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【連載版】出戻り転生傭兵の俺のモットーは『やられたらやり返しすぎる』です  作者: 楽市
第十三章 怒りと赦しのジャッジメント・デイ

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第307.5話 ミュルレとララーニァ/起

 ――キリオ・バーンズは夢を見ている。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 まだ、キリオが19歳になったばかりの頃の話だ。

 その日は、最後の日だった。


 森の国から依頼を受け、アキラが派遣したモンスター討伐担当のグループ。

 その一団が仕事を終えて森の国を出るのが、今日だった。


 結局、モンスター討伐完了までに二年近くかかった。

 理由は、モンスターを大量発生させていた要因の調査に時間がかかったからだ。


 まさか『モンスターを生み出すモンスター』がいたとは驚きだ。

 だが、原因さえわかれば対処は容易かった。


 思いがけず長期の仕事となったが、傭兵団は見事に依頼を達成した。

 そして今日の午後、キリオは二年近く過ごした村を出ていく。


「……動けんであります」


 そう、出ていくはずの彼なのだが、今現在、村からだいぶ離れたところにいた。

 彼がいるここは、谷底。

 近くに川が流れていて、キリオはその横で大の字になっている。


 ちょっとした野暮用があって森の中を探していたら落ちてしまった。

 全身をしたたかに打ち付けて、意識を失って目覚めたのがさっき。


「あ~、バカやったでありますなぁ~。メチャクチャ痛ェであります……」


 着ている服が防護魔法による加工が施されたものだったから死なずに済んだ。

 普通の服だったら、間違いなく落下死確定だった。


「骨は無事だが、筋肉と筋のダメージがキツいでありますなぁ、こりゃ」


 この時点で、キリオはまだ全回復魔法を覚えていなかった。

 なまじ異面体の能力が無敵化なものだから、回復魔法の習得は後回しにしていた。


「ちょっと自惚れが過ぎたでありますなぁ~、はぁ~、キッツ……」


 動けないまま、時間だけが過ぎていく。

 谷間の向こうに青空が見えるが、そこに覗く太陽の位置でわかる。時間がヤバい。


「さ~て、どうするでありますかねぇ~……」


 などとキリオが考えていたところに、聞き覚えのある声が上からする。


「キリオ君!」

「おや?」


 キリオの上に陰が差す。

 誰かが、飛翔の魔法で谷底へと降りてきた。


「おや、おやおや、サティではないか」

「ではないか、じゃないわよ! 探したんだからね! って、ケガしてるの!?」


 やってきたのは、若かりし日のサティアーナ・ミュルレだった。

 この頃は宿屋の看板娘で淑女には程遠いが、溌溂とした元気さが魅力的だった。


「いや~、それがし回復魔法使えんでありまして~……」

「もぉ、前から勉強しなさいって言ってるでしょ!」

「いやぁ、ハハハハハ、すまんであります。文字通り骨身に染みたであります」


 笑いはするものの、ものすごい痛い。今なお、すごく痛い。


「本当に、もう!」


 サティがプリプリしながら回復魔法でキリオを癒す。

 心地よい彼女の魔力を受けながら、彼の全身から痛みが引いていった。


「よ、っこらせ」

「他のみんなはもう集まってるのよ? 来てないの君だけなんだから!」

「で、ありましょうなぁ~。最後の最後に大遅刻決定であります」


 苦笑するキリオに、だが、サティの怒りは収まらない。


「本当に、どうしてこんなところに来たのよ! 今日で、さ、最後なのに!」


 彼女が憤る理由を、キリオはもちろん理解している。

 今日が、村を出ていく最後の日。宿屋の娘であるサティとは、今日でお別れだ。


 お互いに憎からず思っているのは感じている。

 しかし、決め手となる一歩を踏み出せないまま今日を迎えてしまった。


「ねぇ、キリオ君。私達、今日で最後なんだよ……?」


 泣きそうな顔になるサティに、キリオはちょっとした良心の呵責を覚える。

 本当は、村に帰ってから伝えるつもりだった。しかし、こうなれば仕方がない。


「あ~、実はここ二か月、ずっと探してたモンがあったんでありますよ」

「探してた? 何をよ?」

「これでありますよ、サティ」


 キリオが収納空間から取り出したのは、小さな鉢に植えられた真っ白い花だった。

 六枚の花弁を持った、小さくて可愛らしい花だ。


「え、そ、それ……」


 驚くサティの見ている前で、谷間から注ぐ陽射しが花を照らす。

 すると、六枚の花弁がキラキラと、七色の輝きを帯びて一層その美しさを増す。


「『セレニスの花』で、ありましたな。森の国の神様の名を持つ花でありますよ」


 その花は、森の中で特定の時期だけに咲く、とても希少な花だった。

 様々な薬効を持つ薬草でもあるが、この国においてはもう一つ特別な意味がある。


「別名、契りの花。好きな相手に贈れば、永遠の愛が約束されるという」

「……キリオ君」

「私の気持ちです。受け取ってくれませんか。サティアーナ・ミュルレさん」


 そしてキリオは手に乗る程度の小さな鉢植えを、サティに渡す。

 笑顔を見せる彼に、サティはしばし呆然となって、その瞳に涙が溜まっていく。


「キリオ、君……、私なんかで、いいの?」

「決まり切ってる答えをいちいち口にする必要は、ないでありますなぁ」


 元の口調に戻して笑みを深めるキリオに、サティは泣きながら抱きついた。

 キリオも、そんな彼女を抱きしめ返し、一言。


「これからもよろしく、サティ」

「一生、離さないからね。一生よ、ずっとなんだからね!」

「それこそ、それがしの望むところでありますよ」


 キリオからの初めての贈り物は、サティへの永遠の愛の証。

 お互い、一生に一度の運命の人と確信しての、幸福に満ちた抱擁だった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――キリオ・バーンズは夢を見ている。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 聖騎士長キリオ・バーンズが61歳になって少し過ぎた頃の話だ。

 あの子――、マリエが押しかけ奴隷として屋敷に来てから一年程が過ぎた。


 キリオは、奴隷というものに対して別に悪感情はない。

 世界がそれを必要としているのは確かだし、需要と供給の関係も成り立っている。


 つまりは一つの商売の分野として、それは存在しているワケで。

 兄にして主君であるシンラはどうにか廃止したいらしいが、それも難しかろう。


 ただ『違法奴隷』についてはキリオも断固として処断すべしと考えている。

 この世界では人は死ににくい。

 それだけに、ぞんざいに扱おうとすれば幾らでもそう扱える。


 きっと、シンラはそこを憂いているはずだ。

 そして自分も同じく、そうした『人扱いされない奴隷』は好ましく思っていない。

 そんなキリオではあるが――、


「旦那様、失礼いたします」


 昼間、自宅の執務室で仕事をしていると、マリエが入ってきた。

 右手に箒。左手に水を張ったバケツと雑巾。


「……マリエ?」


 仕事中は入ってこないようにと伝えておいたのだが、何故彼女は入ってきたのか。

 キリオがいぶかしんでいると、マリエは「ふぅ」と息をついて、


「先週、今日はこちらをお掃除すると前もってお伝えしましたよね?」

「あ」


 忘れていた。思いっきり忘れていた。


「こちらのお部屋は旦那様がずっといらっしゃるので、なかなかお掃除する機会がないんです。だから先週お伝えして、許可もいただきましたよね、旦那様?」

「う、うむ……」


 可愛く小首をかしげるマリエだが、その笑顔から感じられる圧が強い。

 これは、さすがにキリオが折れるしかない。


「あ~、少しだけ待っていてくれないか? 今やってる仕事だけ終えたら、掃除をしてもらって構わない。すまないが、そこのソファにでも座っていてくれ」

「どれくらいかかりそうですか?」


「……五分以内には」

「まぁ、いいでしょう。お待ちします」


 押しかけ奴隷のマリエ、主に対し上から目線。なお、主は言い返せない模様。

 マリエが、応接用に置かれたソファにちょこんと座る。

 その座り方は、キリオが礼儀作法を教えただけあってキチッとしている。


「マリエ」


 仕事を進めながら、キリオは自分を待つマリエに声をかける。


「何でしょうか、旦那様?」

「君がこの屋敷に来てくれたことを、感謝しているよ」


「突然、何です?」

「こういうときじゃないと言えないからな」

「旦那様はいつもお忙しそうですものね」


 マリエがおかしそうに笑う。

 この少女の笑顔に、また今日もキリオは自分の心が軽くなるのを感じる。


 この屋敷は、屋敷とはいうものの大きさはそこまでではない。

 皇弟の住まう家としては、いっそ見すぼらしいとすら形容できそうな程度だ。


 当然、使用人は少ない。というか、いない。

 キリオは常に職務に励み、この屋敷に戻ることはほとんどなかった。

 一年前までは。


 彼の生活が変わったのはマリエが押しかけてきてからだ。

 このような言い方は語弊があるかもだが、マリエは非常に有能な奴隷だった。


 家事は掃除も洗濯もそつなくこなし、料理の腕前も上等だった。

 しかも頭がよく、気が利いて、キリオの言うことにもよく従った。


 彼女を一年間も売り残した奴隷商人は、よほどの無能だったに違いない。

 キリオ自身が実感と共にそれを思うほど、マリエは優秀だったのだ。


 最初は奴隷とすることに気乗りはしなかった。

 しかし、マリエの故郷はもうない。彼女には行き場がなかった。


 それにキリオも、この少女の出会いには感じるものがないわけではなかった。

 結局、彼はマリエを家に招き入れることにした。彼女は奴隷と言い張っているが。


 そして、この一年でキリオの生活は激変した。

 雑だった食事もまともに食べるようになったし、夜はちゃんと寝るようになった。

 感じとしては、ブラック企業の社畜が真人間に戻ったと思えばいい。


「そういえば、今日だったな」

「はい、何がですか?」


 気づいたキリオが、執務机の引き出しから何かを取り出す。


「旦那様?」

「マリエ、こっちに来なさい」

「はい、何でしょうか」


 生返事をして、マリエが執務机の前まで歩いてくる。


「これを、君に」

「これ、は……?」


 キリオが机の上に置いたのは、小さな箱だった。

 マリエはおずおずと手を伸ばし、それに目を落とす。


「開けてごらん」

「はい……」


 まだわかっていない感じで、マリエが箱を開けてみる。

 すると、中には緩衝材代わりに詰めらた花と、その真ん中に置かれた銀色の指輪。


「お誕生日おめでとう、マリエ」

「え――、あっ」


 キリオに祝われて、マリエはやっと今日がどういう日かを思い出した。


「驚いているね。半年前に聞いておいた甲斐があったというものだ」

「旦那様……」


 マリエの見せる驚きに、キリオは会心の笑みを浮かべる。


「魔法的な品ではないが素材が少々特殊でね。カディナ銀というんだが」

「え、その名前は――」

「そう、君の家の祀神であるカディルグナ神を名の由来としている金属だ。元より銀は魔除けの力を宿すが、このカディナ銀はその性質が特に強い素材なのだよ」


 彼の説明を聞きながら、マリエは箱の中の指輪をずっと見つめている。


「ある地方では、カディナ銀の装飾品を贈ることは、相手の厄除けや幸福を願う意味があるらしくてね。君の家のこともある。これがいいと思って、用意したんだよ」

「……旦那様」


「喜んでもらえれば、私も嬉しいんだがね」

「あの、えっと……」


 指輪の入った木箱を両手に抱えて、何やらマリエが言いにくそうにしている。

 何故か、その頬に赤みが差しているように、キリオには映った。


「どうかしたかな? もしや、気に入らなかったとか?」

「いえ、違います。嬉しいです。本当に嬉しいです。……ただ」


「ただ?」

「指輪だけは、違うんです……」

「違う、とは?」


 要点を欠いたその言葉に、キリオは意味がわからず聞き返してしまう。

 マリエが、半ばしどろもどろになりつつ、答えた。


「その地方の習慣は私も知ってるんです。でも、指輪だけは違うんです。男の人が異性にカディナ銀の指輪を贈ることは、その、き、きゅ、求婚の意味、が……」


 顔を真っ赤にするマリエに、キリオはみるみるうちに目を丸くして、


「え、マジでありますか?」


 口調が、若い頃のモノに戻ってしまった。それくらい、驚いた。

 なお、ここは異世界なので別に現代世界のように婚約指輪などは存在していない。

 婚約と結婚の証は、国や文化圏によって様々だ。


「や、やっぱりご存じなかったんですね! じゃあ、あの、これはお返し――」

「いや、返す必要はない。それは君のために用意したものだ、マリエ」


「で、でも、その……」

「まぁ、指輪を贈ることの意味を知らずにいたのはとんだ失態だが、それが私からの感謝の証であることに変わりはない。受け取ってもらえれば、私も嬉しいよ」


 キリオが言うと、マリエはそれでもしばし迷っていたようだが、


「……はい! ありがたく頂戴します、キリオ様!」

「うん。それでいい」


「ところで、そろそろ五分経ちますが、お仕事の方は?」

「う、あ、あと三分だけ……」

「仕方がない人ですね。全くもう」


 ニコニコと明るい笑顔で、彼女はキリオにそう返す。

 彼女の笑顔に、キリオも口元を綻ばせる。


 最近、徐々にではあるが亡きサティのことを考える時間が減りつつある。

 その事実に、彼自身はまだ気づいていなかった。



  ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 ――キリオ・バーンズは夢から覚めた。


「ぁ……、指輪」


 そしてやっとそれを思い出した。

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