 悔しいのだろう、きっと。

 自然公園では『ミスター』とラララを追い込みながら、取り逃がしてしまった。


 あれから、半日近く二人で探したものの、結局見つけることはできなかった。

 エンジュもそれを思い返し、悔しさに悶えそうになる。


 あと一歩というところだった。

 あの、キリオを名乗る『ミスター』は強かったが、勝てない相手ではなかった。


 それに、あの女。ラララ・バーンズ。

 エンジュにとっては自分の父親を奪って逃げた、憎むべき相手である。


 パパを連れ去ってママを苦しませ、あまつさえ自分が母親だなどと語る、あの女。

 妄想の世界に生きたいのならば勝手にすればいい。

 でも、それで周りの人間に迷惑をかけて、人の父親を連れ去るなど、言語道断。


 できることならば自分の手で制裁を与えたい。

 エンジュ・レフィードはそう考え、込み上げてくる怒りに強く拳を握り締める。


「何であのクソガキ共が来てンダヨ、キリオ! おかしいダロ!?」

「タマキ姉上にヒナタか。まさかの乱入者だった。私としても予想外だったよ」


「オイ、キリオ。それで済ませるつもりカヨ、テメェ!」

「サイディ。私の能力とて、全能ではないのだ。何もかも思い通りにできるならば、わざわざ君達とマリエに『彼』を追わせていない。とっくに消しているさ」


 聞いていて、何の話をしているのだろうとは思わない。

 ラララと共にいた、無敵化の能力を使った『ミスター』はキリオを名乗っていた。


 だが、キリオ・バーンズはここにいる。

 彼は自分の偽物を放置しておくことができないのだろう。エンジュは思った。


 ただ、マリエ。マリエ・ララーニァ。

 彼女は本当に大丈夫なのだろうか。

 キリオから受け取った武器を使って、怪物のような姿になっていたが……。


「それで、タマキ姉上とヒナタは、その後は?」

「知らねぇヨ。どっちも『ミスター』共が逃げたらさっさと退散していきヤガッタ。引き際まで鮮やかダッタゼ。忌々しいことこの上ネェ。ストレスたまるゼェ!」

「バーンズ家の『最強存在』と『最終兵器』だ。戦闘経験も豊富だろうとも」


 雄叫びと共にサイディが放つ殺気を、キリオは涼しい顔をして受け流す。

 そこで会話に区切りが入って、エンジュは口を開いた。


「あの……」

「何かね、エンジュ」


「マリエさんは、大丈夫なんですか……?」

「オイオイ、エンジュ。テメェヨォ、余計なことに気ィ回してんジャネェゼ?」


 おずおずと切り出したエンジュに、サイディが呆れ面を見せる。


「でも、ママ。あの人の体、すごいことになってて……」

「君は優しい子だね、エンジュ」


 心配するエンジュに、キリオは穏やかに笑いかける。


「だが、マリエなら心配ない。彼女が使ったのは自身が望む能力を授けてくれる魔剣でね。ただ、制御が非常に難しい。君が見たバケモノめいた姿は、まだ制御が上手くできていないことから起きる現象に過ぎない。マリエなら、上手くやるだろう」


 ツラツラと、キリオはエンジュに剣の能力を説明していく。

 その語り口に淀みはなく、語られた内容にもおかしいところは感じられない。


「そう、なんですね。じゃあ、マリエさんは……」

「大丈夫だとも。私が保証しよう。今は別室で休んでもらっているよ」


 それを聞いて、エンジュは安堵に胸を撫で下ろした。


「ただ、今は少し動けなくなってしまっている。悪いが、今日の夜までは二人で行動してくれ。マリエの調子が戻り次第、また君達の方に寄越すよ」

「わかりました。マリエさん、早く元気になるといいですね」

「ああ、そうだね。夫として、私も心配でならないよ」


 話している隣で、サイディが面白がるように笑っている。

 しかし、その笑みはキリオの一言によって、怒りの表情にとって代わる。


「サイディ」

「ア? 何だヨ?」


「これ以上は、期待を裏切らないでくれたまえよ」

「ハァ? いつワタシがテメェの期待を裏切ッタ!? 逃がしたノハ――」


「主な要因は君でなくとも、逃がした事実は変わらない。失敗したのだよ、君は」

「グ……ッ」


 キリオにやり込められ、サイディはたじろいで黙らせられてしまう。


「君に授けた『帝威剣聖(エクスカリベル)』の名に恥じぬ働きを期待しているよ」

「……わかってるヨ、BOSS」


 答えるサイディの声はすっかり小さくなっていて、エンジュは心配になる。

 その後、二人は再び『ミスター』を追うこととなり、部屋を辞した。


「…………」


 サイディは瞳に怒りを滾らせながら、無言で通路を歩く。

 全身から刺々しい殺気を発する様は、同じ『剣聖』のエンジュをして怯むほどだ。


「マ、ママ……?」


 それでも、母親を心配する彼女は声をかける。


「大丈夫だよ、今度こそ。大丈夫、上手くいくよ、私、がんばるから!」


 励ますように言う彼女に、サイディが歩みを止める。

 そして、怒気にまみれた瞳が、自分を見上げる娘をジロリと見下ろした。


「……エンジュ」

「うん、ママ、私――」


 言葉を続けようとしたエンジュが見たものは、自分に迫るサイディの拳だった。


「うるせェンダヨ、小娘如きガッ!」

「あぅ!?」


 無防備なだったところを殴られて、エンジュの眼鏡が床に転がる。

 吹き飛んだ彼女は壁に思いきり背をぶつけて、痛みと衝撃に息ができなくなる。

 そこに、さらにサイディが怒りをブチまけて来る。


「テメェガ役立たずダカラ、ワタシが怒られたんだヨ! テメェが無能ダカラ!」

「うぁッ! あ、ぐぅ!? く、っ、はッ!」


 うずくまるエンジュを、サイディは怒りのままに激しく何度も蹴りつける。

 鍛え上げられた彼女の蹴りが、手加減なしでか細いエンジュを打ちのめした。


「ぅ、ぐ……」

「オイ、何休んでヤガル、謝れヨ。ワタシニ!」

「ぁ、あ、マ、ママ……」


 気がすむまで蹴り終えたサイディは、痛みにあえぐエンジュに謝罪を要求する。

 反発など、エンジュにはできない。

 今までもこうやって彼女はサイディに『教育』され続けてきた。


「ご、ごめんなさい、ママ……。次は、ちゃんと、がんばるから……」


 目に溜まった涙を堪え、エンジュはサイディに謝った。

 泣けば、また蹴られる。また殴られる。それはイヤだった。


「――ケッ」


 サイディが、エンジュにつばを吐きかける。


「今度コソ、上手くやれヨ。そうしたら撫でてやるカラヨ」


 萎れかけたエンジュの心に、その一言が速やかに、そして深く染み渡っていく。

 ママが撫でてくれる。ママが、今度こそ、がんばれば――、


「私、がんばるから……」

「口だけの『剣聖』はいらネェゾ。ついてコイ」


 サイディはさっさと歩き出してしまう。

 全身に残る痛みを全回復魔法で癒し、エンジュもすぐに後を追う。


「がんばらなきゃ、がんばらなきゃ、そうしないと、撫でてもらえない……」


 彼女は小さな声で己に向かって説き続ける。

 ここで自分ががんばらねば、また、サイディに恥をかかせることになってしまう。


 尽くさねばならない、力を尽くし、サイディに尽くさねば。

 そうしないと、きっとパパが戻ってきても、自分は撫でてもらえない。


「私、がんばるから。……お母さん」


 自分が『ママ』と言わなかったことに、彼女は気づいていなかった。

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