第308話 思いがけない協力者
キリオが寝ていたのは、見知らぬ部屋だった。
割と広くて、清潔感のある部屋だ。いや、部屋自体が新しいのか。
「どこでありますか、ここは……?」
部屋には、キリオが寝ていた大きなベッドに、椅子に机。
あとは家具がちょこちょこある程度で、誰かがいたという感じはしない。
部屋の中を観察していると、不意にドアが開いた。
「ぁ……」
「おや、サティではないか」
部屋に入ってきたのはサティアーナ・ミュルレ。
着ている服が変わっているし、全体的にさっぱりしている感がある。
「サティ、ここは……」
「キリオ様!」
状況がさっぱりわからずにいるキリオに、サティは飛び込むようにして抱きつく。
それもまたいきなり過ぎて、キリオはやはりちんぷんかんぷんだ。
「……サ、サティ?」
「やっとお目覚めになられたのですね。よかった、本当に」
サティは、泣いてはいないがその体は震えていた。
自分がそれほど心配をかけていたことを自覚し、キリオの胸はズキリと痛んだ。
「不安にさせてすまんであります。サティ。心配をかけた」
「そうですよ、本当に……。あなたという人は!」
「誠に申し訳ない」
サティの頭を撫でながら、キリオは何度も謝った。
彼女は、少しして落ち着きを取り戻し、すぐにラララを呼びに部屋を出ていった。
それからしばし、ドタドタという騒ぎい足音が聞こえてくる。
「|ふぃふぃおおふぃひゃん《キリオお兄ちゃん》、おふぃひゃんふぁね!」
ラララはパスタを喰いながら部屋に入ってきた。ほっぺが膨らんでいる。
「ちゅるんちゅるるるん! もぐもぐもぐ、もぐもぐもぐもぐ、もぐもぐもぐ!」
「よく噛んでるでありますなぁ……」
「ごっくん! ……っぷはぁ、ごちそうさまでした!」
行儀の悪さはこの際置いておくとして、キリオが目についたのはラララの服装。
「サティだけではなく、ラララの服も変わっているでありますな……」
「まぁ、色々あって結構汚れてたからね」
サティは今後のことを考えてか、ラフで動きやすそうな服を着ている。
ラララも同じ感じだが、彼女が着ているのは男物の服だった。
「その洋服、どうしたんでありますか? わざわざ買ってきたでありますか?」
「いや、元々ここにあったんだよ。いつ人が来てもいいように用意してたらしいよ」
「用意……?」
「ここの所有者が、ね」
ラララが、そんな少し含みのある物言いをする。
聞いたキリオは、ハッとする。
「そうだった。この部屋は一体? サティの部屋でありますか?」
「私の部屋もマンションではありますけど、ここまでお高い物件ではないです」
どうやら、この部屋はマンションの一室らしい。
「あ、やっと目が覚めたんだ?」
そこに、聞き覚えのない第三の声が割り込んでくる。
キリオが見やれば、開いたままだったドアの向こうに、少女が一人、立っていた。
髪を明るい茶色に染めた、いかにもギャルっぽい容姿をしている。
「…………」
その姿を見てキリオが固まる。
少女の姿に、見覚えがあったからだ。
「貴殿、もしや……、真柴紗良?」
「やっぱりあたしの顔を知ってるのね、キリオ・バーンズ。そうよ――」
真柴紗良――、またの名を、サラ・マリオン。
昨晩、バーンズ家によって制圧されるはずだった『Em』の構成員の一人だ。
「とりあえず、助けてもらったんだから『ありがとう』くらい、言ったら?」
悪意のなさそうな笑みを見せて言う彼女が、この部屋の所有者であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
サティが、事情を話す。
「サラは、私の協力者だったんです」
「協力者とは、どういう?」
「そのまんまの意味よ~、いちいち説明しなきゃダメ~?」
尋ねるキリオを、サラが小馬鹿にしてくるが、彼は至極真面目に、
「そうでありますな。それがし、察しが悪いゆえ、説明は欲しいところであります」
真顔でそう反応するキリオに、サラは「うわぁ」と口を開ける。
「バカ真面目に真っ向からそう言われるとは思ってなかったわ……」
「さすがはキリオ様です。いかなるときも真正面から受けて立つお姿、素敵です!」
「サティの義姉ちゃん、その評価はだいぶ度の強い色眼鏡入ってるよ」
三者三様のリアクションを見せる女性陣。
サティが説明を続ける。
「サイディからキリオ様の話を聞いたあとで、私がバーンズ家を調べようとしたとき、サラが協力を買って出たんです。自分も、知りたいことがあるから、と」
「知りたいこと、でありますか?」
「……それはまぁ、あとでね」
キリオがサラを見ると、彼女はそっぽを向いた。
「私とサラは秘密裏にバーンズ家の調査を進めていました。しかし、一昨日の晩に突然、サイディとエンジュが『宮廷』を襲撃して、サラ以外の二人を殺したのです」
「そうか、あの二人が『騎士団』の拠点にいたのは……」
ラララが、あの晩のことを思い出して口を挟んでくる。サティがうなずいた。
「『彼』の指示によるものでしょう。バーンズ家に『Em』の全容を知られ、仕返しされる前に口封じをしようとしたのでしょうね。そこにキリオ様たちがやってきた」
「サラ殿はどうやってサイディ達の襲撃を生き延びたでありますか?」
「あたしの異面体が《《これ》》だからよ」
言ったサラの姿が、二人に増えていた。キリオもラララもギョッとする。
「『双津舞』。自分の影武者を生み出す異面体よ。身代わり専用ね」
「こいつは、何とも……」
キリオから見ても、二人いるサラのうち、どちらが異面体か判別できなかった。
「「迷うでしょ。そりゃそうよ。だってあたしを造り出す異面体だもん」」
同じ顔で、同じ口が、同じ声で、同じことを言う。
「この能力でサラはサイディの襲撃を生き延びて、先んじて『宮廷』拠点から逃げ出したようなのです。今回は、それが幸いしました……」
「そうであります。何故、それがし達はこちらに?」
「キリオの兄クンさ、それより自分がどうして寝てたか、覚えてる?」
ラララに逆に問い返されて、キリオは反射的に己の記憶を思い起こそうとする。
「自然公園での戦いで、タマキの姉貴殿がしんがりを務める間に逃げて……」
そう、飛翔の魔法で空に上がった。
そのあとだ。そのあと、急に意識が遠のいて――、
「その通りさ、兄クンは空で気絶して、地面に墜落しそうになったんだよ」
「ラララが助けてくれたんでありますな、助かったであります」
「スレスレだったけど、何とかね……」
そこからは、サティが教えてくれる。
「ちょうど、墜落した場所がサラが使っている部屋の一つに近かったので、私が連絡を入れて、キリオ様がお目覚めになるまでの休憩場所として――」
「そうでありましたか。なるほ……」
言いかけ、キリオは気づく。
「……ん? 部屋の、一つ?」
「そうよぉ~、あたし、宙色と天月と星葛に、合計で五つのお部屋持ってるの」
「ほぁ~、マジでありますか……。金持ちでありますな……」
スダレがまとめた資料によれば、サラは女子高生のはず。
その身の上で、五つも部屋を所有しているとは。大したものだと思った。
「アハハ、別にあたしは金持ちじゃないわよ。お金は好きだけど。ここも含めて、五つのお部屋は全部『パパ』からもらったものよ。名義もあたしじゃないし」
「なるほど、御父上でありますなぁ。……ん? ラララ、サティ、どうした?」
見ると、ラララとサティが痛ましい表情でキリオを眺めていることに気づく。
「いや、兄クン、パパっていうのはね……」
「ラララさん、やめましょう。多分、厄介ごとに発展します」
「そーだね。サティの義姉ちゃんの言う通りだね」
そのまま、二人して黙りこくる。キリオにはワケがわからない。
「アハハハハハハハ、聞いてた通りの堅物クンなんだ。面白ォ~い!」
何故かいきなり笑い出したサラが、ちょっとだけ癇に障った。
「サラ。キリオ様を揶揄することは私が許さないわよ?」
「はいはい、サティはキリオ君のことになるといっつもそうね。わかってるって」
目つきを険しくするサティに、サラが軽く肩をすくめた。
ここで、ラララが話題を変える。
「しかしよかったよ、キリオの兄クンが目を覚ましてくれて。ずっと寝っぱなしだったからね。よっぽど、精神的に疲弊してしまっていたんだね。仕方がないけど」
「そんなに寝ていたでありますか……?」
言われたキリオは時計を見る。もうすぐ六時を迎えようとしているところだ。
「ふむ? まだ午後六時。さほど時間は――」
「午前です、キリオ様」
サティがキリオの言葉に訂正を入れる。
「今は、午前六時なのです」
「何だと……?」
「そうだよ、兄クン。君が気を失ってから、もう半日以上が経過してるんだよ」
ラララもまた、表情を沈ませてサティに追従する。
現在時刻、午前六時。タイムリミットまでは残り四十二時間弱であった。
「そ、そんな……ッ!」
キリオは顔を青ざめさせて、慌ててベッドから出ようとする。
しかし、それをサティが止めた。
「今から焦っても仕方がありませんよ、キリオ様。それよりも、まずはご自分を整え直すところから始めてください。服は用意しておきますから、お風呂をどうぞ」
「しかし……」
「このラララも、義姉ちゃんの言う通りだと思うよ、兄クン。過ぎた時間は戻らないんだから、観念して仕切り直そう。大丈夫。まだ時間はあるから」
ラララにも言われて、キリオは引き下がるしかなかった。
この妹とて、娘のことを思えば今すぐにでも飛び出したいだろうに、全く。
「わかったであります。ちょっとさっぱりしてくるでありますかな」
「お風呂なら、この部屋を出て右に曲がればすぐよ」
「感謝するであります。サラ殿。では――」
少し落ち着こう。そう思いながら、キリオは部屋を出て風呂場に向かった。
そして、残された三人の少女のうち、サラがおもむろに口を開く。
「あれが『もう一人のキリオ』君かぁ……。『Em』のキリオのジジイとは全然違うように見えるけど、でも、似てるところもあるかな? 同じ人には見えないけど」
「フフフ、そこがわからないとは、サラは男を見る目がありませんね」
「言うじゃない。あんたはキリオ君しか見てないクセに」
笑って言うサティに、サラが不満げに唇を尖らす。
そして、それからすぐに表情を引き締めて、
「ここまでしたんだから、あんたも約束守んなさいよ、サティ」
「わかっていますよ、サラ」
「その、約束というのは何なのかな? 聞かせてもらってもいいかな?」
興味半分、確認半分でラララがそこに問いを投げる。
すると、サラは「別にいいけど」と言って、彼女に対して自分の目的を明かした。
「バーンズ家の中に、会いたいヤツがいるのよ」
「それは、誰だい?」
「……シイナ。シイナ・バーンズよ」




